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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第一部

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近衛師団長の憂鬱Ⅴ 2

 直後、柄を握る手に衝撃が走った。と同時に、甲高い音が鳴る。それは、剣と剣がぶつかり合う時のような、そんな音と衝撃で。見ると、僕の剣が横手から入った剣に止められていた。この漆黒の剣……。


「兄上……」


「兄上、か」


「っ……!」


 僕の呟きを耳にした兄上が、面白そうに片眉を上げる。僕は兄上から視線を逸らすと、唇を噛んだ。


 兄上が王となってからというもの、呼び方には気を付けてきた。兄上は王であり、僕は臣下なのだから。甘えは捨て、兄上の騎士であろうと努めてきた。なのに……!


「剣を収めろ、ラインヴァイス。それ以上続けるのならば、私が相手になる」


 兄上の言葉に、僕は慌てて剣を収め、防具錬成を解除すると、その場に片膝を付いて頭を下げた。ノイモーント、フォーゲルシメーレ、ヴォルフも片膝を付いて頭を下げている。


「ヴォルフ。ラインヴァイスに何を言った」


「俺はただ……。別に、ラインヴァイス殿を貶めようとか、そういう事ではなく……」


「何を言った、と聞いた」


「……しょ、小児性愛の気が……ある……と……」


 ヴォルフが決まり悪そうな声色で答える。それを聞いた兄上は、呆れたように溜め息を吐いた。


「くだらん事を。アイリスの幼い見目を維持する為に契約印を渡しているのならばいざ知らず、ラインヴァイスにそのつもりは無い」


 兄上の言う通り、僕はまだ、アイリスに契約印を渡すつもりは毛頭無い。僕はアイリスの成長を見守り、何かあればすぐに手を差し伸べられる場所にいたいだけだ。もしも、成長したアイリスが、同じように僕を愛してくれるのなら、その時は契約印を渡そうと、そう決めていた。それを――!


「気を静めろ、ラインヴァイス」


 激しい感情の波が襲い来る。それを見透かしたように、兄上が静かな声でそう言った。


「相手の本質を見極められる目を持っていなければ、伴侶など一生かかっても見つけられぬ。アイリスの魂に惹かれたラインヴァイスの心のあり様を理解するのは、見目重視のお前には無理だろうな、ヴォルフ」


「見目重視なんて、そんな事……」


「ほう。では、先程までの態度、どう説明するつもりだ」


「う……」


「好意を寄せて来る娘に対し、誠意を見せたらどうだ。それが出来ぬと言うのであれば、この場から去れ。あの娘には他の者を宛がう」


 兄上の言葉は意外だった。今日の食事会は、ノイモーント、フォーゲルシメーレ、ヴォルフ、この三人の為に開いたものだ。しかし、今の兄上の言い方では、ヴォルフよりもミーナ嬢の為を想っているように聞こえる。そこまで、彼女を気に入ったという事なのだろうか?


「あの娘は、ヴォルフには勿体ない程の良い女だ。すぐに相手は見つかるだろう。ラインヴァイス。候補はいるか」


 呼ばれ、顔を上げる。すると、兄上は真剣そのものといった表情で僕を見つめていた。冗談を言っている気配は無い。やはり、あの短い間でミーナ嬢を気に入ったらしい。本気で、彼女の為を想っているようだ。


「は。数名ですがおります」


 頭の中で、近衛師団の要職に就いている者で、普段の働きぶりが良く、人族への感情が良好な者を挙げていく。ミーナ嬢はもうすぐ成人する年頃だろう。そうすると、なるべく若い者の方が良い。イェガーは、気の毒だが候補から除外。彼がもう少し若ければ、言う事無く推せたのだが……。


「そうか。では――」


「お待ち下さい、竜王様」


 静かな声で待ったを掛けたのは、意外な事にフォーゲルシメーレだった。彼は普段、兄上の考えに異を唱える事は無い。彼だけではなく、ノイモーントやヴォルフもそうだ。兄上との長い付き合いの中で、兄上の行動の殆どが他者を慮ってのものだと理解しているから。


 そのフォーゲルシメーレが異を唱えるなど、余程の事なのだろう。兄上も意外だったのか、片眉を上げ、フォーゲルシメーレを見つめている。


「それでは、長年ヴォルフを想い続けていたミーナ嬢があまりにも報われなく、恐れながら、お考えに異を唱えさせて頂きます。人族の十年は、我々の想像以上に長い。どうか、その点をお忘れなきよう」


 フォーゲルシメーレの言う事にも一理ある。が、このまま戻っても、ミーナ嬢をより傷つけるだけだろう。もし、ヴォルフに態度を改めるつもりがあるのならば、その限りではないのだが……。そう思ってヴォルフに視線をやる。自然と、この場にいる全員の視線がヴォルフへと集まっていた。


「わ、分かりました! 分かりましたって! 態度改めますから、みんなして、そんな、殺気立った目で見ないで下さいよっ!」


 悲鳴のような声でヴォルフが叫ぶ。精神的に追い詰められたのか、彼の頭にはワーウルフの耳が、背後には尾が出てしまっていた。それが力なく下がり、彼の心情を表している。


「戻るぞ」


 兄上はそう声を掛けると、漆黒のマントを翻した。僕は立ち上がり、ヴォルフの背後に回る。そして、未だ力無く垂れ下がっている彼の尾を、渾身の力で踏みつけた。


「ふぎゃっ!」


 ヴォルフが変な悲鳴を上げ、ビクリと身体を震わせた。全身の力が抜けたように崩れ落ちたヴォルフを、ノイモーントとフォーゲルシメーレが気の毒そうな目で見つめている。


 僕を小児性愛の変態呼ばわりして、これくらいで済むのだから幸運だと思え。僕に尾を踏まれたまま、ヴォルフが力なく手足を動かす。何とか逃れようとしているのだろう。これはこれで……。尾を踏みつけたまま、足の裏をグリグリと動かす。ちぎれて、しまえっ! 尾無しになって、笑われろっ!


「何をしている」


「いえ。何も」


 怪訝そうに振り返った兄上に首を振り、僕は小走りでその背を追った。


 僕が小児性愛などという、くだらない噂が消えるまで、アイリスへの接し方を改めた方が良いだろう。これ以上、近衛師団の者達に軽んじられるわけにはいかないのだから。


 元々、僕に威厳など無いに等しい。歳が若い事に加え、攻撃魔術への適性が無いからだ。近衛師団の者達は、王の弟に付いて来ているのであって、僕自身を認めている訳では無い。だから、僕は皆に認められるよう、兄上の最強の盾にならなくてはいけないのだ。


 最強の盾。この道を示して下さったのはアオイ様だ。あれは、彼女がまだ、この世界の事も、魔術の事も、何も分かっておられなかった頃だったか……。僕が結界術師だと知ると、兄上の剣を目指していた僕に、最強の盾を目指せと、そう言って下さった。


 兄上の剣としては欠陥のある僕だが、兄上の盾としてならば、皆に認めてもらえるかもしれない。僕の結界術の適性も、無駄にはならないかもしれない。今度こそ、大切な者を守れるかもしれない。遠目に、風に吹かれて揺れる赤い髪が見えた。

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