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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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242/265

義眼 2

 私は手始めに、写本に義足の魔法陣を写す事にした。出来る限り忠実に。慎重に描き写していく。それが終わったら、各部位の計測だ。実物が手元に無くても模型が作れるくらい細やかに寸法を計り、詳細な図を描いていく。


「――そろそろ休憩にしませんか?」


 そう声を上げたのは先生だ。見ると、先生に写しをお願いした本――サンテさんのご先祖様の手記は、半分くらい写し終わったらしい。結構分厚い本だったのに。流石は先生。


「賛成~!」


 私はう~っと背伸びをしながらそう言った。ヴィルヘルムさんもバルトさんもアードラーさんも、本を写していた手を止める。


「では、お茶と軽食を準備させます。一階の応接間で休憩に致しましょう」


 そう言って立ち上がったのはサンテさん。義足を見せてくれた後、書庫で白騎士の義手やサンテさんのご先祖様の義足に関係しそうな本を選んでくれた後、ずっと資料写しを手伝ってくれていた。みんなが写している本も、サンテさんが特にお勧めって言っていた本だったりする。


 応接間に移動して待つ事しばし。フェアリー族のお兄さんがお茶と軽食を持って来てくれた。飾りに惜しげもなくお花が使われている。ずいぶん華やかな軽食だ。


「可愛らしい軽食とお茶ですね」


 給仕のフェアリー族のお兄さんからお茶を受け取った先生がそう言って笑う。見ると、お茶にもお花が浮かんでいた。何だか、リーラ姫が好きそうな軽食とお茶だ。薔薇とかスミレとかの砂糖漬けを好んで食べていたんだから、きっと、こういうのも好きだったと思う。


「花は全て食用ですので。是非、召し上がってみて下さい」


 そう言ったお兄さんから私もお花入りのお茶を受け取り、一口啜る。ふわりと漂うお花の香りは、たぶん、浮いているこのお花から漂うものだろう。次に、フォークを手にすると、興味津々、軽食の飾りに使われているお花を口に入れてみた。う~ん……。食べられるけど、美味しい物ではないな。ちょっと苦いし酸っぱい。甘い香りはするのに甘くないって変なの。


「ところで――」


 お茶を飲んで軽食を少し食べたサンテさんが神妙な顔で口を開いた。


「竜王城には、屍霊術師の方がいらっしゃるのでしょうか?」


 たぶん、ずっと気になってたんだろうな。だって、見せてくれた義足の構造を、屍霊術師のウルペスさんなら解明出来るかもしれないんだから。


「はい。いますよ。私も懇意にさせてもらっています」


 私がそう答えると、サンテさんの目が輝いた。けど、それも一瞬の事。何かに気が付いたようにハッとし、困ったように眉を下げた。


「屍霊術師の方は、やはり、その……人付き合いは、あまり、しません、よね……?」


 サンテさんの言葉に、私は首を傾げた。屍霊術師――ウルペスさんが人付き合いをしない? 何で? と思ったけど、すぐに気が付いた。そうだ。世間一般では、屍霊術師はあまり評判が良くないんだった。それを分かっているから、屍霊術師も人里離れた所に住んでいる事が多い。ウルペスさんみたいに、何にも気にしないで、普通にお城で生活している屍霊術師の方が珍しいんだった。


「たぶん、サンテさんが想像している性格と真逆の性格ですよ。凄く人付き合いが上手な人です」


 何たって、気難しいって有名なバルトさんと普通に付き合えるくらいなんだから。普通以上に人付き合いが上手だと思う。苦笑しながらそう言うと、サンテさんの顔がぱぁっと輝いた。


「何と! では、親書を出しても大丈夫でしょうか? ご迷惑に思われたりは?」


 親書、つまり、お手紙かぁ。ウルペスさんの性格を考えると、読んでもお返事書くかなぁ? ちょっと心配。私や先生がお願いしたらお返事くらい書いてくれるかなぁ? う~ん……。


「後ほど、少し話をしてみます?」


 そう提案したのは先生だった。サンテさんがぽかんとした顔で先生を見ている。「何言ってんの、この人」くらいの顔だ。


「実は、うちの宰相が趣味で通信の護符を作りまして。私も彼もその護符を持っていますので、話す事は可能ですよ。ただ、彼も騎士ですので、手が空いた時になりますが……。ご希望とあらば、すぐに連絡を入れてみますが?」


「は、はい! 是非とも! お願いします!」


「では、少し失礼します」


 そう言って、先生は席から立ち上がった。そして、お部屋を出て行く。ウルペスさんの都合さえつけば、護符を通してだけど、義足の実物を見ながら白騎士の義手について考察が出来る! ナイス提案だよ、先生!


「通信の護符とは、凄い物を作り出しますねぇ。自慢のお父上でしょう?」


「あはは。そうですねー」


 自慢か自慢じゃないかと問われたら、自慢ではあるんだけど。改めて言われると照れる。だから、笑ってサラッと流しておいた。


「ところで、サンテさん。ちょっとお聞きしたいんですけど……」


「何でしょう?」


「癒しの聖女の、魔大陸での足取りについてなんですが、旅の途中で、かなりの数の遺跡に立ち寄っていますよね?」


 癒しの聖女が見つけた道具類が乗っている本をざっと見た限り、両手の指だけじゃ数え切れないくらい遺跡に入っていた。治療の旅のはずなのに、どちらかと言うと、遺跡巡りが主目的なんじゃないかって数だ。


「そうですね。路銀稼ぎか何かだったのでしょう」


「ただ、未探索の遺跡となると、かなり危険が伴うはずで……。路銀が足りないからと、気軽に入るものでもないみたいで……」


「そうなのですか? 私、研究ばかりで遺跡になど一度も行った事がありませんでしたので、あまり気にも留めていませんでした。因みに、危険とはどの程度なのでしょうか?」


「仮に、私が護衛付きで遺跡に行ったとして、許されるのは入り口付近の探索までです。それも、探索が完了している遺跡で。未探索の遺跡には、絶対に足を踏み入れさせないと言われました。護衛の実力如何では、探索が完了している遺跡でも無理だとも」


「そこまでのものなのですか……。ふむ……。とすると、遺跡に入る、何か重大な理由があったと考えるのが普通ですな……」


「お心当たりはありませんか?」


「う~ん……」


 サンテさんは難しい顔で考え込んでしまった。サンテさんも心当たりが無いのかぁ。気になったんだけどなぁ。けど、先生の義眼作りにそれが直接関係する訳でもないし。気にしないのが一番!


「すみません、変な事を聞いて。忘れて下さい」


「いえ。そんな事にも気が付かなかったとは、このサンテ、癒しの聖女の研究者として情けない限りです。きっと、遺跡に潜っていたのには、何か理由があるはずです。それを解き明かす事こそ、癒しの聖女の研究者としての使命です!」


 サンテさんの目、メラメラ燃えているように見えるけど……。若干引き気味でサンテさんを眺めていると、部屋の外に出ていた先生が戻って来た。


「如何でしたか?」


 メラメラ燃えていたサンテさんの目が、今度はキラキラ輝いている。と、そんなサンテさんに先生が苦笑を返した。


「この後、少し時間が取れるそうです。準備が出来たら連絡が来る手はずになっています」


「そうですか!」


 う~む……。この感じ、ウルペスさんってば、秘密の研究室にいたんじゃないだろうか? それで、一緒に来られなかった手前、こっちの用事を優先してくれたんじゃ……。ありがたや、ありがたや~。心の中で手を合わせておく。


「こちらも準備を致しましょう!」


 そう言って、サンテさんが立ち上がった。私もそれに続いて立ち上がる。そうしてサンテさんの研究室に戻ると、ウルペスさんからの連絡を待った。


 少しして、先生が持っていた連絡用の護符が光る。ウルペスさんの準備、出来たみたい。こっちの準備も完了してるし、早く、早く! 目で先生を急かすと、先生が苦笑しながら護符に魔力を通した。


『ども~! さっきぶり!』


「すみませんね。時間を作ってもらって」


『いんや。他ならぬラインヴァイス様のお願いだからね。んで、早速で悪いんだけど、俺の意見が欲しいって何があったの?』


「それが――」


 先生がウルペスさんにざっと説明をしてくれる。そうして、護符をローテーブルの上の義足の方に向けた。


『ほ~。これが癒しの聖女が作った義足かぁ』


「あ、あの! 屍霊術師殿! 私、癒しの聖女の研究をしております、サンテと申します!」


 先生がスッと護符をサンテさんの方に向けた。サンテさんはちょっと緊張しているみたい。言葉の一つ一つに力が篭っている。


『あ。挨拶が遅くなってすいません。屍霊術師のウルペスです。そこに護衛でいるバルトさんの直属の部下です』


 ウルペスさんはいつも通りマイペース。物怖じしない性格って良いよね。羨ましい。


「ウルペス殿から見て、如何でしょうか? リビングドールの技術を使っていそうに見えますでしょうか?」


『確かに、構造は似ていますね。あ。ちょっと待ってて下さい。今、良い物持って来るんで』


 良い物って何だ? ウルペスさんは護符をテーブルの上に置いたのだろう、先生が手に持つ護符に天井が映っている。ごそごそという音が聞こえるのは、ウルペスさんが何か荷物を漁っている音だろうか?


 そうして少しすると、ウルペスさんが戻って来た。お待たせしましたとばかりに、満面の笑みのウルペスさんが護符に映る。


『ずいぶん昔、苦労してリビングドールを作った事があるんですよ。ただ、その次の日に、どっかの誰かさんに叩き壊されたんですけど。いつか修理しようと思って取っておいたんですけど、こんなタイミングでこれが役に立つとは』


 そう言ってウルペスさんが護符に映したのは、サンテさんが持つ義足とよく似た足だった。けど、決定的に違う点が一つ。ええ……。何、あの模様……。気持ち悪……。


 ウルペスさんがリビングドールのものだと言った足には、表面にびっしりと、どことなく禍々しく感じる模様が刻まれていた。普通に考えて、文字が刻まれているのは足だけじゃないだろう。あの調子で全身に文字が刻まれているんだと思う。


 想像すると、リビングドールってかなり気持ち悪い代物だ。人形にびっしりと禍々しい模様が刻まれていて、それが勝手に動くんだから。夜に見たら、独りで寝れなくなる自信があるよ。うん。


「違いますな……」


 サンテさんが呟いた通り、見た感じ、全然違うよね。義足の方には模様が何も入ってないんだから。


『ただの人形を不浄の者の器として機能させるには、これくらいの紋様が必要なんですよね。思い通りに動かせる義足であるなら、理論上、これと同じくらいその義足にも魔術的な紋様が必要なはずなんですけど……。もしかしたら、表面の塗りの下に魔術的な紋様が入っているんじゃあないですかね?』


 ほうほうと、私はサンテさんと共に頷いた。


『あと、主な素材もリビングドールのものとは違うと思います。リビングドールの素材は陶器に近いので、衝撃にめっぽう弱いんです。だから、どっかの誰かさんにあっさり叩き割れた訳ですけど。まあ、それは置いておくとして、リビングドールと同じ素材だと、義足として強度が足りないかなと思いますよ』


「じゃあ、これ、陶器っぽく見えるだけで、全然違うものって事?」


 私の言葉に、ウルペスさんは一つ頷いた。


『表面に塗ってあるものが同じなだけで、その下の素材は別の物だろうね。造りからして、リビングドールを参考にしてあるのは間違いないと思うけど』


 癒しの聖女って本当に天才だよなぁ。何をどうして、こういうのを思い付いたんだろう? 発想が凄い。普通、屍霊術の一種であるリビングドールを治療に使おうだなんて思わないし、使えるとも思わないよ。


「この表面を削り取ったら、どのような紋様が刻まれているか分かるでしょうか……?」


 まるで独り言のようにサンテさんが呟く。それは私も気になる。だから、二人でジッと義足を見つめる。と、ウルペスさんが口を開いた。


『やめておいた方が良いと思いますよ。一緒に下の紋様も削り取るのがオチですから。たぶん、表面に紋様を刻まなかったのは、見た目上の問題もあると思いますけど、義足の機能を長持ちさせる為だったんだと思います。アフターケアとか、そういうのは考えていないと思いますから』


「経年劣化を防ぐ為だけの構造だと?」


『そうですよ。だって、調子が悪くなっても、すぐに直せるわけでもないですし? 調整とか必要無い造りにしません? 俺だったらそうしますけど』


 確かに。この義足、癒しの聖女にしか扱えなかったんだよな。魔人族の弟子もいたけど、彼はとうとうこの技術を継承出来なかった。不具合が出ても、癒しの聖女がすぐに調整に駆けつけられる訳でも、技術者がいる訳でもないんだから、調整なんて必要無い造りにするよね。


「う~む……」


 サンテさんは難しい顔をして黙り込んでしまった。だから、代わりに私が質問を続ける。


「ウルペスさん、ウルペスさん。ちょっとこれ見て」


 そう言って、先生が掲げる護符の前に差し出したのは、さっきまで使っていた写本。義足の接続部分だろう箇所にあった魔法陣を写し取ったページを開いて見せた。


「これね、この義足と足がくっ付く場所にあった魔法陣なの」


『ほ~。やけに単純だね』


「やっぱり? ウルペスさんもそう思う?」


『うん。もっと複雑でも驚かないよね。リビングドールの関節の方が、ずっと複雑な紋様が入ってるもん』


 やっぱりかぁ。見た時から小さいなとは思ってたし、写してみたら思った以上に単純な魔法陣だった。本来なら、思った通りに義足を動かす為の要の部分のはずなのに、この単純さ。考えられる可能性は二つ。一つ目の可能性は、そもそも思い通りには動かない義足だった。二つ目の可能性は――。


『思ったんだけどさ、それ、部品が足りないなんて事無い? 今、見せてもらった魔法陣じゃ、義足を思い通りに動かすなんて到底無理だもん。何か、要になる部品があったんじゃない?』


 ウルペスさんの言う通り、この単純な魔法陣で、思い通りに義足を動かすような接続を自分の足とするなんて無理だろうし、思い通りに動く義足だったんなら、その可能性が非常に高い。ず~っと昔の物だし、時が流れ、所有者が移り変わり、消失してしまった……。あぁ~! 勿体ないっ! せっかくの技術がぁぁぁ!

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