真実 5
ほんの少しの間を空けて、お部屋の中から返事が聞こえてきた。良かった。まだ寝てなかった。ホッと息を吐く。
「あら? アイリスちゃん?」
扉を開いたのはローザさんだった。廊下に立つ私を見て、不思議そうに目を瞬かせる。夜、お部屋を訪ねるの、久しぶりだもんね。前はよく一緒に寝ていたけど、流石にもう一緒に寝る年じゃないから、こんな時間にお部屋を訪ねる事も無くなった。
「こんな時間に来るの、久しぶりね」
「ん……。夜遅くにごめんなさい。あの、ブロイエさん、いますか……?」
「ええ。どうぞ」
ローザさんが優しく微笑み、招き入れてくれる。私は入り口でぺこりと頭を下げると、部屋へ足を踏み入れた。
ソファで寛いでいたブロイエさんが、私を見て目を丸くする。そんな彼の目の前には琥珀色の液体が入ったビンとグラス。お酒、飲んでたんだ……。
「あの、ブロイエさん、ちょっとお話があるんだけど……」
「話、ね……」
小さく呟いたブロイエさんが、どうぞと言うように正面の席を手で示す。そして、グラスの中身を一気に煽るとそれを静かに置いた。その表情は晴れない。まあ、そうだろう。昨日の事、追及しに来たって思うよね、普通。おずおずとブロイエさんの正面の席に腰掛ける。と、ローザさんがお茶を淹れてくれた。
「で、話って何かな?」
ブロイエさんが真顔で口を開く。笑顔の仮面を被るのを忘れるくらい、心に余裕が無いんだな……。そりゃ、残りの人生を棒に振る覚悟で先生を庇ったんだから、そんな秘密に触れて欲しくないって気持ちも分かる。でも――。私も真剣な顔で口を開いた。
「あのね、先の大戦での事、私、聞いたの。本当は、先生が魔大陸の一部を消滅させたんだって……」
「誰に聞いたの?」
「それは言えない。その人は私達の事を考えて口を噤んでいてくれたから。私はその想いを裏切れない」
「そう……」
「それで、あの、ね……。ありがと。先生を守ってくれて。ブロイエさんが先生を守ってくれたから、今の私の幸せがあるの」
深々と頭を下げる。と、ブロイエさんから低く、押し殺したような笑い声が聞こえてきた。思わず顔を上げ、そんな彼を見つめる。
「まさか、あの事でお礼を言われる日が来るなんてねぇ……」
そう呟いたブロイエさんの声には、僅かに自嘲が含まれていた。そんなブロイエさんの肩に、ローザさんがそっと手を置く。と、ブロイエさんがその手に触れ、ローザさんを見上げた。優しく微笑むローザさんに、ブロイエさんも弱々しいながらも笑みを返す。と、ローザさんがこちらに向き直った。
「ありがとう、アイリスちゃん。貴女にそう言ってもらえると、うちの人も救われるわ」
「ん~ん。救われたのは私だから。だからね、どうしてもお礼が言いたくなったの。ブロイエさんがいなかったら、私は先生に出会えなくて、先生を好きになる事も、治癒術師になりたいって思う事もなかった。ローザさんやブロイエさんとも出会えなかったし、アオイや竜王様、兄様やアベルちゃん、このお城にいるみんなとも出会えなかった。それどころか、雪狼に食べられて死んじゃってた。今、この幸せを知る事もなく。だから、本当にありがとう、ブロイエさん」
「いや……。一つ、確認しても良いかな……?」
「ん?」
「アイリスはさ、ラインヴァイスの事、怖くないの? いつ、また昨日みたいになるか分からない。昨日みたいに、僕が傍にいるとも限らない。誰もあの子を止められないかもしれない。それでも隣にい続けられるの?」
「あのね、正直ね、先生が昨日みたいになっちゃうの、怖いよ。だって、優しい先生がいなくなっちゃうんだもん。先生に会えなくなっちゃうんだもん。私、それが凄く怖い」
「そういう事じゃなくて……」
ブロイエさんが困ったように眉を下げた。期待した答えじゃなかったみたい。思わず私も眉を下げ、首を傾げる。
「言い方が悪かったのかな? あの子はいつ爆発するか分からない爆弾を抱えているようなものなんだよ。それ、怖くないの?」
「ん~……。じゃあ、逆に聞くけど、ブロイエさんは何で、そんな爆弾を抱えている先生を庇ったの?」
「それは……」
「そんな先生を置いて、お城を出て行った理由は? そりゃ、ブロイエさんは罪に問われてたんだろうし、お城を出て行かなくちゃいけなかったんだろうけど、その時に竜王様に事情を説明して先生を一緒に連れて行く事だって出来たよね? 何でそうしなかったの?」
「……」
「よっぽどの事が無い限り、大丈夫だって思ったからでしょ? いつ爆発するか分からないんじゃなくて、普通だったら爆発しない、例えるなら導火線が付いていない爆弾だよね? 火の中に投げ入れるなんて暴挙に出ない限り、絶対爆発しない爆弾なんじゃないの?」
「……まあ、そう、だね」
「あとね、これはある人が教えてくれたんだけど、私も同じ爆弾を持ってるんだって。私だけじゃなくって、魔術の才能がある人はみんな持ってるんだって。先生だけが特別じゃないのに、先生だけ怖がるの、おかしくない?」
「うん……」
「先生が先生である限り、私は先生が好き。この気持ちはそう簡単に変わらないよ」
「良い婚約者を持ったね、あの子は」
「ん! それもこれも、ブロイエさんのお蔭なんだからね?」
「そっか……」
頷いたブロイエさんは、少し嬉しそうに笑っていた。いつもにこにこしているブロイエさんだけど、この顔は初めて見た。凄く穏やかな笑い方だった。
「先生の事は私が支えて守っていくから! だから、安心して下さい!」
「え~。もしかして、僕、お役御免なの? それはちょっと寂しいなぁ」
「しょうがないよ。だって、先生と結婚するの、私だも~ん。いくらブロイエさんでも、先生のお嫁さんの座は譲らないよ!」
「そっかぁ。じゃあ、僕は二人のお父様の座にでも納まろうかな」
「では、私はお母様で」
ブロイエさんとローザさんの視線が突き刺さる。こ、これは……。
「じゃ、じゃあ、もう遅いし、私、そろそろ帰るね。お茶、ご馳走様でした」
そうして私はそそくさと、ブロイエさんとローザさん夫婦のお部屋を後にした。二人が何を期待していたか分かっているだけに、ちょっと申し訳ない気持ちになる。でも、あの二人をお父様お母様呼びするのはまだ無理だ。だって、恥ずかしいもん!




