家 3
先生が淹れてくれたお茶を一口啜る。今日のお茶はミルク入りのほんのり甘いお茶だ。優しい甘さが冷えた身体に染み渡るぅ。
「それで、使用人の件ですが――」
先生が口を開く。私はティーカップを置くと姿勢を正した。そんな私を見て、先生がくすりと笑う。
「ねえ、アイリス? 貴女は今の仕事、どう思います?」
「今の仕事って、アオイのメイドさん?」
「ええ。メイドという仕事、好きですか?」
「ん。好き」
私が自信満々に頷くと、先生が優し気に目を細めた。そして、姿勢を正したかと思うと、真面目な顔で口を開く。
「貴女には実感が無いかもしれませんが、女性がお金を稼ぐという事は、とても大変な事なんです。自分一人の生活費を稼ぐというだけでも、それが出来る職というのは限られます」
「ええっと……。女の人は力が無いから力仕事は出来なくて、そうすると、力が必要無い仕事しか無くて、その分、お給金が安い……から……?」
「ええ。そうです」
「それと今回の件、何の関係があるの?」
眉をひそめて問う。すると、先生が真剣な眼差しで私を見つめた。
「力仕事が出来ない女性が、一人前の給金を稼げる仕事の一つがメイドなんです」
「だからって、先生が雇う必要あるの?」
「雇うと言うと、少々語弊があります」
「雇うんじゃないの?」
首を傾げた私を見て、先生が深く頷く。その顔は真剣そのもので。私は再び姿勢を正した。
「もちろん、仕事への対価は払います。しかし、永続的にいてもらうつもりはありません」
「ずっと雇うんじゃないの? いつかはいなくなるの?」
「ええ。いつかは別の屋敷や、出来れば竜王城へ勤めてもらいたいと思っています」
竜王城……。別のお屋敷……? 首を傾げる私を見て、先生がくすりと笑った。
「そうですねぇ……。例えば、シェリー。あの子がもう少し大きくなって、独り立ちをしなければならなくなったとします」
シェリーは、寄宿舎の年少組の一人。ある日、お姉さんに連れられて、寄宿舎がまだ孤児院だった頃にやって来た子。お姉さんは音信不通で、今、どこで何をしているのか分からない。絶対にシェリーに会いに来るって、約束したのに……。
「アイリスはあの子に、どんな仕事をして欲しいと思います?」
シェリーにして欲しい仕事……。そんなの、考えた事も無かった。でも、まだ小さいシェリーでも、いつかは仕事に就いて、独り立ちしないといけない。そんな時、就いて欲しい仕事かぁ……。
「圧倒的に給金が良いのは花街ですが――」
「花街は駄目! 絶っっっ対に駄目!」
先生と婚約してからというもの、ローザさんとアオイが、そういう知識を夜のお茶会なんかで少しずつ教えてくれているから、花街がどういう所なのかも最近知った。そりゃ、花街が必要悪だっていうのは、私だって分かっているつもりだ。でも、そこで働かなくては生きていけない女の人達が、日々どんな気持ちで生活しているのかを考えると、そんな所にシェリーを勤めさせたいとは思わない。フルフルと首を横に振る私を見て、先生が優しく微笑んだ。
「アイリスならそう言うと思っていました。シェリーにこれといって就きたい職が無い事が前提ですが、現実的に考えるとメイドが一番なのではないかと、僕はそう思うのですが?」
シェリーがメイド……。あの子、メイドとして勤められるのかな? お転婆なところ、あるし。けど、お洗濯は好きみたいなんだよなぁ。孤児院に来たばっかりの頃から、お洗濯は手伝おうとしてたし。まあ、邪魔してるのか手伝ってるのか、よく分からない状態だったけど。
「その顔は、少し不安ですか?」
「まあ……」
「実は、僕も少し不安なんです。シェリーに限らず、他の子も。手放しで使用人に向いていると思える子は、現状、二、三人しかいません」
みんな、元気が良過ぎるんだよね、良く言えば。悪く言うと、野生児みたいなところがある子が多い。
「そういった子達を使用人として、例えば、叔父上の屋敷――スマラクト様の元へ派遣したとして、上手くやっていけると思います?」
うむむ……。兄様とは上手くやっていけそうだけど、それは遊び相手としてだ。決して使用人としてじゃない。兄様のお世話係りのカインさんには、毎日怒られるなりお小言をもらうなりしそう。それで、カインさんが疲れ果てて、寄宿舎に戻される未来が見える。私がフルフルと首を横に振ると、先生が苦笑した。
「でしょう? では、どうすればあの子達が使用人としてやっていけるようになるのか。経験を積むしかないと思いません?」
「まあ、そうだね」
「だから、その経験を、僕達の屋敷で積ませられたらと思ったんです。僕やアイリスの目が届き、必要ならば適宜指導する。そうして一人前になった頃、城なり他の屋敷なりに派遣出来たら、と。もちろん、アイリスがそこまでしたくないと言うのなら、この計画は白紙に戻します。アイリスの協力なくしては立ち行かないので」
「いや、流石に、そんな断固拒否したりしないよ。ここにいる子達の役に立つなら協力する。でも!」
「でも?」
先生が目を瞬かせる。私はそんな先生をキッと睨んだ。
「一言相談があっても良かったと思う! 私、先生の、こ、ここ、婚約者なんだから!」
顔が熱い。この、婚約者って単語、いつまで経っても慣れないなぁ。口に出すと、何だか無性に恥ずかしくて、背中の辺りがムズムズする。
「そうですね。すみません。竜王様から図面を頂いた際に思い付いた事だったので……」
「ん? 先生が竜王様にお屋敷建ててって頼んだんじゃないの?」
「違いますよ。屋敷は、竜王様から僕達への、純粋なご厚意なのではないかと……」
そうだったんだ……。てっきり、先生が頼んだのかと思ってた。でも、まあ、よくよく考えてみると、先生は竜王様の実の弟な訳で。今は臣籍に降りてしまっているけど、元王族な訳で。そんな人が森の中の小さな家に住んでるとか……。うん。無いな。
「寄宿舎の子達を城や屋敷の使用人として働けるようにしたいとは、以前から考えてはいたんです。ただ、経験を積む場は、叔父上やスマラクト様、カインに協力してもらうつもりでした」
「でも、竜王様からお屋敷の図面をもらって、わざわざ他の人に頼まなくても、自分で面倒見ようって?」
「ええ。カインも、スマラクト様とアベルを抱えて大変でしょうし。今以上に心労を掛けて、倒れられても困りますから」
「確かに」
先生と顔を見合わせ、クスクス笑い合う。カインさんも大変だろうからね。あの兄様とアベルちゃんのお世話を毎日してるんだもんね。出来るなら、半人前のメイドさんの派遣じゃなくて、一人前のメイドさんを派遣して、カインさんの心労を少しでも取り除いてあげたいよね。分かるよ、先生。
「でもさぁ、お屋敷建てるの、時間掛かるよねぇ。現状、な~んにも変わんないね……」
ソファの背もたれに寄り掛かり、天井を見上げる。このまましばらく、先生とは別々に暮らしたままかぁ……。
「そうですねぇ。土地の整備に一、二年。そこから建物を建てるとなると、僕達が正式に夫婦になる頃に完成ですかねぇ……」
「寂しいね……」
「ええ……」
二人揃って溜め息を吐く。出来るのなら、すぐにでも先生と一緒に暮らしたい。それは、先生も同じだと思う。私が寂しいのと同じように、先生も寂しんだから。




