留学 6
先生が持って来てくれた傷薬で靴擦れの応急処置をして、食堂までは先生に抱えてもらって移動した。すぐに治癒術で治しても良かったんだけど、眠くなっちゃうからね。寝る直前に治した方が、今日はお客様もいるし、良いんじゃないかなぁって。
食堂のテーブルには、大皿料理がひしめき合っていた。何で今日に限って大皿料理なのかと言うと、今日は特別にヴィルヘルムさんも一緒にごはんを食べてもらう事にしたからだ。普段なら、私達がごはんを食べる前にサッとごはんを済ませてしまうヴィルヘルムさんだけど、今日はダンスの練習に付き合ってくれてそんな時間は無かったからね。ヴィルヘルムさんが配膳とか気にしなくて良いように、大皿料理にしてもらった。くふふ。こういうごはん、パーティーみたいで楽しいな。みんなでごはん、嬉しいな。
「そう言えば、お二人の留学先ってどこなんです?」
ごはんを食べながら口を開いたのはアードラーさん。留学するのは聞いていても、どこかまでは聞いてなかったらしい。バイルさんも興味があるらしく、そういえば的な顔でこちらを見ていた。そんな二人に、先生がにっこり笑って口を開く。
「妖精王様の所ですよ」
「へぇ~。あの国じゃ、絶対にパーティーありますね。大々的に。派手好きですもんねぇ」
「ええ。そういった催しが好きな王ですからね。うちとは違って」
先生の言葉に思い返してみる。と、竜王様主催でのパーティーらしいパーティーと言えば、アオイのお披露目くらいしか思い付かなかった。シオン様誕生の時だって、パーティーはやっていない。謁見で特別に、シオン様が同席するくらいだった。
そうか。うちの国、と言うか竜王様は、パーティーがあんまり好きじゃないのか。ほうほうと頷いていると、バイルさんが口を開いた。
「俺は今のままで十分っす。妖精王様の所みたいに、年がら年中パーティーだの何だのやってたら、楽器弾ける連中の身が持ちませんって」
「ですね。事前練習で忙しくなるのは目に見えていますから」
バイルさんの言葉に、ヴィルヘルムさんも渋い顔で同意した。もしや、この二人、いや、アードラーさんも含めて三人は、パーティーで楽器弾く係りなのかな? だとしたら、ヴィルヘルムさんが、バイルさんやアードラーさんが楽器弾けるって知っていたのも頷ける。
「俺はそういう生活、憧れるけどなぁ」
「憧れるも何も、暇さえあれば、楽器弾いてるか歌ってんだろお前……」
アードラーさんの言葉に、ちょっと呆れ気味にバイルさんが言う。アードラーさんはセイレーン族。楽器を弾いたり歌ったり踊ったりするのが好きな部族だからね。楽器も歌も、暇さえあればしてるんだろうなとは思ってた。
「あ。そう言えば、アードラー?」
先生が思い出したように口を開く。全員の視線が先生とアードラーさんに注がれた。
「はい? 何でしょ?」
「貴方、竪琴なんて弾いてます? 歌を歌いながら」
「あ~……」
「もしかして、なのですが、牧場に寄宿舎の子がお邪魔してません? 小さい女の子なのですが……」
「してますね」
「やっぱり……」
先生が額に手をやって項垂れた。どうした、どうした? 思わず、先生とアードラーさんを見比べる。と、アードラーさんが苦笑しながら口を開いた。
「ちょっと前、天気が良いから外で歌ってたら、いつの間にかちっちゃい子が傍にいてね、俺の歌聞いてたんだよね。上手ねぇって褒めてくれたから、それから時々歌ってあげてんの。歌、気に入ってくれたみたいで――」
「気に入られたのは歌ではないでしょう?」
ジトッとした目で先生がアードラーさんを睨む。でも、怒ってるとかそういう雰囲気は全然ない。呆れてるって方が近い、かな?
「先生……?」
「シェリーが……」
シェリー? シェリーって、お洗濯大好きシェリー?
「竪琴と歌が上手な優しいお兄ちゃんと結婚するの、と……。この間、皆の前で宣言していたのを偶々聞いて……」
「は?」
思わぬ話に、目が点になってしまった。アードラーさんを見ると、ちょっと照れたように笑っている。シェリーは確か、六歳だったかな? 将来の結婚相手を決めるには、ちょっと早いような気もするんだけど……。
「え? 何? アードラーさん、そんな約束、シェリーとしたの……?」
「いや。ただ、懐いてくれてるなとは思ってたかな。まさか、結婚するって言ってくれるなんてね! あはは~」
シェリーは人見知りしないし、物心付く前にここに来ていた。だから、魔人族に対しての偏見は無いと言っても良い。あの子にとって、アードラーさんは歌の上手な優しいお兄さんなんだろうけど……。結婚って……。アードラーさん、そんな、満更でも無い顔しない!
「子どもの戯言でしょう」
そう言ったのはヴィルヘルムさん。おぉ。バッサリ切り捨てたぞ、この人。流石だ。
「そうそう。所詮はちびっこの言う事っすから」
バイルさんまで。でも、こんな事くらいでへこたれないのがアードラーさんだ。お隣に座っているバイルさんの背をバシバシと叩きながら声を上げて笑っている。
「やだなぁ、二人とも! ヤキモチだなんて大人気ないよぉ!」
アードラーさんの言葉に、室内の温度が一気に下がった。原因は、ヴィルヘルムさんとバイルさん。殺気と言うのだろうか、そんな不穏な空気が二人から出ている。
意外や意外。バッサリ切り捨てたヴィルヘルムさんもバイルさんも、ただアードラーさんが羨ましかっただけらしい。負け惜しみってやつだったみたいだ。
この二人、アードラーさんと違って近寄りがたいからね。ヴィルヘルムさんは洗練された感じがするけど、冷たいと言うか怖い感じがするし。バイルさんは筋骨隆々で厳ついし、強面だし。
二人とも、寄宿舎の子達と仲良くなりたいなって思ってるんだろうけど、肝心の寄宿舎の子達が寄って来てくれないんだろう。私が子どもだったら、間違いなく近づかないもん、この二人には。
「優男が。良い気になってんじゃねえぞ?」
低く静かにそう言ったのはヴィルヘルムさん。こ、怖ひ……。口調、いつもと違う! 凄くガラが悪くなってるんだけど!
「ヴィルヘルム。素が出てますよ? アイリスを怯えさせないで下さいね?」
先生がにっこり笑ってそう言うと、ヴィルヘルムさんがハッとしたように私を見た。と思ったら、バツの悪そうな顔で視線を逸らした。アードラーさんはと言うと、怯えたような、焦ったような、そんな顔をしてる。
「えっと、あっと……。あ! そうだ! アイリスちゃん、妖精王様の国って言えばね、珍しい魔物がいるの、知ってる?」
話題転換を頑張ったアードラーさん、偉い! 私もそれに乗らせて頂こう。このままシェリーの話を続けても、良い事なんて無さそうだから。
「珍しい魔物って? どんなの?」
「ケルベロスって言ってね、人と共存出来る魔物なんだよ!」
「へ、へぇ! 人と共存出来る魔物なんているんだぁ!」
「珍しいでしょ? 限られた地域にしかいないから実物なんて見た事ないんだけど、赤ちゃんがすっごい可愛いって有名なんだよ。フワフワのモコモコのモフモフのコロコロなんだって!」
「え~! 何それ! 気になるぅ! 見てみたい~!」
アードラーさんと二人、わざとらしいくらい盛り上がってみせる。先生はそんな私達を見てクスクス笑っている。ヴィルヘルムさんとバイルさんは黙々とごはんを進めているし、雰囲気の入れ替えには成功、か……?
「俺も一回見てみたいんだよねぇ!」
ん? 何ですと? 思わず、まじまじとアードラーさんを見てしまった。限られた地域にしかいない魔物の赤ちゃんを見たいアードラーさん。その限られた地域とは、妖精王様の国らしく……。
「え? 何? 何か変な事、言った?」
「ケルベロスの赤ちゃん、見たいの?」
「え? うん……」
「見に行く?」
「へ?」
思いがけない提案だったらしい。アードラーさんが固まった。そんな彼をジッと見つめる。ジ~ッと。
「え、えっと……。何か、物凄い圧を感じる目なんだけど……」
「ケルベロスの赤ちゃん、見たいんでしょ?」
「見たいけど……」
「留学に一緒に来てくれたら見られるよ?」
「そう、だろうけど……」
アードラーさんがちらりと先生を見る。先生の意向が分からないからね。仕方ないね。だから、私も先生を見る。と、先生がにっこりと笑った。
「アイリスが望むのなら、僕は異論ありません」
「えぇ~……」
アードラーさんが心底困ったような声を上げる。と、バイルさんが口を開いた。
「留学の同行者は、実力は問われないという事っすか? アードラーでも問題無い、と?」
「そうですね。護衛という名目ではありますが、アイリスの助手に近い事をしてもらいますので。アイリスの手伝いを真面目にしてもらえるのなら、実力は問いません」
「因みに、手伝いとは?」
「主に、資料の書き写しですね」
「それならお前にも出来そうだな」
「えぇ~……。で、でも、名目とはいえ、護衛なんですよね? 俺、そういうの向かな――」
「私が特訓して差し上げますので、その様な心配は無用です」
そう言ったのはヴィルヘルムさんだった。これが優しく微笑みながらの発言だったら、何と面倒見が良い人だろうって思ったと思う。けど、彼の顔は言外に「この話、断ったらどうなるか分かってんだろうな?」と言っていた。怖ッ!
「そんな、気負わなくても大丈夫ですよ。僕もヴィルヘルムもいますし。バルトだっていますから」
先生がクスクス笑いながら言う。そうそうと、私も頷いておいた。単に、人手が欲しいだけだからね。それに、アードラーさんなら空気も和ませてくれそうだし。ウルペスさんが同行しない分、そういう人、欲しいと思ってたんだ。
「すっごい濃ゆい面子ですね……。余計、同行し辛いんですけど……」
「そうですか?」
「そうですよ。団長に、第一連隊の副長と第二連隊の副長って……。もっと、こう、違う人選あったでしょと思わざるをえないと言うか……」
「それは、まあ、仕方ないとしか……。うちの婚約者様は、極度の人見知りなもので……」
そうそう。先生の言う通り。うんうんと大真面目な顔で頷いておく。
「ウルペスの同行も検討したのですが、今回は残して役職付きの業務をやらせた方が良いだろうと、バルトの提案で残す事になりましたし……」
あ。そういう話にしたのね。了解、了解。ウルペスさんは役職付きの経験を積む為に居残り、と。
「因みに、特別手当は? 出るんっすか?」
そう言ったのはバイルさん。お手当とは現実的な。どうなの、先生? そう思って先生を見る。と、先生は苦笑していた。たぶん、私と同じ事を思ったんだろう。
「勿論出しますよ。数日ですので、あまり出せませんが……」
「どれくらいっすか?」
「これくらい」
そう言って、先生が手を出した。五本の指が全部立っているところを見ると、金貨五枚っぽい。それが多いのか少ないのかは分からない。でも、私だったら、多少気が進まなくても付いて行っちゃう金額だ。
「よし! 行って来い! 牧場は俺に任せておけ!」
バイルさんがアードラーさんの背中をバシッと叩く。一応、手加減はしてたんだろうけど、かなり強い力で叩いたらしく、良い音が響いた。叩かれたアードラーさんは咳き込みながら悶絶している。
「土産はケルベロスの子な。可愛いの期待してっから!」
ニカッと良い顔で笑うバイルさん。そう言えば、バイルさんも獣好きだったね。ケルベロスの赤ちゃんを見たいの、アードラーさんだけじゃなかったみたいだ。
「特別手当、全部吹っ飛ぶじゃん、それ。てか、足りないよ」
そう言って苦笑したアードラーさんだけど、嫌だって断らないって事は、ケルベロスの赤ちゃんを買うつもりなんだろう、きっと。牧場に新たな仲間が加わる日もそう遠くなさそうだ。




