再調査 2
次の日、先生と二人、商業区へと出かけた。約束通り、お菓子と口紅を買ってもらう為に。
髪は昨日の夜に約束した通り、特別な髪型。ローザさんとお揃いに結ってもらった。その髪型を見たローザさんはお揃いだって嬉しそうに笑っていたし、アオイも似合うって褒めてくれた。自分では結えない髪型だから、正真正銘、特別な髪型だ。
背筋を伸ばし、先生にエスコートしてもらって歩く。それだけなのに、何だかちょっと大人になった気分。ふふふん。
ご機嫌に歩いていると、先生が一枚の扉の前で足を止めた。ウルペスさんのお店のお隣の、アードラーさんのお兄さんがやっているお菓子屋さん。その扉を開き、先生が扉を押さえていてくれる。私は先生と笑みを交わし、開けていてくれている扉をくぐった。
入り口脇のカウンターで、店主さんとアードラーさんが立ち話をしていた。でも、入って来た私達に気が付き、アードラーさんが決まり悪そうに口を閉ざす。
「いらっしゃいませ」
店主さんがにこやかに迎え入れてくれる。私達、お邪魔だったかな? 思わず先生を見上げると、先生はにっこりと笑って私の手を引いた。そして、お店の奥に足を向ける。
「じゃ、兄貴。さっきの話、よろしくね」
アードラーさんは店主さんにそう言うと、そそくさとお店を出て行ってしまった。そんなアードラーさんの背を見つめ、店主さんが深い溜め息を吐く。でも、私の視線に気が付き、すぐに笑顔になった。
「ゆっくり見て行って下さい」
店主さんは無理に笑顔を作っている感じだった。一目見て、何か心配事があるのが分かる笑顔。くいくいと先生の上着の袖を引く。と、先生が少し困ったように笑った。
「あまり家族間の事に口を挟みたくないのですが、あんな顔を見たら放ってはおけませんね……」
そうそう。こくこくと頷くと、先生が優しく私の頭を撫でてくれた。
「アードラーが店に顔を出すなんて珍しいですね。何か相談事でした? 深刻な話なら、僕達は退散しますが……」
先生がそう言うと、店主さんは慌てたように首を横に振った。
「い、いえ。弟に振り回されるのは、兄の宿命なんで」
「やはり、相談事でしたか……。すみません、間が悪くて……」
「いや、こっちも変に気を遣わせてしまって申し訳ありません」
「何があったのか聞いても?」
「ええ。あいつ、厩舎を辞めるって急に言い出して……。仕事の世話をしろだなんて言われたって、こっちだって困るのに……。そりゃ、店員を募集している店の心当たりくらいはありますけど、厩舎を辞める理由を聞いても、私には関係ないの一点張りで……。どうしたものかと……」
「厩舎を……」
「はい。まあ、理由の見当はついているんですけどね。これでも、あいつの兄ですから」
「あそこは少々特殊ですからね」
少々特殊……。あれか。厩舎勤めをしてるのはエルフ族の人達ばっかりで、他の部族の人は肩身が狭い雰囲気の事を言ってるのか。
「それを分かっていて、それでも厩舎勤めを希望したはずなんですけどね……。世話の焼ける弟ですよ、いつまで経っても」
そう言って笑った店主さんは、ちょっと疲れた顔をしていた。大変だね、お兄さんって。
「あいつももう子どもじゃないですし、城を出奔するなんて事にはならないと思いますので安心して下さい。すみません。お二人で買い物を楽しんでいる時に、こんな愚痴みたいな話……」
「いえ。いつでも相談に乗りますから。気兼ねなく言って下さい。ね? アイリス?」
「ん。アードラーさんね、バルトさんのお世話手伝ってくれたの。だからね、私、二人の力になるよ!」
「あいつが……?」
「ん。毎日通ってくれたの。バイルさんって、第一連隊の人と一緒に」
「あいつ、ちゃんと手伝い出来てました?」
「ん! 髭剃りとか爪切りとか、細々した事は得意だからって、率先してやってくれたよ。私、そういうのやった事が無かったから助かったの。あとね、髭剃りの仕方も教えてくれたよ! 女の子だから、こんな事やった事無いでしょって!」
「そうですか……。あいつ、いつものらりくらりとしてるから、そんな、誰かに何か教える姿なんて想像も出来ないんですけどね……」
そう言って、店主さんは困惑気味に笑った。確かに、アードラーさんって、一見、不真面目そうに見えるよね。でも、私は知っている。厩舎でユニコーンのお世話に打ち込む姿も、バルトさんのお世話を一生懸命してくれていた姿も。店主さんにも、是非ともその姿を見てもらいたい。
「好きな事になら、一生懸命打ち込める性格なんですよ、きっと」
そうそう。それそれ。先生の言葉にこくこく頷くと、店主さんがフッと小さく笑った。
「あいつ、厩舎の仕事、好きなはずなんですけどね。辞めて欲しくないと思うのは、私のエゴなんですかね……」
「弟を心配する兄ならば、そう思って当たり前ですよ。バルトがそろそろ復帰出来るでしょうし、決断を急がなければ良いのですが……」
「少し頭を冷やしてくれると良いのですけどね。さて、あいつに振り回されっぱなしも癪ですし、私は真面目に仕事しますかね! 本日は何をお求めですか?」
「キャラメル! あと、柔らかいアメちゃん!」
すかさず叫ぶ。と、先生と店主さんが顔を見合わせ、クスクスと笑い合った。そうそう。この雰囲気。せっかくの買い物なんだから、楽しまないと!
お菓子を一通り買ってもらい、お菓子屋さんを後にする。次に目指すは、口紅が売っているというお店だ。初めて行くからワクワクしちゃう! お化粧品とか、いっぱい並んでるのかなぁ? でも、お化粧品って、女の人が少ない関係であんまり売れないはず……。何かと一緒に売ってるお店なのかな? 何と一緒に売ってるんだろう? そんな事を考えながら廊下の角を曲がる。と、アードラーさんとばったり出くわした。
「あ……」
アードラーさんは気まずそうに私達から目を逸らすと、廊下の脇に避けて道を譲ってくれた。私達に深々と頭を下げる姿は、どこか痛々しくて……。でも、掛ける言葉も見当たらず、私達はお礼の会釈だけして彼の横を通り過ぎた。
「アードラーさん、大丈夫かな……?」
しばらく行った所でポツリと呟く。すると、先生が優しく頭を撫でてくれた。
「厩舎勤めをしている第一連隊の面々が不在なのが、辞めたくなった理由の一つでしょう。バルトが復帰するか遺跡の再調査が終わるかすれば、少しは精神的に落ち着くかと思いますけど……」
「そうだと良いんだけどな……」
そうじゃないと困る。知っている人には、毎日笑顔で過ごしていて欲しいから。
「再調査がなるべく早く終わるように、今日あたりにでもノイモーントに発破をかけておきましょうかね」
「ん……」
「まあ、最悪、就職の斡旋は出来ると思いますから。今と変わらない仕事ですし、あまり深刻にならないように。ね?」
「え? そうなの?」
思いがけない発言に、私は目を瞬かせた。そんな私に、先生が悪戯っぽい笑みを向ける。
「緩衝地帯で、ですけどね。あそこにはユニコーンが四頭いますし、家畜の飼育も検討中ですし。それに、アイリスが緩衝地帯に越して来たら、ユニコーンが一頭増えますし。世話が出来る人間が必要だと思いません?」
「確かに……」
「まあ、緩衝地帯に越す事前提ですので、アードラーがそれを良しとするかは分かりませんけどね。因みに、アイリスから見て、アードラーは人に物を教える事に向いています?」
「ん。髭剃りの仕方、教えてもらったもん。バルトさん意識無かったから実験台にするのは可哀想で、アードラーさんがやってるの見てるだけで実際にはやってないけど、次に誰か入院したら挑戦してみようかなって思えるくらい、詳しく教えてくれたよ!」
「そうでしたか。それを聞いて安心しました。緩衝地帯で働くからには、寄宿舎の子達にも色々と教えてもらわねばなりませんからね」
「あとね、アードラーさん、たぶん、子ども好きだよ。と言うか、子どもと同じ次元で遊べる人だよ!」
「ははは。緩衝地帯には正にうってつけかもしれませんね。折りを見て、少し話をしてみますか」
「ん。そうしてあげて?」
良かったぁ。こういう時、行ける場所があるのと無いのとでは、気持ちの持ち方が違うからね。よ~く考える気持ちの余裕が出てくれると良いな。




