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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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故郷 8

 村への滞在二日目の今日は、母さんのお墓参りが主な予定だ。あとは、薬師のおばあさんに挨拶も行って……。やる事は大して多くはないけど、心に圧し掛かる重圧はかなりある。だって、母さんがどんな最期を迎えたのか、嫌でも想像しちゃうし、知る事にもなるだろうから。何となく気分が沈む……。けど、それを同室のアベルちゃんに悟られる訳にはいかない。だから、普段通りの私を心掛ける。


 そうして身なりを整えて、アベルちゃんと共に一階の食堂に下りると、既に先生とカインさん、兄様がテーブルに着いていた。今日も、男性陣三人が一番乗りだったらしい。


 旅の間、この三人は同室に泊まっていて、決まって一番に起きて来ている。朝が苦手な兄様がいるのは、たぶん、先生に起こされているからだろう。カインさんは、ギリギリまで兄様を寝かせてあげるはず。お屋敷で過ごしている時はそうだもん。


 パッと見た感じ、三人で談笑しているように見える。けど、良く見ると兄様の顔色がすこぶる悪い。目の下には隈が出来ていて、一目で寝不足なのが分かった。


 これは……。兄様ってば、悪夢にうなされてあんまり寝てないんだな。昨日、あんな風に言ってた割に、怖い夢を見て眠れないなんて、兄様もまだまだお子様だ。くふふ。


「おはよ~!」


 元気良く挨拶をし、先生のお隣の席に着く。私一人で母さんのお墓参りに行くんだったらとっても気が重いけど、私にはみんながいる。挨拶を返してくれる先生や兄様、カインさんの顔を見たら、ちょっとだけ心が上向いた。


「ねえ、兄様? どんな夢見たの?」


 だから、兄様をからかう余裕も出て来た。ニマニマと笑いながら口を開いた私を、兄様がジトッとした目で睨む。


「それを聞くか?」


「ん。もちろん。ねえ、どんな怖い夢だったの?」


「それは……」


 兄様が苦虫を噛み潰したような顔をした。と、カインさんが涼しい顔で口を開く。


「昨晩は、アラクネがどうとか、うなされておりました」


「アラクネって、足が八本ある虫? 糸を吐く、あのアラクネ?」


「ええ。大方、アラクネに集られる夢でも見たのでしょう」


 アラクネに集られる夢かぁ。それはちょっと嫌かも……。でも、言うほど怖い夢じゃないような……。


 アラクネは足が八本もあって、見た目が気持ち悪いから、苦手な人は多い。かく言う私も、得意ではない。けど、怖くはない。だって、人に害を及ぼす虫じゃないから。


 アラクネが吐く糸は、耐久性や魔力耐性の高い、上質な織物の原料だ。私の記憶が正しければ、先生のいつもの白いマントやグローブはアラクネの糸を織った布を使っていたはずだ。


 それに、アラクネは、農作物や家なんかに付いた害虫を食べてくれる。自分より大きな虫でも、糸で作った巣兼罠で絡め取って食べてくれる。食欲も旺盛で、小さな家なら、アラクネが一匹いれば害虫はほぼ見なくなる。アラクネはいわゆる益虫ってやつなんだ。


 それを知ってからは、私はアラクネが部屋にいても、むやみやたらに退治したりはしなくなった。いつの間にかどこかに行ってる事も多いしね。巣だけは、見栄えの問題で処理するけど。


「アラクネなんて、ちょっと気持ち悪いだけだよ? それよりも怖い虫って、他にもいると思うけど……」


「普通なら、な。自分と同じ大きさならどうだ? あの見た目で、自分と同じ大きさで、そんなのが巣を作っていて……」


 言っていて、夢の内容を思い出したのだろう。兄様の顔色がみるみるうちに青ざめていく。兄様のこの反応、ちょっと新鮮で面白いかも……。もう少しからかって……と思ったら、先生が苦笑しながら口を開いた。


「アイリス。あまりスマラクト様をいじめては駄目ですよ?」


 先生がやんわりと私を嗜める。私はへへへと笑いながら、ふと、ある事を思い出した。


「そうだ、兄様。マンドレイクの叫び声の効果って、数日は続くんだよ。知ってた?」


「なん、だと……?」


 兄様が絶望に打ちひしがれた。愕然とする兄様に、私はニッと笑顔を向ける。


「この後、マンドレイクの花、取りに行く?」


「行く!」


 食い気味に兄様が叫ぶ。そんな兄様の様子に、私は思わず苦笑してしまった。先生、カインさん、アベルちゃんも苦笑している。


「じゃあ、朝ごはん食べてから森に出かけよう! 先生も行く?」


「もちろん」


 先生がにこりと笑って頷く。


「アベルちゃんは?」


「行くー!」


 アベルちゃんは「はい」と手を挙げると、元気良くそう答えた。アベルちゃんは今日も元気で可愛らしいな。くふふ。


「カインさんは……」


「お供しますよ。アイリス様とラインヴァイス様に、坊ちゃまとアベルを任せきりという訳には参りませんから」


 まあ、そうだよね。兄様とアベルちゃんの事、心配だろうし。特に、今日は兄様の体調が優れないしね。


 少しして、女将さんが朝ごはんを運んで来てくれた。それを見計らったかのようなタイミングで、ローザさんとブロイエさんが二階から下りて来る。ブロイエさんは昨日の宴会が響いたのか、顔色が悪い。二日酔いだね、きっと。んもぉ。今日は酔い覚まし、作ってあげられないのに。


 みんな揃って朝ごはんを食べ、私達は早速森に出かける事にした。ローザさんとブロイエさんは、この後、宿のお部屋でゆっくりするらしい。二日酔いだから。


「昼前にはお墓参り行くからね。あんまり遅くならないようにねぇ……」


 ちょっと覇気のないブロイエさんの声に見送られ、私達五人は食堂を後にした。先頭は兄様とアベルちゃん。二人で手を繋ぎ、昨日見つけたというマンドレイクの群生地への道案内役。その後ろが私と先生。私達も手を繋ぎ、兄様とアベルちゃんの後を付いて行く。最後尾がカインさん。私達から少し離れて付いて来ている。たぶん、周りを警戒してくれているんだと思う。


 昨日の夜は冷え込んだせいか、村から森に掛けての道すがら、至る所に霜が降りていた。お! 霜柱、発見! わざと踏んだ霜柱は、ザクザクと小気味良い音を立てた。ふふふ。ここはもう、冬がすぐそこまで来てるんだなぁ。


 小さい頃、こうして霜柱を踏みつけて遊ぶの、好きだったなぁ。村のあちらこちらで霜柱を見つけては踏んで遊んでいたら、村の人に笑われたっけな……。


 今思い返すと、昼間独りぼっちで過ごしていた私を、村の人達は結構気に掛けてくれていた。年が近い子がいなくて遊び相手なんていなかったけど、退屈なんてしなかった。村の人達が代わる代わる私の面倒を見てくれていたから……。


 一緒になって霜柱踏みをしたお兄さんや、身体が冷えた私を心配して、家に呼んで温かいスープを飲ませてくれたお姉さん。娘のお下がりだけどって、コートをくれたおじさんや、わざわざ襟巻を手作りしてくれたおばさん。優しい人達ばかりだった……。


 母さんに置いて行かれたショックで頑なになって、母さんだけじゃなく、村まで恨んで、優しい人達がいた事を、可愛がってもらっていた事を、心の中から消してしまっていた。私、なんてバカだったんだろう……。


「アイリス? 大丈夫ですか?」


 不意に立ち止まった私を、先生が少し心配そうに見つめていた。小さく首を横に振り、再び歩き出す。


「あのね、先生。昨日も言ったけど、私、ここに来て良かった」


「気の良い人達ばかりの、良い村ですからね、ここは」


「ん。私ね、ずっと、村の人達に可愛がってもらっていた事、忘れてたの。母さんも村も大嫌いだったの。ここに帰って来ても、私を待っていてくれる人なんて一人もいないんだって、そう思ってたの。けど、違った。いなくなった私を心配してくれる人達がたくさんいた。帰って来たらお帰りって迎えてくれた……」


「ええ……」


「故郷って温かいね……」


 そう口にした途端、私の頬を涙が伝った。泣くつもりなんてなかったのに。慌てて手で涙を拭う。前を歩く兄様とアベルちゃん、後ろを付いて来るカインさんには気付かれていないはず。でも、隣を歩く先生には気付かれてしまったらしい。先生が私の手をギュッと握る。


「この村に、帰りたくなりました……?」


 思いがけない発言に、私は驚いて先生を見上げた。先生は真っ直ぐ前を向いたまま。でも、浮かない顔をしている事はすぐに分かった。


「貴女は未だ、人族と同じ時の流れを生きています。今だったら、ここに帰る事も可能です……」


「ん~。帰りたくないって言ったら嘘になるけど、私には他に帰る場所があるからなぁ……。帰りたい順で言ったら、この村、結構低いんだよなぁ……。あ。因みに、一番は先生の所だからね?」


 私の言葉に、先生が驚いたようにこちらを向いた。そんな先生にニッと笑って見せる。


「前に言ったでしょ? 忘れちゃったの? もしも遠くに行った時、帰りたいって思うのは竜王城だって。それは、先生がいるからなんだよ?」


「故郷よりも、僕の元へ帰りたいと思ってくれるのですか……?」


「もちろん。誰よりも愛してくれて、誰よりも愛している人の所へ、私、帰りたいよ」


 そう言った途端、先生にぐいっと手を引っ張られた。思わずよろけた私を、先生が抱き止めてくれる。そして、少し屈んだかと思ったら、私の膝裏に腕を入れ、横抱きに抱え上げた。


「ちょっ。先生!」


 思いがけない先生の行動に、私の顔に熱が集まった。それを見た先生がクスクス笑う。


「たまには良いじゃないですか、こういうのも」


「よ、良くない! 兄様とアベルちゃんが見てる!」


 兄様は呆れたように、アベルちゃんは目をキラキラ輝かせて私達を見ていた。は、恥ずかしい!


「スマラクト様! 僕も! 僕もー!」


 アベルちゃんが期待に目を輝かせながら兄様を見る。兄様はそんなアベルちゃんと私達を見比べたと思ったら、「うむ」と頷いた。


「あれくらい、僕にかかれば朝飯前だ!」


「やったぁ!」


 意外や意外。兄様は平然とした顔でアベルちゃんを抱え上げた。まだ小さくても、ドラゴン族は力持ち。アベルちゃん一人を抱え上げるくらい何て事は無いらしい。兄様の首に腕を回したアベルちゃんが、「おお~」と感嘆の声を上げている。


 一緒に旅をしていて思ったけど、アベルちゃんって、初めて会った時よりも甘えん坊さんになってる気がする。最初はしっかりしている子だと思ってたんだけど。


 それだけ、無条件に甘えられる人がいる今の生活に慣れてきているって事なんだろうな。ふと目をやった先、最後尾を付いて来ていたカインさんは、アベルちゃんと兄様を微笑ましげに眺めていた。

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