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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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故郷 9

 マンドレイクの群生地に到着した私達は、早速、マンドレイクのお花摘みを始めた。兄様は摘んだばかりのお花を口に入れ、あまりの酸っぱさに悶絶している。


「不思議な植物ですね、これは。周りは霜が降りているというのに……」


 先生がマンドレイクのお花を摘みながら零した言葉に、私はこくりと頷いた。マンドレイクの花は、昨日と同じように鮮やかな紫色をしていた。葉っぱも鮮やかな緑色。触ってみても、霜が降りている様子は無い。先生の言う通り、不思議な植物だ。


「寒さに強いってだけじゃ、説明付かないよね、これは」


「雪が降ってもそのまま雪の下で花が咲き続けるなんて事は、流石に無いですよね……?」


「どうなんだろう……。あまりに希少だから、生態が全部解明されている訳じゃ無いんだよ、マンドレイクって。何で引っこ抜くときに叫ぶのか、とか、その音はどこから出ているのか、とか、叫びを聞いた人が何で悪夢を見るのかだって分かってないし……」


「研究したら面白そうな植物ですね」


 先生が摘んだばかりのお花の匂いを嗅ぎながらそう言う。私はう~んと首を捻った。


「そうなのかなぁ……?」


「一株、持ち帰っても良いですかね?」


「先生、マンドレイクの研究したいの?」


「いえ。ただ、課題には丁度良いと思って」


「課題? 誰かに研究させるって事?」


「ええ。アクトに」


 アクトの名前を聞いて、私の眉間に皺が寄った。そんな私を見て、先生がクスクスと笑う。


「本当に、アイリスはアクトが苦手なようですね」


「だって、アクト、意地悪ばっかりしたんだもん……」


「本人にそのつもりは無かったみたいですよ? 彼はただ、貴女に振り向いて欲しかっただけだと言っていました」


「先生、アクトとお話したの?」


「ええ。この旅に出る数日前に。貴女の里帰りを聞いて、とても心配していました。楽しい事ばかりじゃないだろうから、と。どうか、貴女を支えて欲しいと、僕に頭まで下げて……。本当は、僕に頼みたくなどないでしょうに……」


 そう言えば、先生とアクトって、あんまり関係が良くないんだった。と言うか、アクトが一方的に先生を嫌ってるんだった。そんなアクトが先生に頭を下げるなんてちょっと意外。しかも、頭を下げた理由が私を支えて欲しいだなんて……。


「あのアクトがねぇ……」


「アイリスが成長しているように、彼も成長しているのですよ。思っていた以上に大人で、僕の方が驚かされたくらいですから」


「ふ~ん」


 意地悪アクトがぁ……? アクトが大人って、無理があると思う。


「その顔は納得していませんか? アクトに会った時、少し話をしてみると良いですよ。印象が変わると思います」


「本当にぃ?」


「たぶん」


 たぶんって、先生……。思わず脱力した私を見て、先生が可笑しそうに笑った。


「ところで、アイリスは、アクトがフォーゲルシメーレに弟子入りした時の話、詳しく聞きました?」


「ん~ん」


 いつの間にか、アクトはフォーゲルシメーレさんの弟子になっていた。緩衝地帯にはフォーゲルシメーレさんがいるから、薬草屋が必要だろうって。一応、私にも卸すつもりでいるみたいだったけど、お城にも薬草屋さんはいる。よぼよぼのおじいちゃんだけど。


「彼は彼なりに緩衝地帯の事を考えてくれて、産業の一つにしたいのだとフォーゲルシメーレに言ったそうですよ」


「産業って、薬草栽培を?」


「ええ。他の村や町に持って行ける程の薬草を安定的に育てられたら、それは緩衝地帯の産業になるだろう、と。産業があれば雇用が生まれる。雇用が生まれれば、そのまま緩衝地帯で生活を続けられる子が多くなる、と。だから弟子にして欲しいと、フォーゲルシメーレに言ったそうです」


 意外だった。あのアクトが、そこまで緩衝地帯の事を考えていたなんて。と言うか、そういう考え方が出来る子だったなんて。


「ね? 思っていた以上に大人でしょう?」


「う、うん……」


 これには頷くしかなかった。アクトって、もっと何も考えてないと思ってたのに。


「そこまで言われてしまったら、緩衝地帯を任されている身としては、応援するしかないでしょう? だから、これを、と」


 そう言って、先生は地面に生えているマンドレイクに視線を移した。もし、マンドレイクの生態が詳しく分かり、人工栽培が出来るようになったら――。それは立派に緩衝地帯の産業になるはずだ!


「よし、先生! 一株と言わず、二、三株持って帰ろう! あ! アオイと竜王様のお土産も必要だから、五株くらい引っこ抜こう!」


「流石にそれは、採り過ぎではありませんか……?」


「これだけあるんだから大丈夫だよ!」


 ぐるりと見回した先、ぽっかりと開けた広場のようなこの場所には、紫色のお花畑が広がっている。呆れるくらいマンドレイクがあるんだから、五株くらいどうって事ないだろう。


 もし仮に、これを全部引っこ抜いて、大きめの薬草屋さんで捨て値で捌いても、簡単に一財産作れるくらいはあると思う。比喩ではなく、ここは宝の山だ。


「その産業、ここでも出来るのではないか?」


 そう声を掛けてきたのは兄様だった。まだ顔は「う~」ってなってるけど、しゃべれるくらいにはなったらしい。


「薬草栽培を……?」


「うむ。これだけマンドレイクが自生しているのだ。それに、昨日見た限り、森の中にもかなりの種類、薬草が自生していた。ここの気候が薬草に合っている証拠だろう」


「そうなのかもしれないけど……」


 畑に薬草を植えて、それを売り捌く。言葉にすれば簡単だけど、食べ物の畑を潰して薬草畑にすると、村の食料が賄えなくなるような……。ただでさえ、みんな貧しくて、食べるのがやっとなのに。


「ところで、村の主な産業は何だ?」


「えっと……。林業と木材加工……?」


 森の木を切って、それをそのまま売ったり、加工して売ったりして生計を立てている家が村には多い。確か、一月に一回くらい、問屋さんが買い付けに来ていた気がする。小さい頃の記憶だから曖昧だけど、問屋さんが来る時には食堂にお客さんが入っていた。


「大方、材木問屋が買い付けに来るのだろう?」


「ん」


 私がこくりと頷くと、兄様がニヤリと笑った。けど、すぐにその顔が歪む。未だお口の中は酸っぱい後味で一杯なんだろう。


「逆に言えば、村には材木問屋しか買い付けに来ない。だから、村の者達は、木が金になる事は知っているが、他の物が売れるとは思っていない」


「まあ、そう、だね……」


 誰も買わない物は、当たり前だけどお金にならない。お金にならなければ捨て置かれるのは当たり前だ。貧しいから尚更に。


「では、ここで一つ問題だ。ある日、村に商家の家族連れがやって来た。その家は手広く商いをやっていて、宿屋や食堂などの経営から、物品の卸、小売業まで何でもござれ、だ。そんな家の次男坊が、森の中でそれはそれは珍しい薬草を見つけた。見たところ、森の中は薬草の宝庫。さて、商家の旦那はその後どうする?」


「え……。薬草を買い付ける算段をつける、とか……?」


 兄様が言う商家って、私達の事、だよね……? 戸惑いながら口にした答えに、兄様が満足そうに一つ頷いた。酸っぱさでクシャッとなった顔のまま。


「うむ。正解だ。まあ、それもこれも、父上がこの事を知らなくては話にならないのだがな。その辺りの事は僕に任せておけ」


「ん。ありがと、兄様」


「礼には及ばん。貧しい村を豊かにするのは、領主代行としての責務でもあるしな。村の事は僕に任せておけば心配無いからな!」


 そう言って、兄様はドンと自身の胸を叩いた。マンドレイクのお花を食べたせいで、まだ「う~」って顔のままだけど、醸し出す空気で自信満々な事が分かる。きっと、兄様に任せておけば大丈夫。村は今よりずっと豊かになるはずだ。


「兄様。村の事、どうかよろしくお願いします」


 私は深々と頭を下げた。幼い私を可愛がってくれた人達が、冬の寒さや食糧難にあえぐ事のない日々を送れるように。たったそれだけの事ですら、今の村には難しいのだから。


 そんな私の頭を、兄様がわしゃわしゃと掻き回した。力加減を間違えたせいで、私の頭が前後左右に揺さぶられる。


「兄に気を遣う必要は無い。もっと甘えて頼って良いのだぞ!」


「ありがと、兄様。でも、目、回る……」


 いつまで経っても、兄様は人族と魔人族の身体のつくりの違いに慣れないらしい。んもぉ。こういう所、凄く兄様らしい。


 私が笑うと兄様が笑った。先生、カインさん、アベルちゃんも笑う。木漏れ日が降り注ぐ明るい森の中、私達の笑い声が木霊していた。

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