故郷 3
私の生まれた村が分かってから数ヶ月が経ち、やっとみんな揃ってお休みを取れる事になった。別に、ブロイエさんが調整をサボっていた訳じゃ無い。ただ単純に、人の手配が出来なかっただけだ。
このお城の人はみんな、それぞれお仕事がある。特に夏から秋に掛けては繁忙期の人が多くて、それが一段落するまでは私達の代わりにお仕事が出来る人がいなかった。そう、ブロイエさんが申し訳なさそうに言っていた。
「えぇっと……。着替えでしょ、洗面用具、勉強道具とぉ、後、何が必要かなぁ……?」
忘れ物があったら大変だからね。準備は念入りに。ベッドの上に並べた品々を見比べ、頭を捻る。
「母さんのお墓に供えるお花は、ローザさんが準備してくれるって言ってたしぃ……」
ん~。私が持って行くの、これくらいかなぁ……? 前のお出掛けの時は、何を持って行ったんだったかなぁ? ……あ。お薬! 傷薬とか風邪薬とか、そういうの、持って行った方が良いな! 思い立ったが吉日と、調剤室を兼ねている研究室に向かう。そうしていくつかのお薬を作り終わり、何の気なしに壁の本棚を見た。薬草全集……。目に入った本を手に取り、パラパラとページを捲る。
薬草の辞典かぁ……。これを見ながら薬草採集とか楽しいかも……。村の近くの森って、色んな薬草が生えてそうだもん。辺鄙な所にある村だったのに、おばあちゃんだったけど、薬師さんがいたくらいだし。珍しい薬草、あると良いな。私は作ったお薬と共に、薬草全集を手に部屋へと戻った。
そして次の日。とうとうみんな揃ってのお出掛けとなった。待ち合わせ場所は何故か厩舎。ブロイエさんの指示に従い、ユニコーンのベルちゃんに鞍を乗せ、私は騎乗用のブーツに履き替えた。準備を終えたところでベルちゃんを寝床から出し、ユニコーン用の通用口を通って外に向かう。
お城の外に出ると、先に準備を終えたブロイエさんだけじゃなく、別行動だったローザさんと先生も待っていた。私が一番最後だったか!
「お待たせしました……」
おずおずとそう口にする。すると、みんな優しく微笑みながら頷いた。
「んじゃ、出発するけど、みんな、忘れ物は無いね?」
ブロイエさんの言葉に頷く。先生もローザさんも苦笑しながら頷いていた。そんな私達に笑顔を返し、ブロイエさんが手に持っていた杖を掲げる。すると、私達の足元に転移魔法陣が浮かび上がった。
一瞬、視界が揺れる。と、次の瞬間には、私達はブロイエさんのお屋敷の庭に降り立っていた。今日はここで一泊して、明日から数日かけて村に向かうらしい。でも、まさか、ユニコーンに乗って行く予定だったとは。てっきり、ブロイエさんの転移か歩いて行くのかと思ってた。ベルちゃんと一緒の初めての旅。ちょっとワクワクしてきたぞ。
「父上! 母上! アイリス! ラインヴァイス兄様!」
呼ばれて振り返る。と、兄様が屋敷から飛び出し、こちらに向かって駆けて来ていた。その後を、カインさんとアベルちゃん、数人の使用人さんが慌てて追って来ている。
「お~。スマラクト、今日も元気そうだねぇ」
「ええ」
ブロイエさんとローザさんがふふふと笑う。何だかんだ、この二人も兄様に会うの、楽しみにしていたんだろう。だって、可愛い一人息子だもん。
「お待ちしておりました。茶会の準備は整っています。ユニコーンは使用人に任せて、どうぞこちらに」
兄様が満面の笑みで口を開く。ブロイエさんは笑顔で頷くと、カインさんにユニコーンの手綱を渡した。先生も使用人さんに手綱を渡す。私も手綱を使用人さんに渡そうとして、ふと、視線を感じた。こちらを振り返って見つめるベルちゃんの不安そうな瞳。おお。人見知りと場所見知りが発揮されてる。こりゃ、私が連れてかないと、途中で動かなくなるな……。
「兄様。私、自分でユニコーン連れて行くね」
「何! そんな事、使用人に任せておけば――」
「この子、初めての場所と人が苦手なの。途中で動かなくなっちゃうかもしれないから」
ベルちゃんの鬣辺りを撫でつつ口を開く。大丈夫だよ、ベルちゃん。怖くないからね。
「何という小心なユニコーンだ……」
「あはは。ごめんね、兄様」
「良い良い。カイン、厩舎までの案内、頼んだぞ」
カインさんは笑顔で頷くと、ブロイエさんのユニコーンを引いて歩き出した。と、先生が使用人さんに一旦渡したユニコーンの手綱を返してもらい、自分でユニコーンを引き始める。私は一瞬呆気に取られたが、すぐにハッとなり、ベルちゃんの手綱を引きながら慌ててその後を追った。
「先生?」
思わず先生を呼ぶ。と、先生が笑顔で振り返った。
「今回の休暇は、出来る限りアイリスと一緒にいようと思って。あ。嫌だったら言って下さいね?」
嫌だなんてとんでもない! 私はフルフルと首を横に振った。
「私も先生と一緒にいたい! ずっと一緒にいようね?」
「ええ」
二人で顔を見合わせ、笑みを深める。と、そんな私達の様子に、前を歩いていたカインさんが深い溜め息を吐いた。
「この老いぼれがいる事、お忘れなきよう……」
おお。すっかり忘れてた。失敗、失敗。テヘッと照れ隠しに笑って見せると、カインさんは再び大きな溜め息を吐いたのだった。
ベルちゃんはちょっと不安そうにしていたけど、嫌がる素振りは見せずにお屋敷の厩舎に入ってくれた。お隣の寝床が先生のユニコーンだったからだろう。それだけで気分的にだいぶ違うんだと思う。私がベルちゃんの立場だったらそうだもん。
先生と手を繋ぎ、カインさんの後に付いてサロンへと向かう。今日はサロンでお茶会らしい。軽食、何があるかな? お芋のお菓子、あるかな? あると良いなぁ。くふふ。楽しみ。
「アイリス、この後は何をして過ごします?」
隣を歩く先生の問われ、私はう~んと頭を捻った。お屋敷の周りの森を散策するのも良いだろうし、近くの川でお魚釣りも良いなぁ。でも、私達が遊んでると、兄様も遊びたがるだろうしぃ……。無難なところで、書庫で勉強、とか? でも、何だか味気ない……。
「先生は? 何かしたい事とかある?」
「そうですねぇ……。この時期、森の散策がお勧めなのですが……」
先生は、葉っぱが綺麗に紅葉した森の方に目をやり、次いでカインさんをちらりと見た。先生も私と同じ事を考えたんだろう。つまり、兄様まで遊びに出てしまう、と。
「坊ちゃまの事でしたら心配には及びませんよ。本日まで実に集中して執務をして下さったので」
め、珍しい……。思わず、先生と顔を見合わせる。
「アイリス様の帰郷と聞いて、坊ちゃまも同行したいとおっしゃいまして。ですので、数日屋敷を空けても問題無い程度に執務をして頂きました」
「え……。兄様も? 来てくれるの?」
「はい。アイリス様の生まれた村が領地内にあると聞いて、一度この目で見ておかねば、と。それはそれは張り切っておいででした」
「そっか」
普通だったら、領主(代行)様に私の村を見てもらうなんて出来ないし、貧しい村の現状を知ってもらう良い機会かもしれない。
「私とアベルも同行させて頂きますので、どうぞ宜しくお願い致します」
「カインさんとアベルちゃんも? こちらこそ、お願いします」
本当に、みんな揃ってのお出掛けだ! 思っていた以上に大所帯の旅になるぞ。くふふ。ワクワクが止まらない!
サロンに入ると、ブロイエさんと兄様が何やら話し合っていた。ソファに向かい合わせに座り、その間のローテーブルに地図を広げている。見るに、旅の行程の確認かな?
「おお、遅かったな!」
兄様がペシペシと隣の席を叩く。ここに座れって事らしい。私は兄様の隣に腰を下ろした。そのお隣に先生が座る。
「今、父上と旅の行程を話し合っていたんだ」
「兄様も来てくれるんだってね」
「ああ。兄としても領主代行としても、アイリスの生まれた村を見ておきたいのでな」
「ありがと、兄様」
「何。礼には及ばん」
兄様はそう言いつつ、満更でもない様子でニヤリと笑った。
「今回の旅は大所帯だからねぇ。行く先々で詮索されると面倒だから、ちょっと一芝居打つ事にしたから~」
そう言って、ブロイエさんが今回の旅の内容を説明してくれた。私達は裕福な商家の一団に変装するらしい。ブロイエさんが商家の旦那様で、ローザさんが奥様。先生が長男で、兄様が次男。カインさんとアベルちゃんが使用人の親子。私の立場は、母さんがローザさんの遠戚で、数年前に預かったという設定らしい。それで、先生と婚約する事になったから母さんに連絡しようと思ったら、肝心の母さんは死んでしまっていた、と。先生が前に村を訪ねたのは、婚約の報告をしようと思ったからとか何とか言って誤魔化すらしい。
初日、つまり明日、ここから少し離れた町まで出て、そこからこっちの領域と人族の領域を隔ててる壁を越えるらしい。その町には壁を越える通用口があるんだとか。通行手形を持っている人、つまり、領主からの許可を得た人だけが出入り出来る特別な通用口。それを使って正規のルートで壁の中に入る。そして、壁の反対側の人族の町で一泊。そこから壁沿いに、お屋敷方面に戻る街道を行って、地理的にはお屋敷のすぐ近くになる村に一泊。因みに、この村、ローザさんの生まれた村らしい。そこから北に向かう小さな街道を通って、途中の村で一泊。更に北上し、一日ほどのところに私の村があるらしい。地図を見つつ、首を傾げる。
「ローザさんの生まれた村の、お隣のお隣が私の村?」
「そうだね。屋敷から遠目に見える山々があるでしょ? あの麓にある村だよ。一応、小さな街道は通っているけど、地理的に人の行き来は殆ど無いだろうねぇ」
そう言って、ブロイエさんは苦笑した。私が生まれた村は山の谷間にある小さな村だった。雨が降ったら土砂崩れ、雪が降ったら雪崩が起きて道が埋まっちゃうような場所。旅の人なんて殆ど来ないだろうね。うん。
「アイリスの話を聞きに行った際にも不審がられましたし、村の外からやって来た人間というのは珍しいのでしょうね」
そう言って、先生も苦笑する。う~。改めて聞くと、私の村、田舎過ぎ。村の外の人が珍しいって、ちょっと恥ずかしいレベルだ。
「あら。村の外との交流が全く無い訳ではないと思いますよ? どの村でも嫁入り、婿入りはありますから」
助け舟を出してくれたのはローザさん。そ、そうだよね。他の村と全く交流が無いなんて、どんな秘境の村だよって話だよね! 辺鄙な場所にある村ではあったけど、そこまで秘境じゃなかった、と思う。
「あ~。そう言えば、人族は世代交代が頻繁なせいか、定期的に嫁や婿を他の村にやる風習があるんだっけ……」
ブロイエさんの言葉に、ローザさんが微笑みながら頷く。
「ええ。血を薄める為でもありますし、村同士の結束を高める為でもあります。近隣の村には大抵遠戚がいるので、他の村に何かあった場合は人手を出したりするはずですよ。そのせいで近隣の村にも顔見知りは多いですし、ラインヴァイス様が不審がられたのは誰も顔を知らなかった、つまり、それ程遠くから来たという事が原因かと……」
ほ~。じゃあ、探せば、私の遠戚に当たる人も近くの村にいるのかな? まあ、母さんも父さんも死んじゃった今となっては、探しようもないんだろうけど。ちらりとローザさんを見る。と、ローザさんと目が合った。穏やかに微笑むローザさんの姿に、思い出の中の母さんの姿が重なる。ローザさんが私の遠戚だったら、なんて……。流石にそれは欲張り過ぎかな……。




