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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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留学 11

 日が暮れ、私達の歓迎パーティーが催された。アオイのお披露目で着たのと同じデザインのドレスで着飾り、先生とダンスをする。留学までの特訓のお蔭で、無難に踊れたと思う。けど、重苦しい気分は晴れなかった。


 まさか、シオン様にケルベロスが贈られる事になるとは……。何でこんな事に……。はぁと深い溜め息を吐いたその時、スッと飲み物が差し出された。


 飲み物を取って来てくれたのは先生だ。細いグラスに注がれたジュースは、プチプチと泡を発している。それを受け取り、一口。おお。お口の中がシュワシュワする。何これ。


 でもね、珍しい飲み物で気分が晴れるほど、私は単純じゃないんだもん。せっかく、飲み物を取って来てくれた先生には悪いけどさ……。


「気分が優れませんか?」


「ん……。まさか、シオン様にケルベロスが贈られる事になるなんて、夢にも思ってなかったから……」


「いっその事、うちでも飼います? 毎日顔を合わせていたら、苦手克服も出来るかもしれませんよ?」


「ん~……」


 今後を考えると、何とかしてケルベロスに慣れなくてはならない訳で。先生が言うように、飼ってみるのが一番手っ取り早いんだろう。一緒に暮らしていたら情も湧くだろうし、苦手じゃなくなるかもしれない。けどなぁ……。


「ちゃんと可愛がれるかな……。飼うんなら、無責任な事はしたくないし、ちゃんと可愛がってあげたい……」


「そういう事を心配出来るのなら、大丈夫だと思いますけどね」


「そうかなぁ……」


 でも、気が進むかといったら別問題。今日見たケルベロスの赤ちゃんだって、やっとの事で一番大人しい子を抱っこ出来たんだ。お母さんケルベロスには、怖くて触れなかったしさぁ。


 二人でそんな事を話していると、妖精王様が私達を見つけてやって来た。スカートを摘まみ、お辞儀をする。先生も胸に手を当てて頭を下げた。


「そんな壁際で、何の相談をしていたのかな?」


「あの……ええと……」


「ケルベロスの事です。飼ってみても良いのではないか、と」


 言い淀む私に代わり、先生が答えてくれる。と、それを聞いた妖精王様が満面の笑みを浮かべた。


「ケルベロスの可愛さを分かってくれたんだね!」


「え……あの……はい……」


 喜色満面でそう言われると、頷くしか無い訳で。ここで「いいえ」と言えるほど、私は空気を読めなくも無いし、図太くも無い。


「活発じゃなくて、なるべく小さくて、常に寝ているような子なら、飼ってみたいな、と……」


 思い浮かべたのは、今日抱っこした赤ちゃんケルベロス。あれくらい大人しくて、されるがままで、寝てばかりの子だったら、飼えなくもないかな、なんて。


「因みに、子守をさせる訳じゃ無いんだよね?」


「子守、ですか?」


 子守って何だ。ケルベロスに子守させるのが、この国では普通なの?


「つまり、赤子のパートナーとして過ごさせる訳じゃ無いよね?」


「あ、はい。私には、まだ子どもはいませんから」


「なら、特別に訓練する必要なは無いね。アイリス嬢が躾をしてやれば良い訳だ」


「しつけ、ですか……。それは難しいのでしょうか?」


「難しくはないよ。我が国には参考資料もたくさんあるし、お望みとあらば準備させよう。ところで、もう迎える子は決まっているのかな?」


 ぐいぐい来るなぁ……。それだけケルベロスが好きなんだろうね。妖精王様に飼われているケルベロスは幸せだろうな。こんなに愛されてて。でも、私は――。


「あの、まだ飼うと決めた――」


「そうだ! まだ決まっていないのなら、今日触れ合った子などどうだろう? おっとりした性格だし、兄弟間では一番身体が小さいし、寝るのが大好きだ! アイリス嬢が言った条件にピッタリではないか!」


「え……」


「そうと決まれば準備しなければ! 躾の参考資料と手入れ用具とおもちゃと――。じい! じいはいるか!」


「えぇ……」


 妖精王様は声を張り上げながら去って行った。残された私は呆然とする。止める間も無かった……。嵐のようにやって来て、嵐のように去って行った……。


「今夜あたり、ケルベロスの赤子が届けられそうですね」


 先生はそう言い、クスクスと笑っていた。私はと言うと、先生の言葉にギョッと目を剥く。


「今夜? そんな急な! 心の準備が出来てない!」


「ですが、断れませんよ? 妖精王様のご厚意ですし」


「う……」


「あのご様子なら、もう一匹欲しいと言っても大丈夫そうですかね……」


 先生がぽつりと呟いた。何故? そう思って首を傾げると、先生がにっこりと笑った。


「アードラーとバイルが欲しがっていたでしょう?」


「あ……」


 あの様子なら、もう一匹欲しいと言ったら、逆に喜びそうだ。緩衝地帯に贈ってもらうという形を取れば、角は立たないだろうしぃ……。うん。行けそうな気がしてきた。


「先生、妖精王様を追い掛けよう!」


「ええ」


 二人で妖精王様を追う。妖精王様はすぐに見つかった。パーティー会場から出てすぐの所にいたから。さっき呼んでいたじいやさんだろう、よぼよぼだけど身なりのきちんとしたおじいちゃんと何事かお話している。先に私達に気が付いたのはおじいちゃんの方だった。彼の視線を追うように、妖精王様が振り返る。


「おぉ! アイリス嬢! 今、ケルベロスの手配をしているところだ。今日中に届けさせるからね!」


「はい。ありがとうございます。ところで、妖精王様?」


「ん? 何かな?」


「大変不躾なお願いかと思うのですが、ケルベロスの赤子をもう一匹、譲って頂けたら、と……」


「何だと!」


 私のお願いを聞き、妖精王様が目を剥いた。はわわ! もしかして、怒らせた? 言い方が悪かった? どどど、どうしよう!


「じ、実は、私、今、緩衝地帯に住んでおりまして、そこに寄宿舎があるのですが、そこの子ども達にもケルベロスと触れ合う機会を設けられたら、と……。も、もちろん、しっかりした世話係りは付けます! 緩衝地帯には牧場があるので、そこに勤める者が責任を持って世話をします。ですので、どうか――」


「是非、子ども達にケルベロスの可愛さを伝えて欲しい!」


 妖精王様にガシッと肩を掴まれ、期待の篭った熱い眼差しでそう言われる。お、怒ってたんじゃなかったのね。嬉し過ぎた顔だったのね。良かったぁ……。こっそりと安堵の息を吐く。


「どのような子が良いのかな? やはり、人懐こい子が良いのかな!」


「そ、そう、ですね……?」


 そうなのか分からないけど、適当に相槌を打つ。だってね、妖精王様の圧が凄いんだもん。この人、ケルベロスが絡むと性格が変わる気がする。第一印象は、穏やかで神秘的な王様だったのに……。


「宜しければ、なのですが」


 と、先生が控えめにそう声を上げた。妖精王様と二人、先生を見る。


「牧場勤めをしている者のうち一名が、今回の留学に同行しております。彼と一番相性の良いケルベロスを選ぶのが、ケルベロスの為になるのではないかと存じますが」


「おお! そうだね! では、早速、その彼を呼んで来てはくれないか? 私はここで待っていよう」


「は。かしこまりました」


 先生と二人、パーティー会場にアードラーさんを探しに行く。アードラーさんはすぐに見つかった。向こうも私達を探していたから。


「あ。良かった。いた!」


 アードラーさんってば、完全に私達を見失っていたみたい。んもぉ。護衛なんだからしっかりしてよ。バルトさんとヴィルヘルムさんなんて、会場に戻って来た瞬間、さりげなく傍に来たんだよ! と、まあ、それは置いておいて、と。


「アードラーさん! 妖精王様の所、行こう!」


「へ? 何で?」


「ケルベロスの赤ちゃん、くれるって! 緩衝地帯用、と言うか、寄宿舎の子達用だけど。牧場でちゃんと面倒見るからって言ったら、くれるって!」


「うそぉ!」


「本当! 妖精王様待ってるから、すぐに行くよ!」


 そうして私達は、妖精王様が待つ、会場の外に移動した。今度はバルトさん、ヴィルヘルムさんも一緒。たぶん、このままパーティーを辞すことになるだろうからね。バルトさんもヴィルヘルムさんも会場に残る意味が無い。


 妖精王様の住む離れに移動した私達は、ケルベロスの赤ちゃんと再び対面した。昼間とは違い室内に入れられたケルベロスの赤ちゃん達は、お母さんケルベロスの傍で団子になって寝ている。


「アイリス嬢にあげる子はこの子だね」


 そう言って、妖精王様は一匹の赤ちゃんケルベロスを抱き上げた。と、その気配に赤ちゃんケルベロス達が起き上がる。けど、肝心の妖精王様の腕の中の赤ちゃんケルベロスは寝たままだった。うん。この寝坊助っぷり。間違いない。昼間抱っこした子だ。


「もう一匹はどの子が良いだろうか?」


 そう言って、妖精王様は私を見た。私はアードラーさんを見る。


「アードラーさん的に、気になる子、いる?」


 私の問いに、アードラーさんはふむと頭を捻った。そして、明後日の方に少し歩いたかと思うと、しゃがみ込む。


「おいで!」


 そうして声を張る。と、一匹の赤ちゃんケルベロスがアードラーさんに向かって駆け出した。他の子はきょとんとしたり、警戒していたりする中で。


「よ~し、よしよしよし! おりこうさんだねぇ」


 アードラーさんは駆け寄った赤ちゃんケルベロスを撫でくり回し、抱き上げた。


「決まったようだね」


 笑顔で妖精王様がそう口にする。と、アードラーさんも笑顔で頷いた。


「可愛がってあげて欲しい」


 そう言って、妖精王様は抱えていた赤ちゃんケルベロスを私に差し出した。わ、私が抱くの……?


「は、はい……。必ず……」


 うぅ~。いくら昼間抱っこしたとはいえ、苦手なものは苦手なままで。冷汗をダラダラ流しながら赤ちゃんケルベロスを受け取る。


「昼間はこちらで預かっていた方が良いよね。君達も忙しいだろうし」


 妖精王様の言葉に、私は一つ頷いた。私達は今回、遊びに来ている訳じゃ無い。やらなくちゃいけない事があるから、この子達に付きっ切りという訳にはいかないのだ!


「出る時、警備の者に預ければ良いように手配しておこう。帰りは、そうだな……。迎えに来てやったら、この子らも喜ぶのではないだろうか?」


 このお城の人達に届けさせるのも悪いしね。だから、私はまた一つ頷いた。そして、視線を腕の中の赤ちゃんケルベロスに移す。赤ちゃんケルベロスはプスープスーと独特な寝息を立ててぐっすりと眠っていた。


 名前、考えてあげなくちゃね。ん~。何が良いかなぁ……。寝息の音から、プスちゃん? でもなぁ。韻が悪い。ブスみたい。これじゃ可哀想。ん~ん~……。スーちゃん、とか?


「スーちゃん……?」


 試しに呼んでみる。と、腕の中のケルベロスが目を開けた。そして、「何か?」って顔で私を見上げる。おお。反応した。じゃあ、今日からこの子はスーちゃんって事で。決定!

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