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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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移植 1

 冬が過ぎ、春になった。あちらこちらで花が咲き、良い匂いが漂ってきている。庭に出したスーちゃんは、そんな空気の匂いを嗅いでいるようだった。もしかしたら、妖精王様の国を懐かしんでいるのかもしれない。あの国は、お花の匂いが常に漂っていて、今日みたいに暖かな日差しが降り注いでいたから。


 毎朝の日課になったスーちゃんの外遊び。先生と二人、庭を駆け回るスーちゃんを見守る。まるで、外で遊ぶ子どもを見守るように。いや、まるで、じゃないな。スーちゃんは紛れもなく私達の子どもだ。まあ、あんな毛むくじゃらの子、産んだ覚えは無いんだけど。私の心情は間違いなく母親だし、先生の心情だって父親だと思う。


「アイリス、今日の予定は?」


 スーちゃんを見つめながら、先生がそう口を開いた。私もスーちゃんを見つめながらそれに答える。


「今日はウルペスさんのところ」


「また実験ですか? もう目処は立っているのでしょう?」


「ん。でも、あなたの目の移植、失敗する訳にはいかないじゃん?」


 実験とは、ウルペスさんが作ってくれた目の移植実験だ。それを、これまたウルペスさんが作ってくれた小動物のホムンクルスで行っている。あまり褒められた実験ではないけれど、これも全て治癒術発展の為だ。大目に見て頂きたい。


 何せ、目の移植だ。成功事例なんて、調べるまでもなく、無い。一番近いのは、癒しの聖女の義肢技術だろう。作り物か本物か、移植する物が違うだけ。


 移植実験をしていて、私はふと、ある可能性に思い至った。『再生』の術を作ったのは癒しの聖女。彼女が目指していたものは、実はこれだったのではないか、と。


 思い通りに動かせる義肢を作った癒しの聖女が、晩年になって組み上げた術が『再生』の術だった。何の為に? ずっとその理由が気にはなっていた。義肢が必要無い世の中になるようになのかなとも思ったけど、何だか少し、違和感があった。こう、上手く言えないんだけど、そこまでするような利点が、癒しの聖女には無かったと言うか、何と言うか。


 それに、妖精王様の国で義肢を見たヴィルヘルムさんが言っていた。使用者達は義肢に満足していたのか、と。たぶん、その時、彼の頭の中にあったのは白騎士だろう。だって、彼は言っていた。「私のような人種では」と。


 ヴィルヘルムさんだって、竜王様に忠誠を誓った騎士だ。それに、彼はオーガ族。命尽きるその時まで戦い続けるという逸話があるような戦闘部族だ。白騎士とは立場も生き方も違うけど、似ている部分も多くある。


 私の予想では、白騎士は、腕を失う前と同じように剣を振るえなかったんだと思う。だから、癒しの聖女はより良い義肢を開発しようとした。それこそ、本物の腕を移植するくらいの治療を考えていたんだろう。けど、人族の彼女には、圧倒的に研究時間が足りなかった。腕を移植出来る魔術までは組み上げられたけど、肝心の腕の開発は出来なかった。……いや、違うな。腕を作る技術を探していたけれど、見つからなかったと考えるのが自然だ。


 旅の途中、方々で遺跡探索をしていた理由がこれなんだと思う。癒しの聖女が作った義肢を越える技術を探していた。失われた知識になら、そんな技術もあるだろう、と。でも、見つからなかった。癒しの聖女が踏破した遺跡には、そういった知識は眠っていなかった。


 それが発見されたのはつい最近。言わずもがな、ウルペスさんが研究しているホムンクルス。あれを癒しの聖女が見つけていたら、『再生』の術は、ちょっと名前負けしている今の状態よりも、より名前に近い運用が出来ていたに違いない。


 癒しの聖女が『再生』の術を発表したのは、もしかしたら、希望を後世に託したかったのかもしれない。自分には完成させられなかったこの術を、誰か完成させて、と。


「アイリス? 何か考え事ですか?」


「ん~……。少し。あなたの目が無事に治ったら、癒しの聖女は喜んでくれるかなぁって……」


「癒しの聖女? 唐突ですね」


「移植実験をしながらずっと考えてたの。癒しの聖女も白騎士の腕を完全な形で治してあげたかったんじゃないかなって。義肢じゃなくてさ。『再生』の術は、その為に組み上げた魔術だったんだろうなって」


「実験をしていてそう思ったのなら、きっと、それが正しいのでしょう。治癒術師同士、通ずるものがあるのでしょうね」


「ん……。私、癒しの聖女の夢を叶えたい……。『再生』の術を遺してくれた癒しの聖女に報いたい」


 『再生』の術も、義肢技術も、私の希望だった。それを遺してくれたのは癒しの聖女。彼女がいなかったら、私は前を向いて歩いて来れなかっただろう。癒しの聖女は、私に夢と希望を与えてくれた。そんな彼女が成せなかった夢。私はそれを実現したい!


「よし! 今日も一日頑張るぞぉ! お~!」


 気合を入れて叫ぶ。と、スーちゃんが何事とばかりに足を止めてこちらを向いた。厩舎の方では、ベルちゃんが嘶いている声が聞こえる。それに答えるように、スーちゃんまで遠吠えをしだした。ちょ、ちょっと、二人とも! 私は大丈夫だから! 異常事態じゃないから! だから、少し落ち着こうね。ね?


 朝ごはんを食べ終わり、私はお城に向けて出発した。独りでお城に行く時は、必ずベルちゃんに乗る事にしている。ベルちゃんの運動にもなるし、私は寂しくないし。それに、独りで歩くよりも安全だから。ま。ベルちゃんが私を守ってくれる訳じゃ無いんだけど。異常があったらすぐに分かるってだけ。それでも、何も気が付かないよりは断然良い。


 今日も何事も無くお城に着いたぞ、と。ベルちゃんから降り、お城の厩舎にベルちゃんを連れて行く。今日もここで良い子にしててね。持参したお芋をベルちゃんに食べさせ、鬣の辺りをよしよしと撫でてお別れをする。そうして私は、ウルペスさんの秘密の研究室に向かった。


 隠し通路を進み、隠し扉をノックする。と、中からウルペスさんの間延びしたお返事が。結構早い時間なのに、もう来てたのか。つい数年前までは夜型の生活をしていたのに、人は変わるものだね。苦笑しながら扉を開く。


 研究室の真ん中にある大きな水槽には、ミーちゃんをベースに、私をほんのちょこっと足したホムンクルス。膝を抱えるような体勢で、水槽を満たす液体の中に浮いている。


 年齢にしたら、三、四歳くらいの小さな女の子の姿。数ヶ月でここまで大きくなるんだから、ホムンクルスって凄いよね。水槽の傍に寄り、そっとガラスに触れる。水槽はほんのり温かくて、じんわりと手が温まる。


「毎回そうやって、手、温めるよねぇ。冬場なんて抱き付いてたし……」


 ウルペスさんが呆れたようにそう口にする。私はえへへと照れ笑いをした。


「だって、温かいんだも~ん」


 私は寒さには強い性質だ。けど、温かいと分かっている物が目の前にあったら、触って暖を取りたくなる。だって、温まっている最中の、ホッとする感じが好きだから。あれが嫌いな人はいないだろう。いたらお目にかかりたい。


「ところで、バルトさんとミーちゃんは? 今日はまだ来てないの?」


「だね。今日はちょっと遅いね」


「ん」


 厩舎のお仕事、忙しいのかな? あれ? でも、さっき、ベルちゃんを預ける時、厩舎にバルトさんいなかったような……。私が気が付かなかっただけなのかな? う~ん……。


「ねえ、アイリスちゃん?」


「ん~?」


「アイリスちゃんはさ、ラインヴァイス様の目を治し終わったらどうするの?」


「どうするって?」


 問いが漠然とし過ぎてない? そう思って首を傾げると、ウルペスさんが苦笑した。


「アイリスちゃんの目標は、ラインヴァイス様の目を治す事だったでしょ? んで、移植が完了したら、その目標は達成される訳だ」


「ん」


「次の目標とか無いのかなぁって……」


 次の目標かぁ。強いて言うのなら、一人前の治癒術師になる事だろう。何せ、私、治癒系特化の治癒術師だから。治癒系、回復系、どちらにも精通するのが一人前の治癒術師な訳で。私は、言ってみたら、まだ半人前の治癒術師なんだ。


「回復系の術を勉強して、治癒術師ですって胸を張れるようにはなりたいかなぁ……」


「そっか。そう、だよねぇ……」


 そう言って、ウルペスさんは難しい顔をして黙り込んでしまった。私、何か変な事を言っただろうか?


「あの……? ウルペスさん……? 私――」


「ごめんね、変な事聞いて。今の、あんまり気にしないで」


 ウルペスさんはにこっと笑ってそう言うと、水槽に浮かぶホムンクルスに視線をやった。私もつられるように視線を移す。


 水槽の中のホムンクルスは、ミーちゃんをベースにしているだけあって、髪の毛は真っ白。肌も真っ白。きっと、開いた目は金色をしているんだろう。


 夢で会ったリーラ姫は、どちらかと言うと竜王様に似た感じだった。けど、ウルペスさんが作ったかりそめの身体は、色味的に、先生に似た感じになりそうだな。

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