留学 4
先生と共にやって来たのは、ウルペスさんの秘密の研究室。やっぱり、短期留学中に護衛に付いてもらうなら、この人達しかいないよね。
たぶん、先生も同じ事を考えていたんだと思う。私と交流があって、お互いに気を遣い合わなくて良くて、ヴィルヘルムさんとも上手くやれそうな人ってかなり限られるから。
先生が秘密の研究室の扉をノックする。と、中からウルペスさんの間延びした返事が聞こえた。先生が静かに扉を開き、私に先に入るように促す。私は先生と笑みを交わすと、先生が開いてくれている扉をくぐった。
研究室には、今日もウルペスさんとバルトさんとミーちゃんの三人が揃っていた。お仕事以外の時は基本、三人ともここで作業しているっぽい。まあ、ミーちゃんは部屋の隅に丸まってるだけだけど。
私の背丈以上もある一際大きな水槽の中に、本で見た、人の胎児によく似た物体が浮かんでいた。おお。前に来た時よりも、ちょっとだけ研究が進んでるっぽい! 核の培養、成功したんだ!
「お。アイリスちゃんじゃん! やっと帰って来たんだ」
「へへへ。昨日ね」
ウルペスさんの言葉に、私は照れながら後頭を掻いた。たぶん、私が家出した事を知らない人、探す方が難しいくらいの噂になってたんじゃないかな。
「アイリス。早速で悪いが、一つ聞いて良いか?」
バルトさんが真面目な顔で口を開く。私はそれに首を傾げた。バルトさんが聞きたい事なんて、研究絡みしかないだろうけど……。私で分かるのかな?
「何?」
「『再生』の術は、千切れた手足を繋げる事も出来る魔術なんだよな?」
「ん」
「何故、団長の目は治らなかった?」
「たぶん、だけど……眼球を摘出してしまったから……。繋げる先が無かったから……」
「そうか……。治癒してしまった傷には効果が無いようだし、色々と制約があるのか……」
そう言ったバルトさんが先生を見た。視線の先には、顔に残った傷跡。雪狼の爪で抉られた傷跡を見ていた。
バルトさんが言うように、『再生』の術は、治癒してしまった傷にも効果は無い。それは、先生の顔の傷跡が消えなかった事から容易に想像出来る。繋げる先があって、治癒していない場合にのみ効果があると考えると、バルトさんが言った通り、色々と制約がある術だ。
「もう一つ良いか?」
「ん~?」
「異物とまでは言わないが、身体の一部とは言えない物を『再生』の術で移植する事は可能か?」
「ん~……」
白騎士の義手は、バルトさんが言った条件に当てはまる。ただ、その義手の製造方法がなぁ……。全く分からないからなぁ……。
「物によると思う……」
私が出した答えはこれだった。はっきりとした答えを出すには、白騎士の義手について、もう少し知らなくてはならない。
「そう、か……」
「前例が無い訳じゃ無いんだ。ただ、それがどういった物だったのか、私、全然知らないから。だからね、それを知る為に、私達、隣国に留学するんだ! 数日だけの、超短期留学だけど!」
「私、達……?」
怪訝そうにバルトさんが眉を顰める。私はそれににんまりと笑って頷いた。
「そう! 私と先生。二人で隣国に行って、お勉強して来るの!」
「因みに、その前例とは?」
「癒しの聖女の恋人の義手。たぶん、『再生』の術でくっ付けたんだと思うんだ。その義手がどういう物か分かれば、先生の目を作ってあげられるんじゃないかなぁって!」
「物は相談なんだが……」
バルトさんがおずおずと口を開く。これは……。もしかしなくても、説得する必要、無くない?
「ん~? 何~?」
「俺もその留学に付いて行く事は可能か? 護衛でも付き人でも助手でも、何でも良い」
「ん! 実はね、今日はそのお話をしに来たの。二人に護衛兼助手で付いて来てもらいたいなぁって」
てへへと照れ笑いをすると、バルトさんが小さく笑った。この笑みは、了承の意と取って良いだろう。
「あ~。俺、今回はパスで」
そう言ったのはウルペスさん。視線の先には、私の背丈以上もある水槽の中、人の胎児のような物体があった。それだけで、理由は言われなくても分かってしまった。
「分かった。研究頑張ってね」
「うん。ごめんねぇ」
「ん~ん。突然だったもんね。こっちこそごめんなさい」
やっと、研究が本格的になってきたんだ。数日とはいえ、研究を放置しろと言うのは、ウルペスさんには酷だろう。
ヴィルヘルムさんとバルトさん。最低人数の二人は揃った事だし、問題無し! とはいえ、もう少し人手が欲しいところではある。だって、数日で関係するだろう資料を全部写し取らないといけないんだから。あと一人くらい、一緒に行っても良いって人、いないかな?
誰か良い人いないかなぁ? 私と交流があって、真面目に資料を転写してくれて、ヴィルヘルムさんやバルトさんと上手くやってくれる人。う~ん……。妖精王様の国に一度でも良いから行ってみたかったんだぁ、なんて、そんな都合の良い人は流石にいないかなぁ……。
そんな事を考えつつ、お城を出て、緩衝地帯へと戻る。そうして、ノイモーントさんのお店にやって来た。ここでも先生が扉を開けてくれ、私に先に入るように促してくれる。
「こんにちは~!」
挨拶をしながら扉をくぐると、真っ先に目に入ったのは三着のドレスだった。
一着は、真っ白なドレスだ。アオイがお披露目パーティーで着たドレスを彷彿とさせるそれは、裾にこれでもかってくらい黄色——いや、金色の小花が付いていてとても華やかだ。
もう一着は、私がアオイのお披露目パーティーで着たドレスとよく似たドレスだった。生地もデザインも私のドレスと変わらず、あれをそのまま大きくしたようだった。
そして、最後の一着は、例えるなら朝焼けの空の色みたいなドレスだった。裾が夜空みたいな濃紺で、上にいくにしたがって、だんだんと薄紫、白、黄色、橙色へと変わっていくグラデーション色のドレスだ。
状況的に考えて、私のドレス、なんだろうか……? しかし、何でまた。そう思って、隣に立つ先生を見る。と、先生が苦笑した。
「そんな不思議そうな顔をします? 無事に僕の目が治っていたら、今頃、お披露目の準備をしていたはずなのですが?」
あ。あ~。そっか。言われてみれば! その為に、先生は前もって注文していてくれたのか!
「どうです? そのドレス。注文通りに作れたと思うのですが……」
そう言ったのは、私達の反応を見守っていたらしいノイモーントさん。先生はそれににっこりと笑って頷いた。
「三着とも想像通りです」
「それは良かった。あと、こちらが追加注文分のワンピースです。本日持ち帰りとの事で、包ませてもらいました」
ノイモーントさんが先生に包みを差し出す。ワンピースって事は、私のだろう。あ。分かった! 短期留学中に着る服だ! きっとそうだ!
「留学中の服はまだ作成中ですので、もうしばらくお待ち下さい」
あれ。違ったらしい。じゃあ、ワンピースは、私の普段着? ん~? 普段着なら、別に困ってないんだけどな……。
「靴がこちら」
ノイモーントさんが作業台の上に置いてあった箱の山を指差す。一、二、三、四……。ええっと……。四足もあるんだけど……?
「先生……?」
流石にこれは奮発しすぎじゃ……。いくらお披露目の為だったとはいえ、作り過ぎだと思う。
「ドレスも靴も多くない?」
「ノイモーントにドレスの案を見せてもらった時、どれもアイリスに似合いそうで決められなくて……。お披露目では、アイリスが一番好きなドレスを着てもらえれば、と……」
先生がちょっと照れたようにそう口にする。そう言われてしまうと、私は何も言う事など出来なくて。ちょっと照れながら、私は小さく頷いた。
「妖精王様の所へ留学するのでしょう? 歓迎パーティーもあるでしょうし、結果として、多く作っておいて良かったですね」
ノイモーントさんからそうフォローが入る。まあ、確かに。歓迎パーティーで着れば、ドレスも無駄にはならな――。ん? 歓迎パーティー?
「歓迎パーティーって? そんなのあるの?」
「あるでしょうね。その為の追加注文だったのでしょう?」
ねぇとでも言うように、ノイモーントさんが先生を見る。先生はちょっと不思議そうに私を見ていた。そんな顔で見られても、私は何も聞いてないよ!
「昨日、言いませんでしたっけ?」
「もしかして、なんだけど……。それも寝る前の話?」
「そう、ですね」
そりゃ、覚えてないわ。だって、眠くてウトウトしてたんだもん。結婚の話すら聞いてたんだかどうだか分からないんだから、こんな話、覚えいるはずがない。
「今日からダンスの練習をするという約束は? 覚えています? その為に、これ、大急ぎで作ってもらったのですが……」
先生が抱えた包みを見る。なるほど、なるほど。それはダンスの練習服でしたか。今日出来上がっていたって事は、先生は短期留学の話を兄様から聞いてすぐにダンスの練習が必要になるだろうって、追加で注文したんだろう。前もって分かってたんなら、何も、寝る直前に言わなくても良いと思うんだけど……。
「先生。今後は、寝る直前に重要なお話するの禁止ね」
「はい……」
私の言葉に、先生がちょっとしょんぼりとしながら頷いた。そんな私達を見て、ノイモーントさんがちょっと面白そうな顔をしていた。
べ、別に、先生を尻に敷いてる訳じゃ無いんだからね! そこの所、間違えないでね!




