真実 3
バルトさんが着くとエルフ族のおじさんの処遇をざっと決め、それが済むと解散となった。先生のお仕事部屋を出て行く面々を見送り、小さく溜め息を吐く。
エルフ族のおじさんの見張りは、ウルペスさんが担当になった。今も出しているゴーストを、魔力媒介を使わない方法で召喚し直すらしい。お世話と尋問はブロイエさんが引き受ける事になった。エルフ族のおじさんに聞きたい事をそれぞれでまとめて、ブロイエさんに持って行けば、お世話のついでに聞いてくれるらしい。西の塔に出入りしているのを誰かに見られるのはまずいからって、転移魔術が使えないお城の中でも自由に転移が出来るブロイエさんが、エルフ族の叔父さんと対面する係になった。
でも、ブロイエさんがエルフ族のおじさんのお世話を引き受けた理由は、たぶん、それだけじゃない。私達をエルフ族のおじさんと会わせたくないんだと思う。エルフ族のおじさんが余計な事を言うんじゃないかって、警戒してるんだろう。
「浮かない顔ですね?」
先生が新しくお茶を淹れてくれながらそう口にする。私は誤魔化すように小さく笑った。
「そうかな? 入院患者さんが多くて、ちょっと疲れてるのかも」
「あまり無理はしないようにして下さいね?」
「分かってる。先生もね? 寄宿舎の事、一生懸命やるのは良いけど、徹夜は駄目だからね?」
「ええ。心配せずとも、年少組の子が夜、寂しいからと部屋に訪ねて来るので、最近は以前よりもだいぶ早く寝るようになりましたよ。大体数人まとめて来るので、寝ると言ってもベッドで雑魚寝状態ですけどね」
小さい子達と雑魚寝する先生……。何それ、羨ましい。私も混ざりたい。
「まさか、自分がしてもらっていた事を、誰かにしてあげる日が来るとは思ってもみませんでした」
「先生もしてもらってたの……?」
「ええ。叔父上に、ね。僕とウルペスと叔父上の三人で、一つのベッドでよく寝ていたものです」
「へぇ~」
小さい頃の先生とウルペスさん、若いブロイエさんが三人で寝ている図を想像してみる。……うん。何だか微笑ましい。
「幼い頃、叔父上は、僕とウルペスにとって、父親代わりと呼べる人だったんです。僕も、いつかああなりたい、と……」
指をもじもじさせつつ、ちょっと照れたように先生はそう言った。そっか。先生のとって、ブロイエさんは憧れでもあり、目標なんだ。
「憧れるの、私も分かるよ。私もブロイエさんの事、好きだもん。あ。でも、まるっきり同じになるのは止めてね? 先生は優しくて穏やかで、真面目で誠実なところが良いんだから」
「大丈夫。真似てはいけないところは真似ませんから」
「良かったぁ」
そう言って、二人でクスクス笑い合う。ブロイエさんの飄々としているところ、嫌いじゃない。むしろ、そこがブロイエさんの良いところだし、好きなところだ。けど、先生にああなって欲しいかと言われたら別問題。先生は今のままが良い。だって、ブロイエさんって、笑顔の裏で色々企んでそうなんだもん。それがブロイエさんだし、そういうところも含めてブロイエさんの事は好きなんだけど。
そんなブロイエさんが見せた、昨日の表情。笑顔で隠す事も忘れるほど、余裕が無かったんだと思う。思いがけず、秘密に触れられてしまって焦ってたって感じだったのかな? 先生が関係してるっぽいから、気にならないと言えば嘘になる。けど、これは私なんかが触れて良い話じゃないんだろうし、極力気にしないようにしようと決めた。
それから入院患者さんのお世話なんかをしていたら、あっという間に夜になった。みんなが寝静まった病室で、ひとり、本を開く。魔王と英雄の絵本。考えれば考えるほど、この絵本に出て来る魔王と、昨日の先生の姿が重なる。
魔王、か……。このおとぎ話、実際にあった事を元に作ってあるのかな? 大昔、この絵本の魔王みたいになった人がいたのかな……? それで、その友達が、命を張って止めてくれたのかな? 机に頬杖を付き、魔王の絵を見つめる。
子ども向けの絵本だけあって、魔王の絵は、黒いモヤモヤに、鋭い眼と裂けた口がある、絶対に実際はいないだろう姿をしていた。こんな絵じゃ、参考にも何もならないな……。
しばらくそのページをぼ~っと眺めていると、足にサラサラフワフワが触れた。視線を足元に向けると、ミーちゃんがお座りして私を見上げていた。約束通り来てくれた。そう思って椅子から立ち上がり、ミーちゃんを抱き上げる。とたん、ミーちゃんが長く鳴き、ぐらりと私の視界が揺らいだ。
降り立ったのは、見慣れない部屋だった。造りは私の部屋と似ている。けど、このお部屋の方が少し広い。私の部屋には入らない、ソファとローテーブルの応接セットが置ける程度に。
ここはどこだ? そう思ってキョロキョロしていると、ガチャリと扉が開いた。入って来たのはバルトさん。手にティーセットが乗ったお盆を持っている。もしかして、ここ、バルトさんのお部屋?
「飲み物、何でも良いか?」
「ん。ここ、もしかして――」
「俺の部屋だ。誰にも聞かれたくない話なんだろう?」
「ん……」
まさか、バルトさんがお部屋に招待してくれるとは……。意外だった。だから、何となく落ち着かない。
「適当に座れ。今、茶を淹れる」
「あ、ありがと……」
おずおずとソファに座ると、バルトさんがお茶を出してくれる。お礼を言い、それを一口啜る。し、渋い……! けど、何だか癖になる味と匂いだ。どれ、もう一口。
「気に入ったか? 癖が強いからどうかとも思ったんだが、生憎、他の茶葉を切らしていてな」
「初めて飲んだけど、独特な匂いと味だね。これは、砂糖とかミルクとかは入れないお茶?」
「ああ。ストレートで飲むものだ。下手に砂糖やミルクを入れたら、癖が引き立つだけだろうな」
「そっか」
こういう癖が強いお茶、孤児院やお城では一度も飲んだ事が無い。生まれた村でも、たぶん、飲んでいなかった。もしかしたら、このお茶は、バルトさんの故郷の方で親しまれているお茶なのかもしれない。
「それで? 何があったんだ?」
そう切り出したのはバルトさん。私は視線を彷徨わせた。何から説明したら良いものか……。
「あの、ね……。バルトさんとミーちゃんは、魔王っていると思う?」
「魔王、か……。それは、魔大陸七人の王ではなく、おとぎ話の方だよな?」
バルトさんが渋い顔をする。見ると、バルトさんの膝の上に乗っていたミーちゃんも渋い顔をしていた。
「そう。その魔王。いると思う? おとぎ話みたいに、普通の人が魔王になんて、なると思う?」
「それは……」
バルトさんは言いよどみ、ミーちゃんの顔色を窺うようにその視線を向けた。ミーちゃんはまだ渋い顔をしている。と、その顔のまま、ミーちゃんが何事か言い始める。バルトさんは真面目な顔でそれを聞いていた。
「やっぱり、昨日、何かあったんだね、と。そんな気配がしたから、出て行こうかどうしようか迷っていたけど、すぐに収まったから深刻な状況じゃないって判断したんだけど、だそうだ」
今度は私が言いよどむ番だった。けど、ここで隠していても何も始まらない。相談に来た意味がなくなってしまう。だから、要点をかいつまんで昨日起きた事を説明した。バルトさんもミーちゃんも、真面目な顔でそれを聞いてくれる。
「――それで、そんな先生を見て、魔王のおとぎ話が頭に浮かんで……。私の考え過ぎだったら良いの……。でも、おとぎ話みたいに、普通の人が魔王になっちゃうなんて事が本当にあるんだったら……」
昨日、先生は魔王になりかけていた。たぶん、そういう事になる。誰にも止められない状況だったら、先生はお城を壊し、国を壊し、世界を壊していた……。
「ミー。お前が知っている事、話してやったらどうだ? アイリスは近い将来、団長の奥方になるんだ。知る権利はあると思うが?」
バルトさんの言葉に答えるように、ミーちゃんが何事か言い始める。バルトさんはふんふんとそれを聞いていた。と思ったら、こちらに視線をやった。
「もし、団長がおとぎ話のように魔王になったとして、お前はどうするつもりだ、アイリス」
「私は……」
世界を壊そうとする先生なんて見たくない。でも、私に出来る事なんて限られている。命を張っても、止められるかどうか分からない。と言うか、たぶん、止められない。ブロイエさんみたいに力で押さえつける事も、ウルペスさんみたいに魔術で昏倒させる事も出来ないから。それでも止めようと努力はするだろう。先生の事が大好きだから。




