屋敷 2
その日の夜、私はウルペスさんの秘密の研究室を訪れた。ウルペスさんは前に、研究に没頭しすぎて倒れた前科があるし、バルトさんはまだ病み上がり。だから、研究が本格的になってからというもの、私は三日と空けず秘密の研究室を訪ねている。
「二人とも、体調はどうですか?」
黙々と研究資料を読むウルペスさんとバルトさんに問い掛ける。と、二人同時に答えが返って来た。
「良いよ」
「悪くない」
二人とも、返事する時はせめてこっち見てよ! んもぉ! 頬を膨らませつつ、空いている椅子に腰を下ろす。と、お部屋の隅っこで丸くなっていたミーちゃんがガバッと飛び起き、私の膝に飛び乗った。そんなミーちゃんの背を優しく撫でる。ミーちゃん、バルトさんに構ってもらえなくてちょっといじけてたみたい。ミーちゃんの喉をくすぐると、ご機嫌にグルグルと音を立て始めた。
二人の研究は、ブロイエさんの友達だったエルフ族のおじさんから奪った、じゃなかった、没収した資料に目を通す事から始まった。エルフ族のおじさんは、やっぱり、ホムンクルスの研究をあの遺跡で続けていたらしい。自殺した魔人族の男性を蘇らせたかったから。そうして多くの魔物で実験を繰り返し、無から生命を作り出す事に成功した。それが遺跡にいたキメラ。バルトさんに大怪我をさせた魔物だ。
そんな魔物を作り出したエルフ族のおじさんは、ブロイエさんの手によって、秘密裏に故郷の里に帰された。これから先ずっと、幽閉か、良くて見張りが付く生活になるだろう。けど、それだって温情ある判断だったと思う。禁術を研究して新たな魔物を作り出したなんて、処刑だってあり得る大罪なんだから。
「ねーねー。休憩しないの?」
これじゃ、まともに診察出来ないよ。その不満をぶつける。と、ウルペスさんが資料を読みながら口を開いた。
「んー。あとちょっとね……」
「あとちょっとって、どれくらい?」
「あとちょっとはあとちょっと……」
む~! いつもこうなんだから! ぷくっと頬を膨らませつつ、私はミーちゃんを膝から下ろすと立ち上がった。お部屋の隅に置いてあるテーブルの上のティーセットで人数分のお茶を淹れ、ミーちゃん用にはスイギュウの乳を小皿に用意して、と。
「ほら! 休憩! お茶入ったよ!」
この二人、放っておくと休憩も取らずに延々と資料を読み続けてしまう。だから、強引に休憩! ウルペスさんとバルトさんの机の上にお茶を置き、ミーちゃんの小皿はバルトさんの机の上の、資料に上に置いてみた。と、ミーちゃんがバルトさんの机に飛び乗る。バルトさんは、そんなミーちゃんを苦笑しながら見ていた。
「小間使いみたいな事をさせて悪いな」
バルトさんがそう言いながらティーカップに手を伸ばす。バルトさんを休憩に誘導するのは成功! さて、ウルペスさんは? そう思ってウルペスさんを振り返る。と、彼は何やら机の引き出しをごそごそと漁っていた。
「お茶菓子は何でも良いよね?」
そう言って、ウルペスさんが小瓶を一つ取り出す。おお。アメちゃん! いそいそとウルペスさんの机に寄り、手を出す。そんな私の掌に一つ、ウルペスさんがアメちゃんを置いてくれた。
「バルトさんも食べます?」
「いや。ミーが食べたいそうだ」
「え……」
ウルペスさんが怪訝そうにミーちゃんを見る。ミーちゃんはというと、期待の篭った眼差しでウルペスさんを見つめていた。
「ええっと……。ミーさんには無理かと……」
「あみゃにゃにゃいにゃにゃにゃにゃにゃ!」
「アメくらい食べられる、だそうだ」
「いや、流石に止めときましょ?」
「にゃにゃ!」
「嫌だ、だそうだ」
ウルペスさんは困ったように眉を下げた。そりゃ、ミーちゃんにアメちゃんを渡して、万が一にでも喉に詰まらせたら大変だもんね。異世界の魔人族とは言っても、ミーちゃんは今、獣姿な訳で。人の姿だったら渡す所だけど、獣姿の人にアメちゃんを渡すのはちょっと怖い。
「じゃ、じゃあ、ミーさんはこっちで」
そう言ってウルペスさんが取り出したのはスミレの砂糖漬けだった。ちょっと不服そうなミーちゃんだけど、ウルペスさんの机に飛び乗り、あ~んと口を開ける。ウルペスさんはそんなミーちゃんの口にスミレの砂糖漬けを一つ、放り込んだ。
「そういや、ラインヴァイス様とアイリスちゃんの新居、造り始めたんだって?」
ウルペスさんはアメちゃんを口に放り込んだと思ったら、思い出したようにそう言った。バルトさんは初耳だったらしく、「そうなの?」的な目でウルペスさんと私を見比べている。
「ん。今日見て来たよ。まだちっちゃい空き地みたいな感じだし、土地の整備だけでも結構時間掛かるみたい」
「アードラーさんとバイルさんには会った?」
「ん! ウルペスさん、二人から何か聞いてたの?」
「いんや。ただ、噂であの二人が特別訓練受けたって聞いたから、緩衝地帯で働くんだろうなぁって」
私とウルペスさんの話を、バルトさんが感心したように聞いている。私はそんなバルトさんをジトッとした目で見つめた。
「バルトさんは同じ職場だったんだから、何か聞いてるでしょ?」
「いや。数日前に挨拶に来ただけだ。退職すると」
「その時、新しい仕事の事とか聞かなかったの?」
「ああ。聞いていない」
出た。バルトさんって、本当に他人に興味が無いんだから……。きっと、「お世話になりました」って言いに来た二人に、そっけなく「いや」しか返していないんだと思う。まざまざと想像出来る。
「バルトさんはもう少し、他の人に興味を持ちましょう!」
私の言葉に、ウルペスさんが腕を組んでうんうんと頷く。と、バルトさんが渋い顔をした。
「善処する」
本当かな? 怪しい。ウルペスさんと二人、疑いの眼差しを向ける。と、バルトさんが苦笑した。
「ところで、新居の間取りはもう決まったのか?」
バルトさんが苦し紛れに話題を逸らす。けど、ウルペスさんの興味は引けたらしい。彼は「そういえば」的な目で私を見つめていた。
「まだ決まってない。使用人さん用の建物がねぇ……」
「何か困り事?」
ウルペスさんが首を傾げる。バルトさんも不思議そうに私を見つめていた。そんな二人に経緯を説明する。
「まあ、確かに、拘るラインヴァイス様の気持ちも分かるわぁ」
そう言ったウルペスさんが、ふむと考え込んだ。何か良い案出るかな? そう思って、期待を込めた眼差しでそんな彼を見つめる。
「すっごい圧を感じる……」
苦笑したウルペスさんがお茶に手を伸ばした。そんなウルペスさんに口を尖らせて見せる。
「だってぇ。先生と二人で考えても、良い案、思い付かなかったんだもん!」
「頭の柔軟さが必要だよね、こういうの。俺、あんまりそういう柔軟さって無いんだよなぁ……」
「俺もだ」
何気に、バルトさんも考えてくれたらしい。けど、二人とも良い案は思い付かず、か……。がっくりと項垂れていると、ウルペスさんがポンと手を打った。
「ブロイエ様だったら、こういうの考えるの、得意だと思うよ!」
おお。確かに。ブロイエさんって、変な知恵が回る印象がある。よし。これは早速、ブロイエさんに聞きに行こう! 私は二人の診察を簡単にすると、研究室を後にした。




