ミーナ 2
「じゃあ、自己紹介から始めようか?」
アオイがみんなに聞こえるように声を張る。でも、みんなして、それを全然聞いていなかった。ノイモーントさんは正面のフランソワーズに色っぽい目を向けてるし、フランソワーズは目の前の料理に視線が釘付けになっている。フォーゲルシメーレさんとリリーは笑顔で見つめ合っている。ミーナは獣みたいな目でヴォルフさんを見つめてるし、ヴォルフさんはその視線から逃れようと明後日の方を向いてしまっている。
「あの、すいませーん。自己紹介、しますよー。もしも~し?」
アオイが再び声を張る。でも、やっぱり誰も聞いてない。もう、自己紹介なんて後にして、「ごうこん」始めれば良いのに。
「ノイモーント。フォーゲルシメーレ。ヴォルフ」
竜王様が腕を組み、静かな声で男性陣を呼ぶ。と同時に、怖~い空気が竜王様から漂って来た。男性陣がビクッとなり、背筋を伸ばす。
『はいっ』
「娘たちに名を名乗れ」
『はいっ!』
竜王様から漂って来る空気は、男性陣三人も怖いらしい。彼らは青い顔でこくこくと頷いた。流石、竜王様。その声と雰囲気は、アオイとは一味も二味も違う。でも、和やかなお食事会のはずなのに……。竜王様が「名を名乗れ」って言うと、決闘が始まるみたいに聞こえる。すご~く不思議っ!
「では、私から。第一連隊長のノイモーントと申します。普段の仕事は仕立てを行っております。趣味は、美しい女性に贈るドレスデザインを考える事、でしょうかね。夢は、妻のドレスを作る事です」
そう言ったノイモーントさんは、再びフランソワーズに色っぽい目を向けた。しか~し! フランソワーズは全然興味無し! ジッと目の前の料理を見つめ、口の端から涎を垂らしている。
「第二連隊長のフォーゲルシメーレです。普段は薬師をしております。リリー嬢の病の治療を行っていると申し上げれば、他のお嬢様方もお分かりになるでしょうか?」
言い終わると、フォーゲルシメーレさんはリリーに笑顔を向けた。リリーもフォーゲルシメーレさんに笑顔を返す。この二人はお互いに、他の人には興味が無いらしい。う~む。
「第三連隊長のヴォルフ。普段、農園で働いて、ます……」
ヴォルフさんはミーナの視線に怯え、縮こまっていた。獣みたいな目をする事には慣れてても、獣みたいな目で見つめられる事には慣れてないみたい。……普通、慣れてないか。
「じゃ、じゃあ、女の子達も自己紹介してね」
アオイが引きつった笑みを浮かべつつ、口を開いた。そして、目の前の料理に視線が釘付けになっているフランソワーズに手を伸ばし、その肩をツンツンと突っつく。フランソワーズはハッと顔を上げると、口元の涎を袖で拭った。
「フランソワーズ。孤児院の世話係兼、用心棒だ」
フランソワーズの自己紹介は、愛想も何も無いなぁ。フランソワーズらしいと言えばらしいんだけどさ。男性陣三人は、そんなフランソワーズに気を悪くするでも無く、笑顔で会釈している。
「フランソワーズって、孤児院の用心棒だったんだね。私、てっきりあそこの出身なのかと思ってたよ」
アオイがすかさず話を広げようとする。それに答えたのはリリーだった。
「フランソワーズはある日、ボロボロで孤児院にやって来たんですの。丁度、働き盛りの人達が出稼ぎに出てしまった直後でした。冒険者だって事で、小さい子の世話係兼、魔物が出た時の対応係として住み込みで働かせて欲しいって言ってきたのですけど、働くと言っても、お給金なんてお小遣い程度しか払えませんでしょ? 主に現物支給での報酬になると説明しても、それならそれで全く問題無いって」
「へえ。そうだったんだ。全然知らなかった」
アオイが目を丸くする。私は知ってたよ! フランソワーズはメーア大陸出身なんだよ! 冒険者として、仲間と一緒に世界中を旅して回ったんだって言ってたもん!
「彼女、森で行き倒れていたんですよ。雪狼の毛皮を狙って森に入ったは良いが、パーティーが全滅。この辺りでは良くある話です。偶々、私が通り掛かったから良かったものの、彼女、怪我と空腹で死ぬところだったんですから」
ノイモーントさんがクスクス笑う。あれぇ? じゃあ、フランソワーズが孤児院に来るちょっと前に、ノイモーントさんが助けたって事? でも、フランソワーズからは命の恩人の話、聞いた事が無い。雪狼から仲間が逃がしてくれた話は、少しだけ聞いたんだけどなぁ……。
「ノイモーントがフランソワーズを助けたって事で合ってる?」
アオイが首を傾げる。ノイモーントさんはにこりと笑うと、ゆっくりと頷いた。
「ええ。その後、孤児院までたどり着いたのでしょう。そうそう。彼女、私が魔人族だと知ると、お礼も言わずに逃げ出したんですよ。酷いと思いません?」
ノイモーントさんは肩を竦め、溜め息を吐いた。チラッとフランソワーズの顔色を窺うようにノイモーントさんが視線を向けたのを、フランソワーズはきっと気が付いてない。だって、フランソワーズってば赤くなりながら俯いて、もにょもにょと何か言い訳してるんだもん。
それにしても、フランソワーズのあんな顔、初めて見たぞ。何だか、凄く女の子っぽい顔をしてる。いつもはキリッとしてて格好良いのに。ああしてると、フランソワーズが普通の女の子に見える! 大発見っ!
「じゃあ、次はリリー。自己紹介してね」
「リリーと申します。孤児院では最年長ですので、責任者をさせて頂いておりますが、名ばかり責任者で――」
リリーが自己紹介を始める。私はそれを聞きながらミーナを見た。ミーナはずっとヴォルフさんだけを見つめている。もし、ヴォルフさんがミーナの命の恩人なら……。ミーナはずっと、命を助けてくれた人に会いたがってた。お礼がしたいって言ってた。ずっと、ず~っと、命を助けられた時からその人の事が好きなんだ。好き、なんだ……。
ちらりと、私は隣に立っているラインヴァイス先生の様子を窺った。先生はにこやかに笑いながら、みんなの様子を見守っている。と思ったら、突然こちらを向いた。ひゃっ! 思わず、視線を逸らす。ビ、ビックリした! 心臓が止まるかと思った!
「じゃ、じゃあ、ミーナ。自己紹介お願い」
「はい。ミーナと申します。リリーの妹です。家事全般得意です! だから、ヴォルフ様! 私と結婚して下さい!」
ミーナの突然の求婚に、その場にいる全員の視線がミーナに集まった。みんな興味津々。求婚されたヴォルフさんはというと、ギョッとしたようにミーナを見つめたまま、石像のように固まっていた。カッチンコッチンだ。
「私、結婚するならヴォルフ様以外、考えられないんです! 他の男の人なんて嫌なんです! ヴォルフ様、私と結婚して下さい! 絶対に幸せにしてみせますから! ね? お願いします!」
やっぱり、ミーナの命の恩人って、ヴォルフさんだったんだ。こうして、ここで再会したのも運命だ! いけ、ミーナ! 頑張れ、ミーナ!
「ちょっと落ち着こうか? ミーナ」
アオイ! 何で止めるのよ! ミーナはずっと命の恩人に会いたがってたんだよ! 応援してあげてよ!
「これが落ち着いていられますか! ずっと想い続けていた方にやっと会えたんですよ! このチャンスを逃したら女が廃ります!」
グッと拳を握り締め、ミーナが力説する。その言葉を聞いて、アオイと、何故かヴォルフさんまでもが首を傾げた。
「えっと……。ミーナはヴォルフの事、知ってるの?」
「知ってるも何も、命の恩人です!」
ミーナの言葉に、ヴォルフさんは腕を組み、難しい顔で考え込んでいた。もしかして、人違い……? で、でも! ミーナは命の恩人の顔、忘れた事無いって言ってたもん! そんな人を間違えるなんて、流石に無いもん。……という事は、ヴォルフさん、忘れちゃってる? ミーナを助けた事……。
「ヴォルフ様がいなかったら、私、森で迷子になったまま、死んでいたかもしれないんです」
「森……迷子……」
ミーナが言った事をブツブツと呟きながら、ヴォルフさんは尚も考え込んでいた。
「そうです! 迷子になった私を助けて下さったじゃないですか! 野生のべへモスに襲われた私を助けて下さったじゃないですか!」
「迷子……べへモス……?」
「一緒にべへモスの肝、食べたじゃないですか! 肝は城まで持たないからって、火を起こして下さって、一緒に焼いて食べたじゃないですか!」
「う~ん」
ヴォルフさんは更に難しい顔になった。そんなヴォルフさんを、ミーナが目を潤ませながら見つめている。ミーナにとっては忘れられない思い出でも、ヴォルフさんにとっては大した事じゃ無かったのかな……。それって、何だかとっても悲しい。
もし、先生が、私を雪狼から助けてくれた事をこうして覚えてなかったとしたら……。そんなの、絶対に嫌だっ! 私はブンブンと首を横に振り、先生のマントの端をギュッと握り締めた。そんな私の頭を、先生が優しく撫でてくれる。
「結婚するならヴォルフ様以外、考えられないんです! 覚えていなくても良いですから! だから、私と結婚――」
「あ~。ちょっと黙ってろ。なんか、思い出せそうな気がすんだよ……」
眉間に皺を寄せたヴォルフさんが、ミーナに掌を向けた。う~ん、う~んと唸りながら目を閉じて考え込むヴォルフさんを、ミーナがジッと見つめている。ヴォルフさんは、暫くそうして考えていたかと思うと、唐突にポンと手を打った。
「そうか! あれだ! お前、ベリー摘んでて何故か森の中に迷い込んだ、方向音痴のガ――子ども!」
今、ヴォルフさんってば、ガキって言いそうになってたような……。まあ、細かい事は気にしない。やっと、ミーナの事、思い出したみたいだし。
「そういやぁ、そんなのいたっけなぁ」
「そうです。その子どもです。思い出して下さったんですね」
「十年くらい前の話だろ? 随分でっかくなってんだなぁ」
ヴォルフさんの今の言い方、おじさんっぽい。それに、十年も経てば、誰だって大きく――。あ、そっか。魔人族だと十年くらいじゃ見た目が変わんないけど、人族だと十年経てば見た目が大きく変わっちゃう。子どもだと尚更だ! ヴォルフさんが成長したミーナを分からなかったのも、無理ないのかもしれない。
「にしても、よく俺の顔、覚えてたな?」
「だって……ずっと……ずっと好きだったんです。一時だってヴォルフ様の顔、忘れた事なんて無いんです。住む世界が違う人だって分かっていましたけど、それでも忘れられなかったんです」
「あ~。ありがとな」
涙ぐむミーナに、ヴォルフさんはバリバリと頭を掻きながらお礼を言った。ヴォルフさんってば、とっても気まずそうな顔してる。まあ、そりゃそうだ。だって、ミーナはヴォルフさんの顔をちゃんと覚えてたのに、ヴォルフさんはミーナの事、すっかり忘れちゃってたし。ヴォルフさんの薄情者ッ!
「じゃあ、自己紹介も終わったし、食事にしよう。シュヴァルツ、お願い」
アオイが竜王様に声を掛ける。竜王様はそれに頷き、口を開いた。
「ああ。娘達よ、ささやかな宴ではあるが楽しんでいかれよ」
グラスを掲げる竜王様に倣い、みんながグラスを掲げる。いよいよ「ごうこん」スタートだ! アオイのメイドとして、「ごうこん」成功の為に頑張らねばっ! えいえい、お~!




