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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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結婚 6

 夜明けが過ぎて明るくなった空を、先生が風を切って悠々と舞う。私はそんな先生の背の上から、朝日に照らされた緩衝地帯を眺めた。


 緩衝地帯の中心には寄宿舎。それを囲むように、隊長さん三人組の家。そして、その外側に畑と放牧場、アードラーさんとバイルさんの家があって、村の外れ、丁度竜王城と寄宿舎の中間あたりに私と先生の家がある。


 こうして空を散歩するの、離宮に行った時と同じだ。先生もあの時の事を特別に思ってくれているかな? そうだと良いな。


「アイリス」


「ん~? 何?」


 先生が真っ直ぐ前を見ながら私を呼んだ。私はそれに短く返事をする。


「今日の予定ですが、僕は城に行って来ます。アイリスは今日一日ゆっくりしていて下さい」


 先生がお城に行く理由は分かっている。「私達、夫婦になりました」って報告をしに行くんだ。竜王様とかブロイエさんとか、アオイとか、ローザさんとか。その他諸々、お世話になった人達に。


「私、行かなくて良いの?」


「アイリスに無理をさせたら怒られますから。二人揃っては、日を改めて行きましょう」


「分かった」


 先生がそう言うのなら、お言葉に甘えさせてもらおう。歩くのもユニコーンに乗るのも絶対に無理って訳じゃ無い。けど、出来るなら、今日はしたくないから。


 さて、私は何をして過ごそうか。本でも読んでいようか? それとも、何か薬湯の調合でもしてようか? う~ん……。あ! そうだ! お手紙を書こう。リリエッタ様に。


「じゃあ、私、リリエッタ様にお手紙書いてて良い?」


「ええ。リリエッタ様には、お披露目、来て頂くのですか?」


「ん。招待しようと思ってる。駄目かな?」


「いえ。駄目と言うか、お披露目の時期の調整が必要になるので。この時期に、他国の要人を招く訳にはいきませんから」


「あ。そっか」


 他国から人を招くには、今の時期は寒すぎる。特に、リリエッタ様みたいに暖かい気候の国の人達は、この時期の寒さは堪える訳で。それに、山の方はかなり雪が深くなってしまっているだろうから、山越えをしなくてはならない国の人達は転移魔術を使わなくてはならなくなる。魔術を使ってまで来てもらうなんて、よっぽどじゃない限り――戦みたいな事が起きるとか、移動に女性同伴とかじゃない限り、普通はしない。


 竜王城の周りで雪が積もり始めたら、他国から人を招く事はしなくなる。招く側の最低限の礼儀ってやつだね。うん。


「お披露目は春になってからですね」


「分かった。リリエッタ様へのお手紙にそう書いておく!」


「しかし、リリエッタ様を招待するとなると、妖精王様を招待しなくてはなりませんよね……」


「ん。だよね。留学でお世話になったし、無視は出来ないよね」


 私達の留学を受け入れてくれたのは、他でもない妖精王様だ。それなのに、そのお姉さんにだけお披露目の招待状が届いたら、流石に感じが悪いと思う。


「ただ、妖精王様を招待するとなると、他の王を招待しなくてはならないのですよね……。王達の力関係を崩す訳にもいかないので。来る来ないは別にして」


「何と!」


「それに、僕の地位では、王だけを呼び付ける訳にもいきませんし……」


「ええと……。つまり、アオイのお披露目みたいに盛大になるって事……?」


 恐る恐るそう問うと、先生が深々と頷いた。


「そうなると思っていて下さい。今日、叔父上とその打ち合わせもして来ます」


「お、お願いします……」


 何という事だ。私はリリエッタ様を招待したかっただけなのに、こんな大事になってしまうとは……!


「あまり気に病まないで下さい。逆に、アイリスがリリエッタ様を招待したいと言ってくれて助かったと言うか……。こじんまりとしたお披露目を希望される方が困ると言うか……」


「ん? どういう事?」


「僕にも付き合いがあるので……。アイリスで言うところのリリエッタ様のような方が、僕にもいますから」


「そっか」


 先生は竜王様の実弟な訳で。他国の要人との付き合いは、私以上に多いもんね。大変だね、先生も。


「せっかくのお披露目だし、楽しもうね、先生! 美味しい物たくさん食べて、またダンスもしたい!」


「そうですね」


 この国では数少ない催しだ。楽しまないと損だと思う。その主役が私達っていうのが、何とも言えないけどさ。


 しばらく二人で空の散歩を楽しみ、お屋敷に帰って来た。流石に冷えた。手がかじかんじゃった……。そう思いながら、手にはぁと息を吹きかけ、擦り合わせる。


「少し長く飛びすぎましたか……」


 人の姿に戻った先生がそう言って、私の手を両手で包んで温めてくれる。


「でも、楽しかったよ! 空から見る緩衝地帯!」


「空から見ると、また一味違いますよね」


「ん! 畑も出来て、放牧場も出来て、今では立派な村だね!」


「ですね。出来れば、将来的には町くらいの規模になると良いのですけれどね。昔のように」


 先生は寄宿舎がある方を見てそう言った。私は思わず首を傾げる。


「昔のようにって、あそこ、町があったの?」


「ええ。僕が物心ついた頃には、既にだいぶ寂れてしまっていましたが……」


「へ~。もしかして、荒地になってたところって――」


「建物がありました」


「どおりで……」


 森を切り開いたような地形なのに、地面が石ころだらけだと思ってたんだ。朽ちた建物が崩れて、それをそのまま片付けずに放置してああなったのか。


「昔から、定期的に森の魔物の駆除はしていましたが、それでも人族にとっては住みにくい土地だったのでしょうね。段々と人が少なくなっていって……。更に先の大戦があって、人々が疎開していってしまって……」


「それで最後に孤児院だけが残ったの? 荒地だったところから考えると、町の外れっぽいよね?」


「ええ。それが、今では村の中心ですからね。分からないものですね」


「だね」


 寄宿舎が孤児院だった頃に比べたら、驚くくらい世帯が増えた。とは言っても、まだまだ小さい村だけど。でも、ずいぶん賑やかになったと思う。


「リリエッタ様にも、緩衝地帯、見てもらうんだぁ!」


「そうですね。あと、メイド派遣の件ですが、妖精王様よりも、リリエッタ様に身元引き受けをお願いした方が良いと思うので、手紙に書いておいて下さい」


「分かった! リリエッタ様なら安心だもんね!」


 妖精王様はねぇ。ちょっと嫌な思いをさせられたからね。私の中の妖精王様の評価は、あの一件のお蔭でかなり低い。ブロイエさんから注意してもらったにしても、うちでメイドの勉強をした子を派遣するのは躊躇してしまう。その点、リリエッタ様は女の人だし、安心安全! 私は断然、リリエッタ様推しだ。


 私達は家の中に入ると、ヴィルヘルムさん特製の朝ごはんを食べた。その後、先生はお城に出掛けて行った。私は私室に戻り、机に向かう。


 さて。お手紙の文面を考えるぞ。ムンと気合を入れ、ペンを持つ。初めてのお手紙だ。粗相がないようにしなくては! まずは挨拶、と。そして、留学のお礼。スーちゃんの様子とお風呂に入れてみた事を書いて、と。あ。お風呂の時のスーちゃんの様子、詳しく書いてみよう。あのイライラしているみたいな行動、リリエッタ様なら何か分かるかもしれない。それで、メイド派遣の事を書いて――。


 カリカリ、カリカリとペンを動かす。そして、最後に、先生と結婚した事を書く。お披露目は春になってから行いますので、良かったらいらして下さい、と。ふぅ。書けたぁ! そうして出来上がったお手紙の文面を確認していく。誤字脱字は無いかなぁ? 変な言葉遣いになってるところは無いかなぁ?


 ……うん。大丈夫そうだ。けど、他の人の意見も聞きたい。だから、私は書き上がったお手紙を持って、ヴィルヘルムさんを探した。食堂、キッチンと見てみるも、姿が見えない。


 お昼を作るには少し早い時間だからなぁ。きっと、何処かでお掃除をしているんだろう。でも、どこだ? こういう時、家が広いと不便だ。


「ヴィルヘルム~! どこぉ~? ヴィルヘルム~!」


 声を張り上げながら家の中を歩いて回る。と、洗面所からヴィルヘルムさんが姿を現した。腕捲りをして、ズボンの裾も捲っているところを見ると、お風呂掃除をしてくれていたらしい。寒いのにご苦労様です。


「お呼びですか、奥様」


「ん。ちょっと見てもらいたいのがあるんだ。リリエッタ様へのお手紙なんだけど、変なところが無いか確認してもらいたいの」


「かしこまりました。すぐに参りますので、サロンでお待ち下さい」


「は~い! あ。でも、急がないで良いからね。用事が終わってからで良いからね!」


「はい。お気遣い、ありがとうございます」


 そう言って頭を下げたヴィルヘルムさんに別れを告げ、私はサロンへと向かった。サロンに入ると、窓際でスーちゃんが日向ぼっこをしながら眠っていた。お部屋の暖炉には火が入っていて暖かい。暖かい国の生まれのスーちゃんが過ごしやすいようになんだろう。ヴィルヘルムさんは、種族問わず、子どもに優しいらしい。


 私はローテーブルの上に手紙を置くと、スーちゃんの傍に寄った。私の気配に気が付いたのだろうスーちゃんが薄ら目を開く。と、ごろんと寝返りを打った。仰向けに。この体勢……。お腹を撫でろって事なのかな……? 何と横着な……。でも、こういう行動もスーちゃんらしさなのかもしれない。私はそっとスーちゃんのお腹を撫でた。フワフワのお腹の毛と、フニフニのお腹。撫でられているスーちゃんも気持ち良いのかもしれないけど、触っているこっちも気持ち良い。


 そうしてスーちゃんのお腹を撫で始めて少しして、ヴィルヘルムさんがサロンにやって来た。先程とは違い、きちんとした格好で。手にはティーセットとお茶菓子が乗ったお盆を持っている。お茶の準備までして来てくれたらしい。


 お茶を淹れてくれたヴィルヘルムさんにお手紙を渡し、中身を確認してもらう。自分では確認したけど、変なところがあったらどうしよう。ドキドキ、ソワソワとしながら、手紙に目を通すヴィルヘルムさんを見守る。


「誤字脱字の類はありません。内容も、よく書けていらっしゃると思います」


「本当?」


「はい。ただ――」


「ただ?」


「私は王族に宛てた手紙など書いた事がございません。旦那様にも確認して頂いた方が宜しいかと存じます」


 そうだよね。先生なら、他国の王様に宛てた手紙とか書いてそうだもんね。私はヴィルヘルムさんにお礼を言い、差し出されたお手紙を受け取った。

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