義眼 5
その日、私はサンテさんにお願いして、もう一度義足を見せてもらう事にした。義足の大きさは、私の足とほぼ変わらないか、少し小さいくらい。小柄なドワーフ族専用と考えると、妥当な大きさだ。表面は陶器のような素材。その下には、衝撃に強い、たぶん、非常に軽い金属か何かの二重構造。下の素材にはきっと、びっしりと魔術的な紋様が刻まれている。
紋様を刻む場所には限りがある。延々と描く場所を広げられる模造紙の上とは訳が違う。この限られた場所に紋様を刻むとして、最優先で刻むのは、動きを制御するものだろう。ウルペスさんが見せてくれた、リビングドールのあの模様が動きを制御するものだとすると、この義足にも、同じようにびっしりとあんな感じの紋様が刻まれているんじゃないだろうか? そして、たぶん、失われた部品と、もしかしたら身体にも、『再生』の術かそれに類似するような魔術の紋様が刻まれていたんだと思う。
もし、身体に紋様を刻んでいたとしたら、そう簡単には消えないように刺青だっただろう。失われた部品は義足と同じように二重構造にして――。これで経年劣化には耐えられる、と思う。唯一、接続部分の魔法陣が剥き出しなのが気になるなぁ。う~ん……。本来だったら、簡単に外れるような造りじゃなかったのかな?
惜しいなぁ……。この義足が完全体で見られたら、もっと色々と分かっただろうに。分かるのはせいぜいこの程度、か……。癒しの聖女が作った本物の義足なのになぁ……。
「不思議な魅力があるでしょう、その義足には。見れば見るほど、引き込まれると言うか」
そう言ったのはサンテさん。資料を書き写す手を止め、うっとりとした目で義足を見つめている。
「そうですね。これを大昔の人が作ったなんて……」
信じられない。ただこの一言に尽きる。発想と、それを実現する力。この二つを兼ね備えていた癒しの聖女は、やっぱり天才だったんだと思う。
義足を見ながらそんな事を考えていると、私の胸元が光った。ん? これ、連絡用の護符が光ってる? そう思って護符を胸元から引っ張り出す。やっぱり、光ってた。誰だろ? 私が護符に魔力を流すと、中央の魔石にパッと人影が映った。
「ウルペスさん?」
思わぬ人からの連絡に、私は思わず声を上げてしまった。ふと見ると、みんながみんな、手を止めて、私に注目していた。
「ええと……。どうしたの?」
『それがさぁ、昨日は確証が無くて言ってなかった事があるんだけどさぁ』
もったいぶるようにウルペスさんが言う。私は話の先を促すように、真面目な顔で黙って頷いた。
『見せてもらった義足、リビングドールの技術の流用じゃないかって話、逆だったんだよねぇ』
「逆?」
逆って何だ? 思わず先生と顔を見合わせる。
「つまり、義足が先にあり、その技術がリビングドールの開発に繋がった、と?」
先生の問いに、ウルペスさんが頷く。
『そ。昨日話しててさ、リビングドールって比較的新しい技術だったような、とは思ってたんだよね。で、癒しの聖女って大昔の人じゃん? でもさ、俺、癒しの聖女の研究者じゃないし、彼女がいつの時代の人だったかとか、うろ覚えでしょ? だから、昨日の夜、ちょっと調べたんだよね。そしたら、リビングドールって、癒しの聖女が亡くなっただいぶ後の時代に成立した技術だったんだよ。ま、それがどうしたって話なんだけどさ』
「ん~ん。わざわざ調べて、教えてくれてありがとね、ウルペスさん」
『いんや。それでさ、ここからは俺の予想なんだけど、良い?』
「ん」
『癒しの聖女って、魔人族の弟子がいたでしょ? そいつがリビングドールを開発したんじゃないかなって。自分に再現出来る形――屍霊術として』
「そう思う根拠は?」
先生が問う。と、ウルペスさんがちょっと困ったように苦笑した。
『ないない。あくまで俺の予想。ただ、俺がその弟子の立場だったら、全身作ってみるだろうなぁってさ。弟子って言うくらいだし、義肢のノウハウは教わってたんだろうし、何も知識の無いヤツよりは確率高いよなぁって思っただけ』
ウルペスさんが言う事も分かる。私が弟子の立場だったら、絶対に全身作ってみたくなる。どうなるかなぁって。それで、屍霊術の知識があったら、かりそめの命を与えてみる。上手く動くかなぁって。上手く動かなかったら、何が悪かったのか研究して改良するだろう。そうして研究を積み重ねて、世間に発表したのがリビングドールだったんじゃないかって、ウルペスさんは言いたいんだろう。
「あの! ウルペス殿! 私に、是非ともリビングドールの技術をご教授下さい!」
そう叫んだのはサンテさん。もしかしたら、こんな機会を待っていたのかもしれない。あるいは、私の留学が終わったら、妖精王様にでも頼んで、うちの国に留学させてもらうつもりだったんじゃ……? 交換留学とか何とか言って。
お城勤めをしている屍霊術師なんて、世界広しといえど、ウルペスさんくらいなものだろう。このお城には、たぶん、屍霊術師はいない。サンテさんの必死な様子がそれを物語っている。
はてさて。ウルペスさんは何と答えるのか? この場にいる全員の視線が私の護符に集まる。
『ええと……。すんません。俺、人に物を教えるのとか、そういうの、すっごい苦手なんですよ』
「そこを何とか!」
『いや、何とも出来ないんで』
おお。あっさりバッサリ切り捨てた! ウルペスさん、こういう時、かなり強気だよね。
「そんなぁ……」
『ただ、ウチのアイリスちゃん一行がサンテ殿にはかなりお世話になってますしねぇ……。う~ん。そうだ! 代わりと言っちゃなんですが、リビングドールの写本で手を打ってくれません? 俺の解説本もおまけで付けるんで』
「しかし、私、屍霊術を学んだことなど無く……」
『りょーかいっす。初心者でも分かるように解説書いておきます。かなり分厚くなるのは覚悟しておいて下さいよ?』
「は、はい!」
『あと――』
「はい?」
『屍霊術を本格的に学ぶって事は、後ろ指を指される可能性があるって事ですからね。それも忘れないで下さいよ?』
「はい!」
サンテさんは明るい顔で頷いているし、これにて一件落着! 良かった、良かった。
『あ。そうだ。アイリスちゃんや。留学から帰ったら、俺んとこ来て。話があるから』
「ん。ん? 話?」
話って何だ? そう思ってウルペスさんを見る。けど、ウルペスさんはそれ以上は話すつもりは無いらしかった。
『んじゃ、そういう事で。残りの日程、頑張ってね』
ウルペスさんはにっこりと笑ってそう言うと、プチッと護符の通信を切ってしまった。
話って何だろう? う~ん……。あ。リーラ姫のかりそめの身体が出来た、とか? ……いや。それだったら、私だけじゃなく、先生やバルトさんも呼ばれるはず。それに、秘密の研究に関してだったら、部外者がいるこんな場で話があるなんて言わないだろう。
とすると、この義足や、白騎士の義手、そして、先生の義眼に関する事? でも、そうだとしたら、この場で話てくれても構わないんじゃ……? う~ん……。
まあ、帰ったら教えてくれるんだし、今は勉強に集中しよう。そうしよう! 私は資料の山から本を一冊手に取ると、持参した写本にそれを写していった。
そうして、つつがなく留学日程を消化していき、とうとう帰国前日となった。今日は昼過ぎまでサンテさんの研究室で資料写しをして、午後からは夜の送別パーティーに向けての準備が待っている。
今日まで必死に資料を写したお蔭で、めぼしい資料はあらかた写し終わった。頑張った甲斐があったってものだ。まあ、頑張ってくれたのは、主にヴィルヘルムさんとバルトさんなんだけど。真面目なこの二人を連れて来ていて良かった。
私と先生とアードラーさんは何をしていたのかと言うと、妖精王様のお姉さんのリリエッタ様に気に入られてしまったらしく、ケルベロスのしつけ教室だったりお茶会だったりにお呼ばれしていた。先生はこれも外交だからか仕方ないって言うけど、何だかなぁ……。私、勉強しに来たはずなのに……。
そんな事を考えながら、ヴィルヘルムさんとバルトさんが写してくれた資料に目を通していく。と、その中に気になる記述を見つけた。
「『再生』の術、組み上げたのはやっぱり癒しの聖女だったんだ……」
思わず呟いてしまう。私が目を通していたのは、癒しの聖女の実績が書かれた資料。その中にはっきりと、『再生』の術を組み上げたと書いてあった。
「それな。見ると晩年だな」
そう相槌を打ったのはバルトさん。この資料、書き写してくれたのはバルトさんだったのか。どうりで、神経質そうな――げふん、げふん。ヴィルヘルムさんは無駄に力強い字を書くから、彼ではないだろうなって、一目見て思ってはいたんだ。
晩年の実績に、『再生』の術、か……。とすると、白騎士の義手やサンテさんのご先祖様の義足を繋いだのは別の――もっと簡素な魔術だったんだろう。術式を描ける場所は限られているし、『再生』の術の、あの複雑怪奇な術式を組み込むには場所が限られ過ぎているとは思っていた。
でも、何で晩年になって『再生』の術を……? 白騎士の義手は出来上がってたんだから、千切れた腕でも繋げられるような魔術を組み上げる必要なんて無かったんじゃ……?
もしかして、魔術の名前通り、本当の腕を再生させたかった、とか? でも、それじゃ、『再生』の術は失敗作って事になる。そりゃ、制約が多い術ではあるけど……。期待した効果の無い失敗作を表に出すような、そんな事を癒しの聖女がするだろうか? 私だったら、そんな事、絶対にしないんだけど。
とすると、後世の為に残した魔術だった、とか……? 義手や義足が必要になる人が少しでも減るように……? うむむ……。




