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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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209/265

故郷 10

 食堂に帰った私達は、ブロイエさん、ローザさんと合流し、食堂のご夫婦に別れを告げると、薬師のおばあちゃんの家に向かった。


 村はずれにある薬師のおばあちゃんの家は、私の記憶のままだった。軒先に吊るされたたくさんの薬草の束。この独特の匂いは、小さい頃は苦手だった。でも、お城の薬草保管庫に入り慣れた今となっては、どちらかと言うと落ち着く匂いだ。


「ごめん下さい」


 玄関の扉をノックしながら声を掛ける。と、家の奥の方から微かに返事が聞こえた。


「どちら様?」


 少しして玄関の扉を開けて顔を覗かせたのは、背中の曲がった小柄なおばあちゃん。村で唯一の薬師さんだ。


「あの、私、シルビアの娘のアイリスっていいます。今日は母さんの事でお礼を言いに……」


「ああ、シルビアの。覚えとるよ。ずいぶん大きくなったねぇ。元気にしてたかい?」


「はい。あの、母さんが大変お世話になりました。最期を看取って下さったとか……」


「お礼を言われる事なんてしてないよ。逆に申し訳ないくらいさね……」


 そう言って、おばあちゃんは目を伏せた。


「すまなかったね。私の力不足で、あの子を救ってあげられなくて……」


「いえ……。挨拶が遅くなってすみませんでした。母さんが死んでしまったのを知ったの、最近だったので……」


「いんや。墓参りはもう行ったのかい?」


「いえ。この後行く予定です。みんなで」


 そう言って、私は後ろを振り返った。みんな、思い思いおばあちゃんに会釈する。おばあちゃんは目を細めると会釈を返した。


「あんたの新しい家族かい?」


「はい」


「優しそうな人達だねぇ。あんた、今、幸せかい?」


「はい。とっても」


「そうかい、そうかい。シルビアが聞いたら喜ぶだろうねぇ。あの子はいまわの際まで、あんたの幸せだけを願っていたから」


「あの、これ、お礼になるか分かりませんけど……」


 私はさっき森で摘んで来たマンドレイクの花が入った布袋を差し出した。おばあちゃんが袋の中を確認し、ふふふと嬉しそうに笑う。


「こりゃまた、ずいぶん良い物を持って来てくれたねぇ。近頃、足が悪くなってねぇ。森の奥まで行けないから助かるよ」


「あと、お願いがあるんですけど……」


「何だい?」


「後日、薬草を買いに、村を訪れる人がいると思うんです。もし、良かったら、なんですけど、村の人達に薬草を教えてあげてくれないかと……」


「薬草を買いに? こんな所まで?」


「はい。うちの商会の人なんです。森にたくさん薬草があるのを、お、お父様が、知って、手配するって……」


 ブロイエさんをお父様って言うの、凄く恥ずかしい。けど、おばあちゃんに不審がられない為には我慢、我慢……。


「雪が降る前に来てもらえるんかねぇ?」


 おばあちゃんがそう言って、ブロイエさんを見る。私もそれにつられて振り返った。と、ブロイエさんがにっこり笑いながら頷く。


「もちろん、そのつもりですよ。その後は、雪解けして少ししてからになりますけど」


「何と。定期的に来てくれるんかい?」


 意外とばかりにおばあちゃんが目を丸くする。商売っ気のある話は、ここではそれだけ珍しいって事だ。


「一月に一回くらいとは思っています。……あ。もう少し、間隔短くします?」


「い、いや。いやいや。それくらいで十分だよ。来てもらえるだけ有り難い話さね」


「ただ、うちも慈善活動をするつもりはありませんからね? そこはお忘れなく」


「もちろん。さぁて。こうしちゃいられない。早速、村の女達に声を掛けて来ないとだね!」


 おばあちゃんはそう言って、家を飛び出した。足が悪いって言っていた割に、その動きは素早い。私は呆気に取られつつ、去り行くその背を見つめた。


「あ。初めは、出来るだけ多くの種類を少量ずつお願いしますねぇ!」


 小さくなりつつあるおばあちゃんの背に、ブロイエさんがそう声を掛ける。と、おばあちゃんは分かったとばかりに片手を挙げてそれに答えた。年の割に耳も良い。


「上手くいった、のかな……?」


 私がポツリと呟くと、ブロイエさんが笑いながら頷いた。


「あの様子なら、みんなの尻を引っ叩いてくれるでしょ~」


 薬草集めには、薬師のおばあちゃんの協力が必要不可欠。だから、おばあちゃんが最大限やる気を発揮出来るよう、私からお願いする事になった。


 ここに来る道すがら、兄様と一緒にブロイエさんへ薬草の買取の事を相談したら、私からおばあちゃんに提案した方が良いんじゃないかって事になった。ブロイエさんや先生、兄様から同じ話をされても、やる気よりも不審が先に立ってしまいそうだって。それに、私が持って来た話だって村のみんなが知ったら、一生懸命頑張ってくれるんじゃないかって。


「どうだ? 今の気分は」


 兄様に問われ、私は首を傾げた。と、兄様が呆れたように溜め息を吐く。


「故郷を変える第一歩を、自らの手で踏み出させたのだぞ……」


「え……。あ。そっか……」


 きっと、今日か明日辺りから、村の人、特に女の人達を中心に薬草集めをしてくれるだろう。それで、ブロイエさんの商会の人が来たらそれを売って――。今年の冬は、ほんの少しだけ生活が楽になるかもしれない。春になればまた薬草を採って、それを売って……。そうやって、少しずつ村の生活が良くなっていくんだ。


「こういうの、何て言うんだっけ……。えっと、感慨深い……?」


 合ってる? そう思って先生を見ると、先生が微笑みながら頷いた。


「きっと豊かになりますよ、この村は」


「そうだと良いな……」


 そうなってもらいたいな。私や母さんみたいな思いをする人がもう出ないように。


「心配無いぞ! この村には僕がついているからな!」


 そう言って、兄様がえっへんと胸を張った。自信満々な兄様の様子に、ブロイエさんが腕を組んで、満足そうにうんうんと頷いている。


「よく言った、スマラクト。それでこそ僕の息子だ」


「そうでしょう、そうでしょう!」


「うん。という事で、この村の薬草売買は任せたからね~」


「え? まかせ……? え?」


「人は貸してあげるから。独りで商売やってみなさい?」


「え? ちょ、父上!」


 踵を返したブロイエさんを、兄様が慌てて追い掛ける。私は呆気に取られながらそれを見ていた。


「アイリス、行きましょう」


 先生が私に声を掛け、手を差し出す。私が先生の手を取ると、先生がゆっくりと歩き出した。


「ねえ、先生? ブロイエさんがさっき言ってた事、本気だと思う?」


「本気でしょうね。アイリスの村の生活が掛かっているとなれば、スマラクト様もぞんざいな商いは出来ないですし。スマラクト様を経済的にも独立させるには、またとない好機でしょうからね」


 経済的に独立……。そもそも、あんな小さな兄様を独立させる必要ってあるの?


「一応言っておきますが、スマラクト様はあんな見た目ですけれど、人族で言う所の成人年齢はとうに超えていますからね? 経済的に独立しても良い頃合いなのですよ?」


 分かっているつもりだけど、やっぱり、ねぇ……? ブロイエさんに追い縋り、何か言い募る兄様を見守りつつ、うむむと唸る。


「アイリス。良い事を教えてあげましょうか?」


「何?」


「スマラクト様はアイリスの父上よりも年上ですよ、きっと」


「嘘だぁ」


 はははと笑いながら先生を見上げる。でも、先生は意味深に微笑むだけで。それは暗に、今の話が冗談でも何でもないと告げていた。な、何と……。


 そりゃ、兄様が私よりもずっと年上なのは分かっていた。けど、まさか、父さんよりも年上だったとは……。兄様、恐るべし。


 ……ん? 待てよ。兄様が父さんよりも年上という事は、先生は……? 先生っていくつ?


「あ、あのね、先生?」


「何です?」


「先生って、今、おいくつですか……?」


「さて、いくつでしょう?」


 ちょっと首を傾げながら先生がにっこりと笑う。くぅ。先生の笑顔が眩しい。でも、笑顔で誤魔化されないぞ。先生は先の大戦の前に生まれていたはず。確か、先の大戦は、百年以上前で……。ええっと……。少なくとも、先生は百歳以上で……。にっこり笑いう先生を思わず凝視してしまう。この見た目で百歳以上……。いや。考えるのは止めよう。世の中には、知らなくて良い事もたくさんあるんだから。


 そんなこんなで、私達は村の墓所にやって来た。森を切り開いて作った墓所だけあって、たどり着くまでは鬱蒼とした森を通らなければならない。けど、墓所自体は明るい広場みたいな場所で、手入れも良くされていた。村のみんなの大切な人が眠る場所だからね。


 幼い日の記憶を頼りに、父さんのお墓を探す。確かこっちだったような……。墓所って目印も何も無いから、分かり辛いんだよなぁ……。ん~……。あ。あった! 父さんのお名前!


 少し古びた墓石の隣に、真新しい、ここ数年で建てられただろう墓石が寄り添うように並ぶ。これが母さんの……。墓石の前に跪き、それをそっと撫でた。ひんやりとしていてすべすべした、磨かれた石材特有の感触が掌に伝わる。


「アイリスちゃん」


 ローザさんに声を掛けられて顔を上げる。と、ローザさんは花束を二つ差し出していた。たぶん、ローザさんのお出掛けカバンの中に入れてあったのだろう。私のお出掛けカバンと同じく、ローザさんのお出掛けカバンも空間拡張とか、色々な便利機能が付いているんだと思う。


「ありがと」


 ローザさんから花束を受け取り、そっと母さんのお墓と父さんのお墓の前にそれを置いた。そして、手を合わせる。


 母さん、父さん、久しぶり。あのね、私、新しい家族が出来たんだよ。みんなとっても優しくて、私を大切にしてくれる人達なんだよ。


 まず、先生ね。灰色の髪の人が先生だよ。ラインヴァイス様ってお名前なの。本当は真っ白い髪でね、瞳の色は金色なんだ。今は変装中なの。先生はね、ドラゴン族で、竜王様の実の弟なんだよ。私の命を助けてくれてね、私に魔術を教えてくれてね、私を誰よりも愛してくれている人なんだよ。私もね、誰よりも先生が好きなの。母さんも父さんも、魔人族との結婚は反対かな?


 次、ローザさんね。母さんみたいな赤毛っぽい金髪の人がローザさん。私と一緒に、竜王様の奥さんのアオイのお世話をしてるんだよ。ローザさんはね、私のお母さん代わりをしてくれたの。寂しい時は一緒にいてくれてね、たくさん温もりをくれたの。たくさん、た~くさん甘えさせてもらったの。


 で、ローザさんのお隣の、背の高いおじさんがブロイエさん。ローザさんの旦那様で、この領地の領主様なんだよ。先生や竜王様の叔父さんでね、ドラゴン族なの。今は黒髪だけど、本当は青い髪なんだよ。愛情深い人でね、広~い心の持ち主なの。それに、とっても面白いし、頼りになるんだよ。私の――ううん、みんなのお父さんみたいな人なんだ。


 それで、スマラクト兄様がローザさんとブロイエさんの息子さん。私の兄様代わりだったはずなんだけど、最近は私の方がお姉ちゃんみたいになってるなって思うの。ちょっと自由人なところもあるんだけど、そこが兄様らしいし、好きなんだ。ブロイエさんと血が繋がってるだけあって、いざという時には頼りになるんだよ。村を良くする手伝いも、兄様がしてくれるんだ。


 それで、カインさんとアベルちゃんが兄様のお世話係りなんだ。カインさんはね、ちょっと柄が悪くなる時もあるけど、普段は礼儀正しい紳士なんだよ。


 アベルちゃんはね、そんなカインさんの娘なの。でも、二人は血が繋がってないし、部族だって違うんだ。カインさんはオーガ族で、アベルちゃんはエルフ族なんだよ。それでも、本当の親子みたいに仲が良くて息がピッタリなの。理想の親子だなって、二人を見てると思うんだ。


 ……ねえ、母さん、父さん。もし、私がローザさんとブロイエさんをお母様、お父様って呼んだらどう思う? やっぱり嫌かな? ブロイエさんは魔人族だし、ローザさんはその奥さんだから駄目って言う?


 でもね、私、二人の事、母さんや父さんと同じくらい好きなんだ。薬師のおばあちゃんにね、「新しい家族かい?」って聞かれた時、全然違和感が無かったの。自然に「はい」って返事が出たんだ。


 今は恥ずかしくて、二人の事をお名前で呼んでるんだけど、いつかはお母様、お父様って呼びたいなって思ってるの……。駄目、かな……?


 心の中でそう尋ねた途端、私の頬を風が撫でた。この時期の風は肌を突き刺すように冷たいはずなのに、この風はどこか柔らかくて温かかった。まるで、「そうしてあげなさい」って母さんと父さんが言ってくれているようで……。


「ありがと、母さん、父さん……」


 そう呟いた私の頬に、一筋の涙が伝った。

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