義眼 6
考えても、考えても、何で癒しの聖女が『再生』の術を晩年になってから組み上げたのか分からなかった。可能性はいくつか浮かんだんだけど、こう、しっくりこないと言うか……。これだという確証が持てないと言うかぁ……。違和感があると言うかぁ……。
「心ここにあらず、ですね」
顔を上げると、先生が苦笑していた。い、いけない! 今は先生とダンス中だった! こんな、考え事をしていると、先生の足を踏んで……! ああぁぁぁ。踏んじゃった……。
「ご、ごめん……。痛かった?」
「いいえ。貴女は羽のように軽いですから。踏まれても大して痛くありませんよ」
「本当にごめんね、先生……」
考え事をするのは後にしよう。妖精王様主催の送迎パーティー中なんだから。ここでの恥は国の恥。気を引き締めなければ! 一二三、二二三――。
「ずっと考え事をしているようでしたね」
踊りながら先生が口を開く。でも、今の私には、それに答える余裕は無かった。先生の足を二度と踏まない為に。そして、恥を晒さない為に。だから、無言で小さく頷く。と、先生がクスクスと笑った。
「もう少し肩の力を抜いて。動きがぎこちなくなっていますよ」
「う……」
「僕に身を委ねるように」
「ん……」
先生はこういうダンスがとっても上手だ。国で一、二を争う程に。そんなダンスの名手の先生がリードしてくれてるんだから。大丈夫、大丈夫。落ち着け、私。肩の力を抜いて。抜けろ、力。脱・力ッ!
「そう。その調子」
「ん!」
褒められた。くふふ。ちょっと楽しくなってきたぞ。一、二、ターン、二、二、ターン! ふふん。決まった!
そうして夢中で踊っていると、あっという間に曲が終わってしまった。ちぇ。残念。もう少しくらい先生と踊っていたかった。そんな事を思いながら、先生と二人、手を取り合い、ダンスフロアから抜ける。
「お上手でした、奥様」
そう真っ先に褒めてくれたのはヴィルヘルムさんだ。これは本心なのか、お世辞なのか……。真顔だから、全然分かんない。
「アイリス様」
踊る人達やパートナーを探している人達の邪魔にならないように壁際に移動すると、それを見ていたらしいリリエッタ様がこちらにやって来た。妖精王様が着ている物よりいくぶんか装飾品が多い、フェアリー族の伝統衣装に身を包んだリリエッタ様は、見まごう事無くフェアリー族のお姫様って感じだった。初めて会った時は男の人と間違えちゃったけど、何でこんな綺麗な人を男の人だと思ってしまったんだろう? そう思うくらい、今日のリリエッタ様は綺麗だった。
「パーティーは楽しんでおられます?」
「はい。とても。さっき、一曲踊って――」
「拝見しておりましたよ。私が男性でしたら、ダンスパートナーにと誘う所ですのに。残念です」
「あ、ありがとうございます……」
実は、リリエッタ様のこういうところ、ちょっと戸惑ってしまう。本人は悪気なんて全く無いし、ただ純粋に褒めてくれているのは分かる。でもね、褒められる側になると恥ずかしいの、こういう言葉って!
「本日のドレスは、少々変わった趣向ですね。朝焼け色、ですか? 装飾品もそれに合わせて選んであるのですね」
「あ、はい……」
今日の私のドレスは、朝焼けの空みたいなグラデーションのドレスだ。それに先生が合わせて注文してくれた首飾りや耳飾りを付けている。
「歓迎パーティーは夕焼け色のようなドレスでしたよね? どちらも上品にまとめられていて、きっと、選ばれた方のご趣味が良いのですね」
「ええと……。そう、ですね……」
戸惑ってしまうのは、こういう場面でもそう。こう、探りを入れられているような会話が、ねぇ……。内容的に、リリエッタ様は私に恋人がいるのは分かっている。けど、それが誰だとか、どんな人だとか、直球で聞いてきたりしないのだ。私としては、逆に、直球で聞いてくれた方がありがたいんだけど。だって、ねぇ。自分からあれこれと話す事じゃないし。実は、恋人が先生だって事すら、未だ言えてなかったりする。
たぶん、私とリリエッタ様は、育って来た環境が違いすぎるんだと思う。だから、戸惑ってしまうんだろう。交流を重ねればまた関係が変わるだろうけど、今回の留学はもう終わり。残念だけど、私とリリエッタ様の交流も今日で終わり、だ。そう考えると、ちょっと寂しい気もする。
ケルベロスのしつけ教室も、リリエッタ様とのお茶も、楽しくなかったと言えば嘘になる。そりゃ、勉強の為の留学なのにって、モヤモヤする事はあったけどさ。
リリエッタ様との時間を楽しく過ごせていたのは、彼女が私を楽しませようと頑張ってくれたお蔭だ。だから、今日はその恩返し。私がリリエッタ様を楽しませなければ! せっせと話題を探し、それをリリエッタ様に振る。
そうして二人で談笑していると、あっという間にパーティーがお開きになる時間になった。リリエッタ様のお迎えだろう、フェアリー族のお兄さんがリリエッタ様に耳打ちをする。と、リリエッタ様は分かったというように頷いた。
「では、アイリス様。私はこれで」
「は、はい。今日まで大変お世話になりました」
「いいえ。また機会があればいらして下さい」
「はい。リリエッタ様も。私、竜王城も緩衝地帯も案内しますから」
「ええ。ありがとう」
にこりと微笑んだリリエッタ様が手を差し出す。私はその手を取った。約束の握手、だ。
「あの、アイリス様……? もし良かったら、私と……」
何か言いたげにリリエッタ様が口を開いた。もごもごと言い難そうにしているけど、何だろう? 首を傾げた私を見て、リリエッタ様は静かに首を横に振る。
「リリエッタ様?」
「何でもありません。では、これで……」
名残惜しそうに手を離したリリエッタ様が私達に背を向ける。
「難儀な立場ですね、彼女も……」
そうポツリと呟いたのは先生だ。先生はどこか、心配そうな目でリリエッタ様を見つめていた。
「難儀って? 難しい立場なの? リリエッタ様って」
「アイリス。リリエッタ様の王位継承順位は?」
「ええと……」
リリエッタ様は妖精王様のお姉さん。妖精王様は未婚で、子どもはいない。とすると、近しい血族の王位継承権が高いからぁ……。
「もしかして、第一位?」
「正解。男子優先で、現妖精王様が即位されましたが、彼に何かあった場合は、リリエッタ様が即位する事になります」
ほうほうと頷き、ふと気が付いた。リリエッタ様の立場って、何気に、昔の――臣籍に降りる前の先生と同じなんじゃ……。ちょっと心配そうにしていたのは、昔の自分と重ねたから、とか?
「それに、この国は催しが盛んですからね……。人間関係にはかなり気を遣うはずですよ、我が国以上に……」
「そういうものなの?」
「そういうものです。この国では、王族からの覚えが良いだけで、分不相応の要職に就ける事すらあるらしいですから」
「へぇ……」
そりゃ、王様やお姫様のお気に入りになりたい人が続出するだろう。貢物をしたり、ご機嫌取りをしたり――。一方で、王様やお姫様は、お気に入りにする人としない人の選別をちゃんとしないといけない。変な人をお気に入りにしたら、国が傾いちゃうかもしれないから。つまり、化かし合いをしないといけないって事だ。考えただけで、胃が痛くなりそう。
「そんな立場に置かれていると、気軽に友人になって欲しいとは言えないでしょうね……」
「ん?」
「先程、リリエッタ様が言い掛けた事。アイリスと友人になりたかったんだと思いますよ?」
「そうなの?」
「そうでしょう。あれ程頻繁に、個人的に呼ばれていた訳ですし。どうします? このまま帰ります? それとも――」
「追い掛ける!」
私はリリエッタ様が歩いて行った方に向かって駆け出した。とは言っても、ドレスにハイヒールだから、走ってるんだか歩いてるんだか分からない速さだ。そんな私を見かねてだろう、先生が私の腕を引っ張り、自分の方に引き寄せた。と思った瞬間、ふわりと私の身体が浮いた。公衆の面前で、お姫様抱っこは恥ずかしいよ、先生!
「ちゃんと掴まっていて下さい?」
にっこり良い顔で笑った先生が走る速度を上げる。この速度で走られると、掴まらないという選択肢は無い。だから、私は先生の首に腕を回し、しっかりとしがみ付いた。恥ずかしいのは我慢。顔を上げなければ良いだけだ。
少しして、先生が走る速度を落とした。リリエッタ様に追いついたのかな? そう思って顔を上げる。少し先にはリリエッタ様の後ろ姿。
「リリエッタ様ー!」
彼女に聞こえるように声を張る。と、リリエッタ様が振り返った。そして、私の姿を見て、驚いたように足を止める。
「良かった。追いつけたぁ」
先生に下ろしてもらい、私はリリエッタ様に駆け寄った。そして、リリエッタ様の手を取る。
「リリエッタ様、私、お手紙書きますから。妖精王様に頂いたケルベロスの事とか。こ、こ、恋人の事とか……! あと、私がしているお仕事の事とか、住んでいる緩衝地帯の事とかも! たくさん書きます!」
「楽しみにしています。どうか、元気で……!」
そう言って、リリエッタ様は少し瞳を潤ませながら私を抱きしめてくれた。私もそんな彼女を抱きしめ返す。リリエッタ様は、お花畑のような、とっても良い匂いがした。
帰ったら、早速、リリエッタ様にお手紙を書こう。お世話になったお礼と、スーちゃんの様子は必須だろう。あと、緩衝地帯とそこにある私達の家も紹介してぇ……。先生と一緒に暮らしている事を書いたら、リリエッタ様、驚くかな? 先生と婚約している事を伝えてないから、きっと驚くだろうなぁ……。
ん~……。ん? 待てよ。よく考えたら、帰ったら先生と正式に夫婦になるんだから、初めてのお手紙で「結婚しました!」って伝える事になるんじゃ……? それを伝えると、お披露目の招待状も送らないとだしぃ……。初めてのお手紙が結婚報告と、お披露目の招待状付きとか……。ん~……。まあ、タイミングが悪かったという事で。リリエッタ様には存分に驚いてもらおっと!




