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出会い 2

 あんなに怖い目にあったのに、次の日も、そのまた次の日も、私は懲りずに森へと行った。今日こそ、母さんが私を迎えに来てくれるはずだ。そう自分に言い聞かせて。それが凄く馬鹿げた事だというのは、私自身が一番よく分かっている。だって、私は母さんに捨てられたんだから。分かっているのに、それを信じたくない。信じられないんだもん。いつか、母さんは約束通り迎えに来てくれるもん……。


 雪で覆われた森を遠目に眺めつつ、私は母さんの姿を探し回った。森の中には恐ろしい魔物が住んでいる。だから、森には近づいては駄目なんだ。孤児院の世話係のフランソワーズが言っていた事だけど、私はその言いつけを破って毎日ここに来ている。


 フランソワーズは元冒険者の女の人だ。色々な事を知っていて、私にも時々、冒険者時代の話をしてくれる。綺麗な金髪を一つにくくり、いつも男の人みたいな格好としゃべり方をしている。冒険者時代の名残なのかな? 女らしい格好をしたらとっても似合うと思うけど、フランソワーズは恥ずかしがって、絶対にスカートをはかない。男の人みたいな格好の方が恥ずかしいと思うんだけどなぁ。


 魔物関係に一番詳しいのはフランソワーズだ。私が襲われた、真っ白い毛に覆われた魔物は雪狼というらしい。冒険者時代、フランソワーズもあれに一度だけ会ったと言ってた。その時は仲間のお蔭で助かったけど、次は確実に食べられてしまうだろうって、仲間が命懸けでフランソワーズを逃がしてくれたから今、生きているんだって言ってた。悲しそうに下を向いたフランソワーズの顔を見て、聞いちゃ駄目な話だったんだなって事はすぐに分かった。だから、雪狼の話はそこで止めた。襲われた事も何も言えなかった。


 周りを見渡すと、いつの間にか見覚えの無い所まで来ていた。雪の間からゴツゴツとした岩がいくつも覗いている。こんな所、あったんだ……。私は手近な岩の上に腰を下ろすと、ジッと森を見つめた。


 母さんは雪狼の事を知ってたのかな? 知ってて、私をこの森の近くに置いて行ったのかな? 危ない所だって分かって――。ううん。きっと、母さんは知らなかったんだ。知ってたら、こんな危ない所に私を置いて行ったりしないもん。置いて、行ったりなんて……。


 ジンと目が熱くなった。喉の奥が痛い。泣いちゃ、駄目だ。泣いたら良い子じゃない。良い子にしてないと母さんが来てくれない。だから、泣いちゃ駄目だ……! 私はごしごしと目元を擦った。


 ふと、足元に目を落とすと、岩と雪の隙間から小さな新芽が覗いていた。春が近いんだな……。新芽を踏まないように岩から飛び降り、新芽の周りの雪をそっと退かしてみる。ベシャベシャな雪のせいで、手がビショビショになっちゃった。私はスカートの裾で手を拭くと、岩に寄り添うように生えている草を覗き込んだ。


 この草、この葉っぱ、見た事ある。母さんと一緒に暮らしていた頃、転んで擦りむいた私の膝に母さんが貼ってくれた葉っぱだ。傷口に付けておくと早く治るのよって、母さん、言ってたな……。私の手が薬草に伸びる。ふと、隣の岩を見ると、そこにも岩に寄り添うように小さな緑色が覗いていた。


 この日から、私は薬草集めをして過ごした。一つ一つ、岩の周りを見て歩く。そして、新芽を見つけると雪を掻き分けてそれを摘み、ポケットに突っ込んだ。日当たりの良い岩が狙い目だ。お日様で温まった岩の周りには、必ず薬草が生えている。まだ小さい薬草は採らないでおこうと決めた。数日したら、もう少し大きくなりそうだから。あんなに大きな怪我だもん。大きい葉っぱがいっぱいいるはずだもん。


 疲れたなぁ。そう思って岩に腰掛けると、ぐぅっと小さくお腹が鳴った。そろそろお昼なのかな? 孤児院のご飯は、お世辞にも量が多いとは言えない。でも、母さんと暮らしている時は一日一食か、良くて二食だったけど、孤児院では朝昼晩と食べ物が出る。それだけはちょっと嬉しい。


 そろそろ、一旦孤児院に戻ろうかな……。私はぴょんと岩から飛び降りた。お腹が空くと戻って来ると、意地悪な男の子が今日もからかってくるかもしれない。だから、本当は戻りたくない。でも、戻るのが遅くなるとリリーが心配するから、お昼くらいには一度、戻る事に決めている。


 リリーは孤児院の責任者だ。綺麗な人なんだけど、身体がとっても細くって、顔色が青白い。どっか身体の具合が悪いんだと思う。だから、リリーに心配掛けちゃ駄目なんだ。これは孤児院の暗黙のルール。だって、リリーってば、ちょっとした事で熱を出して、すぐに寝込んじゃうんだもん。


 私は孤児院の裏手からキッチンへと入った。誰もいない、がらんとしたキッチンのテーブルの上に、私の分のパンが置いてある。パンの間には小さい燻製肉が挟んであって、持ち運びしやすいようにされていた。私はそれを布で包むと、ポケットに押し込んだ。そして、リリーの姿を探す。帰って来たよって、姿を見せておかないと!


 談話室からリリーの声が聞こえ、私は扉の前で足を止めた。談話室かぁ……。あんまり入りたくないな。この時間帯、みんなここにいるんだもん。きっと、今日も男の子達にからかわれる。お腹が空いて帰って来たのかって……。


 扉の前で耳を澄ますと、中からリリーとフランソワーズの話し声が聞こえた。そっか。フランソワーズもこの中にいるのか……。リリーが駄目ならフランソワーズと思たんだけど……。きっと、ミーナもこの中だろうし……。


 ミーナはリリーの妹だ。プラチナブロンドの髪もターコイズブルーの瞳もリリーとよく似ていて、一目で姉妹だと分かる。でも、身体が弱いリリーとは違い、ミーナはとっても元気だ。孤児院の仕事も人一倍している。それに、とっても面倒見が良い。小さい子達のお母さん代わりみたいな人なんだ。


 リリーとミーナはとっても仲良しで、こういう休憩時間は絶対一緒にいる。だから、リリーがこの中にいるという事は、ミーナもこの中にいるって事で……。どうしよう。このまま、また森に行っちゃおうかな。でもなぁ……。


 考え込む私の耳に、リリーとフランソワーズの話声に交じって、どこかで聞いたような女の人の声が届いた。この声、どこで聞いたんだっけ? 知り合いなんていないしなぁ。う~ん。うぅ~ん……。


 ああ! 思い出した! あの時の黒髪の女の人だ! そう気が付いた瞬間、私は談話室の扉を勢いよく開けた。驚いたように私を見つめるたくさんの目。そして、一番奥の席に、これまた驚いたように私を見つめる黒髪の女の人がいた。


「みんな! そいつから離れて! そいつ、魔人族の仲間だ!」


 私は女の人を指差し、そう叫んだ。雪狼に会った時は、白髪の人が怪我をしたから見逃してくれたんだ。でも、こうしてここに姿を現したって事は、誰かを攫うつもりなんだ! やっぱり、魔人族は悪いヤツなんだ! 怪我をして可哀想って思った私が馬鹿だった。私が皆を守らないと! いったい、誰を攫うつもり? フランソワーズ? リリー? ミーナ? それとも他の子?


「どういう事ですの、アイリス?」


 そう問い掛けてきたのはリリーだ。不思議そうにこっちを見つめている。リリーの隣に座っているフランソワーズも、不思議そうな顔で私を見つめていた。黒髪の女の人は上手い具合に、彼女達に取り入ったらしい。許せない! 私はギュッと拳を握りしめた。


「前に会ったんだよ! そいつ、白髪の魔人族と一緒にいたんだよ!」


「白髪の、魔人族……」


 フランソワーズが考えるように視線を彷徨わせた。魔人族と聞いて、小さい子達がビクビクと怯えたように縮こまる。その姿を見て、何故か、黒髪の女の人が悲しそうに目を伏せた。……ふ、ふんッ! そんな顔したって私は騙されないもん! 本当は、誰かを攫いに来たんでしょ! 魔人族の仲間だって隠してたんでしょ! みんなにそれがバレて残念なんでしょ! 悔しいんでしょ! そうなんでしょ!


「アイリス。その人の見た目、私くらいの年じゃなかった?」


 やれやれといった顔で、開けたままになっていた扉を閉め、ミーナがそう問い掛けてきた。ミーナは確か、十五歳。白髪の人は、子どもと大人の中間くらいの見た目だった。ミーナと同じくらいといえば、同じくらいな気がする。私はこくこくと頷いた。


「そう! ミーナくらいの年でね、白いドラゴンに変身したの! 絶対に魔人族でしょ? ミーナも見たんだね!」


 私の他にも見てる人がいた! 私の味方がいた! そう思ったのに、ミーナは少し困ったように笑い、私の前に屈み込んだ。小さい子に何かを言い聞かせる時のように、彼女は私に視線を合わせ、優しげに笑う。


「アイリス。その人はね、竜王城の偉い人。アイリスが思っているような、悪い魔人族じゃないんだよ?」


 竜王城の……偉い人……? でも、魔人族は人族を攫うんだって、母さんが……!


「魔人族はみんな悪いヤツだって、母さん言ってたもん!」


「違うよ。竜王城の人達は悪い人達じゃない」


 そう言ったミーナの顔は、とっても怖かった。私、何か悪い事、言った……? 部屋の中をぐるりと見回すと、みんな怖い顔で私を睨んでいる。わ、私……私は、ただ……! ジワリと溢れてきた涙で、目の前のミーナの顔が歪む。私は逃げるように談話室を飛び出した。


 キッチンを抜け、裏手から孤児院を飛び出す。向かった先は母さんと別れた場所だった。母さん! 母さん! 心の中で叫びつつ、母さんの姿を探す。でも、どんなに探し回っても、母さんの姿は無かった。それが凄く寂しくて悲しくて、私は声を上げて泣き叫んだ。母さん! 寂しいよ! 独りにしないでよ! 寂しくて死んじゃうよ! 母さん!


「アイリスー!」


 遠くの方から私を呼ぶ声が聞こえてくる。私は返事をする代わりに、更に声を大きくして泣き続けた。

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