義眼 7
とうとう留学最終日。留学中にお世話になった人達に挨拶をして回り、最後に妖精王様に謁見をする。そうして一通り挨拶が終わると、ミーちゃんにお迎えに来てもらって、私達は竜王城に帰った。
降り立ったのは竜王城の謁見の間。そこには竜王様とアオイとシオン様。そして、ブロイエさんとローザさんまでもいた。私達は全員慌てて跪き、私が代表で挨拶をする。
「た、ただいま戻りました。竜王様には大変貴重な機会を賜り、心より――」
「畏まらなくても良い。どうだった。お前の研究に役立つような発見はあったか」
竜王様が片手を挙げ、挨拶を制す。そして、ニヤリと笑いながらそう言った。
「は、はい! 癒しの聖女が作ったという義足を目にする事が出来ました」
「ほう。そのような代物があったのか」
「はい。お世話になった薬師様の私物に。先祖が癒しの聖女の治療を受けたとの事で、その先祖の手記も読ませてもらいました。他にも、癒しの聖女が発見した道具や、開発した魔術などの資料も読ませてもらいました。留学での一番の収穫は、癒しの聖女が開発した義肢が、リビングドールの元になっている可能性があるのではないか、という事です」
「ふむ……。ウルペスには確認してみたか」
「はい! 初めは、構造がよく似ている事から、リビングドールを元にして義肢を作ったのかと思っていたのですが、ウルペスさんから逆の可能性があると指摘を受けました。癒しの聖女には魔人族の弟子がいた事を考えると、癒しの聖女の死後、その弟子が義肢の技術を用いてリビングドールを開発したのではないか、と」
「あれがそう言うのならばそうなのだろう」
ニヤリと笑いながら竜王様がそう口にする。何気に、竜王様の中のウルペスさんの評価は高いらしい。
「よく分かった。疲れているだろう。全員、暫くゆっくり休め。アイリスは、次の出勤日を、アオイ、ローザと相談して決めるが良い。私は先に戻っている」
そう言って竜王様は玉座から立ち上がると、謁見の間を後にした。私は指示通り、アオイとローザさんの二人と相談して、次の出勤日を決める。因みに、次の出勤日は十日後という、長い休みをもらえた。
「ところでさ、その子達、ずっと気になってたんだけど、ケルベロスの赤ちゃん?」
アオイが私のお隣で伏せているスーちゃんとクーちゃんを見つめながらそう言った。よく見ると、うちのスーちゃんはクーちゃんにもたれかかって寝ている。ははは。さっきまで竜王様がいたのにねぇ。あの威圧感の中で寝てられるとか、ある意味大物だよ、うちのスーちゃんは。
「そう。妖精王様からもらったの。アオイ、と言うか、シオン様ももらったでしょ?」
「うん。もらった。巨大なのを。赤ちゃんの時は中型犬くらいなんだねぇ」
「ちゅーがたけん? ちゅーがたけんって何?」
「あ。ごめんごめん。こっちの話。思ってたのより小さいなって」
「そう? でも、抱っこすると結構重いんだよ?」
「ねぇ、ねぇ。抱っこさせて?」
「ん。こっちの寝てる子がうちの子で、スーちゃんだよ」
そう言いながら、私はスーちゃんを抱き上げた。完全に脱力して寝ているスーちゃんはずっしりと重く感じる。そんなスーちゃんを「はい」とアオイに手渡した。
「可愛い~! 鼻鳴らしながら寝てる~!」
「かーい?」
器用にシオン様とスーちゃんを膝の上に乗せたアオイが感激って顔をする。と、シオン様が興味津々の顔でスーちゃんに手を伸ばした。そして、スーちゃんの鼻をむんずと掴む。すると、スーちゃんが目を覚ました。くふふ。スーちゃんってば、凄く迷惑そうな顔してる。
「僕も抱っこした~い!」
そう叫んだのはブロイエさん。意外な事に、ブロイエさんもケルベロスが好きだったようだ。キラキラした目でこっちを見ている。私はアードラーさんに視線を送った。
「こっちの子は、緩衝地帯にともらった子で、クーちゃんです。うちの牧場で面倒を見つつ、寄宿舎の子達と交流を持ってもらう予定です」
私の視線の意味を正しく理解したアードラーさんが、クーちゃんを抱き上げてブロイエさんに渡す。とブロイエさんが抱っこしているクーちゃんの首の辺りを、ローザさんが微笑みながら優しく撫でた。撫でられたクーちゃんはご満悦って顔。それを恨めしそうに、アオイの膝の上でシオン様にされるがままになっているスーちゃんが見ている。
「この子達、男の子? それとも女の子?」
「へ?」
私はアオイの質問に答えられなかった。だって、気にした事が無かったから。誰か知ってる? そう思って、先生、バルトさん、ヴィルヘルムさんを順に見る。
「二匹ともメスですよ」
そう答えたのは先生だ。流石は先生。こういう事にも抜け目が無い。
「へぇ。うちのヘレ――あ。もらったケルベロスの名前ね。あの子も女の子なんだよねぇ。繁殖はさせられないのかぁ……」
ちょっと残念そうにアオイがそう口にする。私はギョッと目を剥いた。いいよ、繁殖なんて。あちこちでケルベロスが歩き回ってたら、気の休まる暇が無いよ!
「どうしても繁殖させたいなら、妖精王に問い合わせれば良いんじゃない? 良い婿さん探してるんだけどって」
そう答えたのはブロイエさん。クーちゃんを高い高いして、とっても楽しそう。私はそんなブロイエさんをじろりと睨んだ。余計な事は言わなくて宜しい。
「赤ちゃんがたくさん生まれたら、誰が面倒見るの? 可愛いからってだけで無責任に増やして放置じゃ、可哀想なのはケルベロスなんだよ!」
「う……。そ、それは、ほら……。欲しい人とか探せば……」
しどろもどろになりながらアオイが答える。私はそんなアオイをキッと睨んだ。
「欲しい人がいなかったら? 生き物を飼うって、子どもが一人増えるくらい大変なの、アオイ、分かってるでしょ? ミーちゃんの面倒見てたんだから!」
「はい……」
アオイがしゅんとしながら頷く。分かれば宜しいと、私は尊大に頷いてみせた。
「ところで、アオイ様? シオン様とケルベロスの相性は如何ですか? シオン様のケルベロスは身体が大きいですので、怖がったりなどされていませんか?」
そう問い掛けたのは先生だ。すると、アオイがぷっと吹き出した。思い出し笑い、なのだろうか? 先生と顔を見合わせ、首を傾げる。
「聞いてよぉ! それなんだけどね――」
アオイが語った話は、何と言うか、シオン様のケルベロスが気の毒になるような内容だった。
最初、シオン様はケルベロスのヘレを怖がっていたんだとか。自分より身体が大きい、凶悪な顔つきをした生物が現れたら、どんなに肝が据わっている子でも怖がるだろう。でも、ヘレが悪さをしない子だと分かったら、だんだんシオン様のヘレに対する扱いが容赦無くなってきたらしい。背中に乗る、毛を毟るのは序の口で、尻尾を齧る、耳を引っ張る、目を抉ろうとする。しまいには、ペロペロとシオン様を舐めていたヘレの舌をむんずと掴み、引っこ抜こうとしたんだとか。
「そこまでされてるのにさ、ヘレってば、困った顔でこっちを見るだけで、シオンに唸る事すらしないの! 大人しいと言うか、賢いと言うか、もう、良い子過ぎてさぁ!」
「何をされても人に従順であるよう、ケルベロスは訓練されていますからね」
先生の言う通り。ケルベロスのしつけの大目標は、人に従順である事。これが出来ない子は、人と一緒に暮らせない。ケルベロスは、万万が一にも、人に牙を剥く事があってはならないのだ。
「特に、シオン様に贈られたケルベロスは、妖精王様のお手元にいた中で、一番賢く、人に従順な子だったようですから。絶対に服従しなくてはならない対象が、既に分かっているのでしょうね」
「そっか。良い子もらえて良かったねぇ、シオン~!」
アオイがちゅ~っとシオン様のほっぺに口づけをする。と、シオン様が嫌がるようにアオイの顔を押しのけた。流石、竜王様の血を引くだけあって、見事な塩対応である。
留学中にあった出来事とか、話したい事はたくさんあったけど、ぺちゃくちゃおしゃべりをしていられる程、みんな暇じゃない。だから、私達は謁見の間を辞した。そうして、先生、バルトさん、ミーちゃんと共にウルペスさんの元に向かう。
因みに、ヴィルヘルムさんとアードラーさんには、一足先に緩衝地帯に帰ってもらった。スーちゃん、クーちゃんと一緒に。
ヴィルヘルムさんに抱っこされたスーちゃんは、ちょっと不思議そうな顔をしていたけど、キャンキャン鳴いて抵抗する事は無かった。たぶん、スーちゃん的に、ヴィルヘルムさんも群れの一員なんだと思う。群れから独りで出されると不安だけど、群れの一員が一緒にいれば平気、と。その辺りは、人とよく似ている。
商業区までやって来た私達は、ウルペスさんのお店の前で足を止めた。先生がお店の扉のノブを回す。これで鍵がかかっていたら、ウルペスさんは秘密の研究室にいる。つまり、私達はまた移動する破目になる訳で。どうだ? 今日は開いてる? おお。開いてた!
カランコロンと小気味良い音でベルが鳴る。先生が端に避け、私に先を譲ってくれる。だから、私はそそくさとお店の中に入った。続いて先生、最後にバルトさんがお店に入る。
「らっしゃ~い……」
何か本を読みながら、カウンターの中のウルペスさんが気の無い挨拶をする。んもぉ。やる気無い! そんなんじゃ、お店、潰れちゃうよ!
「ウルペスさん、店番、ちゃんとしないと!」
「うぉ! アイリスちゃん! それに、ラインヴァイス様とバルトさんまで」
私の声に驚いたらしいウルペスさんが顔を上げ、私達を見て目を丸くする。自分で呼んだくせに……。
「帰って来るの今日だって、すっかり忘れてた……。まあ、座って、座って。今、お茶淹れるから」
ウルペスさんに促されるまま、私はカウンター前の椅子に座った。私のお隣に先生、そのお隣にバルトさんが腰掛ける。ウルペスさんはお店の奥に引っ込むと、少しして、ティーポットと人数分のカップをお盆に乗っけて戻って来た。
ウルペスさんが淹れてくれたお茶を一口啜る。は~。温か~い。冷えた体に染み渡るぅ! ついさっきまで春の陽気の国にいて、急に極寒の竜王城に戻って来たから、身体が芯まで冷えてたんだぁ。カップを両手で包み込むように持ち、冷えた手を温める。
「実はさ、アイリスちゃんに見せたい物があったんだけど、部屋に置いてあるんだ。ちょっと取って来るから待っててよ」
「ん!」
「にゃにゃにゃにゃ、にゃっにゃにゃにゃにゃ!」
バルトさんの膝の上からカウンターに飛び乗ったミーちゃんが、ウルペスさんに向かって何か言う。と、ウルペスさんの顔が輝いた。
「マジで? それは助かる~!」
そう言って、ウルペスさんがカウンターの上のミーちゃんを抱き上げた。ミーちゃんはされるがままだ。
「んじゃ、お願いしま~す!」
「にゃ! にゃぁぁぁ~!」
ウルペスさんの腕の中でミーちゃんが長く鳴くと、ウルペスさんの足元に転移魔法陣が浮かんだ。そして、魔法陣が一瞬光り、二人の姿が消える。
「今、ウルペスさんってば、通訳無しでミーちゃんと話してなかった……?」
「ええ……。話してましたよね……」
私と先生が呆気に取られながらそう呟く。と、バルトさんが涼しい顔で頷いた。
「いつの頃からか、ミーが言いたい事が分かるようになったみたいです。まあ、簡単な内容に限ってですが。ウルペス曰く、傾向と対策だそうですよ」
「ええと……。つまり?」
何だ。傾向と対策って。意味が分からない。だから、バルトさんにその心を問う。
「つまり、ウルペスは、ミーの性格を事細かに分析し、言動を推察しているんだ。因みに、さっきのミーの行動は、ウルペスの思惑通りだろうな。ミーは、ああ見えて結構せっかちでな。待つのが嫌いなんだ。だから、転移すればすぐ済むような用事には積極的に協力する。待っていてと言えば、ミーが協力するのを分かっているからこそ、あの受け答えだ」
「え。何それ。凄い」
ミーちゃんがウルペスさんの掌の上で転がされてる。ウルペスさんが人一倍要領が良いのは知っていたけど、まさか、ここまでだったとは!




