真実 4
「先生が世界を壊そうとするなら止める。出来るかどうかは分からないけど……」
「命を捨てる覚悟で、か?」
「ん。おとぎ話の英雄みたいに、刺し違えても止める。それくらいの覚悟が無いと、私に先生は止められないと思う」
「では、もし仮に、団長を救う事が出来たとして、お前はどうする? 世界とは言わなくても、町の一つや二つは壊しているだろうな。そうすると、罪の無い人々を殺めている訳だ。どうすべきだと思う?」
どうすべきかって……。そんなの決まってる。
「先生と一緒に罪を償う。二人で出来る事なんて限られてるけど、それでもどうしたら良いか一生懸命考えて、一緒に償いをする」
「石を投げられるかもしれないぞ? お前まで化け物と罵られるかもしれない。それでも団長と一緒にいるのか?」
「ん。だって、それすら出来ないのに止めたいだなんて、ただの自己満足だもん。罵られても一緒にいるくらいの覚悟はしないと。きっとね、おとぎ話の魔王と英雄もね、生きていたら一緒に償いをしたと思うよ。英雄にとって、魔王は大切な、命を懸けても止めたいと思う程大切な大切な友達だったんだから」
「だそうだ。どうする、ミー?」
バルトさんの言葉に、ミーちゃんはしばらく黙っていた。雰囲気的に、何か迷ってる感じ。ジッとそんなミーちゃんを見つめていると、ミーちゃんが諦めたように溜め息を吐いた。そして、何か言い始める。
「あの……?」
「ミーは、お前が傷付く事を懸念している。だから、自分の口からお前が傷付くような事を話したくない、と。話すかどうかの判断は、俺に任せるそうだ」
「傷付くって……。やっぱり、先生は昨日、魔王になりかけていたの?」
「ああ、そうだ。精神攻撃による幻影の影響だろう。大方、お前が惨たらしく殺される場面でも見たのかもしれない。その場に宰相殿がいたのが救いだったな」
「ブロイエさんが止めてくれなかったら、先生は世界を壊そうとしたの?」
「そうだ。それが魔王だから。破壊衝動のまま城を壊し、大地を消し、多くの命を奪っていただろう」
「なん、で……」
何で先生なの? 何であんなに優しい先生が……。
「何故と言われてもな……。因子を持っているからとしか、言いようがない」
「因子……? 魔王になる因子?」
「ああ」
「じゃあ、その因子をどうにかすれば――!」
「無理だ。それは魂の一部らしい。そんなものを削り取って無事でいられると思うか?」
魂の一部……。確かに、それを削ってしまって、無事でいられるとは思えない。
「俺もミーに聞いただけだからそこまで詳しくはないが、この世界には、因子を持っている者が数多くいるらしい。それが魔術の才として現れている、と。だから、団長が特別という訳でもない」
「それって、魔術の才能がある人は、みんな魔王になる可能性があるって事? バルトさんも?」
「ああ」
「ブロイエさんやウルペスさんも? 竜王様も? ノイモーントさんやフォーゲルシメーレさんも?」
「ああ。因みに、お前も、な」
「私も?」
予想外の発言に、私は目を丸くした。私も魔王になる可能性があるって……。驚くなって方が無理だ。
「お前、もしかして自覚が無いのか? 人族にしては類稀なる魔術の才がある事」
「そうなの? 私、凄いの?」
それは初耳だ。誰もそんな事、言ってくれなかったから。……いや、待てよ。確か、初めて図書室に行った時、魔道書の在り処が分かった事、先生が褒めてくれたような……。
「話は逸れたが、それくらいありふれた物なんだ。だから、思い悩む必要など――」
「でも、魔王になる人とならない人っているんだよね? みんながみんな、魔王になるとは限らないんだよね?」
「それは……。お前、団長と先代様の確執、聞いた事があるか?」
「ん。少しだけ……」
「原因はそれだろう。認められたいのに認められなかった、愛されたいのに愛されなかった、満たされなかった想い。それが団長の心に影を落とし、他の者に比べて因子に飲まれやすいんだと思う」
「それ、どうにか出来ないの?」
「どうだろうな……。満たされなかった想いが形を変え、愛する者や愛してくれる者を大切にしたいという想いが強くなり、その反動で失った時の喪失感が人一倍強いのだろうからな……。それをどうにか出来るものなのか、正直、俺には分からない」
「そっか……」
そこまで話、ふと、疑問が湧く。リーラ姫が勇者に殺された時はどうだったのだろうか、と。先生は冷静でいられたのだろうか? 殺されるところを直接目にしていなかったから大丈夫だった、とか……?
それに、先生だけじゃなく、ウルペスさんだって因子を持っているんだ。リーラ姫を失って魔王になっていてもおかしくなかったんじゃ……。
でも、リーラ姫が殺された時、魔大陸の一部を消滅させたのは、先生でもウルペスさんでもなく、ブロイエさんだった。ブレスで、勇者や聖女メーアもろとも、辺り一帯を吹き飛ばした。誰かが代わりに怒ってくれたから、先生もウルペスさんも逆に冷静でいられた、とか……?
――そいつが、お前が全ての罪を背負ってまで庇った小僧か!
昨日、エルフ族のおじさんが言っていた事が頭を過る。もしかして、先生は一度――。
「どうした? 顔色が悪いが?」
「え? あ……。えっと……」
一瞬、話すべきなのかどうか迷った。でも、これは私一人で抱えきれない。だから、意を決して口を開く。
「もしかしたら、先生、昔一度、魔王になってるのかもって……。リーラ姫が亡くなった時に……。昨日、エルフ族のおじさんがブロイエさんに言ってたの。ブロイエさんが全ての罪を背負って先生を庇ったって……。それを聞いた時はよく分からなかったけど、もしかしたら、先生は……」
「ああ、そうだ。団長は過去に一度、魔王になっている。それを止め、自分がやった事として真相を葬り去ったのが宰相殿だ」
「それ、みんな知ってるの……?」
「いや。他の者達は宰相殿がやった事で納得しているし、団長自身もそう思っている。きっと、団長にはその時の記憶が無いのだろう。俺は、ミーに聞いて初めて知った」
ミーちゃん? そう言えば、何でミーちゃんはこんなにも色々な事に詳しいんだろう? どこから得た情報なんだろう?
「何でミーちゃんは知ってたの?」
「ミーはその場にいたらしい。聖女メーアに召喚され、勇者を助ける神獣として、な」
「勇者を……? じゃあ、もしかして、死にそうになった怪我って……」
「団長のブレスを受けたからだ。聖女が消し飛んだ瞬間、元の世界に戻っていたそうだ。瀕死の状態で、な」
「だから、先生の事が嫌いなの……?」
大怪我をさせた人だから。獣の姿にしかなれなくした原因を作った人だから……。
「それも理由の一つだ。だがな、一番気に入らなかったのは、お前を泣かせているのに、団長がそれに全く気が付いていなかった事らしい。元々気に入らない相手が妹分を泣かせていたら、そりゃ、面白くはないんだろうが……」
最大の理由はそっちなのね……。何か、ミーちゃんらしいと言えばらしい。けど、ちょっと脱力してしまった。バルトさんと共に苦笑しつつ、お茶を一口啜る。
「ミーちゃんは、この世界に来たの、今回で二回目?」
バルトさんの膝の上のミーちゃんにそう尋ねると、ミーちゃんはゆっくりと首を横に振った。
「にゃんにゃにゃにゃんにゃにゃにゃにゃ……」
「何度も何度も来た、だそうだ。ミーの世界とこの世界とでは、時の流れが違うらしくてな。大昔から何度も何度も召喚されていたらしい。初めてこの世界に来た時は、まだ神族がいたそうだ。時空の歪みに落ちてこの世界に渡りついてから、この世界と強い縁が結ばれたそうだ。それから何度も何度もこの世界に神獣として召喚されている。縁が強い者は召喚獣としていずれ呼ばれるだろうと、大昔、神族に言われた通りになった、と」
「神族って、禁術を使ってた部族、だよね……?」
「そうだ。ミーが使える魔法は、仲良くなった神族から直々に教わったらしい。便利だから、と」
「神族って、どんな人達だったの?」
先生は、神族はこの世界を作ったって言っていた。それ自体はおとぎ話だったとしても、実際に魔法を使っていた部族だったんだから凄い人達なんだろう。そう思って尋ねると、ミーちゃんはちょっと難しい顔をしながら口を開いた。
「にゃんにゃにゃにゃにゃにゃ、にゃっにゃにゃにゃにゃにゃいにゃにゃにゃにゃにゃっにゃ」
「ほんわかしてて、とっても優しい人達だった、だそうだ。……我々魔人族はな、元々、神族に仕える立場だったらしい。例えるなら、王と臣下みたいな関係だな」
「何で神族はこの世界からいなくなっちゃったの?」
「魔王に堕ちた神族――魔神と戦ったからだ。辛うじて魔神は倒したものの全滅した。その際、技術も文化も魔法も、一度途絶えたそうだ。人々は原始的な生活に戻り、時折発見される神族の遺産を頼りに生活を僅かずつ改善させ、今に至る、と」
「魔神……」
「どこの世界でも、それは必ず現れるそうだ。神が勝利し、平和を享受する世界も、未だ戦い続けている世界も、魔神が勝利し、消滅した世界もあると、ミーは言っていた。ミーの見解では、世界の安定に必要不可欠な戦いなんだろう、と。歪な世界では魔神が勝利し、正常な世界では神が勝利する。この世界は、言うなれば、正常範囲内ではあるが歪な世界でもあった。だから、神族は全滅した。が、世界自体は残っている」
「正常なのに歪なの?」
「ああ。歪と言うのはな、ミーが見て来た数多くの世界と比べると、この世界は魔王因子を持っている者があまりにも多いんだそうだ。この世界のように魔術が発展した世界でも、通常、魔王因子を持っているような者は世界で数人程度しかいないらしい。ただ、このような形で残った世界だから、それには何かしらの意味があるのだろう、と」
「意味って? どんな意味があるの?」
「それはミーにも分からない。ミーは世界の全てを知っている訳ではないからな」
そう、だよね……。いくらミーちゃんが色々な世界を見て来て、色んな事を知っていると言っても、分からない事だってあるだろう。特に、世界の成り立ちや行く末なんて、ミーちゃんが知ってる訳が無い。
「ミーからの受け売りだが、物事には必ず意味がある。出会いも別れも、成功も失敗も。お前が団長と出会った事も、団長が魔王因子に飲まれやすい事も、そんな団長とお前が恋仲になった事も、必ず意味があると、俺は思う」
「ん……」
「まあ、何だ。思い悩むなと言っても無理だろうが、あまり考え過ぎるな。お前が健やかに過ごしてさえいれば、団長が魔王になる事も無いのだろうから」
「ん」
「あと、この話、団長にはしない方が――」
「分かってる。ブロイエさんが先生の為にしてくれた事、無駄にしたくないもん。ありがと、バルトさん、ミーちゃん。少し心が楽になった気がする」
「そう、か……?」
「ん!」
にこっと笑い、ソファから立ち上がる。と、ミーちゃんがバルトさんの膝から飛び降り、私の傍に駆け寄った。そして、長く鳴く。
「じゃあ、バルトさん、おやすみなさい」
「ああ。良い夢を」
バルトさんに手を振り、ミーちゃんと共に病室へ戻る。そして、ミーちゃんにも挨拶をすると、私は診察机の椅子に腰を下ろした。そんな私を見て、ミーちゃんが転移魔法陣を展開して姿を消す。私は「よしっ」と気合を入れると、椅子から立ち上がった。そして、病室隣の薬草保管庫経由で研究室に渡り、東の塔の廊下に出ると、目的のお部屋の扉をノックした。




