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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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癒しの聖女 3

 目を覚ますと、カーテンの隙間から弱々しい光が差し込んでいた。もう夜明けか……。ベッドから起き上がり、大あくびを一つ。う~んと伸びをして、ふと隣を見る。そこには、スヤスヤと寝息を立てる先生。


 先生の寝顔を見たのは、兄様の所で先生の看病をして以来か? あの時も思ったけど、寝てる先生って何だか幼い、と言うか、可愛い。先生のほっぺをツンと突っついてみる。と、先生がゆっくり目を開いた。


「ん……」


「おはよ、先生」


「おはようございます。もう朝ですか……。こんなに熟睡したのはいつ以来ですかね……」


 そう呟きつつ、先生も起き上がる。どこか気だるげな先生を見て、私の心臓が早鐘を打った。キリッとしてる先生も好きだけど、こういう感じの先生も好きだ。


「とりあえず、簡単に身支度をしましょうか……」


 そう言った先生が伸びをする。そして、首と肩を回すと、「よしっ」といった様子でベッドから下りた。私も慌ててそれに続く。


 顔を洗って、先生に髪を梳いてもらう。香油は持ってないから、今日は髪を梳くだけ。これが終わったら、先生の髪結うんだぁ。ワクワク、ソワソワしながら髪が梳き終るのを待っていると、すぐ目の前に転移魔法陣が浮かび上がった。そして、白い小さな影が姿を現す。


「ミーちゃん!」


 迎えに来てくれた! 良かったぁ。こんな朝早くから、ブロイエさんにしろバルトさんにしろ、連絡するの、気が引けてたんだ。


「ちょっと待っててね。先生の髪結ってから帰るから!」


「にゃぇ~。にゃにゃう! にゃーにゃーにゃ~!」


「待っててってば。すぐ終わるから」


「にゃ~にゃ~にゃ~!」


「本当にすぐ終わるからぁ」


 にゃーにゃー鳴き続けるミーちゃんをなだめつつ、先生と席を入れ替わる。


「先生、いつもので良い?」


「ええ。お願いします」


 ミーちゃんを待たせてるから手早く、と。大慌てで先生の髪を結う。そして、少し離れてその出来栄えを確認した。そんな私の元へ、ミーちゃんがタッと駆け寄り、長く鳴く。


「じゃあね、先生。またね」


「ええ。また」


 先生と二人、笑みを交わして別れの挨拶をする。と、ぐらりと視界が揺らいだ。降り立ったのは病室ではなく、東の塔の私のお部屋。朝の支度がスムーズに出来るよう、ミーちゃんってば気を利かせてくれたらしい。


「ありがと、ミーちゃん」


「んにゃ」


 ミーちゃんが「いえいえ」とでも言うように鳴く。そんなミーちゃんの頭を一撫でし、私は朝の支度に取り掛かった。


 そうして、朝の仕事が一段落すると、私は病室で癒しの聖女の伝記を読み始めた。バルトさんはお休み中。ミーちゃんも一緒になって寝ている。シンと静かな病室に、私が本のページを捲る音だけが響く。


 巫女頭になった癒しの聖女がまず始めた事は、治癒院の創設だった。治癒院は、病気や怪我で苦しむ人を受け入れ、治療する為の施設。たぶん、この病室をもっと大規模にした感じのものだと思う。それを創設するのが自分の使命だと、彼女は精力的に活動する。けれど、その創設は遅々として進まなかった。理由は中央神殿の上層部にあった。


 中央神殿には、四人の最高位神官が存在する。それぞれが総務、財務、法務、外務の最高責任者。巫女頭はあくまでも中央神殿の象徴的存在であって、実際に中央神殿を運営しているのはこの四人の最高位神官だった。


 その最高位神官達は、象徴的存在である巫女頭からの提案を快く思わなかった。治癒院創設の妨害こそしないものの、協力をするつもりも無かった。そんな最高位神官達を一人一人説得し、やっとの思いで治癒院は完成する。そして、それが本格始動し始めた頃、魔人族との戦が勃発した。


 この戦は、十年程続いたらしい。最初は小競り合い程度だったようだ。土地を追われたエルフ族が人族に報復に出たのが戦の始まり。それがだんだんと他の部族も参戦するようになり、最後には魔大陸との大陸間戦争にまで発展した。


 この時、癒しの聖女は二十代。若く、活力に溢れる彼女は、戦で傷付いた兵を治療して回った。そうして再び戦場に送り出す。それを繰り返し、彼女はその虚しさに気付いた。治療して救った命も、戦場に出れば散ってしまう。何と無意味で、何と愚かしいのか、と。


 それでも毎日、傷付いた兵は彼女の元に送られてくる。彼女は治癒術師として、そんな兵を見捨てられない。たとえ散る命だと分かっていても、救わない訳にはいかない。だから、彼女は考えるのを止めた。考えても無意味だと思ったから。何も変わらないと思ったから。


 ここまで一気に読み、私はう~んと伸びをした。そろそろお昼近いのかな? 小腹が空いた。そう思って、先生にもらった時を知らせる魔道具を取り出す。時間を確認すると、私の感覚通り、お昼近くになっていた。


「いやに正確な腹の虫だな……」


 バルトさんがポツリと呟いたのが私の耳に届いた。いつの間にか起きていたらしい。キッと、そんなバルトさんを睨む。すると、バルトさんが小さく鼻で笑った。


「そういう事言うと、ごはん、取って来てあげないんだから!」


「ああ、いい。今日は食堂まで歩いてみる」


「え……」


 状態が安定してからというもの、バルトさんは自分の事は自分でしようとしている。最初は手助けが必要だったけど、ここ最近は、短い距離なら手助け無しで歩けるようになった。けど、まだまだ体力は戻っていない。病室の周りを少し歩いただけでぐったりするような状態なんだけど……。


「大丈夫なの……?」


「いや、それは俺の台詞なんだが?」


 バルトさん的には挑戦してみたいけど、私の意見も欲しい、と。う~む……。


「あにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃいにゃーにゃ!」


「私がいれば大丈夫、だそうだ」


 ミーちゃんが叫んだ言葉を、バルトさんが訳してくれる。ミーちゃんがいればって……? あ。そっか。とりあえず挑戦してみて、駄目そうだったらミーちゃんに病室まで転移してもらえば良いのか。それなら、まあ、許可しても……。


「ん。分かった。じゃあ、一緒に行こう」


「ああ」


「でも! 無理は禁物なんだからね! 辛くなったらすぐに言ってよ?」


「分かっている」


「絶対だからね? 約束だからね?」


「うちの治癒術師見習いは、少々過保護すぎやしないか……?」


 ベッドから半身を起こしたバルトさんが、ミーちゃんを持ち上げて言う。ミーちゃんは何も言わない。誤魔化すように、前足で顔を擦っていた。


「んもぉ! またそういう事言う! ほら! 行くよ!」


「ああ」


 よっこらしょと、バルトさんがベットから立ち上がる。そうして、元気な頃とは違い、ゆっくりとした足取りで食堂へと向かった。


 バルトさんの足取りは、思ったよりもしっかりしていた。ふらつきは無い。けど、やっぱり、体力は相当落ちていた。階段がかなりきついらしい。やっとの思いで階段を上りきった時には、バルトさんの息は上がっていた。壁にもたれながら座り込んだバルトさんが髪を掻き上げる。


「はは……。だらしないな……」


 そう言って笑ったバルトさんだけど、その目は凄く悲しそうで……。私はフルフルと首を横に振った。


「そんな事無い!」


「慰めはいらん。それより、元通りに動けるようになるには、どれくらいかかりそうだ?」


「それは……」


 未だに病人食しか食べられていないバルトさんの身体は、私が最初に予想したよりもずっと回復が遅い。ただ、バルトさんの性格を考えると、それは伝えない方が良いと判断して言っていない。バルトさんがそれを知ったら、無理して普通のごはんを食べようとするだろうから。その結果、体調を崩したら元も子もないから。


「……来年の調査は無理なんだろう?」


「う……」


「自分の身体の事だ。自分が一番よく分かっている。伊達に長く生きていないさ」


 そう言って、バルトさんは気を取り直したように立ち上がった。そうしてゆっくりと歩き始める。私は慌ててその背を追った。


 食堂に着くまでの間、数回の休憩を挟んだ。けど、バルトさんは絶対に弱音を吐かなかった。何度か戻ろうって声を掛けてみたけど、静かに首を横に振るだけ。あんまり無理して欲しくないんだけどなぁ。そう思いつつ、食堂に入って行くバルトさんの背を見つめる。


「バルトさん!」


 バルトさんの姿に気が付いた人が一人、また一人と駆け寄って来る。主に厩舎で働く人と、第一連隊の人っぽい。


「俺、来年の調査、参加する事になりました!」


「俺もっす!」


「俺、選考に漏れました……」


「俺も……。バルトさんの敵討ちしたかったのに……」


「俺、絶対に敵討ってきますから!」


「ちょっと待て。そもそも、俺は死んでないのだが?」


「い、嫌だなぁ。言葉の綾ってやつですよぉ」


 こうして見ると、何だかんだ、バルトさんって慕われてるよなぁ。主に、年下っぽい人達から。囲んでいるの、みんなバルトさんより少し若い感じ。


「お。アイリスちゃんじゃん! 今日はちょっと遅めのお昼?」


「あ。ウルペスさん。ウルペスさんはいつもこの時間なの?」


 食堂の入り口で立ち止まっていたら、入って来たウルペスさんに話し掛けられた。にっこり笑って頷いたウルペスさんだけど、少し離れた所の人だかりを見て眉を顰める。


「囲まれてるの、もしかして、バルトさん?」


「ん。そう。食堂に行くって言って、歩いて来たの」


「そっかそっか。昨日、隊長から来年の調査班編成が発表されたの、アードラーさんあたりから聞いたのかな?」


「そうなの?」


 もう調査班編成が発表されてたのか。それは知らなかった。


「そうなの。第一連隊の選抜隊なんだよ」


「へ~。ウルペスさんは? 入ってるの?」


「もちろん」


「そっか。怪我しないでね?」


「分かってるって」


 そう言って、ウルペスさんがグリグリと私の頭を撫で回した。本当に分かってるのかな? 疑り深い目でウルペスさんを見る。と、ウルペスさんが苦笑した。


「あんな思いするの、もうこりごりだからね。無理はしません」


「なら良いけど……」


「立ち話もなんだし、バルトさん回収して食事しない?」


「ん。そうしよっか」


 あんまりバルトさんを立ちっぱなしにさせるのも可哀想だしね。私とウルペスさんはバルトさんに声を掛け、バルトさんに席取りをお願いしてごはんを取りに向かった。


 私達がごはんを取り終わり、バルトさんが待つテーブルに向かうと、イェガーさんがバルトさんとミーちゃんのごはんを持って来てくれた。


「体調はどうだい?」


 イェガーさんがバルトさんに声を掛ける。すると、バルトさんが苦笑した。


「良さそうに見えるか?」


「いんや。また痩せたな」


 またというは、たぶんあれだろう。御前試合の時の。アオイに氷漬けにされて、肺炎で入院した時の事だと思う。


「ここ数年、体重の増減が激しくて嫌になる」


「ははは。確かにな。どうだ? 久しぶりの食堂は」


「相も変わらず煩いな」


「だが、それが好きなんだろ?」


「嫌いじゃないだけだ」


「お前さんも、相変わらず素直じゃないねぇ」


 がははと笑ったイェガーさんが、バシバシとバルトさんの背中を叩く。イェガーさん、あんまり乱暴にしないで。バルトさんの怪我、まだ治りきってないんだから。ハラハラとしながら二人を見守る。


「じゃあな。ゆっくりしていけよ」


「ああ。わざわざ持って来させてすまなかったな」


 イェガーさんは振り返らず、ヒラヒラと手を振ってキッチンに戻って行った。そんなイェガーさんの背を見送った後、私達はごはんを食べ始めた。


「バルトさんってさ、意外と人気あるよね」


 そう言ったのは私。そんな私を、バルトさんが「はぁ?」って顔で見た。


「人気? 俺がか?」


「そう。アードラーさんとバイルさんなんて、心配してお見舞いに来て、お世話手伝いたいって言ってくれてさぁ。さっきの人達だって、バルトさんの事、心配してくれてたんだし」


「同僚としては当たり前だろう?」


 バルトさんが意見を求めるようにウルペスさんを見る。と、ウルペスさんが苦笑した。


「人気って言うと、ちょ~っとばかし語弊があるかなぁ」


「え~。じゃあ、バルトさん、人気無いの?」


「そういう訳じゃ無いんだけど……。何て言うのかなぁ……? 手本と言うか、目標と言うか……。そういう風に考えてるヤツはいるかな?」


 手本……? 人気とどう違うのかな? よく分からない……。難しい顔で考え込んだ私を見て、ウルペスさんが自身の頬をポリポリと掻く。


「ええっと……。人気って言うと、仲良くなりたいとか思うじゃん? そういう感覚じゃないんだよ」


「仲良くなりたくないの?」


「いや、出来れば仲良くなりたいとは思うだろうけど、相手がバルトさんだよ? 玉砕するの、目に見えてるじゃん」


「そっか」


「そうそう」


「そこで納得するのか」


 不服そうに、バルトさんが私とウルペスさんをじろりと睨む。


「じゃあ、逆に聞きますけど、バルトさん、自分から誰かと打ち解けようとした事あります? 嫌味とか一切言わずに、誰かと話した事あります? 無いでしょ?」


「……無いな」


「ほら。俺の言う事、間違ってないじゃん」


 ドヤ顔でウルペスさんが胸を張る。バルトさんは面白くなさ気に舌打ちを一つした。


「んで、話を戻すと、バルトさんって、先の大戦の時から役職付きだったんだよ。竜王様とラインヴァイス様とリーラ姫を除外すると、史上最年少で役職付きになったの、この人」


「その記録もお前に破られたがな」


 そう言って、バルトさんが苦笑しながらウルペスさんを見る。と、ウルペスさんが照れたように後ろ頭を掻いた。


「へへへ。すいませんねぇ」


「やる気が無いくせに実力だけはあるのだからな……。性質が悪い……」


「いやぁ。それ程でもぉ」


「もう少し自覚を持った行動をしてくれれば、言う事無しなのだがな……」


「あんまり褒めないで下さいよぉ。照れるじゃないですかぁ」


 んん? ウルペスさんってば、前よりもバルトさんと打ち解けてるような……。ん~。一緒に旅して、二人の関係に少し変化があったのかもしれないな。良い方向に、ね。


「んでね、この人、嫌になるくらい真面目でしょ? 職務だったら何でもするっていう信頼感? そんなのあるじゃん?」


「ん。なんとなく分かった。バルトさんって、みんなの中で先生と立ち位置似てるでしょ?」


「だね。性格も言い方もキツイから、ラインヴァイス様と違ってやっかんでるヤツもいるけどね」


 ウルペスさんが「良く出来ました」とばかりに、にっこり笑って頷いた。当のバルトさんは「へ~。そうだったんだ。それは知らなかった」という顔をしていた。


 自分の事でしょうに! んもぉ! 本当に、周りに興味がないんだから。バルトさんってば!

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