屋敷 5
次の日、図書室にやって来た私は、いくつかの本を手に閲覧用の席に腰を下ろした。色んな地域の建物が載った本をパラパラと捲り、参考になりそうなページにしおり代わりの紙切れを挟んでいく。とにかく目に付くページに片っ端から紙切れを挟んだものだから、五冊くらい本を見終わる頃には、用意した紙切れの束は無くなってしまった。
ちょっと疲れたかも……。机に頬杖を付き、ぽけ~っと虚空を見つめる。せっかく、私と先生のお家を建てるんだから、帰って来た時にホッと出来る建物にしたいな……。これぞ我が家、みたいな……。そう考えると、キラキラした建物はちょっと落ち着かないよなぁ。キラキラしてた方がお屋敷らしいし、目を引くんだけどさ。さっき紙切れ挟んだページ、もう一回ゆっくり吟味していこう。そう思い、私は見終わった本を再び手に取った。
しおり代わりの紙切れを挟んだページを見ていくと、あるページで手が止まった。そこには、生まれ育った村の建物に雰囲気が似ているお屋敷の絵。村の建物は塗り壁で、こっちはレンガっていう違いはある。それに、こっちの建物の方が、バルコニーだったり煙突だったり窓周りだったりの装飾が凝っている。けど、建築様式というのだろうか、それは一緒だった。
これを塗り壁にしてもらったら、村にあった建物を大きくしたようなお屋敷になる。懐かしい雰囲気の建物に、私の心が揺れた。
こういうお屋敷なら住みたいな……。でも、先生、どう思うかな? やっぱり、生まれた村が恋しいって誤解するかな?
そりゃ、可愛いお屋敷とか格好良いお屋敷とかも良いと思う。けど、それに住みたいかって聞かれたら、ちょっと遠慮したい。だって、落ち着かないもん、きっと。こういう素朴な感じもする建物が好きなんだ、私は。
よし。決めたぞ。私と先生のお屋敷は、村の建物と同じ建築様式にしよう! 問題は、こういう建物にしたいっていう理由を、先生に何と説明すべきか、だ。う~ん……。変に誤魔化さないで、素直に話してみようかな……。それで先生が気にするようだったら、もっと違う建築様式のお屋敷にすれば良いだけだし。それこそ、先生に決めてもらうのもありだな。うん。
その日の夜、連絡用の護符で先生を呼び出した。昨日とは違い、先生はすぐに出てくれた。今日、使用人さん用のお部屋が何部屋くらい増やせるか計算するって言ってたから、もしかしたら先生の方からも連絡しようとしていたのかもしれない。そう思うくらい、すぐに先生に繋がった。
「先生! あのね、お屋敷の外観、決めたよ! ほら、これ! こういうの!」
予め図書室で借りていた本のページを護符に映す。
「アイリスはこういう建物が好みでしたか。少し予想外でした」
「そうなの?」
「ええ。もっと可愛らしい建物が好きなのだと思っていましたが……」
「可愛い建物も好きだよ。けどね、そこに住むんだって思ったら、ちょっと落ち着かないかなぁって……。それに、こういう素朴さも可愛いと思うの」
「そうですね」
「あとね……あの、誤解しないで欲しいんだけどね……」
「何です?」
「これね、生まれた村の建物と雰囲気が似てるの。たぶん。同じ建築様式なんだと思う……」
恐る恐る、護符に映る先生の顔を見る。と、先生は少し驚いたように目を見張っていた。でも、それも一瞬の事。すぐに優しく笑う。
「懐かしい雰囲気がある建物の方が落ち着きますよね」
「ん……。私達の家だから、落ち着く建物が良かったの。もし、先生が気に入らないなら――」
他のでも良いよ。そう言う前に、先生が口を開く。
「アイリスの好みは分かりましたので、職人には僕から連絡しておきます。十日程で図面が出来上がると思いますので、アイリスの元に届けてもらいますね」
「分かった」
良かった。先生に誤解されなくて。私はこっそり息を吐いた。
「アイリスが納得いく外観でしたら、竜王様やアオイ様、叔父上、ローザ様にも見せて差し上げて下さい」
「ん!」
アオイとローザさんには、寝る前のお茶会で見せてあげれば良いでしょ。竜王様は、寝る前のお茶会中にアオイの部屋に来るだろうしぃ……。ブロイエさんは、ローザさんと一緒にお部屋に帰って、その時に見てもらえば良いかなぁ……?
「それと、使用人用の建物の件ですが――」
先生は今日、約束通り、使用人さん用のお部屋の数をざっと計算してくれたようだ。その結果、どの方式でも八部屋まで増やせるって結果になった。一部屋あたりの広さは多少違うみたいだけど。
「どの部屋にも一長一短があるようですね。寄宿舎の子達に意見を聞いたら、色々と参考になりました」
「例えば?」
「穴倉式は、ベッド周りの狭さが落ち着くという意見と、その間逆の意見に割れました」
「狭すぎて嫌って?」
「そうですね。窮屈な気がする、と」
「じゃあ、こやうら式は?」
「ベッドになる小屋裏まで登るのが面倒という意見と、寝る場所が広くて好ましいという意見に分かれます」
「じゃあ、二段ベッドの下段抜き方式は?」
「机周りが暗くなりそうという意見と、部屋が一番広く使えるのではないかという意見に分かれました」
そっかぁ。どの部屋も長所もあれば短所もあるなぁ。そうなると、使う人の好みの問題になってくるんだろうなぁ。
「どのお部屋が人気だったとかある?」
「小屋裏式が、一番人気がありました。ただ、年長者に限って言えば、穴倉式の人気が圧倒的に高いですね。特に、下段の部屋の」
「何で?」
穴倉式の下段って、ベッド部分の天井が低いだけの普通のお部屋だ。圧倒的人気になる要素なんて無いと思うんだけど……。
「疲れて帰って来て、いざ寝ようとなった時、梯子を登るのが面倒だから、と」
「そ、そっか……」
凄い現実的……。思わず、乾いた笑いが出てしまう。
「使い勝手という面では、穴倉式が一番良いのかもしれませんね。スマラクト様考案という点が気に喰わないですけど」
「せ、先生……?」
「冗談です」
今の、本当に冗談だった? ポロッと出ちゃった本音じゃなかった? ……いや。先生が冗談だって言ったんだから、そういう事にしておこう。うん。そうしよう。
「じゃあ、使用人さん用のお部屋は、穴倉式にしよう」
「ええ」
外観も間取りも、これで大体決まったぞ。ちょこちょこ直す箇所が出て来るかもしれないけど、工事が大幅に遅れるって事は無いだろう。
あ~。早くお屋敷完成しないかなぁ。早く先生と一緒に住みたいな。毎日ごはんを一緒に食べて、その日あった事とか報告しあって……。私は、再び先生と同じ屋根の下で暮らせる日に思いを馳せた。




