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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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210/265

帰郷後

 生まれた村から帰って来て、半月程が経った。初めての帰郷で、何となく、望郷の念というものが分かったかもしれない。村の事を思い出すと懐かしいような、切ないような、帰りたいような、帰りたくないような、そんな複雑な心境になる。


「元気無いねぇ、アイリス」


 アオイがそんな私の心の内を見透かしたようにそう言った。今は、アオイが寝る前恒例の、私、アオイ、ローザさんの三人でのお茶会中。私の正面にアオイが、お隣にはローザさんが座り、みんなでローザさんが淹れてくれた甘いお茶を飲んでいる。


「ん~……。アオイはさぁ、生まれた所に帰りたいって思う事、無い?」


「そりゃ、もちろんあるよ。便利な物も多かったし、娯楽も多かったし、魔物なんていなくて安全だったし」


「ローザさんは? 帰りたくなる事、ある?」


 私がそう尋ねると、ローザさんは少し考えるように視線を彷徨わせた。


「そうねぇ……。昔は帰りたくなる事もあったように思うわね」


「今は?」


「もう村には知り合いがいないから……。村を懐かしく思う事はあっても、帰りたいとまでは思わないわね」


「そっか……」


「それに――」


「ん~?」


「思い出の中だからこそ、輝くものってあると思うわよ?」


 ローザさんがそう口にした途端、アオイがポンと手を打った。


「思い出補正!」


「思い出、補正……? まあ、色々な言い方があるとは思いますけれど……。人って、嫌な事よりも楽しい事を思い出したいものでしょう? 特に、故郷は大切な場所だから、嫌な事よりも、良かった事や楽しい事を思い出してしまう。だから、現実よりも良い場所のように錯覚してしまいがちだと思うわよ?」


 う~む……。ローザさん、冷めてるなぁ。望郷の念をこういう言い方してしまうと、身も蓋もないと思う。


「実際、郷愁に駆られて故郷に帰ってみた事もあったけれど、特段良い場所では無かったし……」


「帰ったの? ブロイエさんと結婚してから?」


 驚いてそう口にした私に、ローザさんがにこっと微笑んだ。


「二、三度、ね。故郷に帰る度、良い事も思い出せるけれど、それと同じくらい嫌な事も思い出してしまって……。思い出の中で輝いていてくれる方が良いと思い知らされたわ」


 経験しているからこその言葉だったんっだ。納得、納得。


「さて、と。そろそろシュヴァルツも帰って来るし、お開きにしましょうか?」


 アオイがそう言って、カップに残っていたお茶を一気に飲み干した。私も慌てて残りを飲み、ローテーブルの上の食器を片付けてアオイの部屋を出る。そうしてローザさんと一緒に、食器をキッチンに返しに行った。


 お仕事が終わり、部屋に戻ると、部屋の扉に封筒が挟まっていた。手紙? 私はそれを手にお部屋に入った。


 封筒には、「親愛なるアイリスへ」とある。裏返してみると、封蝋がしてあった。差出人の名前は無い。けれど、この封蝋には見覚えがある。一度、手紙をもらった事があるから。


 これはたぶん、兄様からの手紙だ。ベッドに腰掛け、封筒の端を破く。前にお手紙をもらった時は、封蝋を砕いてしまってスカートが蝋のカスだらけになっちゃったからな。子どもじゃないんだから、もう同じ失敗はしない。


「なになに……」


 手紙の内容は、簡単に言うとこうだった。私の故郷の村で、初めての薬草売買をした、と。そして、そのついでに、私が昔住んでいた家から家具を回収して来た、と。


 先生ってば、兄様に家具の回収を頼んでたんだ。という事は、私と先生のお家が完成するまでは、兄様に家具を保管してもらうのかな? それとも、兄様の所から回収して、どこかに保管しておくのかな? ん~……。考えててもしょうがない、か。よしっ! 私はベッドから立ち上がると、テーブルの上に置いてあった連絡用の護符を手に取った。そして、再びベッドに腰を下ろす。


「スマラクト兄様!」


 名を呼んでしばし待つ。と、護符に兄様の顔が映った。


『おお、アイリス!』


「兄様、忙しいところごめんね? 今、大丈夫?」


『うむ。大丈夫だぞ。そうだ。手紙、届いたか?』


「ん。今、読み終わったところなの。それでね、兄様にお礼が言いたくて。ありがと、兄様。村の為に動いてくれて」


『いや。なかなか楽しかったぞ。商いをすると知見が広がるな。アイリス程ではないが、僕もだいぶ薬草に詳しくなった』


「そうなの? お勉強したの?」


『うむ。僕が取り扱う商品なのだからな』


 そう言った兄様、ちょっと鼻高々な顔をしている。薬草の売買をブロイエさんに任された時は慌てていたけど、ちゃんと勉強して、準備万端で臨んだようだ。兄様の顔を見る限り、良い商いが出来たんだと思う。


「あと、家具の事なんだけど……」


『ああ。ラインヴァイス兄様に言われた品を、ちゃんと回収して来たぞ。暖炉前のロッキングチェアと、ダイニングセット、ベッドで間違いないか?』


「ん」


『では、屋敷が完成するまではこちらで保管する。あと、傷んでいる箇所、直す手配をしておくからな』


「え? いいよ、そんなの」


 保管してもらえるだけでもありがたい。そう思って口にした途端、兄様が眦を釣り上げた。


『良い訳ないだろう! もしや、そのまま使うつもりだったのか?』


「う、うん……」


 修繕なんて、そんなの全然頭に無かった。頷いた私に、兄様が呆れたように溜め息を吐く。


『いくらラインヴァイス兄様が寛大だと言っても、流石にそれではこちらの面子が立たん。屋敷に見合うよう、修繕させてもらうからな』


「ん……。あ、でも、見た目は変えないでね? 傷んでるところを直すくらいで……」


『彫り物は入れなくて良いのか? せっかく、良い素材を使った家具なのに。あのままでは少々味気ないのではないか?』


「いいの。お願いだから見た目は変えないで。思い出の詰まった家具だから……」


『うむ。分かった。ただ、ダイニングセットの椅子。あれだけは少々手を加えさせてもらうぞ。流石に、座面にクッションも何も無いのは如何なものかと思うのでな』


「ん」


 まあ、それくらいなら……。ダイニングセットを使うのは私だけじゃない。先生と一緒に使うんだから、多少快適にしてもらった方が良いだろう。


『職人の手配が出来たら連絡する。座面の布の見本も用意しておくからな』


「ん。ありがと」


『礼には及ばん。あまり夜更かしすると身体に悪い。もう寝た方が良い』


「ん。おやすみ、兄様」


『ああ。おやすみ、アイリス。良い夢を』


 兄様がニッと笑い、すぐに護符の通信が切れる。家具は兄様に任せておけば大丈夫だろう。うふふ。お家が出来る楽しみがまた一つ増えた。ダイニングセットは、普段使う予定の、家族用の食堂に置かせてもらうでしょぉ。それで、ロッキングチェアは、私のお部屋の暖炉前に置いてぇ……。ベッドも、私のお部屋に置かせてもらおう。


 新しいお家の私のお部屋は、故郷の香りがしそう。なんか、当初の予定よりも、お部屋に入り浸りになりそうだ。くふふ。


 一時は、故郷の事なんて思い出したくもなかったのにな。今は、故郷の香りがするお部屋で過ごす時間が待ち遠しい。この心境の変化が、ローザさんが前に言っていた心の折り合い、なのかな? ……いや、違うな。たぶん、母さんを許せたんだろう。


 故郷に帰って、母さんが私を孤児院に置き去りにした理由も、そうせざるを得なかった事情も、死ぬ間際まで私を想っていてくれた事も知る事が出来た。それに、私には新しい家族がいて、たくさんの愛情を注いでもらって、心が満たされている。だから、母さんを許す事が出来たんだと思う。


 母さん。私、今、幸せだよ。それでね、もっともっと幸せになるよ。世界で一番幸せになってね、天国の母さんに幸せのおすそ分けしてあげるからね。あ。おすそ分けっていうのはね、アオイの生まれた所の文化で、親しい人に物を分けてあげる事なんだって。母さんもお隣さんからよく物をもらってたけど、いつも遠慮してたでしょ? でもね、おすそ分けはね、受け取る時に遠慮する必要はないんだって。サクラさん――アオイのお母さんが言ってたんだ。だからね、母さんも遠慮なく幸せのおすそ分け受け取ってね。

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