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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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220/265

新居 10

 賭けに参加してみたものの、すぐにスッテンテンになってしまった。もう一口やろうかなと一瞬考えたけど、止めておく事にした。だって、勝てないもん。勝つ見込みの無い勝負には乗ったら駄目だ。


 ヴィルヘルムさんが一番強くて、今のところ一番儲かっている。先生とカインさんは手堅くいっているからそんなに負け込んではいないけど、兄様がヤバい。だいぶ負けているようで、ムキになっている。


 私と兄様だけだったら、結構良い勝負になるかもしれない。けど、他の三人がいる限り、私に勝ち目は無い。兄様みたいにムキになると痛い目を見そうだ。こういう時は、降りるに限る。


「アベルちゃん、あっちでボードゲームしよっか?」


「うん!」


 先生達の勝負を見ていても良いんだけど、アベルちゃんが退屈そうだったから一緒に遊ぶ事にした。居間の隅の小さなテーブルに置いてあった、二人対戦の戦略型ボードゲームを広げる。


 このボードゲーム、実は結構自信がある。だって、毎日のように先生と一緒にやってるんだもん。なかなか先生には勝てないけど、初めてやった時よりはだいぶ強くなったと思うんだ。――そう思ってたのに!


「やったぁ! 僕の勝ち!」


 何と、アベルちゃんに負けてしまった。しかも、ぼろ負け……。


「僕、このゲーム、得意なんだ!」


「そ、そっか……」


 よくよく考えてみると、アベルちゃんは兄様の遊び相手も務めている訳で。兄様、戦略ゲームとか好きそうだし、二人で遊んでるよね、きっと。お引っ越ししてから始めた私では、全然相手になりませんでした。まあ、でも、アベルちゃんのご機嫌は治ったみたいだし、それで良しとしておこう。


「じゃあ、アベルちゃん。そろそろ寝ようね?」


「えぇ~! もっと一緒に遊びたい!」


「早起きして、明日遊ぼう?」


「う~……」


 アベルちゃんは不服そうに頬を膨らませた。でも、少し考えて小さく頷く。


「分かった……」


「兄様も寝る時間でしょ?」


「僕はもう少し遊んでから――」


「明日、寄宿舎の見学に行くんでしょ? 朝、きちんと起きて準備しないとなんじゃないの? まさか、寝ぼけ眼で行くつもり?」


「むぅ……!」


 そう。兄様は明日、寄宿舎を見学する予定なのだ。ブロイエさんからの指示で。折角ここまで来たんだから、緩衝地帯と寄宿舎を見ておきなさいって。


 兄様は将来、国の要人になる人だから、竜王様やアオイが目指す国の形を知る必要がある。だから、寄宿舎の見学はその良い機会なんだろう。遊びたい盛りの兄様には酷だとは思うけれど、これも地位がある人の義務という事で。


「夕方に帰るんだから、寄宿舎の見学の後、少し遊べるじゃない。それで我慢しなよ」


「ふん!」


 兄様は面白く無さそうに鼻を鳴らすと席を立った。アベルちゃんが慌ててその後を追う。カインさんも苦笑しながら席を立ち、私達に頭を下げると兄様達の後を追った。


「思っていたよりも素直な方ですね」


 そう言ったのはヴィルヘルムさん。お部屋の隅に置いてあったカートの上のティーセットで、私と先生のお茶を淹れながら口を開く。思いがけない発言に、私と先生は顔を見合わせた。


「素直ですか? スマラクト様が?」


「兄様、結構、我が強いと思うけど……?」


「もっと聞き分けの無い方なのだと思っておりました。しかし、忠告や助言を聞く耳は持っていらっしゃるようで」


 まあ、確かに。兄様って我が強い人ではあるけど、人の忠告や助言を無視するようなタイプではない。意にそぐわない時は反発もするけど、それでも引かなくちゃいけない時は引く事が出来るというかぁ……。


「ただ、ムキになりやすい性格は、些か問題があるかもしれません。まあ、そのお蔭で、本日は儲けさせて頂きましたが」


 ヴィルヘルムさんはそう言いながら、先生にティーカップを手渡した。次いで、私にティーカップを手渡す。今日の夜のお茶は、カモミールティーらしい。ほんのりフルーティーな香りのするお茶を一口啜る。


「では、私はこれで失礼致します」


 ヴィルヘルムさんは扉の前で深々と頭を下げると居間を出て行った。私はいそいそと先生のお隣に移動する。


 本当なら、私達がお茶を飲み終わって、食器の片づけをするまでが使用人さんのお仕事なんだと思う。けど、ウチでは夜のお茶を淹れるまでがお仕事って取り決めをしてある。だって、そうしないと先生と二人きりになれる時間、無くなっちゃうんだも~ん。


「先生、今日はお疲れ様でした」


「お疲れ様でした。慣れないホストは疲れたでしょう?」


 お屋敷のお披露目パーティーには結構な人数が来ていたし、疲れたと言えば疲れた。でも、それ以上に楽しかった。だって、自分の家に親しい人を招待するの、初めての事だったから。自慢の場所やお気に入りの所を褒めてもらって、みんながウチで楽しんで過ごしてくれて……。またみんなを招いてパーティーしたいな、なんて。それを先生に話すと、先生は微笑みながら私の頭を撫でてくれた。


「アイリスの好きな時に好きな人を招いて良いですからね」


「ん!」


 またアベルちゃんや兄様に泊まりに来てもらいたいし、私とアオイとローザさんの三人で、お庭のお花を見ながらお茶会もしてみたい。ミーナやリリー、フランソワーズにもまた来て欲しいしぃ……。


「ところでアイリス。明日の予定は?」


「ん? 明日は、兄様達もいるし、アオイは謁見に出ないからお休みだよ」


 ついこの間まで毎日がお仕事だった。けど、ここに引っ越してから少し変わった。アオイが謁見に出る時はお仕事なんだけど、そうじゃない日はアオイがシオン様の面倒を見るからって、私はお休みになった。だから、そういう日はお城の病室に篭るか、自宅の研究室に篭るかして勉強をしている。


 ここまでお仕事が少なくなったのには訳がある。私がシオン様のお世話係りになったからだ。アオイのお世話は毎日しなくちゃだけど、シオン様のお世話は基本的にアオイが謁見に出る日だけ。謁見の時だけ、私が預かる事になっている。ただ、それは、シオン様がもう少し大きくなったら変わるだろう。自由に歩き回れるようになったら、アオイだけじゃ手が足りなくなるというか、目が届かなくなるのは分かりきっている。常にシオン様の傍にいるのが私の仕事になるんだと思う。


 それに、お仕事が少なくなったのは私だけじゃない。私がシオン様のお世話係りになる事で、アオイのお世話係りがローザさんだけになってしまった。だから、アオイの直接的なお世話は今まで通りローザさんがするけど、その他の事、例えば食事の準備だったり給仕だったりは竜王様のお世話係りの人達がする事になったらしい。つまり、ローザさんも少しだけお仕事が減った。まあ、ローザさんはアオイの子育て相談役をしているから、私程お仕事が減ったとは思えないけど。


「では、明日はずっと家にいるのですか?」


「ん。だって、お城に行ったら、兄様、怒りそうでしょ?」


「確かに」


 二人でクスクス笑い合う。寄宿舎の見学から帰って来て、いざ遊ぼうとして私がいなかったら、兄様、絶対に怒るよね。寄宿舎から帰って来てから遊ぶっていう提案に渋々納得して、早く寝た感じだったし。


「明日はアイリスが出迎えてくれるのですね?」


「もちろん。だから、早く帰って来てね? 待ってるから」


「ええ。絶対に早く帰って来ます」


 大真面目な顔で先生が頷く。先生は、私がここにお引っ越ししてからというもの、日が暮れる前には帰って来てくれている。私が一日家にいる日なんて、授業が終わったらすぐに寄宿舎を出て、まだ日が高いのに帰って来たりもする。まあ、先生がお仕事の虫だっていうのに変わりは無いから、早く家に帰って来ても、お仕事部屋に閉じこもってお仕事してるんだけど。


 一度、先生に「そんなに急いで帰って来なくても大丈夫だよ」って言ったら、凄くしょんぼりした顔で「常に一緒にいる事は叶わないので、せめて、同じ屋根の下にいさせて下さい」って言われた。もうね、そんな事言われたら、「早く帰って来てね。待ってるからね」って言うしかなくなると思うんだ。んもぉ。先生ってば可愛過ぎだよ!


 そうして少しの間、私達は他愛の無い話をしていた。何でも無いひと時だけど、一日の中で一番幸せを感じる時間かもしれない。


「――さて、と。そろそろ寝ましょうか?」


 先生はそう口にすると、優しく私の頭を撫でた。と思ったら、その手を滑らせ、頬を撫でる。そして、親指で私の唇にそっと触れた。次の行動は分かっている。毎日の事だから。


 前言撤回しないとだ。一番幸せなのは、先生と触れ合うこの時間だ。


「お休みなさい」


 そう言った先生の唇が私の唇に優しく触れる。ここに引っ越してから、寝る前恒例になったお休みの口付け。毎日の事なのに全く慣れない。私の頬がカッと熱を帯びる。


「恥ずかしい?」


 そう耳元で先生が囁いた。恥ずかしいよ! こくこくと必死に頷くと、先生がクスッと笑う。


「もう少し慣れておきましょうか?」


 そう囁いたかと思うと、先生が私の腰に手を回し、再び口付けた。啄むような口付けに、思わず逃げるように頭を後ろに逸らす。と、先生のもう片方の手が私の後頭に回った。し、心臓が……! 心臓が破裂する!


「せ、先生……ん……もう、寝るんでしょ……!」


 口付けの合間にやっとの事でそう言うと、ふと口付けが止んだ。至近距離で見つめた先生の瞳は、どこか熱を帯びているようで――。


「そう、でしたね……」


 そう言って、ちょっと名残惜しそうに先生がゆっくりと手を離す。私はホッと安堵の息を吐いた。


「では、改めて、お休みなさい」


「ん。お休みなさい」


 挨拶を交わし、先生がソファから立ち上がる。と見せかけて、不意打ちの口付けが降ってきた。


「ちょっ! 先生ぇ!」


「あまりにも無防備だったので、つい」


「ついじゃないよ! んもぉ!」


 先生は楽しそうに笑いながら居間を出て行った。そんな先生の背を見送り、私はすぐ傍にあったクッションを引っ掴んだ。そして、ギュッと胸に抱く。不意打ちはズルイよ! 卑怯だよ! 先生ってば、いつもは優しいのに時々意地悪だ! いつか、絶対に逆襲してやる! そんな事を考えながら、私はまた今日も独り、何とも言えない恥ずかしさに身悶えるのだった。

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