留学 8
三日後。出発日となった今日、留学メンバーである私、先生、ヴィルヘルムさん、アードラーさんの四人は、揃って竜王城へと向かった。何で竜王城へ向かうのかと言うと、留学メンバーにはバルトさんもいるから。それに、隣国へはブロイエさんの転移で送ってもらう事になっているからだ。
行きはブロイエさん、帰りはミーちゃん。何だか、このパターン、定着しつつあるような……。そんな事を考えつつ、今日の待ち合わせ場所、竜王城の謁見の間に向かう。
謁見の間に入ると、バルトさんとミーちゃんは既に到着していた。ブロイエさんとローザさんもいる。ローザさんはお見送り、かと思いきや、小さなお出掛けカバンを持っていた。何で? そう思ってローザさんのお出掛けカバンを見ていると、それに気が付いたローザさんがうふふと笑った。
「うちの人ってば、送るだけじゃ味気ないから、私達もパーティーに参加させてもらおうって。妖精王様に連絡したら、それなら一泊していけば良いっておっしゃって下さったのよ」
何と。それは知らなかった。でも、アオイのお世話、大丈夫なのかな? と一瞬思ったけど、アオイってば、結構何でも出来るからな。一日くらいお世話する人がいなくても、どうにかしてしまうのがアオイだ。
「ローザさん、どんなドレス着るの?」
「いつも通り、青のドレスよ」
「そっか。私はね――」
ローザさんとドレス談議に入ろうとしたところで、今日の当番の人達なんだろう、近衛師団の人らしき二人が入って来た。これは、竜王様とアオイが来る前触れだ。だから、私達は全員、謁見の作法に則って、ふかふかの絨毯の上に跪いた。
先生たち男の人は、片膝を床に付いて胸に手を当てた体勢。私とローザさんは、両膝を床に付いて手を組んで頭を下げる。そう言えば、正式に竜王様に謁見するのって、この竜王城に来た時ぶりだ。それに気が付くと、何だか変に緊張してきた。
少しして、靴音が二つ響いてきた。竜王様とアオイだろう。でも、まだ顔は上げない。竜王様の許可が下りてから顔を上げるのが決まりだから。じっと俯きながら待っていると、二人が座る気配がした。そして、竜王様が口を開く。
「頭を上げよ」
おずおずと顔を上げる。竜王様は堂々と、アオイはシオン様を抱っこしてちょこんと玉座に座っていた。
「竜王様。この度は留学という大変貴重な機会を賜り、誠に有り難く――」
先生に教えてもらい、今日までに暗記した挨拶を口にする。と、竜王様がそれを手で制した。
「堅苦しい挨拶はいらん。私もアオイも、お前たちの見送りがしたかっただけなのだから。ブロイエ」
「はいは~い!」
呼ばれたブロイエさんがいつもの軽い感じで返事をする。そして、すっくと立ち上がった。
「んじゃ、皆さん。出発しましょっか~?」
そう言いながら、ブロイエさんはローザさんに手を差し出した。その手を取ったローザさんがゆっくり立ち上がる。じゃあ、私も。よいしょと立ち上がろうとしたところで、先に立ち上がっていた先生がスッと手を差し出した。遠慮なくその手を借りて、私も立ち上がる。そして、先生と二人、ブロイエさんの傍に寄った。私達に倣うように、バルトさん、ヴィルヘルムさん、アードラーさんもブロイエさんの傍に寄る。
「アイリス!」
呼ばれて振り返る。と、アオイが玉座から少し腰を浮かせていた。思わず立ち上がっちゃった感じだ。でも、私が振り返ったからなのか、すとんと玉座に座り直すと、ぎこちなく笑う。
「頑張って、ね?」
「ん! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
アオイが手を振ってくれたから振り返す。と、アオイに抱っこされていたシオン様も手を振ってくれた。でも、すぐにその姿は光に包まれて見えなくなった。
とたん、ぐらりと眩暈のようなものに襲われた。何度も転移しているけど、この感覚、本当に慣れないなぁ。右も左も、上も下も分からなくなるようなこの感覚、結構苦手だったりする。でも、転移自体はとっても便利だし、文句を言うつもりは無い。
降り立ったのは、竜王城とは一味も二味も違う、豪華絢爛な広間だった。ふんだんに鏡とガラス装飾が使われている室内は、キラキラ光り輝いていて眩しいくらい。そんな広間の一番奥、一段高くなっている所に玉座が一つ置いてある。という事は、ここは謁見の間なのか。竜王城と比べると、随分派手な謁見の間だ。いや、竜王城が地味なのかな? でも、竜王城にも装飾品の類はあるしぃ……。
「ようこそおいで下さいました。ただいま、妖精王様を呼んで参ります」
そう声を掛けてくれたのは、背中に羽のあるお兄さん。おお。フェアリー族だ。初めて見た。竜王城にはいない部族だからなぁ。
妖精種フェアリー族は、妖精王様の国では一番人口が多い部族だ。妖精王様自身もフェアリー族だって話だ。特徴的なのは背中の羽。翼を持つ部族はいくつかあるけれど、羽を持つ部族はフェアリー族だけ。蝶のように色鮮やかだったり、蜂やトンボのように向こうが透けて見える羽だったり、色も形も様々だ。妖精種に分類される部族は一つの姿しか持たないから、背中の羽は常にそこにある。だから、凄く見分けやすい部族だったりする。
そんな名も知らぬフェアリー族のお兄さんの後ろ姿を見送ると、私達は床に跪いて頭を下げた。そうして少しして、一人分の足音が聞こえてきた。もしかしなくても、妖精王様登場だ! どんな人なんだろう? ドキドキする。
「面を上げなさい」
響いた声は、男の人にしては少し高めだった。おずおずと顔を上げる。おお。この人が妖精王様か。
長いサラサラの髪は白金色。フェアリー族特有の羽はブルーの蝶のよう。優しく細められた目、その瞳は快晴の空の色だ。透けるような白い肌を彩るのは、フェアリー族の伝統衣装で、ゆったりとしたズボンに色とりどりの薄衣の上着を何枚も重ねたもの。年齢は、竜王様よりもブロイエさんに近いだろうか? 神秘的な感じがする大人の男性だ。……そう言えば、玉座一つしかないけど、お后様、いないのかな?
「久しぶりだね、ブロイエ殿、ラインヴァイス殿」
やっぱりと言うか、何と言うか。妖精王様と先生、ブロイエさんはお知り合いだったようだ。
「そこの子が例の?」
「はい。我が国唯一の治癒術師にございます」
そう答えたのは先生だ。キリッとした口調と声色。お仕事モードの先生だ。
「魔大陸唯一の、だろう? 名は?」
そう言った妖精王様がこちらを見る。ひ~。ドキドキする!
「ア、アア、アイリスでしゅ」
ひ~! どもった上に噛んだ! 恥ずかしい!
「良い名だね」
「ありがとうございまふ」
また噛んじゃった……。もうボロボロだ。くすん……。
「そう緊張しなくて良いよ。取って喰ったりはしないから」
クスクス笑いながら妖精王様がそう口にする。ただ、そういは言われても、緊張するものは緊張する。だから、こっそり深呼吸。吸って、吐いて、吸ってぇ、吐いてぇ。よしっ!
「妖精王様。この度は、ご多忙の中、留学という大変貴重な機会を賜り、誠に有り難く存じます。この留学により学ばせて頂いた事を先へ活かし、治癒術師として、その称号に恥じぬ務めを果たしていく所存にございます」
「はい。よく言えました。小さいのに偉いね」
ん? 小さい? 小さいって、身長じゃない、よ、ね……? にこやかに笑いながら手を叩いている妖精王様を思わず見つめてしまう。と、それに気が付いた妖精王様が不思議そうに首を傾げた。
「どうした? 変な顔をして」
へ、変な顔って……。ま、まあ、百歩、いや、千歩譲ってそれは良い。それよりも――!
「お褒め頂き光栄なのですが、私、レディと呼ばれても差し支えない年齢で……」
「そうなの?」
妖精王様がブロイエさんを見る。と、ブロイエさんが苦笑しながら頷いた。
「それはとんだ失礼を、レディ・アイリス」
「いえ……」
「失礼ついでに、一つ聞いても?」
「はい。何でしょう?」
「君、恋人とかいる?」
ええと……。これ、正直に答えて良いのだろうか? 何か思惑とかあったりしたりして? いや、でも、先生の前で恋人なんていませんなんて言えないしぃ……。ん~……。ここは正直に言おう。何かあっても、今日は先生だけじゃなく、ブロイエさんもいるし。二人なら何とかしてくれるだろう。
「婚約者が……」
「いるの?」
「はい……」
おずおずと頷く。と、妖精王様がガッカリしたように肩を落とした。
「面倒事は避けたいし、諦めるか……」
諦めるって何を? いや、まあ、恋人いるかって聞かれた訳だし、そういう事なんだろうけど……。正直に答えておいて良かったぁ。
何か、妖精王様って、見かけに寄らず軽いと言うか、何と言うか……。同じ王様でも、竜王様とは大違いだ。
「あの……?」
「ああ、すまない。こちらの話だ。滞在する部屋へは、この後、そこの者が案内する。我が国での滞在が、君の糧になる事を祈っているよ」
「はい。有り難き幸せにございます」
形式的な挨拶を交わすと、妖精王様が席を立った。そして、謁見の間を出て行く。ふぅ。粗相は無かったはず。緊張したぁ。




