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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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248/265

義眼 8

 ウルペスさんとミーちゃんが姿を消して、待つ事しばし。カウンターの中の床に転移魔法陣が浮かび、二人が戻って来た。ウルペスさんの手には布袋。何かが入っているらしく、膨らんだそれを抱えるように持っていた。


「お待たせ~。持って来たよ~!」


 そう軽く挨拶をしたウルペスさんがにこりと笑う。そして、布袋をカウンターの上にドサッと置くと、店番の時にいつも座っているカウンターの椅子に腰を下ろした。


「良い物と悪い物があるんだけどさ、どっちから見たい?」


「え……? じゃあ……悪い物……?」


「りょーかい」


 ウルペスさんは頷くと、布袋の中に手を突っ込み、中の物体をわし掴んで取り出した。


「ちょっと壊れてるんだけどねぇ。どっかの誰かさんに叩き割られたから」


 ちょっと? ちょっとなの、それ。私の目には、大穴が開いているように見えるんだけど。


「リビングドールの頭、ですか?」


 口を開いたのは先生だ。ほぼ右半分しか残っていない、壊れたリビングドールの頭を興味深そうに観察している。


「そ。んで、これ」


 そう言って、ウルペスさんはリビングドールの右目の際に爪を立てると、ぽこっとそれを取り出した。


「まあ、ちょっと見てみてよ」


 そう言って、リビングドールの目玉を私に差し出す。私はそれを受け取ると、しげしげと眺めた。う~ん……。試しに、光に翳してみる。


「どう?」


「どうって……。これ、ただのガラス玉にしか見えないけど……。黒目の部分は絵の具か何かで描いてあるの?」


「そ。正真正銘、ただのガラス玉」


 リビングドールの目は、ただのガラス玉、か……。つまり、先生の目を治すヒントにすらならない。ウルペスさんはそう言いたいんだろう。良い物か悪い物かで言ったら、確かに悪い物だ。


「ありがと。よく分かった」


「いんや。それで、これからどうするつもり?」


 ウルペスさんがカウンターに頬杖を付き、私の顔色を窺うように視線を寄越す。


「諦める?」


「ウルペス!」


 堪らずといったように声を上げたのは先生だった。先生は、私がまたショックで家出しないか心配なんだろう。何せ、前科一犯だからね、私は。


「大丈夫だよ、先生。そもそも、癒しの聖女の義肢の技術で、すぐに義眼が出来るとは思ってなかったし。参考になれば良いなとは思ってたけどね。実際、参考にはなりそうなんだ。だから――」


「諦める気は無いんだね?」


 ウルペスさんの問いに、私は深く頷いた。


「もちろん。私の人生をかけた研究にするんだから!」


「そっか。じゃあ、良い物の方を見せてあげるよ」


 そう言って、ウルペスさんがカウンターの上の布袋に手を突っ込む。そうしてウルペスさんが取り出したのは、掌サイズのビンだった。液体で満たされたそれの中に、丸い物体が浮かんでいる。それを見て、この場にいる全員が絶句したのは言うまでも無い。


「どうよ、これ!」


 誇らしげにウルペスさんが胸を張る。いやいやいや。どうって。どうなのよ、これ。


「あ、あのね、ウルペスさん? 私には、これ、目玉に見えるんだけど……?」


「うん。そだよ」


 軽い調子で頷くウルペスさんに、私はジトッとした視線をやった。


「どうしたの、これ」


「作った。素材は俺だから、そのままラインヴァイス様に使う訳にはいかないけど」


「どうやって?」


「そんなの、決まってんじゃん! ホムンクルスの技術使って。リビングドールをアイリスちゃんが研究するのもあれだしさ。物は試しで作ってみたら、出来ちゃったんだよねぇ、これが!」


 出来ちゃったって……。がっくりと項垂れる私の肩を、慰めるように先生がポンポンとしてくれる。


「私の研究が……。人生をかけた研究になるはずだったのにぃ……」


「あはは~! ごめんねぇ」


 謝ってはいるけど、全然悪いと思ってないな、これは……。


「まあ、真面目な話さ、アイリスちゃんまで後ろ指を指されるような事する必要無いし。俺がラインヴァイス様の目を作って、アイリスちゃんがそれを移植する。それで治療完了で良くない?」


 良くない! そう言おうと思って顔を上げると、ウルペスさんは酷く真面目な顔をしていた。その顔を見て、ふと、今しがたの発言が引っ掛かった。


「ねえ、ウルペスさん。後ろ指を指されるって? 何で先生の目の治療の為にリビングドールを研究をすると後ろ指を指されるの?」


 ここまで言って気が付いた。ウルペスさんは、リビングドールの技術を教えて欲しいと言ったサンテさんにも同じような事を言っていた、と。


「もしかして、屍霊術師があんまり良い顔をされないのと何か関係しているの?」


 先生に魔術を教わり始めた時、屍霊術師はみんなに嫌われる傾向にあるんだって話をちらりと聞いた。あの時はまだ小さかったから疑問に思わなかったし、変わり者ぐらいな感じで言われるのかと思ってたけど……。ウルペスさんのこの顔を見る限り、どうやら違うらしい。もっと深刻な、それこそ、差別的な事を言われているのではないだろうか……?


「あ~……。えぇと、ラインヴァイス様は、その辺りの事はあんまり詳しく話してないのかな?」


「そうですね。幼かったアイリスに偏見を持ってもらいたくなかったので」


 ウルペスさんの問いに先生が頷く。と、ウルペスさんがガシガシと頭を掻いた。


「そっかぁ。これは、俺から話しても良いのかな?」


「アイリスももう大人ですし、問題は無いと思います。それに、屍霊術師自身から話してもらえるのなら、僕としてはその方が助かります」


「りょーかい」


 頷いたウルペスさんが私に向き直る。珍しく真剣な顔で。だから、私も背筋を伸ばし、ウルペスさんの話を聞く事にした。


「アイリスちゃんは、屍霊術って何だと思う?」


「ええと……」


 難しい質問だ。問いが漠然とし過ぎている。


「作り物の身体に、作り物の命を与える魔術……?」


 屍霊術の初級魔術には、ゴーストという、かりそめの命を作る魔術がある。それが屍霊術の起点で、それを術者が作り上げたかりそめの身体に憑かせて操るのが屍霊術だと、私はそう認識している。


「そっか。そういう認識なんだね」


「違うの?」


「半分正解で半分不正解」


「どこが不正解?」


「作り物の命ってのがね。俺ら屍霊術師はね、よく、死人の冒涜者なんて不名誉な二つ名で呼ばれるんだ。と言うのも、ゴーストちゃんがね、元は人だったものから作り上げてるからなの。作り物じゃないんだなぁ、これが!」


 術者が作り上げたゴーストを、かりそめの身体――土塊で作ったゴーレムだったり、人や動物の死体や骨、あるいは鎧だったり人形だったりに移植して操るのが屍霊術だと、そう習っていたけど……。まさか、そのゴーストが人だったものだとは……。


「ゴーストちゃんが、元は人だったての、知らなかったんだねぇ」


 ウルペスさんの問いに、私はこくこくと頷いた。


「まあ、元は人と言っても、意思や記憶がある訳じゃ無いし。ただそこら辺を漂ってるだけの、何か変なものなんだよね。ただ、たま~に記憶や意思を持っているヤツがいて、たぶん人だったんだろうって予測が立てられてる。実際に、俺もそういう変わり種に何度か会ってるけど、確かに人っぽいんだよねぇ……。精霊のなりそこない、みたいな?」


「それは、ゴーストを作ってみたら意思を持ってた、みたいな感じなの? 命令に従ってくれない、みたいな」


「いんや。普通にばったりと会った」


「え……? えぇと……」


 助けを求めるように先生を見る。と、先生がくすりと笑った。


「ウルペス。目の事を話さなくては、アイリスには理解出来ませんよ」


「あ。そっか!」


 先生の言葉に、ウルペスさんがポンと手を打った。


「魔術には適性ってあるじゃん?」


「ん」


「屍霊術への適性が高いとね、そこら辺に漂ってるゴーストちゃんの元が見えるんだよ。つまり――」


「幽霊が見える、とか?」


「そ!」


 にかりとウルペスさんが良い顔で笑う。幽霊伝説なんて、子ども騙しのおとぎ話だと思ってたのに……。まさか、屍霊術への適性が高い人がモデルだったとは……。


「まあ、幽霊伝説の正体なんてのはね、大半が屍霊術師の悪戯だったり、ただの精霊だったり。酷いのだと、揺れる木の枝なんてのもある。調べれば調べる程、胡散臭い話ばっかりなんだよねぇ。まあ、それは置いておいて、と。そんな元は人だったものを、道具として魔術に使ってるのが屍霊術師な訳だ。嫌われる理由、分かるでしょ?」


 ウルペスさんの言葉に、私は腕を組んで頭を捻った。確かに、嫌われる理由にはなるのかもしれない。でも、それを言ったら、攻撃魔術や呪術は人に直接害を与える魔術だ。それに、浄化術。屍霊術に対抗するこの魔術は、元は人だったものを消してしまう魔術だって事で……。


「納得出来ない?」


「だってぇ。屍霊術だけ特別嫌われるの、変だもん! それに、浄化術! 屍霊術に対抗する魔術なんだから、元は人だった物を消す魔術って事でしょ? リーラ姫だってそれで酷い目にあってるし! 私はそっちの魔術の方が嫌い!」


「ははは。アイリスちゃんらしい答えだね。でもね、もし、俺が作ったゴーストちゃんが、君のご両親だったものを使っていたらどう思う?」


「それは……。ちょっと嫌かも……」


「俺が作ったゾンビちゃんの身体が、君のご両親のものだったら?」


「凄く……嫌だ……」


「まあ、そういう事だよ。俺や他の屍霊術師が、君のご両親だったものを道具として使う可能性はゼロじゃない。それが不可抗力だったとしても、忌避感は湧くでしょ?」


「ん……」


「俺らがどんなに丁重に扱ったとしても」


「ん……」


「これが、俺ら屍霊術師が嫌われる理由。大多数の人は、死人は聖域であり、触れる事は許されないって、無意識的に考えている。でも、俺らはそれを道具として扱っているんだ。たとえ、どんなに丁寧に扱っていたとしても、人々の忌避感は拭えない。だから、死人の冒涜者なんて呼ばれる訳よ」


「ん……」


「癒しの聖女が作った義肢は、元々は治癒術の範疇だったのかもしれない。けど、それを元にリビングドールなんて代物を作り出したヤツのお蔭で、今は屍霊術の範疇だ。それを参考に義眼を作るってのはさ、見るヤツによっては、アイリスちゃんが屍霊術の研究をし始めたって事になる訳さ。されなくても良い誤解をされて、君まで死人の冒涜者だなんて後ろ指を指されるの。でもね、ラインヴァイス様は、そこまでして目を治療して欲しいとは思っていない。でしょ?」


 ウルペスさんの問い掛けに、先生は静かに頷いた。


「だからね、義眼作りは俺に丸投げして、君の名誉を傷つけない方向で治療しない?」


 ウルペスさんが「ね?」と首を傾げる。私は黙ってそれに頷くしか出来なかった。

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