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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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244/265

義眼 4

 夢を見た。癒しの聖女の夢。私が癒しの聖女で、先生が白騎士。二人で遺跡を探索している夢だった。


 何か目当ての物があって、それを探しているんだけど、探索した遺跡には無くて……。酷く落ち込んだ私を、先生が励ましてくれた。次の遺跡にはきっとあるからって。でも、希望を持つには、もう、疲れすぎていて……。


 窓から差し込む朝日に照らされ、私は目を覚ました。ベッドからむくりと起き上り、眠い目を擦る。ベッドの下にはスーちゃんが仰向けで眠っていた。ふかふかのスーちゃん専用の敷物の上で、お腹丸出しで眠るその姿は、野性味など全く感じられない。ケルベロスは、魔物ではあるけれど、人に飼いならされて長い年月経ってるから、野生の本能とかそういうのは退化してしまっているんだろう。


 それにしても、変な夢を見てしまった。昨日、癒しの聖女の事を考え過ぎたせいだろうか? 遺跡での探し物、ねぇ……。やっぱり、禁術の類を探していたのかな? 遺跡といえば禁術だもん。でも、何の為に? ブロイエさんの本に出て来た魔人族の男の人みたいに、大切な誰かを生き返らせたかった、とか? でも、癒しの聖女がそこまで想う人って、白騎士くらいじゃないのかな? もしかして、白騎士は旅の途中で命を落としていた、とか? いやいやいや。それだったらそれで、癒しの聖女の研究者のサンテさんがそうと気が付かないはずが無いよなぁ……。ん~……。駄目だ。寝起きだからか、全然頭が働かない。考えるのは後にしよう。


 私はベッドから降りると、朝の支度を始めた。そうして一通りの支度が終わると、未だ眠りこけているスーちゃんの傍に屈む。この子には、警戒心なんて無いのだろうか? こんな間近で覗き込まれても眠り続けるなんて……。良く言えば平和的な性格、悪く言えば能天気。でも、寂しがり屋で甘えん坊。ついでに、食いしん坊で寝坊助。そんな事を考えながら、スーちゃんの鼻の頭を軽くツンと突っついた。とたん、ぺろりとスーちゃんが鼻を舐める。おお。面白い。ツンツン。ぺろり。ツン。ぺろり。


 こんな悪戯をされて眠っていられるような子は、世界広しといえどいないだろう。スーちゃんも例外ではなく、やっと目を覚ました。と思ったら、盛大にくしゃみをした。仰向けで寝ていたスーちゃんがくしゃみをするとどうなるか。正解は、覗き込む私にしぶきがかかる。


 そりゃ、朝から悪戯した私が悪いんだけどさ……。何も、そのままの格好でくしゃみしなくても……。顔、洗って来よ……。とぼとぼと洗面所に向かい、バシャバシャと顔を洗う。そうしてお部屋に戻ると、スーちゃんは何食わぬ顔で二度寝していた。んもぉ……。本当に寝坊助なんだから……。


「スーちゃん、起きて。置いて行くよ」


 そう口にした途端、スーちゃんがハッとしたように目を覚ました。そして、ガバッと起き上ると、ダダダッと私の元に駆けて来た。足元にお座りしたその顔は、期待に満ち溢れている。この顔、たぶん、抱っこなんだろう。けど、甘やかしてばかりも良くないと思う。ただでさえ、甘えん坊なんだから。


「じゃあ、食堂に行こう」


 そう言って私が扉に向かうと、スーちゃんが鼻を鳴らし始めた。クンクン、キュンキュンと。振り返ってスーちゃんを見る。スーちゃんはお座りしたままその場を動いておらず、何かを訴えかける目で私を見ていた。


「スーちゃん、そんな所にいつまでも座ってると置いて行くよ?」


「クゥクゥー……」


「スーちゃん?」


「キュンキュン……」


「スーちゃん!」


「キュ~キュ~……」


 んもぉ! 抱っこしてもらえるまで、意地でも動かないつもり? 良いもん。そっちがそのつもりなら、私にだって考えがあるんだから!


「じゃあ、そこにいて良いよ。ずっとそうしてなね?」


 鼻を鳴らし続けるスーちゃんを残し、部屋を出る。途端、物凄い勢いでスーちゃんがキャンキャンと吠え始めた。ゆっくり十数えて、と。ガチャリと扉を開き、顔を覗かせる。と、スーちゃんがダダダッとこちらに駆けて来た。


「一緒に行きたいんでしょ? だったら、自分で歩いて付いて来るの!」


「キャン!」


 一声吠えたスーちゃんが部屋を出る。私が歩き始めると、その後をスーちゃんもちゃ~んと付いて来た。よしよし。偉いぞ。私はスーちゃんが小走りにならない程度の速度で、食堂に向かってゆっくりと歩を進めた。


 別に、私はスーちゃんに意地悪をしたい訳じゃ無い。これも躾の一環だ。昨日、寝る直前にほんの少しだけ読んだケルベロスの躾の本。それに甘やかしてばかりも駄目だって書いてあったから。


 ケルベロスは元々、群れで生活する魔物で、群れには必ずリーダーが存在する。小さい頃から甘やかしてばかりにすると、自分を群れのリーダーだと勘違いする子が出るんだとか。そうして大人になったケルベロスは、人の言う事を聞かなくなるどころか、人に牙を剥く事すらあるんだそうだ。だから、幼少期の躾は重要で、赤ちゃんに贈るケルベロスは、専門の機関できちんと躾をされた、一歳程度のケルベロスが多いんだとか。


 本を読んで私は考えた。先生がスーちゃんをとことん可愛がる人で、私がスーちゃんを躾ける人。そういう役割分担をすれば良いんじゃないかなって。つまり、私が群れのリーダー! リーダーって良い響きだよね。うん。


「おはよー、アイリスちゃん。朝からご機嫌そうだね」


 振り返ると、クーちゃんを連れたアードラーさんがすぐ傍に。アードラーさんもクーちゃんを抱っこしたりしていない。可愛がるけど甘やかさないって感じだ。流石、お城の厩舎に勤めていただけあって、その辺はよく分かってるね。


「おはよう、アードラーさん。クーちゃんもおはよう」


「キャン!」


「お~。お返事してくれた! おりこうさんだね、クーちゃん」


「だね。偉いね、クーちゃん」


 私とアードラーさんに褒められたクーちゃんが、嬉しそうに尻尾をパタパタ振る。と、何故か、そんなクーちゃんに向かって、うちのスーちゃんが吠え始めた。


「スーちゃん?」


「あはは。クーちゃんだけ褒められたからかな? やきもち焼きだねぇ、スーちゃんは」


 笑いながらスーちゃんの傍に屈んだアードラーさんがその背を撫でる。と、スーちゃんが鳴き止んだ。それどころか、撫でられて嬉しそうに、尻尾をパタパタと振っている。現金な子だね……。


 そうして私達は連れ立って食堂へとやって来た。先生もヴィルヘルムさんもバルトさんも既に到着していたから、私達が最後。みんな、朝早いよね。朝ごはんが到着する前の時間なのに全員揃っちゃったよ。みんな、普段の生活スタイルが超朝型だからね。こればっかりは仕方ない。


 スーちゃんとクーちゃんを庭に出し、私は席に着いた。そんな私に、ヴィルヘルムさんがお茶を淹れてくれる。温かくてほんのり甘いお茶を飲んでほっと一息。朝はやっぱりこれだね。最近、ヴィルヘルムさんの淹れてくれるお茶を飲まないと、「朝だぞ~!」って気にならないんだ。


「奥様」


 呼ばれて顔を上げる。珍しい事もあったものだ。ヴィルヘルムさんから、朝一で話し掛けられるとは。普段は、私と先生が話してるのを黙って聞いているだけなのに。


「何?」


「もし宜しければなのですが、サンテ殿の先祖の手記、あちらを貸して頂けたら、と」


「手記? もちろん良いよ。まだ全部読み終わってないから、明日まで待ってもらえればだけど」


「ありがとうございます」


 そう言って、ヴィルヘルムさんが深々と頭を下げた。


「珍しいですね」


 そう言ったのは先生だ。ヴィルヘルムさんが私に何か要求するの、初めてだもんね。確かに珍しいよね。


「少々気になる事がございまして」


 答えたヴィルヘルムさんは無表情。気になる事があるって言っている割に、気になっている風には全然見えない。そんな所がヴィルヘルムさんらしさだ。


「その、気になっている事を聞いても?」


「使用感と言いますか、義足を付けた感想みたいなものがあれば、と。思い通りに動くとは言っても、所詮は作り物。人形の足です。そんな物が果たして、足の代わりになったのかと」


「つまり?」


「人形の足には感覚がありません。そのような足では、歩けるようになるのも一苦労。走る事は無理だったのではないか、と。白騎士の義手もそうです。仮に、剣を握れるかりそめの腕があったとして、そのような腕で、腕を失う前と同じように剣を振るえるものなのでしょうか? 義足や義手の性能はどの程度のもので、使用者達はその性能に満足していたのでしょうか? 仮に、サンテ殿の先祖は満足していたとしても、私のような人種ではどうだったのでしょう? 満足出来る出来だったのでしょうか?」


 見ると、先生もバルトさんもアードラーさんも、みんな揃って難しい顔をしていた。私も少し想像してみよう。う~ん。片足だけ感覚が全く無い。でも、動かす事は出来る、と。それで歩いたり、走ったり……。アオイのお世話をしたり、ユニコーン――ベルちゃんに乗ったり……。


 そもそも、感覚が無いのに動くって状態が今一つピンと来ないなぁ。足が痺れているみたいな状態なのかな? でも、それだと力が入らないし、動かす事もままならない。あれ? でもでも、義足だから力を入れる必要は無いしぃ……。思い通りに動くんだしぃ……。


「アイリスはどこまで手記を読みました?」


 先生に問われ、思考の海から浮き上がる。


「ええと……。足を失った絶望感がつらつらと書いてあるあたり。まだ、義足を手に入れたところは読んでないけど……」


「簡単に説明すると、サンテ殿の先祖は、義足を手に入れてすぐに立ち上がれるようになりますが、歩くまでには月日を要します。それ以上の運動が出来るようになったかは、手記には書いてありませんでした」


 手記を写してくれたのは先生だから、先生は全部内容を知っている訳で。ネタバレ禁止と言いたいところだけど、それは、今は置いておこう。


 立ち上がるのは、すぐに出来るようになったんだね。バランスを取るのは結構簡単なのかな?


 ……いや。立ち上がるだけなら、つっかえ棒みたいな状態になっていれば出来る。でも、歩くというのは、バランスや、足首や膝の動きだけじゃなく、向きや力加減なんかが関係してる緻密な動作だ。走るのはもっと難しい動作だしぃ……。そう考えると、私、普段は何気なく歩いたり走ったりしてるけど、かなり緻密な動作をしてるんじゃ……?


 白騎士の義手はどうだろう? かりそめの腕を付けたらまずやってみる事といえば、手を握ったり開いたりする動作だろう。私は試しに、手を握ったり開いたりしてみた。これは練習すればすぐに出来るようになりそうだ。感覚が無くても、目の前で手の動きを確認出来るのが大きい。


 これが出来るようになったら、利き腕だとしたら物を食べる動作だったり文字を書いたり、かな……? 白騎士だったら、職業柄、剣を振るったり……。どれもかなり緻密な動作だ。指先や手首、ひじや腕全体の力加減と繊細な動きを、義手はどこまで再現出来ていたのだろうか? ヴィルヘルムさんじゃないけど、確かに気になるかもしれない……。

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