故郷 1
ブロイエさんに連れられてやって来たのは、彼ら夫婦のお部屋。ソファに座るように促され、私はおずおずと腰を下ろした。そんな私に、ブロイエさんが手ずからお茶を淹れてくれる。
「あんまりこういうの得意じゃないから、美味しくなかったらごめんね?」
そう言いつつ、ブロイエさんは私の前にティーカップを置いた。そして、私の正面の席に腰を下ろす。
私はティーカップに手を伸ばすと、お茶を一口啜った。得意じゃないのにわざわざ私の為にお茶を淹れてくれたブロイエさんの気遣いに胸がほっこりとし、高ぶっていた感情が静まっていく。
「凄く美味しいよ。ありがと、ブロイエさん」
「いんや。それで、ちょっと確認なんだけど……」
「ん?」
「ラインヴァイスはさ、この図面作る時、何も言わなかったの?」
「ん……」
先生はきっと、私の故郷がブロイエさんの領地内だろう事は、私があの建物を選んだ時から分かっていたはずだ。特徴的な建築様式だから、バルトさんやローザさんみたいに、見る人が見れば一目で分かる。物知りで、小さい頃からブロイエさんの領地に何度も足を運んでいた先生が分からなかったなんて考えられない。
「そっかぁ。あの子にはあの子なりの考えがあったのかねぇ……」
「分かんない……」
けど、どうせ分かる事なら、先生の口から聞きたかった。いや、でも、先生は先生で、私が動揺する姿を見たくなかったのかもしれないし……。
「ラインヴァイス呼ぶけど、良いよね?」
「ん……」
「ローザさんが帰って来たら、四人で家族会議しましょ」
ブロイエさんはそう言ってソファから立ち上がると、優しく微笑んで私の頭を撫でてくれた。そして、連絡用の護符をチェストから取り出すと、先生を呼び出す。そうして、すぐにお城に来るように伝えた。もちろん、理由も添えて。
待つ事しばし。お部屋の扉がノックされた。ローザさんか先生か……。ブロイエさんの返事を待って扉が開く。その先にいたのは――。
「せんせぇ!」
ソファから立ち上がり、先生の元へ駆ける。そして、勢いそのまま抱き付いた。そんな私を先生がしっかりと抱き留めてくれる。
「いらっしゃい、ラインヴァイス。大急ぎで来てくれたみたいで嬉しいよ」
そう言ったブロイエさんの声はどこか刺々しかった。
「あの――」
「まあ、座って。ローザさんが帰って来るのを待ちましょ」
何か言いかけた先生の言葉を遮るようにブロイエさんが言う。先生はそれ以上何も言わず、私の両肩にそっと手を置いた。そんな先生を見上げる。と、先生は微笑みながら頷き、私の肩を抱いてソファへと向かった。
ローザさんを待っている間、誰も何も話さなかった。空気が張りつめるとは、正にこういう事を言うんだと思う。き、気まずい……。けど、それだけこれが、各人にとって重要案件って事なんだろう。
そうして気まずい空気のまましばらく待っていると、お部屋の扉が再びノックされた。ローザさんが帰って来た! 弾かれたように扉の方を振り返る。と、ブロイエさんの返事で扉が開いた。
「お待たせ致しました」
そう言ったローザさんは、私の隣に座る先生に目を向けた。先生がローザさんに会釈する。ローザさんも会釈を返すと、ブロイエさんのお隣に腰を下ろした。
「んじゃ、第一回、家族会議を始めます」
大真面目な顔でブロイエさんが口を開く。それに答えるように私は小さく頷いた。先生も小さく頷く。
「議題はアイリスの出生地について。見せる必要は今さら無いとは思うけど、これを見て」
ブロイエさんがそう言って、私と先生のお屋敷の外観図をローテーブルの上に広げた。私の村と同じ建築様式のお屋敷。そして、ブロイエさんの領地の方の建築様式のお屋敷だ。
「これはうちの領地の方の建築様式だよね? ラインヴァイスはこれを見て、アイリスの話を聞いて、何も思わなかったの?」
「何も思わなかった訳ではありませんが、あえて話す必要性が感じられませんでした」
先生が真面目な顔で口を開く。私はそれをハラハラとしながら見守った。二人とも言い方が刺々しいけど、喧嘩始めたりしないでね?
「うちの領地の方の建築様式だとアイリスが知った時、アイリスが動揺するとは思わなかったの?」
「無論、思いました。どういう事だと、アイリスから連絡が来ると予想していたので、今の状況は少々想定外ですが」
「話す必要性が感じられなかったというのは? どういう事です?」
そこに割って入ったのはローザさん。聞き逃せない事を聞いたぞ的な、厳しい顔をしている。
「生まれた村が今さら分かった所でどうなると? 帰るつもりがない村の場所が分かったところで何が変わります?」
「帰るつもりがない? それは、村の場所が分かった時、アイリスちゃん自身が決める事ではなくて?」
「彼女の故郷はここです。この竜王城です。それが、彼女自身が出した答えです」
確かに、前、先生にそう言った。あの時は、生まれた場所が分からない私にも、帰れる場所があるんだって、ただ単純に嬉しかったから。
「それは、生まれた村の場所が分からなかったからでしょう? もし、村の場所が分かったら――」
「自分を捨てた母に会いに行くと? あなた方を放って?」
先生が挑発的に笑う。と、ローザさんがぐっと言葉に詰まった。そのお隣では、ブロイエさんが眉間に皺を寄せている。
私はふと、先生の言動に違和感を覚えた。先生は何でこんなに喧嘩腰なんだろう? 私の知ってる先生は、絶対にこんな言い方はしない。他の人の意見を力ずくで抑え込むような事は好まない。みんなが納得出来るように、色々考えてくれるはずなのに……。
今回の案件なら、先生はまず、私の生まれた村を探すはずだ。それで、「もし、村の場所が分かったらどうします?」って私に意見を聞くはず。雑談みたいな感じでそれとなく。
万が一、先生が私を村へ帰したくないんだったら、行かないでって言うだろうし……。私が村に行ったきり戻って来ないのが心配だったら、一緒に行くって言うだろうし……。
そりゃ、私の村は人族の領域にあるんだから、魔人族の先生がおいそれと出入りは出来ない。けど、先生の立場を考えたら、私に同行するのは不可能ではないはずだ。竜王様の許可だって、領主であるブロイエさんの許可だって取り付けられるはずだもん。だから、行かせないとか教えないとかしないで、一緒に行くって言うはずだ。
それに、さっきの言葉。「自分を捨てた母」だなんて、いつもの先生だったら絶対に言わない。先生は、私が母さんに愛されていたんだって言ってたんだから。もっと、こう、柔らかい言い方を選ぶはず。「自分の手を離した母」とか。
「あなた方を放って」なんて言い方だって変だ。私が母さんに会いたいって思う事が、ローザさんとブロイエさんに対する裏切りだって強調しているよう。いつもの先生だったら、こんな一言を付け加えたりしない。
考えれば考えるほど、先生の言動がおかしい。生まれた村に帰って欲しくないってだけじゃ、説明がつかない気がする。強いて言うなら、村に関わる事に触れて欲しくない……?
「ねえ、先生?」
私はお隣に座る先生の袖を遠慮がちに掴んだ。そして、先生の顔を上目で窺う。
「……何です?」
「先生、何か隠してる?」
「何故、そう思うのです?」
「何でって……。今日の先生、何か変だよ?」
「変、ですか……」
「ん。もしかして、村に関係する事、聞いて欲しくないの?」
私の問いに、先生の瞳が一瞬揺れた。動揺してる……。という事は、私の予想が当たってるって事だろう。
「もしかして、ラインヴァイス、アイリスの生まれた村、もう調べたとか?」
ブロイエさんの言葉に、先生が押し黙る。先生が黙る時は大抵、都合が悪い時。ブロイエさんの予想も当たりなんだろう。
「協力者はスマラクトとカインあたり? あの二人を釣るのは簡単だもんねぇ。スマラクトには珍しい食べ物、カインには酒を対価にしたのかな?」
畳みかけるようにブロイエさんが問う。と、先生の表情が険しくなった。またブロイエさんの予想が当たり……。
「僕らに対しての挑発的な態度は、感情的にさせればこの場は乗り切れると思ったから? でも、この場を乗り切っても、一時しのぎにしかならないよね? どうするつもりだったの?」
先生が顔色悪く俯く。う~。何だか、私の村の事で先生が責められるの見たくない……。
「ブロイエさん、もういいよ……。もう止めようよぉ……」
「そう、だね……。ごめんね。つい、感情的になっちゃったね……」
「ん~ん……。先生、ありがと。私の村の事、調べてくれて。でも、私、もういいんだ……。村の事も母さんの事も忘れないとって思ってたの。だからね、変に村の場所が分かったら、きっと、忘れられなくなっちゃう。恋しいって思っちゃう。母さんに会いたいって思っちゃう……! だ、だから……もう、いい……!」
言いながら、私の目から大粒の涙が零れ落ちた。
「母親が恋しいという気持ちは、誰に気兼ねする必要も、無理に押し殺す必要もないのよ?」
ローザさんが優しく諭すようにそう言う。でも……。私はフルフルと首を横に振った。
「アイリスちゃん。私は貴女の本当の気持ちを知りたい。だってね、気を遣われる度に、ああ、私達はそれまでの間柄なのねと、嫌でもそう思ってしまうから。貴女にとって、私達は無条件で甘えられる大人じゃないのね、と……」
そう言って、ローザさんは悲しそうに目を伏せた。ブロイエさんが眉を下げ、そんな彼女を背を優しく擦る。
私が本当の気持ちを押し殺し続けてた事で、逆に二人を傷付けてたんだ……。距離を感じさせてしまっていたんだ……。そんな簡単な事にも気付けないなんて……。ごめんなさい、ローザさん、ブロイエさん……。
「わ、私……私は……母さんに……会いたい……」
会って、話がしたい。今までの事、これらかの事。色んな事を報告し合いたい。先生の事だって紹介したいし、ローザさんやブロイエさん、兄様の事だって紹介したい。私の新しい家族なんだよって。
「……ないんです……」
先生がポツリと呟く。その声はどこか苦しそうで。思わず、私は隣に座る先生に目をやった。先生は膝の上で両の拳を握り締め、眉間に深い皺を寄せていた。力が入り過ぎているのだろう、その両手は小さく震えている。
「先生……?」
「もう、会えないんです……!」
会えない……。会えないって……? 何で? どうして?




