再調査 3
先生と商業区に行った日から十日ほど経ったある日、先生がお城に帰って来た。フォーゲルシメーレさんと一緒に。
研究室で独り勉強をしていると、先生が私を呼びに来た。調査団の何人かが今日お城に戻って来るから、フォーゲルシメーレさんと一緒に病室で待機していて欲しいって。
先生の元に、連絡用の護符で連絡が来たのはついさっきらしい。魔物討伐は成功したけど、調査団の中に怪我人が出たって。出来れば、ブロイエさんの転移魔術で迎えに来て欲しいって。それを受け、先生はフォーゲルシメーレさんを連れてお城に飛んで来て、今に至る、と。
状況を説明し終わった先生がブロイエさんの元に走り、私は病室に向かった。薬草保管庫経由で病室に入ると、フォーゲルシメーレさんがベッドの準備を既に始めていた。私も慌ててそのお手伝いをする。何人くらい怪我人が出たかは分からないけど、たくさん準備しておくに越した事はないだろう。
そうしてベッドの準備が一通り終わると、今度は処置器具と薬関係の準備に入った。処置器具はフォーゲルシメーレさん担当。私は薬関係。薬品棚から消毒薬や化膿止めといったお薬を出していく。
こうしてお薬を出してみると、結構な量があるなぁ。これだけあれば、たぶん、一先ずは足りるだろう。毎日コツコツ準備した甲斐があった。
準備が終わるか終らないかというタイミングで、病室の真ん中に転移魔法陣が現れた。もう来た! 慌てて部屋の脇に避け、魔術が発動するのを待つ。
ジッと魔法陣を見守っていると、魔法陣がカッと光り、人影が姿を現した。はわわ! 思ってたより人数が多い! 慌てる私とは違い、フォーゲルシメーレさんは冷静だった。テキパキと指示を飛ばし始める。
「動けない者は?」
「こっちです! 二人!」
フォーゲルシメーレさんと共に、重症患者さんの元へ向かう。うわ! こっちの人、背中が血だらけ! ああ! こっちの人は、足が変な方に向いてる!
「そちらの患者は任せました」
私が任されたのは、背中が血だらけの患者さん。断りを入れ、服をハサミで切り裂く。これ……。
「魔力浸食……」
と言う事は、魔物の爪でやられたのか。幸いにも、傷は浅く、バルトさんの時みたいに一刻を争うような状態ではない。けど、浸食箇所が広範囲だから、放っておいたら命に関わってくるような怪我だ。私は杖を掲げると、中級の治癒系治癒術の魔法陣を展開した。と、そんな私にフォーゲルシメーレさんから待ったが掛かる。
「アイリス! 初級の術!」
「え……」
「魔力、温存しておきなさい。患者は他にもいるのですから。意識もしっかりありますし、最悪、魔力浸食さえ治療出来れば良いですから」
ハッとして、後ろを振り返る。お互いに応急処置をし合っている患者さん達の中には、明らかに魔力浸食のある怪我をしている人が何人もいた。慌てて中級の術を破棄し、初級の術の魔法陣を展開する。そうして治療を始めた私の傍らにしゃがみ込む人影。
「僕も手伝うよ~」
そう言ったのはブロイエさんだった。一瞬考え、遠慮なくお言葉に甘える事にした。
「じゃあ、あそこの白い布と、透明のビンのお薬と、緑のビンのお薬取って」
「はいは~い」
ブロイエさんはすぐさまお薬が置いてあるテーブルに走ると、布とお薬を持って来てくれた。
「止血するからね。ちょっと痛いからね」
魔術への集中を切らさないように注意しつつ、傷の手当てを始める。魔術を使いながら他の事をするのは結構難しい。けど、一度バルトさんで経験していたお蔭か、何とかなりそうだ。
透明のビンの洗浄液で傷を洗う。と、患者さんから呻き声が上がった。痛いよね。しみるよね。でも、ちゃんと洗っておかないと、後で傷が膿んだり熱が出たりしちゃうから。頑張れ、頑張れ。
心の中で応援しながら傷の処置をしていると、突然、病室に絶叫が響き渡った。な、何事! 思わず振り返る。悲鳴を上げたのは、フォーゲルシメーレさんが診ていた患者さんっぽい。みんなの視線が、声の出所と思われる患者さんに向いている。
「あれは痛い……」
ブロイエさんがポツリと呟く。その顔は青ざめていた。ブロイエさんの所からは、何があったのか見えていたらしい。
「アイリス。そっちの治療が終わったら、次はこっちですから」
「は、はい!」
フォーゲルシメーレさんの指示に返事をし、手元を見る。はっ! 驚いた拍子に魔術への集中が切れてた! 慌てて魔法陣を展開し直し、治療を再開する。
「ね、ねえ? 今、何があったの……?」
こそっとブロイエさんに訪ねる。すると、ブロイエさんが苦笑した。
「折れてた骨をね、こう、真っ直ぐにしたんだよ」
ブロイエさんが両手の人差し指を山型にしたと思ったら、それを真っ直ぐに伸ばす。ええっと……。どうやって……? いや、まあ、普通に考えたら、素手で無理矢理やったんだろうけど……。想像して血の気がちょっと引いた。そりゃ、絶叫するよね……。私は骨折なんてしないようにしよう。そうしよう。
そんな事を考えながら治療を続けていると、廊下を駆ける足音が聞こえてきた。そして、病室の扉が乱暴に開く。
「状況は!」
病室に飛び込んで来たのは先生だった。たぶん、ブロイエさんの元に行った後、竜王様の元に報告に走ったんだと思う。調査団に怪我人が出たようだって。それで、詳しい状況を確認して、また報告に行くんだろう。先生も大変だ。
「重傷者二名、軽症者多数。どの子が無傷か分からなかったから、とりあえず全員連れて帰って来たよ~」
そう言ったのはブロイエさん。やけに人数が多いと思ったけど、全員連れて帰って来たのか。納得。
「ノイモーント! いったい、何があったのです!」
「あ~。隊長は口ん中切ってるから、俺が代わりに説明するよ」
先生の呼び掛けに答えたのはウルペスさんだった。見ると、ノイモーントさんは口に綿を含んでもごもごしていた。歯、折れたんじゃなければ良いけど……。
「それで、何があったのです?」
「それがねぇ、身代わりの護符が機能しなかったんだよねぇ」
護符が機能しないって……。状況的に見て、全員分だよね……? 考えられるのは、何かしらの魔術の干渉を受けたんだろうけど……。
「原因は?」
「たぶん魔術干渉だろうね。罠に掛かったっぽい」
「無傷の護符は? あります?」
「ほい。予備の護符だけど」
そう言って、ウルペスさんは先生に護符を手渡した。先生が受け取った護符をまじまじ見て、眉を顰める。
「確かに、魔術の残滓がありますね。しかし、以前遺跡に潜った際は、きちんと護符が機能したのですよね? まさかとは思いますが、以前と違う道を通ったのですか?」
「まさかぁ! 何でそんな危ない橋を渡る必要があるのさ。ちゃ~んと前と同じ道を通ったよ」
難しい顔をしたブロイエさんが立ち上がる。魔術的な罠は、空間操作術である事が多いからね。空間操作術師としては気になるよね。
そうして先生から護符を受け取ったブロイエさんが、それをまじまじと観察し始めた。そうしてしばらく護符を観察していたかと思ったら、小さく溜め息を吐く。
「これは僕が預かる。シュヴァルツへの報告も僕がしておく。ラインヴァイスはここで治療を手伝ってあげて」
「何故……」
先生が呆気に取られたような顔でブロイエさんを見つめる。すると、ブロイエさんが小さく笑った。
「この尻拭いは、友人である僕がしないと、ね……」
その目は凄く悲しそうで。友人と聞いて、私の脳裏に、ホムンクルスの本について話してくれた時の、ブロイエさんの顔が蘇った。エルフ族の青年を、ブロイエさんは古い友人と言っていた。今、どこで何をしているのか、生きているのか死んでいるのかも分からないと言ったブロイエさんは、今と同じように悲しそうに、しかし、それを隠すように笑っていた気がする。……まさか!
「ブロイエさん! 私、ブロイエさんの友達に会ってみたい! 会って、話がしてみたい!」
「アイリス、それは……」
「絶対に連れて来て! 約束!」
ジッとブロイエさんを見つめる。と、ブロイエさんが諦めたように溜め息を吐いた。
「無理だなんて言っても、君は納得してくれないんだろうね……」
「ん! 連れて来てくれなかったら、一生口きかない!」
「敵わないな、アイリスには」
そう言って苦笑したブロイエさんは、さっきまでの悲しそうな目はしていなかった。




