結婚 1
私は悶々としながら家路についた。ウルペスさんの提案に納得していない訳じゃ無い。屍霊術師が差別される理由も分かったし、その差別から私を守ろうとしてくれているウルペスさんの優しさも分かったから。でも――。
「ねえ、先生?」
隣を歩く先生を呼ぶ。独りで結論が出ないものは、先生を頼るに限る!
「はい?」
「先生は屍霊術の事、どう思う?」
「どう、とは? 好きか嫌いかみたいな話ですか?」
「ん。そりゃ、私、母さんや父さんが道具みたいに使われたら嫌だけどさ……。ウルペスさんが言ってた事も分かるんだけどさ……。やっぱり、どこか納得出来ないと言うか、変な感じがすると言うか……」
私はそこまで言って俯いた。足元には薄らと雪が積もっている。留学中に積もったのだろうその雪は半分凍っていて、歩く度にザクザクと音が鳴る。
「僕個人の意見としては、屍霊術は嫌いではありません。まあ、ウルペスが屍霊術師だというのもありますけどね」
「じゃあ、先生は、先生のお母さんとお父さんが屍霊術師に道具として使われても許せる?」
「そうですね。元は人だったと言っても、意思も記憶も無い、存在意義すら曖昧なものですから。新しい使命を与えられ、存在意義を持たせてもらったと思う事は出来ますね」
「人を害するような使命だったとしても?」
「出来ればそのように使って欲しくはありませんが、少なくとも、屍霊術師の助けにはなる訳ですし。そう割り切って考える事は出来ますね」
「そっか……」
割り切る、か……。死んでしまった母さんと父さんが、それでも誰かの役に立つ可能性がある。そう考えるべき、か……。
「アイリスはウルペスの話を聞いて、屍霊術が嫌いになりました?」
「ん~……。上手く言えないけど、結論が出ないっていうのが近いかな……。何か、ウルペスさん、わざと屍霊術の事を悪く言ってたような気がして……。悪い面しか語ってない、みたいな……。本当なら、どの魔術が良い魔術で、どの魔術が悪い魔術かなんて無いはずでしょ? それなのにさぁ……」
「あれが一般的な考え方です。屍霊術が嫌悪される原因を話していたのですから、必然的にそうなりますよ。第三者が語ったら、ただの悪口ですよね」
「ん……」
「昔、僕もアイリスと同じように、屍霊術の捉え方について悩んだ時期があります。その時、ある偉大な魔術師が言いました。屍霊術の成り立ちを考えてみなさい、と」
「成り立ち?」
「ええ。何故、屍霊術が出来たのか。初めてゴーストを作った屍霊術師は、一体何をしたかったのか。何故、わざわざ死人の魂を使って魔術を組み立てたのか。それを知ってなお、屍霊術を受け入れられないのならば仕方が無い。が、それを知らないままで受け入れないのは、魔術を学んでいる身としては違うのではないか、と。そこで僕は、屍霊術について出来得る限り調べました」
「調べた結果、割り切れるようになったの?」
「それはまた別の話ですね。ただ、屍霊術が、世間一般で言われている程、悪い魔術ではないなと、そう思う事は出来ました」
「私も調べたらそう思えるかな?」
「ええ、きっと。わざわざ調べなくとも、今度、ウルペスに本を借りて来ますよ。昔、屍霊術の成り立ちを題材に、物語を書いていたはずですから。アイリスが好きそうな話ですよ」
私が好きそうな話……? という事は、恋愛物って事? ウルペスさんって、恋愛物を書いてたの? 思わず先生を見上げると、先生が悪戯っぽく笑った。
「ああ見えて、かなりロマンチストなんです」
ロマンチスト……。ウルペスさんがロマンチスト……。ま、まあ、イェガーさんみたいな厳つい人がロマンチストだって言われる程の衝撃は無いけど……。ロマンチスト……。
「リーラの影響が大いにあるのですから、そんな、引かないであげて下さい」
「う、うん……」
ロマンチストねぇ。ロマンチストかぁ……。ロマンチストって……。帰り道、私の頭はそれで一杯になってしまった。
家に着くと、ヴィルヘルムさんとスーちゃんが玄関で出迎えてくれた。お尻ごと尻尾をフリフリしたスーちゃんが、前足を私の足に掛けて立ち上がる。
「熱烈な歓迎ですね」
「ん」
口を半開きにして目をキラキラさせるスーちゃんは、何だか笑っているように見えた。そんなスーちゃんを苦笑しながら抱き上げる。とたん、ベロベロと顔を舐め回された。
「ス、スーちゃん、待って。止めて。舐めないで。ま、待て!」
堪らず叫ぶ。そして、腕の中のスーちゃんに目をやった。スーちゃんはちょっとしょんぼりした顔で私を見上げている。
「よ、よしよし。偉いねぇ。スーちゃんはお利口さんだよ。ちゃんと待て出来るもんねぇ」
私に褒められて、再びスーちゃんが口を半開きにし、目をキラキラ輝かせる。また笑ってるよ……。意外と表情豊かだ。
「夕食まで時間がありますが、如何されますか?」
ヴィルヘルムさんがそう口を開く。私はう~んと頭を捻った。
「スーちゃん、お外で遊ぶ?」
腕の中のスーちゃんに問う。と、スーちゃんの顔が一段と輝いた。よし。決まりだ。
「少し、庭でスーちゃんと遊んで来ます」
「では、僕も」
スーちゃんを抱え、先生と二人で庭に出る。庭にも薄らと雪が積もっていた。そこにスーちゃんをそっと下す。
「あ。おもちゃ忘れてた……」
スーちゃん用のおもちゃは、私のカバンの中。カバンはヴィルヘルムさんに持って帰って来てもらったから、お部屋に置いてあるだろう。う~む……。お部屋まで戻るのも、何だかなぁ……。何か代わりになる物、無いかなぁ? キョロキョロと辺りを見回す。
「あ。アイリス、これは?」
庭の隅で先生が何かを拾い上げる。そして、それを私の元に持って来てくれた。それは一本の棒。スーちゃんの足くらいの太さと短さだ。投げるには丁度良い。それを受け取り、投げる。
「取って来~い!」
投げられたら拾いに行きたくなるのがケルベロスらしい。スーちゃんは一目散に棒を追い掛けた。そして、口に咥え、こちらを振り返る。
「おいで、スーちゃん!」
スーちゃんを呼ぶと、棒を口から離し、こちらに駆けて来た。その顔は満面の笑みのようで。でもね、思ってたのと何か違う……。
「ええと……。偉い、のかな……?」
褒めても良いのか分からない。取って来い、出来なかったから。けど、おいでは出来た訳で……。う~む……。悩みながらスーちゃんの頭をよしよしと撫でる。そうして私は棒の元まで行き、棒を拾い上げる。と、スーちゃんもトテトテとこちらにやって来た。
「スーちゃん、これ、取って来てね?」
スーちゃんに棒をよ~く見せて、ぽ~んと投げる。スーちゃんは棒を追ってダッと駆け出した。そして、棒を咥えてこちらを見る。
「そのまま持っておいで~」
私の言葉なんて理解出来ないスーちゃんは、またしても棒を地面に置いてこちらにやって来てしまった。うむむむむ……。
「スーには、取って来いはまだ難しいのですかねぇ……」
今度は先生が棒を拾い上げる。と、スーちゃんが先生の元に向かって走った。期待の篭った眼差しで先生を見つめるスーちゃん。先生はしゃがみ込むと、軽く――スーちゃんの足で二、三歩ほどの距離に棒を放った。スーちゃんが棒を咥えると、先生が微笑みながら手を出す。
「スー。それ、下さい」
スーちゃんは先生の手を見つめて何かを考えているようだった。でも、すぐに閃いたとばかりに、口に咥えていた棒を先生の手の上に乗せた。
「よしよし。お利口ですねぇ」
先生が微笑みながらスーちゃんを撫でる。スーちゃんはお尻ごと尻尾を振って上機嫌。
「ほら、アイリスも」
先生が私に棒を差し出した。私も先生の真似をしてしゃがみ込み、すぐそこに棒を転がす。と、スーちゃんがそれを咥えた。
「ちょーだい、スーちゃん」
手を出すと、スーちゃんが素直に棒をくれる。おお~!
「スーちゃん、凄い! お利口さん!」
スーちゃんの背中を撫で、続いて首を撫でる。と、スーちゃんがもっと撫でてとばかりに地面にごろんと寝転がった。こ、これは!
「先生! スーちゃんが自分からお腹見せた。これ、信頼の証でしょ?」
「ええ」
先生と二人、感激とばかりにスーちゃんのお腹を撫で回す。スーちゃんのお腹、柔らかい。それに、温かい。くふふ。
「だいぶ、ケルベロスに慣れたみたいですね」
先生がスーちゃんのお腹を撫でながら口を開く。私は少し考えて頷いた。
「スーちゃん、まだ小さいから。でも、シオン様のケルベロスは大きいって話でしょ? 今からちょっと心配なんだ……」
思わず逃げ出してしまったらどうしよう。アオイもローザさんもびっくりするだろうな……。
「見た目はともかく、かなり穏やかな性格のようですから。何せ、シオン様に舌を引っ張られても、唸る事すらしなかったようですから」
「ん……」
「それに、近いうち、うちのスーも大きくなるのですから。近い将来のスーを見ていると思って」
「う……」
そう言われてしまうと……。私は地面に寝転がっているスーちゃんに視線をやった。スーちゃんは私と先生にお腹を撫でくり回され、うっとりとした顔をしている。
シオン様のケルベロスは、スーちゃんより一年ほど早く生まれた。という事は、スーちゃんの一年後の姿の訳で……。
一年後には、うちのスーちゃんもこうなるんだって思っていたら、シオン様のケルベロス、触る事は出来なくても、近くで見るくらいは出来るかな……? でも、ずっとこのまま小さくて甘えん坊で寝坊助のスーちゃんな気がしてしまって、スーちゃんが大きくなるの、全く想像出来ないんだよなぁ……。




