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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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癒しの聖女 6

 日がな一日、今日も癒しの聖女の伝記を読む。ここのところずっと病室に篭りっぱなしだけど、この本のお蔭であんまり退屈だとかは思わない。良い本を紹介してくれた兄様に感謝だ。


 癒しの聖女は魔大陸に上陸すると、早速、竜王の元へと向かった。目的は、魔大陸を自由に旅する許可を、竜王から得る事。魔大陸七人の王筆頭の竜王の後ろ盾は、人族である彼女と白騎士にとって、これほど心強い物は無いからだ。


 彼女と謁見した竜王は、初め、彼女が魔大陸を自由に旅する事を渋った。魔大陸でも戦後の処理が済み、やっと平穏を取り戻し始めていた時期だったからだ。元聖女である彼女の存在が、魔大陸で要らぬ災いの種になるのではないかと、竜王はそれを懸念した。


 しかし、彼女も引かない。今この瞬間も苦しんでいる人がいる。それを見過ごす事は治癒術師としての矜持に反する。監視を付けてもらっても構わない。治療以外、余計な事をするつもりは無い。身分を明かすつもりも無い。もし、自分の身分が民衆に知られるような事があれば、即刻魔大陸から退去する。物好きな治癒術師がメーア大陸から来たと思って旅を許可してはくれないだろうかと、竜王を説得した。


 竜王は悩んだ末、いくつかの条件を彼女に示し、それを飲むのならば旅する許可をしようと言った。その条件とは、一つ、民衆へ、政治、布教に関する発言を禁じる事。魔大陸には魔大陸独自の政治、文化、信仰がある。これらを理解出来ないのであれば、旅を許可する事は出来ないと言った。二つ、身分を秘匿する事。民衆に身分が明かされた時は、即刻、メーア大陸へ強制送還とする。三つ、監視兼護衛として、竜王配下の騎士を一人、旅の供として付ける事。監視へは逐一報告、相談を行い、監視の目から離れる事は許されない。もし、監視の目を掻い潜るような素振りがあれば、メーア大陸への強制送還とする。


 この三つの条件を彼女は承諾し、竜王と書簡を取り交わした。彼女が渡した書簡は、竜王の出した条件を違えるつもりは無いと言う誓約書。竜王からの書簡は、他の王達へ宛てたものだった。物好きな治癒術師が治療の旅をしているので、出来るだけ協力してやって欲しいという。彼女は竜王からの書簡を受け取ると、竜王配下の騎士を一人連れ、白騎士と共に竜王城を後にした。


 城にいる者達の中に彼女の治療を必要とする者はおらず、竜王城への滞在はほんの数日だった。しかし、数日でも分かった事があった。城にいる、数年前まで戦で命のやり取りをしていた者達も、自分達とさほど変わらぬ血の通った人間である、と。メーア大陸でまことしやかに囁かれているような、異形の怪物達ではないのだ、と。監視兼護衛役として付けられた竜王配下の騎士も、戦闘時などに鳥のような白い翼が生えた本性を見なければ、魔人族であるという事を忘れてしまうくらい、気の良い普通の青年だった。


 私はパタンと本を閉じると、ふむと頭を捻った。白い羽が生えた魔人族……。どの部族だったんだろう? 本性って書かれていたから、二つ以上の姿が取れる部族なのは間違いない。という事は、妖精種じゃないな。妖精種に分類される部族は、人族とは違った姿しか持たないから。獣人種か悪魔種か……。


「どうした? 難しい顔をして」


 考え込む私を見て、バルトさんが声を掛けてくれる。私は難しい顔のまま口を開いた。


「あのね、癒しの聖女のお供で、白い羽が生えた魔人族が出て来たの。それでね、その人がどの部族だったのか気になって……。バルトさん、知ってる?」


「いや」


「そっかぁ……」


「だが、白い翼なら、確か、アードラーが出せたと思ったが……」


「アードラーさんって、あのアードラーさん?」


 バルトさんのお世話を手伝ってくれてる? そう思って首を傾げると、バルトさんが苦笑した。


「あいつ以外、おれはアードラーを知らないのだが」


「私も」


「なら、そのアードラー以外いないだろう」


「まあ、そうだね。因みに、アードラーさんって何族?」


 病室に沈黙が流れた。しばし、バルトさんと見つめ合う。


「……さぁ?」


 沈黙を破ったのはバルトさんだった。さぁって。さぁって! 曲がりなりにも、アードラーさんはバルトさんの部下なのに!


「何で部下の部族知らないの!」


「何故って……。興味が無い」


 ああ、そうですか。そうですよね。だって、バルトさんだもんね! そんなだから、みんなから獣狂いって言われるんだよ! 獣以外、本当に興味が無いんだから!


「バルトさんのそういう所、直した方が良いと思う!」


「そういう所?」


「人に興味が無い所!」


「直す必然性が感じられないが?」


「あるよ! そんなんじゃ、まともな人間関係が築けないでしょっ!」


「煩わしいだけだ」


「またそんな事言って!」


「何事です? 廊下にまで声が響いていますよ、アイリス」


 熱くなりかけた私を冷静にさせたのは、聞き馴染んだ声。弾かれたように扉の方を振り向くと、苦笑した先生が立っていた。


「先生! こっち来てたんだ!」


 叫び、先生に駆け寄る。すると、先生が柔らかく笑いながら私の頭を撫でた。


「ええ。竜王様と叔父上に、近況報告をしに」


「今日はお城にお泊まり?」


「そのつもりです」


「やったぁ!」


 わ~い! わ~い! 先生と一緒にごはん食べられる! たくさんお話が出来る! ひとりはしゃぐ私を、先生は優しく目を細め、バルトさんはちょっと呆れたように笑いながら見つめていた。


 お茶を淹れ、三人でホッと一息吐く。先生はこの後、訓練に参加したり書類を片付けたりと、やる事がたくさんあるらしい。けど、今は休憩。空きベッドに座った私の隣に腰掛け、まったりとお茶を飲んでいる。何気ない時間を先生と一緒に過ごせる幸せ。ああ、私は幸せ者だ。


「ねえ、先生? 先生ってアードラーさんの部族、知ってる?」


 何の気なしに、先生に問い掛ける。と、先生が首を傾げた。


「アードラー?」


「ええっと、バルトさんの部下の人。バルトさんのお世話、手伝ってくれてるの。バイルさんっていう、イェガーさんの親戚の人と一緒に」


「……ああ。第一連隊の。厩舎勤めのアードラーですね」


「そう! その人!」


「彼は……確か……」


「白い羽が出せるんだって! バルトさんが言ってた!」


「思い出しました。セイレーン族ですよ」


 セイレーン族……。はて? どんな部族だったっけ? 御前試合の実況をするのに部族基礎知識は全部書き取りしたけど、何年も前の事だ。記憶がだいぶ抜けちゃってるみたいだなぁ。う~ん……。頭を捻る私を見て、先生がくすりと笑う。


「悪魔種セイレーン族。白い翼を持つ、歌が好きな部族です」


「歌? 何か陽気な感じの部族だね」


 でもまあ、アードラーさんらしくもあるかな? アードラーさんが「実は歌が好きなんだ」って言っても、違和感は全然ないもん。バイルさんだったら、「え!」ってなるけど。


「そんな可愛らしいものじゃないですよ。と言うのも、彼らの固有魔術が、ね……」


 先生が言い淀み、苦笑した。バルトさんも、何かを思い出したように苦い顔をしている。


「魔物討伐で一度体験しましたが、確かにあれは笑えないですね」


「ええ。使いどころに苦慮しますよね」


「本当に……。下手をしたら、味方にまで甚大な被害が出ますからね」


 む~! 二人だけで話して! 私も入れて! くいくいと先生の袖を引く。


「先生ぇ。セイレーン族の固有魔術って? 教えてよぉ!」


「音波。声に魔力を乗せて破壊の限りを尽くす、広範囲高出力攻撃の固有魔術です」


「へ~。確かに陽気な感じじゃないね。もしかして、かなり攻撃的な部族? あんまりアードラーさんのイメージじゃないけど……」


「いえ。普段は温厚で、争い事を好まない部族ですよ。もしかしたら、争い事を嫌うが故の固有魔術なのかもしれません」


「どういう事?」


「アイリスは、嫌な事をずっとしていたいですか? 例えば、大嫌いなキャロトを延々と食べ続けるのは、苦行ではありませんか?」


「ん」


 それは嫌だ。どうしても食べなくちゃいけないなら、一瞬で終わらせたい。お皿一杯のキャロトがあろうと、私はたぶん、全部口に詰め込んで一口で食べる。


「セイレーン族にとっての争い事が、アイリスにとってのキャロトなのですよ。争い事は嫌いだ。しかし、自分や大切な人を守る為には避けて通れない事もある。では、どうすれば良いか。一瞬で終わらせれば、嫌な思いも一瞬で済みます。その為に、高出力広範囲攻撃が出来るように進化したのでしょう」


「ほ~」


 そういう事か。納得。それにしても、固有魔術って本当に色々あるなぁ。ドラゴン族の防具錬成とか、エルフ族のエレメント耐性とか、オーガ族の痛覚遮断とか、ワーウルフ族の身体強化とか。あれ? そういえば、人族は? 固有魔術があるなんて聞いた事が無いけど……。


「ねぇ、先生? 人族には固有魔術って無いよね? 何で?」


 私がそう尋ねると、先生が驚いたように目を丸くした。そして、ちょっと難しい顔をする。


「言われてみればそうですね……。考えた事もありませんでしたが……」


「人族は得意な事が無いの? だから固有魔術が無いの……?」


 しゅんと俯く。すると、先生が慰めるように私の頭を撫でた。


「そういう訳では無いと思います。どちらかと言うと、誰もその特性を固有魔術として認識していないだけではないかと……」


 誰も気付かない固有魔術なんて……。そんなの、無いのと変わらない……。


「一つ、心当たりがある」


 声を上げたのはバルトさん。え! 何? 何? 興味津々、顔を上げてバルトさんを見る。と、バルトさんが苦笑した。


「現金な奴だ」


「そういうのは良いの! で? 心当たりって?」


「人族には他の部族には無い、繁殖力の強さがある。寿命が短く、魔力も腕力もさして強くない人族が誇れるのは、その繁殖力の強さしかないだろう」


「そんなぁ……」


 ガッカリ……。もっと、こう、格好良い能力が良かった。肩を落とす私を見て、先生がくすりと笑う。


「ねえ、アイリス? ものは考えようですよ。次代に夢や希望を託す能力。僕はロマンがあって良いと思いますけど?」


「本当に?」


「ええ。僕達魔人族は、子が出来ない事もありますから。当たり前のように子が出来て、夢や希望を託せるなんて素晴らしいと思います」


「そうかなぁ……?」


「そうですよ。ね? バルト?」


「まあ、そう、ですかね……」


 そっかぁ。凄い能力なのかぁ。むふふ。何だか照れるなぁ。


「本当に現金な奴……」


 ポツリとバルトさんが呟いたのは聞こえない振り。あ~あ~! 聞こえてませんよぉ~だ!

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