再調査 5
病室で先生や入院患者さん達と一緒に夜ごはんを食べ終わると、足りなくなりそうなお薬を作りに研究室へと向かった。ウルペスさんも一緒だ。私を子ども扱いした罰で、私のお薬作りの助手をする事になったから。ノイモーントさんにウルペスさんの行いを言い付けたら、それくらいの罰だったら与えても良いってお墨付きをもらった。だから、遠慮なくこき使う。
「ウルペスさん、次、この薬草とこの薬草、保管庫から追加で取って来て。あ。こっちは乾燥してるので、こっちは生のだからね。間違えないでね?」
「へ~い」
「返事ははいだよ」
「バルトさんみたいな事、言わないでくれる?」
「ふ~ん。そういう事言うんだ。良いもん。おでこの怪我、治してあげない――」
「はい。すみません!」
分かれば良い。大真面目な顔で頷くと、ウルペスさんが乾いた笑い声を上げた。そうして、諦めたように薬草保管庫へ続く扉へと向かう。その背を見送り、私は薬の調合を続けた。
そうして薬の取り置きを作り終わり、私とウルペスさんは揃って先生のお部屋に向かった。まさか、みんなの前でウルペスさんの怪我を治す訳にはいかないからね。ウルペスさんだけ何でってみんなに聞かれても、まさかブロイエさんと一緒にまた遺跡に行くからとか言えないから。
先生のお仕事部屋に入ると、先生が私とウルペスさんにお茶を淹れてくれた。それには手を付けず、まずはウルペスさんの怪我を治しにかかる。
「ハイレン!」
初級の治癒系治癒術の魔法陣を展開して、ウルペスさんの額の怪我に手を翳す。そうして魔術を発動させると、みるみるうちにウルペスさんの額の傷が塞がった。
「どう? 疲れた感じとかある?」
「ん~。まあ、多少……」
「あんまり酷いなら、体力回復も出来るよ?」
「いや、そこまでじゃないかな? 例えるなら、階段を駆け足で上った後、みたいな?」
ウルペスさんが腕を組み、ちょっと難しい顔をする。と、先生が口を開いた。
「遺跡に行って動き回るのに差し支えは無さそうですか?」
「ちょっと休憩すれば、これくらいなら大丈夫だと思う」
「ここで少し横になっていても良いですよ?」
「そお? んじゃ、お言葉に甘えて」
そう言って、ウルペスさんはソファにごろんと横になると目を閉じた。そんな彼を見つつ、先生と二人並んでソファに座り、お茶を飲む。
「ブロイエさん、まだ出発してないよね?」
ブロイエさんを訪ねて行ったらもう出発してたとか、目も当てられない。ちょっと不安になって先生に尋ねると、先生は苦笑しながら頷いた。
「大丈夫ですよ。きっと、ローザ様がお休みになってから出発するでしょうし」
「ローザさんに秘密なの?」
「たぶん。下手に心配させたくないでしょうから」
「そっか」
そうだよね。心配するローザさんに止められたら、説得も大変だろうし。それなら、何も告げずに出て行って、ローザさんが起きる前に戻って来た方がお互いの為に良い。でも……。
「ねえ、先生……?」
「どうしました? 深刻な顔をして」
「先生は私に、隠し事、しないでね?」
私の言葉に、先生はちょっと驚いたように目を見張った。と思ったら、フッと小さく笑みを零した。
「善処します」
「えぇ~。分かりました、じゃないのぉ?」
ジトッとした目で先生を睨む。先生はクスクスと笑いながら、そんな私の頭をポンポンとした。
「大切だからこそ、知られたくない事や知らせたくない事もあるのですよ」
「でも、隠し事されたら嫌な気分になるよ?」
「それは、隠し事をしているのを知られるからでしょう? 僕は、貴女に隠し事をしている事を全力で隠しますから。知られなければ隠し事をしているのは分からない訳ですし、嫌な気分にはなりませんよ?」
「何か納得いかない~!」
「そうですか?」
「そうだよぉ!」
ぷ~っと頬を膨らませる。んもぉ。先生ってば、ああ言えばこう言って。知らない!
「つまり、ですね――」
「ん~!」
頬を膨らませたまま返事をする。そんな私の手を、先生がそっと取り、両手で優しく握った。真っ直ぐ私を見る先生の目は優し気に細められていて。思わず、先生から目を逸らす。そんな顔したって、納得してあげたりしないもん!
「愛している人には、常に笑顔でいて欲しいのですよ。僕はアイリスに笑顔でいて欲しいですし、叔父上は叔父上で、ローザ様に笑顔でいて欲しい。だから、笑顔を曇らせるような事は隠す訳です」
あ、愛……! じわじわと私の頬に熱が集まる。顔が……! 顔が熱い! そんな私の頬に先生の手が伸びる。そして、そっと頬を撫でた。
「アイリス、顔真っ赤」
「先生が、先生が……!」
「僕が?」
「先生が恥ずかしい事、言うから!」
キッと先生を睨むと、先生がそれはそれは良い笑顔を向けた。
「そんなに恥ずかしいですか?」
「恥ずかしいよ!」
「実は、言っている僕も恥ずかしいです」
いやいやいや。そんな良い笑顔で恥ずかしいは無い。説得力皆無!
「嘘!」
「嘘じゃありませんよ? 愛の告白は、何度しても慣れませんねぇ」
「あのぉ、お二人さん? 良い雰囲気の所、大変申し訳ないんだけども、俺もいる事忘れないでね?」
気まずそうにウルペスさんが声を上げる。おぅ。いるの、すっかり忘れてた。と言うか、寝てると思ってた。思わず先生と顔を見合わせる。
「目の前であんまいちゃつかれると、流石に居た堪れないからね?」
「う、うん。ごめんなさい……」
「すみません……」
き、気まずい……。ひじょーに気まずい。
「じゃ、じゃあ、私、用も済んだし、病室に戻るね。二人とも、怪我したら許さないからね!」
気まずい時は、逃げるに限る。だから、私はそそくさと先生のお仕事部屋を後にした。
そうして病室で入院患者さん達のお世話をしていると、病室の扉がコンコンとノックされた。誰だ? ……あ。第一連隊の誰かだな、きっと。調査団の人達が戻って来たって聞いて、お見舞いに来たんだろう。
「はいは~い! 今開けますよ~」
パタパタと扉まで走り、それを開く。と、その先にはアードラーさんとバルトさんが立っていた。やっぱり、第一連隊の人だった。私の予想、大当たり!
「お見舞いだよね? どうぞ、どうぞ。中に入って!」
「いや、違――」
「そう? じゃあ、遠慮なく~」
否定しようとしたバルトさんの言葉を遮り、アードラーさんが病室に入る。そんなアードラーさんを見て、バルトさんは小さく溜め息を吐いたけど、それ以上は何も言わず、一緒に病室に入った。
「思ってたよりみんな元気そうじゃん!」
病室をぐるっと見回したアードラーさんの感想がそれだった。そりゃ、ほとんどの人が、長旅で消耗してなかったら、入院なんて必要無いような軽傷患者さんだし。バルトさんの時みたいに、意識が無くて、予断を許さないような人は一人もいない。怪我の重い二人だって、私が中級の治癒系治癒術を掛ければ、数日で退院出来ると思う。
「あれ? ウルペス君は?」
病室をキョロキョロしていたアードラーさんが不思議そうに口を開く。飄々としている割に、この人鋭い。と言うか、よく見ている。他のみんなも、言われてみればとばかりに、辺りをキョロキョロしだした。
「せ、先生とお話してるよ。久しぶりに、お茶でも飲みながらゆっくりお話したいんだって!」
ちょっとギクッとしちゃったけど、平常心、平常心。先生とウルペスさんは友達同士だから、この言い訳で大丈夫なはず。……大丈夫、だよね?
「久々の遠征で、色々思い出す事があったのかなぁ……」
アードラーさんの言葉に、みんながみんな、気まずそうに視線を彷徨わせた。ええっと……。何、この反応? 一気に、場の空気が気まずくなったんだけど……。
あ! 思い出す事って、リーラ姫の事か! みんな知ってるって、どれだけ有名な話だったんだろうって思ったけど、リーラ姫はこの国のお姫様な訳で。女の子が少ない魔人族の、更に王族な訳で。たぶん、私が思っている以上に、リーラ姫って有名だし、人気があったんじゃないかなぁ、なんて。そんなリーラ姫の恋愛事情、知らない人なんていなかったんだと思う。
「ウルペスの事は、団長に任せておきましょう」
そう言ったのはノイモーントさん。ちょっと声がくぐもっているのは、口の中を切っていて、顔が腫れているから。綺麗なお顔が残念になっている。この顔、フランソワーズが見たらビックリするんだろうなぁ……。まあ、二、三日で腫れも引くだろうし、歯も折れてなかったし、見た目は派手だけど軽症だ。ただ、怪我を負った時に一瞬気を失ったらしいから、三日くらいは様子見で入院だけど。
「それが良いと思います。それより、隊長。警邏当番の件で――」
バルトさんがサラッと話題を切り替える。バルトさんってば、ウルペスさんの不在はホムンクルスに関わりがあるって、言われなくても気が付いたっぽい。こうして察してくれるの、とっても助かる。これで、他の人にもっと興味を持って、物腰柔らかに接していたら、きっと、とっても人気が出るんだろうに。そんな事を考えながら、ノイモーントさんとバルトさんのやり取りをぼ~っと眺める。
「で、アイリス。明日、退院出来そうなのは誰だ?」
「へ?」
突然バルトさんに話を振られ、私は間の抜けた声を上げた。そんな私を、バルトさんが呆れたように見つめている。
「話、聞いていたのだろう? 警邏当番を回すにあたり、全員の退院日を知りたい」
「あ、ええっと……」
ほとんどの人は、明日退院だ。ノイモーントさんを始め、頭や顔に打撲を負っている人は三日くらい、重症患者さん二人は十日くらい入院してもらいたい。それをしどろもどろになりつつも、バルトさんに伝える。バルトさんは分かったとばかりに一つ頷くと、颯爽とした足取りで病室を後にした。
お見舞いと思いきや、ただの業務確認……。バルトさんらしいと言えばらしいけど……。ちらりとノイモーントさんを見る。すると、彼は可笑しそうにクスクス笑っていた。思わぬ反応に首を傾げる私を見て、ノイモーントさんが笑みを深める。
「あれでね、皆を心配して来てくれているのですよ。何か理由を付けないと顔も出せないような恥ずかしがり屋さんで、釣れない態度を取っていますけどね」
「へ~。そっかぁ」
恥ずかしがり屋さん、か。言われてみれば、しっくりくる。あの気難しい言動、恥ずかしさの裏返しなんだね、きっと。まあ、他人に興味が無いのは素なんだろうけど。
「ノイモーントさんはバルトさんの事、よく分かってるんだね。言われなければ、恥ずかしさの裏返しだなんて思わないよ」
「彼とは長い付き合いですから。手の掛かる弟分ですよ。まあ、ここにいる全員、手の掛かる弟分ですけどね」
そう言って、悪戯っぽくノイモーントさんが笑う。すると、あちらこちらから不満の声が上がった。アードラーさんも拗ねたような顔をして、ノイモーントさんを見ている。
「だからね、嬉しくもあるのですよ? 貴女やウルペスと交流を深めるバルトを見るのは。昔から誤解されやすい子ですけど、悪い子ではありませんから。これからもあの子をお願いします」
そう言って、ノイモーントさんは穏やかに微笑んだ。何だろう、この感じ。ノイモーントさんって男の人なのに、何故かお母さんにお願いされたみたいに感じてしまったぞ。ノイモーントさんの立ち位置、バルトさんの兄貴分じゃないの? お母さんなの?
その後、とっかえひっかえ、第一連隊の人達が病室へお見舞いにやって来た。それをひとしきり捌ききり、薄暗い室内でホッと一息。あちらこちらから、寝息やいびきが上がっている。
長旅で疲れていたからだろう、不眠を訴える人は一人もいなかった。と言うか、第一連隊の人達がお見舞いに来てくれている間にも、一人、また一人と寝落ちしていた。だから、数人が寝落ちたところで、今日の面会時間は過ぎましたって対応に変え、扉にも張り紙をしておいた。そのお蔭か、訪ねて来る人はいない。所々で上がるいびきを聞きつつ、診察机に頬杖を付く。
そろそろ、先生達、遺跡に行ったかな? ブロイエさん、約束通り、エルフ族の青年、連れて来てくれるかな?
こんな事を考えてても仕方ない! 今日は入院患者さんもたくさんいるし、徹夜しないとだから、お茶でも淹れて気分転換! そっと席を立ち、薬草保管庫経由で研究室へ向かう。そうしてお茶の準備をすると、それをお盆に乗せ、病室へと戻った。
小さく抑えたランプの明かりを頼りに診察机へ戻り、お茶を一口啜る。独りで飲んでもあんまり美味しくはない。けど、気分転換にはなる。よし! 私は気合を入れると魔道書を開き、長い夜の暇つぶしも兼ねて、魔術の勉強を始めた。




