ミーナ 1
竜王様を困らせていた問題は、アオイの提案でどうにかなりそうになった。それは、女の人との出会いという機会を、フォーゲルシメーレさんだけでなく、ノイモーントさんとヴォルフさんにも作ってあげれば良いという、物凄く単純な提案だった。でも、これ以上の解決策は無いと思う。
私は自室のベッドにごろんと仰向けになると、図書室で借りた本を目の前に掲げた。子ども用のおとぎ話が載っている分厚い本だ。これを全部読めるようになるのが目標だけど、まだまだ先は長い。
癒しの聖女のページをパラパラと捲る。八代目メーアの事が書かれてるこのお話は好き。だって、世界で一番有名な治癒術師のお話だもん。私もいつか、癒しの聖女みたいになりたいなぁ、なんて。でも、大好きなこのお話も、全然頭に入ってこない。
アオイ、大丈夫かなぁ……。私はふうと溜め息を吐いた。アオイは今日、ラインヴァイス先生と一緒に孤児院に行っている。今度、男女三対三で「ごうこん」なるお茶会をするから、リリーだけじゃく、フランソワーズとミーナにも来てもらえるように説得してるはずだ。でも、フランソワーズって男の人、嫌いそうなんだよなぁ。ミーナはミーナで、このお城のどこかに命の恩人がいるし……。その人の事、好きなんだと思う。
好きな人、かぁ……。ミーナもいつか結婚して、子ども産んで、お母さんになるのかな? リリーも。それに、フランソワーズだって今はお父さんっぽいけど、いつかお母さんになるのかな? う~ん……。何か嫌だ! みんなには、今のままでいて欲しい。変わらないでいて欲しい。それって、私のわがままなのかなぁ?
む~! 駄目だ! 全然勉強が進まない! 私はガバッとベッドから跳ね起きると、部屋を出た。向かう先はアオイの部屋。身体を動かさないから、ウジウジと色んな事を考えちゃうんだもん! 今日はアオイの部屋を徹底的に掃除して、気分転換だ! おお~!
アオイの部屋に入ると、私は雑巾片手に掃除を始めた。部屋中を拭いて回る。でも、アオイの部屋って、何だかんだ綺麗なんだ。アオイもラインヴァイス先生も、暇を見つけては拭き掃除をしてるらしいから。掃除は、メイドである私の仕事なのに!
脇目も振らずに拭き掃除をしてると、部屋の扉が開いた。そこには、ご機嫌にニコニコ笑うアオイ。やっと帰って来た!
「お帰り、アオイ!」
「ただいま、アイリス!」
私がアオイに飛びつくと、アオイがギュッと抱きしめてくれた。ぎゅっと。ぎゅ~っと。く、苦しい!
「苦しい……!」
「あ。ごめん、ごめん」
パッと手を離したアオイから、サッと距離を取る。アオイは機嫌が良いと、抱きしめる力が強くなる。ギュッとされるのは好きだけど、苦しいのは嫌っ!
「そんな警戒しないでよ。もうしないからさぁ」
「本当?」
「ホント、ホント」
なら良い。私が一つ頷くと、アオイは笑いながらソファに腰掛けた。それを見て、ラインヴァイス先生がお茶を淹れ始める。私も! お手伝い! お手伝い! 先生の淹れてくれたお茶をアオイに出す。すると、アオイは満面の笑みでお礼を言って、お茶に口を付けた。アオイのこの様子、フランソワーズもミーナも、「ごうこん」に来てくれる事になったのかな?
「説得、上手く出来たの?」
「そうなの! みんな来てくれるって!」
「ミーナも? お城に来るの?」
「うん。どうなる事かと思ったけど、案外、すんなり了承してくれたよ」
「ふ~ん」
そっか。そうだよね。ミーナ、命の恩人に会いたがってたもんね。お城に入れる機会があったら、喜んで来るよね。ミーナの命の恩人、見つかると良いんだけどなぁ。どんな人なのかな? 私、探すお手伝い出来るかな?
とうとう、「ごうこん」当日となった。最初の予定では、「ごうこん」はお茶会のはずだったのに、いつの間にか夕食会に変更になっていた。給仕はラインヴァイス先生がするらしいけど、先生の手の回らない所は私の仕事だ。頑張らねば! むんっ!
先生と一緒に会場の準備をする。今日の「ごうこん」会場は、アオイの精霊リーラ姫が作ったという薔薇園になった。夕暮れ時の薔薇園で夕食会だなんて、ちょっとロマンチック。
お料理良~し! お酒良~し! 食器もちゃんと、人数分ある。一つ一つ指差しながら確認してると、ラインヴァイス先生が上着のポケットから何かを取り出した。コインより一回りか二回り大きいかな? チェーン付きの金色の丸い物体に、ポチッと突起が付いてる。先生が突起を押すと、その蓋がパカッと開いた。
「何? それ何? 見せて! 見せてっ!」
先生に駆け寄り、手の中を覗き込もうとする。先生はにこりと笑うと、しゃがんで手の中の物体を私に見せてくれた。全く動かない針が二本と、せわしなく動く針が一本、盤面に嵌め込まれている。何だろう、これ。
「時を知らせる魔道具ですよ」
「ほぉ~!」
魔道具なんて、初めて見た! 魔道具は失われた技術だか何だかで出来てるんだって、母さんがずっと前、話してくれた気がする。同じ物が二つと無いんだって。この動き続ける針、ずっと見てても飽きない! チッチッチッチッチッチッ! 楽しい!
「この針、ずっと同じテンポ!」
「ええ。そのうち、これの見方も教えますね」
「んっ!」
うわぁ! うわぁ! 魔道具の見方まで教えてくれるなんて! 今から楽しみだなぁ。私でも、時が分かるようになるんだ。あれ? でも、魔道具って、同じ物が二つと無いんじゃ……。ま、いっか!
「おっと。そろそろ時間ですね」
先生は魔道具の蓋をパチンと閉めると、ポケットに戻してしまった。もっと見てたかったなぁ。見方は分からないけど、とっても面白かったんだもん。チッチッチッチッチッチッて。あれ、欲しいな。でも、私のお小遣いを全部叩いても、売ってなんてもらえないだろうなぁ。
そんな事を考えながらラインヴァイス先生と一緒に会場の最終確認をして回ると、竜王様と一緒に、ノイモーントさんとフォーゲルシメーレさんとヴォルフさんが姿を現した。何も無い所から出て来るものだから、思わずビクッとなっちゃった。
時々、竜王様はアオイの部屋に突然姿を現すから、アオイの部屋にいる時はそういうものだと思ってる。でも、今日は違う。遠くに見える薔薇園の入り口の扉から、みんな普通に来るのかと思ってた。だから、物凄くびっくりした。心臓が口から飛び出すかと思った!
席に着いたノイモーントさん、フォーゲルシメーレさん、ヴォルフさんの男性陣三人は、どこか落ち着かない様子だった。ソワソワしながら入り口の方をチラチラ見て、「ああ」だとか「はぁ」だとか言ってる。期待半分、不安半分って感じらしい。
暫くすると、アオイがフランソワーズ、リリー、ミーナの女性陣三人を連れて薔薇園へとやって来た。それに気が付いた男性陣が、ジッとアオイ達を見つめる。目が怖い。獲物を見つけた獣みたい。その目、止めた方が良いと思う。流石に、みんな怖がるよ。
アオイが竜王様の隣に進み、付いて来た順番で席に着く。奥から、ノイモーントさんの正面にフランソワーズ、フォーゲルシメーレさんの正面にリリー、ヴォルフさんの正面にミーナという席順だ。う~ん。真ん中がフォーゲルシメーレさんとリリーかぁ。
フォーゲルシメーレさんとリリーは、今日までの間に、診察で顔を合せる機会が数回あった。グイグイと迫るフォーゲルシメーレさんにリリーは怯えるかと思ってたんだけど、結構仲良くしてる。多分、リリーは男の人に好意を向けられた事が無いんじゃないかって、先生が言ってた。人族の男の人は、身体の丈夫な女の人が好きなんだって。働き者で、子どもをたくさん産めるような人が。
リリーは働き者だけど、身体が弱くて寝込む事が多いし、子どもをたくさん産めるような身体じゃない。でも、フォーゲルシメーレさんはその辺の事はあんまり気にしないらしい。と言うより、リリーの身体を治せば、もっと仲良くなれると思ってるらしい。リリーはリリーで、フォーゲルシメーレさんの事、好きみたい。「ごうこん」のお誘いをアオイがした時、フォーゲルシメーレさんが他の子を紹介してもらいたくなったんだって思って泣くくらい。
この二人は、放っておいても上手くいく気がする。今だって、フォーゲルシメーレさんとリリーは見つめ合って笑っている。他の人達は目に入ってませんって感じ。この二人が真ん中ってどうなのかなぁ? 二人で別空間を作ってるみたいで、あんまり良くないと思うんだけどなぁ。
ふと、ミーナを見る。すると、ミーナはヴォルフさんをジッと見つめていた。さっきの男性陣みたいな、獲物を見つけた獣みたいな目で。こ、怖っ! 目がギラギラ光ってる! いつものミーナじゃない! ミーナが壊れた!
見つめられてるヴォルフさんはというと、明後日の方向を向いて、口笛を吹いていた。その頬に一筋の汗が流れる。あんな目で見つめられたら、誰だって冷汗が出ると思う。でも、さっきまで、ヴォルフさんも同じ目、してたんだよ?
あれ? でも、ミーナには命の恩人が……。ああ! もしかして、ミーナの命の恩人ってヴォルフさん? そうなのかな? そうだとしたら、運命の再会だ! 凄くロマンチック!




