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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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201/265

故郷 2

「な、何で……?」


 やっとの事で絞り出した声は、ものの見事に枯れていた。口の中が乾き、喉の奥がひりつく。


「一昨年、亡くなった、と……」


「嘘、だよね……?」


 先生の言葉に、目の前が真っ暗になった。身体が震え、息が上手く出来ない。と、そんな私の手を、先生がギュッと握った。


「まだ、確定ではありません。人伝の話なので……。ですから――」


「自分で村まで行って確かめようって思った?」


 ブロイエさんの言葉に、先生が小さく頷く。


「人違いという可能性も、僅かながらにありますから……」


「自分で真偽を確かめるまで、この話は伏せておきたかった、と。それならそうと、何ですぐに僕らに相談しないの?」


「すみません……」


「まあ、良い。人族の領域に入る許可は僕が出す。但し、変装は念入りに、ね。万が一にも魔人族だと露見しないように」


「はい……」


 そうして、先生はその日のうちにブロイエさんの領地に発った。アオイから、私が孤児院に来たばかりの頃の似顔絵を借りて。丸一日かけて、村の人達にお話を聞いてくれるらしい。


 そうして二日後、朝のお仕事が終わってから、私はブロイエさんのお部屋に呼ばれた。そこには既に先生が待っていた。冒険者風の格好をした先生の髪は灰色に染められており、フードを目深に被ったりして金色の瞳が見えないようにしてしまえば、十分人族に見える。


 私は先生の正面の席に腰を下ろした。私のお隣にローザさん、その正面にブロイエさんが座る。


 心の準備はしてきた。だから、先生からどんな報告を受けても大丈夫……。母さんが死んじゃってても、もうショックは受けない。大丈夫、大丈夫……。


「村人から話を聞いた結果ですが……」


 先生が遠慮がちに口を開く。私はごくりと唾を飲み込むと、小さく頷いて続く言葉を待った。先生が視線を落とし、一瞬、沈黙が場を支配する。


「病で……亡くなったそうです……」


 病……。母さん、病気だったんだ……。


「そっか……」


「貴女の手を離した時、既に病魔に侵されていたのだと……」


 母さんが罹った病気はきっと、何年もかけて命を蝕んでいく類のものだったんだろう。そういう病気、いくつか心当たりがある。そのどれもが薬では治らないし、治癒術でも進行を遅らせるくらいの事しか出来ない。村に一人だけいた薬師のおばあちゃんじゃ、どうにも出来なかったはずだ。


「貴女の事は、信頼出来るところに預けて来たと言っていたそうです……。元気になって絶対に迎えに行くんだと、それを心の支えにしていたと、最期を看取った薬師の女性が話してくれました……」


 絶対に迎えに来るって約束、ちゃんと覚えててくれたんだ……。迎えに来てくれるつもりだったんだ……! 要らないからって捨てられたんじゃなかった……!


 じわりと目に涙が滲み、正面の席に座る先生の姿が歪む。と、そんな私を、お隣に座っていたローザさんがギュッと抱きしめてくれた。


「泣いて良いの……。我慢しなくて良いのよ……!」


「ぅく……うぅ……か、母さん……! 母さん!」


 一度決壊した涙はなかなか止まらなかった。泣きじゃくる私を、ローザさんはずっと抱きしめてくれていた。


 泣いて泣いて、気が済むまで泣いたら、何だかスッキリした。母さんが私を置いて行った理由も、いつまで経っても迎えに来てくれなかった理由も分かったから。前にローザさんが言っていた心の折り合いって、こういう事を言うのかな?


 もちろん、母さんが死んじゃって、悲しいって気持ちも寂しいって気持ちもある。けど、長年のモヤモヤがスッキリ晴れた感じもして、ちょっと複雑な気分だ。


「ねえ、あなた?」


 ローザさんがブロイエさんを呼ぶ。私はローザさんの胸から顔を上げた。と、そんな私の頭をローザさんがあやすように撫でてくれる。


「アイリスちゃんが生まれた村に行く事、許して下さる?」


「え……。まあ、ローザさんが望むなら……」


「アイリスちゃん、お母様のお墓参り、一緒に行きましょうか?」


 お墓参り……。思ってもみなかった提案に、私は目を丸くした。そんな私に、ローザさんが優しく微笑みかける。


「報告したい事、たくさんあるでしょう?」


「ん」


「せっかくだから、まとまった休暇を貰って、スマラクトの所に寄ってから行きましょうか? あの子、喜ぶわよ、きっと」


「ん! ……あ。でも、私達が二人揃って留守にしたら、アオイが困るよ?」


「それはうちの人がどうにかするわよ。ね? あなた?」


「もちろん。因みに、僕も同行するからね? 二人だけじゃ心配だし。ラインヴァイスも行くでしょ?」


「え……。あ、はい……」


 おお。みんな揃ってお出掛け。これは珍しい。私一人だったら心細いし、母さんが死んじゃった事を確かめるのは辛い。けど、みんな一緒なら心強い。私はローザさんの豊かな胸に顔を埋め、ふふふと小さく声を出して笑った。


「ありがと、ローザさん」


「良いのよ、これくらい。手配はうちの人がやってくれるから。何も心配しなくて大丈夫よ」


「ん。ブロイエさんもありがと」


「いんや。んじゃ、そうと決まれば早速手配に取り掛かろうかねぇ」


 そう言って、ブロイエさんは「よっこいしょ」と言いながらソファから立ち上がった。そうして杖を掲げると、フッと姿を消す。たぶん、竜王様の所に行ったんだろう。言葉通り、早速手配してくれるみたい。


「あの、アイリス……?」


 唐突に名を呼ばれ、私は先生の方を振り返った。先生は視線を落とし、申し訳なさそうな顔をしている。


「どうしたの、先生?」


「母上の事、すみませんでした……」


 そう言って、先生は深々と頭を下げた。先生の思わぬ行動に、私は首を傾げる。


「母上が生きているうちに会わせてあげられなかった責任は、全て僕にあります……」


「何で? 先生に責任なんて無いよ?」


「いえ……。貴方がこの城に来てから今日まで、貴女の故郷の話をする機会は数え切れないほどありました。しかし、そうしなかった……。貴女が望郷の念に囚われる様を見たくなかったから……。貴方が僕の元から去ってしまうのが怖かったから……。もし、もっと早く故郷の場所が分かっていれば、生きているうちに母上に会う事が出来たかもしれない……。そう思うと、取り返しのつかない事をしてしまった、と……!」


 先生は膝の上で両の拳を握りしめていた。きっと、先生は、母さんが死んでしまっていた事が分かった時から、自分を責めていたんだろう。自分以外の人には優しいのに、自分には優しくないよね、先生って。


「そんな事を言ったら、私にだって責任があるよ。実はね、ずっと前、先生と一緒に兄様の所に行った時、私、生まれた村にそっくりな村を空から見たの。でも、誰にも言わなかった。もし、あの時、生まれた村とそっくりな村があったんだよって先生に言ってたら、母さんが死んじゃう前に会いに行けたかもしれない」


「ラインヴァイス様の言い分ですと、私やうちの人にも責任がありますわね。アイリスちゃんに故郷の事を聞ける立場にいたのは、何も、貴方様だけではないのですから」


「しかし――」


「あのね、先生。これは誰が悪い訳でもないの。ただ、ほんのちょっと、歯車がずれちゃっただけなの。上手く歯車が噛み合ってたら、私は母さんが生きてるうちに会いに行けたかもしれない。けど、現実はそこまで上手くは出来てなかったんだよ。だから、自分を責めるのは止めて?」


「……はい」


 分かれば良い。うんうんと頷く私の頭を、ローザさんがふふふと笑いながら撫でてくれる。


「本当に、アイリスちゃんは良い子ね。それに、とっても強い子」


「私、強くないよ。弱虫だし、泣き虫だもん」


「普段は、ね。でも、いざという時、折れない強さを持っているわ」


「そ、そうかなぁ?」


「そうよ」


 へへへ。面と向かって褒められると照れるなぁ。えへえへと後頭を掻く私を見て、先生がフッと笑う。


「それに、とても心優しい女性です。貴女の優しさに何度心が救われた事か……」


「そんな、言うほど救ってないでしょ?」


 どちらかと言わなくても、私が先生に救ってもらった気がするんだけど……。泣いてたら慰めてくれて、寂しかったら傍にいてくれて……。ずっと大切にしてもらっている。


「おや。僕の言葉が信用出来ませんか?」


「そんな事は……」


「良いですよ。貴女が納得するまで語り合いましょうか?」


 先生がにっこりと良い顔で笑う。そして、心救われた(らしい)エピソードを語り始めた。でもね、先生、それは一般的に惚気話って言うんだよ。ローザさんの前でする話じゃないと思うんだよ!


 私はそれをローザさんの腕の中で聞く羽目に。ローザさんが腕を緩めてくれないから逃げられない! ジタバタもがいてみても、ローザさんは面白そうにふふふと笑うだけ。


 んもぉ! 二人とも、確信犯だな! 私が恥ずかしがってるのを見て、面白がってるな! 許さないぞぉ! いつか逆襲してやるんだから! と思ったけど、先生もローザさんも、私より一枚も二枚も上手な訳で。返り討ちに遭うな……。うん。

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