屋敷 6
十日程が経ったある日、お仕事を終えてお部屋に戻ると、一通の封筒が扉に挟まっていた。これは! やっと出来たんだ!
部屋のベッドに腰を下ろし、ワクワクしながら封を切る。そうして取り出したのは一枚の図面。おお。思ってたより可愛い感じ。特に、バルコニーの柵。こういう丸っこい柱って可愛いよね。うん。
くふふ。これが私と先生のお家かぁ。あ。そうだ! 先生にも見せてあげよっと! 首から提げていた連絡用の護符を取り出し、先生を呼ぶ。
「あ。アイリス。もしかして、外観図が届きました?」
「ん! 先生も見るでしょ? ほら!」
護符に図面を映す。あんまり近くに寄せ過ぎると見えにくいかな? このくらいかな? ちゃんと見えてるかな?
「思ってたよりずっと可愛い感じになってるよ!」
「なるべく可愛らしくという注文、聞いてくれたようですね」
あ。先生が可愛くしてねって注文してくれたのね。納得、納得。
「どうです? 気に入りました?」
「ん! 早くこのお屋敷に住みたい。先生と一緒に!」
「そうですね。僕も早くアイリスと住みたいです」
「完成、楽しみだね!」
「ええ。今度緩衝地帯に来る時、その図面、持って来て下さい」
「分かった!」
そうして少しの間他愛のない話をして、連絡用の護符を切った。明日、早速アオイ夫婦とローザさん夫婦に図面見せよっと! あ。そうだ。ウルペスさんとかバルトさんとイェガーさんとかにも見せびらかそっと! そうすると、アオイと竜王様には朝ごはんの後にでも見てもらって、ローザさんとブロイエさんはその後でだな。みんなどんな反応するかな? 楽しみだな。
次の日、私は朝ごはんを食べに食堂へと向かった。昨日届いた外観図を携えて。そうして食堂の前を抜け、お隣のキッチンの扉を開く。そこには、せかせかと忙しそうに働くたくさんの料理人さん。その中で、お目当ての人物を探し、彼の元へ足を向ける。
「おはよう、イェガーさん!」
「おお。おはよう、嬢ちゃん。今日も時間通りだな」
「ん! アオイと竜王様のごはんは?」
「おう。時間通りに出来上がるぞ」
「そっか。あのね、見て見て、これ! 昨日届いたの! 私と先生のお家!」
じゃ~んと、手に持っていた図面を開き、イェガーさんに向ける。イェガーさんは物珍し気に、顎の髭を撫でながら、しげしげと図面を眺めていた。と、そんな私達に気が付いた他の料理人さん達が集まって来る。みんな興味津々で図面を眺めていた。
「ほ~。あんま団長のイメージじゃない屋敷だな。これは嬢ちゃんの趣味か?」
「ん! 可愛いでしょ~!」
「そうだな。可愛い屋敷だ」
イェガーさんが微笑みながら私の頭をグリグリ撫でる。へへへ。褒められた。さて、次は食堂だ。たくさん人がいると良いなぁ。イェガーさんや料理人さん達に一旦別れを告げ、私は食堂へと向かった。
食堂の扉をくぐる。大混雑の時間帯よりだいぶ早い時間だから、人はまばらだ。ちぇ。いろんな人に自慢したかったのに。ガッカリ。
その中で、見覚えのある姿を探す。ええっと。どこにいるかな? 大抵、この時間はいるはずなんだけどなぁ……。あ。いた!
「バルトさ~ん! ミーちゃ~ん! おはよ~!」
今日もバルトさんとミーちゃんは仲良くごはんを食べていた。ミーちゃんはもう食べ終わっていて、バルトさんはもうすぐ終わるところ。もう少し遅くなったら入れ違いになっていたところだ。
「ああ、おはよう」
「あにゃ!」
「見て見て! 昨日、私と先生のお屋敷の外観図、出来上がったの!」
手に持っていた図面を広げて二人に見せる。バルトさんもミーちゃんも、しげしげとそれを眺めていた。と思ったら、徐にバルトさんが口を開いた。
「この辺ではあまり見かけないが、北西部の建築様式か?」
「え……」
北西部……。それって、この国の、だよね?
「どこにどんな風な建物があるかなんて、私、よく知らない……」
「宰相殿が治める領地だ。宰相殿の屋敷は違うが、近隣の町や村はこんな建物ばかりだったが……。お前、何度か宰相殿の領地に行っているんだろう? 町や村は見た事無いのか?」
そうだ。言われてみれば、ずっと前、先生の背中に乗ってブロイエさんのお屋敷に行った時、空からこんな建物ばかりの村を見た。それで、生まれた村に似てるって思って……。私の生まれた村は、この国の北西部――ブロイエさんの領地にあるの……?
「見た事あった……」
「あの辺りは森に魔物がいないから、林業が盛んだ。こういう形で木材を使った建築物が多いらしい」
「そう、なんだ……」
私が生まれた村の近くの森にも魔物はいなかった。だから、村の男の人達の多くが木こりをしていた。もしかして……。本当に……。
「どうした? 顔色が悪いが……」
「え? な、何でも無い! そうだ。私、お仕事あるからごはん食べちゃわないとなんだ! じゃあね、バルトさん、ミーちゃん」
「ああ」
私はバルトさんとミーちゃんに背を向けると、大皿料理が並ぶ大テーブルへと向かった。心臓がバクバクと早鐘を打ち、嫌な汗が背筋を伝う。
村の事も母さんの事も、もう忘れようって思ってるのに。それなのに、どうしてこんなに動揺しちゃうんだろう……。私、村に帰りたいのかな……? 母さんに会いたいのかな……? 分からないよ。どうしよう。どうしよう……。
朝ごはんを何とか詰め込み終わって廊下に出ると、ローザさんがキッチンの前で待機していた。私の姿を見て微笑む彼女を見て、じわりと目に涙が滲む。
「え? アイリスちゃん? 何? どうしたの? 具合でも悪いの?」
オロオロとしながら私の顔を覗き込むローザさんに、フルフルと首を横に振る。
「これぇ……」
私は手に持っていたお屋敷の外観図を差し出した。不思議そうにそれを受け取ったローザさんが中を確認する。
「これは……外観図? アイリスちゃんとラインヴァイス様のお屋敷、なのかしら……?」
「ん……。それね、私の生まれた村の建物とね、同じ建築様式なの……。ずっとね、どこだから分からなかった、私の村の……」
「そう……。特徴的な建築様式だものね……。あなた。あなた! すぐ来て下さる?」
ローザさんがそう叫ぶと、彼女のすぐ隣にブロイエさんが姿を現した。しゃくり上げる私を見て、彼はギョッと目を剥く。
「な、何事……? 何でこんな朝っぱらから、アイリス泣いてるのさ?」
「それが……」
ローザさんは手に持っていた外観図をブロイエさんに手渡した。それを見たブロイエさんが不思議そうに首を傾げる。
「これ、うちの領地の方の建物だよね? これがアイリスの泣いてる原因?」
「ええ。生まれた村と同じ建築様式なんですって……」
「ああ……。そういう事。どこだか分からなかった故郷の手がかりが見つかっちゃったのね。しかも、探す手段もある、と。そりゃ、動揺もするねぇ……」
そう言ったブロイエさんは屈み込み、慰めるように私の頭を撫でた。優しくて温かいその手の感触に、余計に涙が止まらなくなる。
「ねえ、あなた? アイリスちゃんに付いていて下さる? 私、竜王様とアオイ様の朝食の給仕をして参りますから。あと、出来ればラインヴァイス様を呼んで下さい」
「りょ~かい」
そうして私はローザさんと別れ、ブロイエさんの転移魔法でローザさんとブロイエさんのお部屋へお邪魔した。




