表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

179/265

癒しの聖女 7

 先生が病室を去ると、私は癒しの聖女の伝記を開いた。バルトさんは疲れたみたいでお昼寝中。ミーちゃんも一緒になってお昼寝をしている。


 癒しの聖女は、魔大陸でも精力的に治療活動を続けた。魔人族だとか人族だとか、彼女はもう、そんな事はどうでも良かった。怪我や病で苦しんでいる人を助けるのが治癒術師の役目だと、メーア大陸にいる時と同じように、いや、それ以上に精力的に治療活動を行った。


 魔大陸には、戦で腕や足を失った者が多くいた。魔人族はその魔力に比例して、個々の生命力も強い。人族では死んでしまうような大怪我でも、一命を取り留める事がままある。また、治癒術を扱えない魔人族には、独自に発達した治療法がある。それによって、五体満足とはいかないものの、命を繋いだ者が多くいたのだった。


 そんな彼らにとって、彼女の治療は希望だった。彼女が義肢を取り付けた患者の中には、涙を流しながら彼女に礼を言う者も多くいた。


 また、彼女の義肢技術に触れ、その技術を是非教えて欲しいと、弟子入りを志願する薬師も現れた。しかし、彼女の義肢技術は治癒術を根本としており、その技術が弟子に受け継がれる事はなかった。それでも弟子は彼女と共に旅をし、治療の手伝いをして回った。


 そうして晩年。彼女は白騎士と共に、その弟子と三人、魔大陸で暮らした。仲睦まじく暮らす三人の姿は、彼らを知る人々には血の繋がった家族のように映ったらしい。そうして生を終えた彼女だったが、彼女の崇高な意志は、弟子によって後世まで受け継がれているという。


 私はパタンと本を閉じた。やっと読み終わったぁ! う~んと伸びをし、机の上に頬杖をつく。そして、本に視線を落とした。


 癒しの聖女の弟子かぁ……。癒しの聖女自体が大昔の人だし、いくら長生きの魔人族でも、流石にもう生きてはいないかなぁ? フォーゲルシメーレさんに聞けば、何か分かるかな? お師匠様のお師匠様のお師匠様とか、何か繋がりがあったりしないかな? 今度聞いてみよっと!




 その日の夜、私は先生のお仕事部屋を訪ねた。久しぶりに先生がお城に帰って来たんだから、本も読み終わったし、たまには一緒に過ごして来いと、バルトさんに言われたからだ。「バルトに何かあっても私がいるよ」と、先生の事が嫌いなはずのミーちゃんにまで言われたらお言葉に甘えるしかない訳で。控えめに先生のお仕事部屋の扉をノックする。


「どうぞ」


 先生の短い返事。私はおずおずと扉を開き、顔を覗かせた。と、お仕事机から顔を上げた先生と目が合う。


「先生、今、忙しい……?」


「いえ。大丈夫ですよ。急ぎの用件はあらかた終わらせましたから」


 なら良かった。私、先生のお仕事の邪魔はしたくないもん。そこまで図々しくないもん。そう思いながら部屋に入ると、先生がお茶を淹れてくれた。


「変わった事はありませんでした?」


 先生と向かい合わせに座ってお茶を一口。すると、先生が口を開いた。思わず首を傾げる。


「変わった事って?」


「心配事とか悩み事とか……。逆に、嬉しかった事とか楽しかった事とか……」


「ん~……。そうだなぁ……。あ! あのね、私ね、故郷が分かったの!」


「故郷……? もしかして、生まれた村が……?」


「違うよぉ。あのね、私の故郷、ここだって分かったの! 遠くに行っても帰りたくなる場所が故郷なんだって。バルトさんがそう教えてくれたの。もし、私が旅に出て遠くに行ったとしてね、帰りたいって思うのは絶対にここだから、ここが私の故郷なんだよ!」


 私の言葉を聞いた先生は、驚いたように目を丸くした。そんな先生に笑って見せる。


「私の生まれた村はどこだか分からないけど、そんな私にだってちゃんと故郷があるんだって思ったらね、何だか嬉しくなったの!」


「ここを故郷だと、思ってくれるのですか……?」


「ん! 遠くに行っても、絶対にここに帰って来るからね!」


「遠くに……。もしかして、生まれた村を探しに行きたいのですか……?」


「へ?」


 先生の予想外の発言に、私は間抜けた声を上げてしまった。目を瞬かせて先生を見る。先生は目を伏せていた。


「ち、違うよぉ! そんなんじゃなくて――」


「しかし、故郷の話をしていたのでしょう……?」


「それは、まあ、そうなんだけど……。探したいんじゃなくて夢に出てきて――」


「望郷の念を抱いたのですか?」


 また出た。ぼーきょーのねん。生まれた村が恋しいとか、これっぽっちも思ってないんだけどなぁ……。参ったな……。先生に変な誤解されちゃったなぁ……。思わず、後ろ頭をバリバリと掻く。


「ん~。そうじゃないんだよ。あのね――」


 私は夢の事を先生に話して聞かせた。先生は視線を落としたまま、黙ってそれを聞いていた。


「――だからね、思うに、小さな村での治療活動が、生まれた村での治療活動に、夢で置き換わっちゃっただけなんだよ。私が思い付く小さな村って、生まれた村だから」


「そう、なのですか……?」


 そう言った先生は、まだどこか不安そうで。んもぉ。私の言う事、信用してないな!


「良いもん! そんなに私の事、信用してくれないなら、本当に旅に出ちゃうんだもん! 癒しの聖女みたいな生活、ちょっと憧れ――」


「却下」


 そう静かに言った先生は真顔で。思わず、私は噴き出してしまった。


「冗談だよ、先生。そんな怖い顔しなくても、旅になんて出ないよ」


「それは良かった。貴女が黙って旅になど出たら、地の果てまで追いかけますからね?」


「え! 何それ! 楽しそう!」


「楽しそうって……。本当に貴女と言う人は……」


 呆れたように溜め息を吐き、先生が項垂れる。でもでも! 楽しそうだって思っちゃったんだから仕方ない!


「だって、先生と世界を股にかけての鬼ごっこだよ? 楽しそうだよ!」


「貴女、最近、スマラクト様に似てきていません? 因みに、貴女を捕まえた褒美は? 出るのですか?」


「ん~……。もしかして、先生、何か欲しい物でもあるの?」


「アイリス」


 え……? 再び目を瞬かせて先生を見る。と、先生がどこか仄暗い光を湛えた目をして笑った。


「貴女をこの手の内に閉じ込める権利を下さい」


「え! 嫌だ!」


 思わず叫ぶと、先生がしゅんとした顔で俯いた。


「嫌、なのですね……。僕が貴女を愛しているのと同じように、貴女も僕を愛してくれていると思っていましたが……。嫌なのですね……」


 先生が! 落ち込んじゃった! まずった! ど、どうしよう。とりあえず、慰めなくては! 慌てて席を立ち、先生のお隣に座る。そして、先生の手を取った。


「私、先生とずっと一緒にいたいよ! 本当だよ!」


「しかし、僕のものになるのは嫌なのでしょう……?」


「そ、それは……。ほ、ほら、あれだよ、あれ! 私、物じゃないし? あげられないし?」


「だから、貴女をこの手の内に閉じ込める権利を、と」


「で、でもさ、そうするとさ、ローザさんが困るでしょ? 私、アオイの専属メイドだし? ローザさんが一人でアオイのお世話するの、大変だと思うんだ!」


 一瞬、先生が視線を彷徨わせる。ちょっと納得しかけてるな。よし。これで通そう!


「アオイのお世話を男の人がするの、竜王様だって嫌がるでしょ? 私だって、アオイのお世話したいし!」


「僕といるより、アオイ様と一緒にいたいのですか?」


 おう。そう来たか!


「そ、そんな訳――」


「ねえ、アイリス? そろそろ、今後の事、具体的にしていきません?」


「今後の事って?」


「住む場所とか、仕事とか……」


 そう言った先生は、ほんの少し不安そうな目をしていた。もしかして……。


「先生、寂しいの?」


「っ!」


 息を飲んだ先生の耳が、ほんのりと赤くなる。図星だったらしい。くふふ。先生が可愛い。


「そっかぁ。先生、私と別々に暮らすの、寂しいんだぁ」


「ち、違います」


「そっか。……で? 本当のところは? 寂しいんでしょ?」


「……寂しい……です……」


 先生が顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で呟く。くぅ~。先生が! 可愛すぎる! 思わず先生に抱き付くと、先生の腕が私の背に回った。


「私もね、先生と別々に暮らすの、と~っても寂しいんだよ。だからね、寂しくないように、一緒にどうすれば良いか考えようね」


「ええ……」


 毎日会えなくなって寂しかったの、私だけじゃなかった。先生も同じように寂しいって思っていてくれた。私にとって先生が特別なのと同じように、先生にとっても私は特別だった。そう思うと何だか無性に嬉しくて、先生の腕の中でニヤニヤが治まらなかった。

都合により、来週の更新はお休みします。

次回更新は4月27日になりますので、宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ