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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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癒しの聖女 2

 毎日少しずつ癒しの聖女の伝記を読み、やっと二章の巫女時代を読み終わった。白騎士との淡い初恋と、巫女としての成長が描かれたこの章。巫女時代の癒しの聖女と私の歳が近いせいもあるだろうけど、たぶん、今まで読んだ物語の中で、主人公に一番感情移入出来たと思う。


 だから、章の最後、癒しの聖女が巫女頭に選出される時、白騎士との未来じゃなく決別を選んだ彼女の葛藤を思うと、自然と涙が溢れてきた。


「うぅ……。ぐすっ……」


「物語ごときで泣くな。鬱陶しい」


 二章を読み終え、号泣する私を見て、心底迷惑そうにバルトさんが言う。そりゃ、夜中に本読んで泣いてたら、おちおち寝てられないだろうさ。それは分かってる。分かってるけど……!


「だってぇ……!」


 好きな人と別れるなんて、そんなの考えただけで辛すぎる。特に、白騎士が先生と似たタイプだからか、余計に癒しの聖女に感情移入しちゃって、もう、涙が止まらないぃぃぃ!


「ミー。この泣き虫を保護者の所に送ってくれ……。寝られん」


「あにゃ?」


「団長だ。出来るだろう?」


「にゃぇ~!」


 ミーちゃんがすっごく嫌そうな声を出す。そんなミーちゃんのご機嫌を取るように、バルトさんがミーちゃんの喉元をくすぐった。


「にゃにゃにゃにゃにゃんにゃにゃにゃうにゃにゃにゃい!」


「便利な道具などと思った事は一度も無い。ただ――」


 バルトさんがミーちゃんに何を囁いたのか、私には聞こえなかった。ただ、ミーちゃんの機嫌が少し良くなるような事を言ったのは間違いない。その証拠に、ミーちゃんはバルトさんの枕元からよっこらしょと立ち上がると、トテトテと私の元へと歩いて来た。そして、長く鳴く。と、私達の足元に転移魔法陣が浮かび上がった。止める間もなく、ぐらりと視界が揺らぐ。


「え……? アイリス?」


 降り立ったのは、寄宿舎にある先生のお仕事部屋。お仕事机で何やら仕事をしていたらしき先生が、突然姿を現した私を見て目を丸くした。


「にゃんにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!」


 ミーちゃんは先生のお仕事机に飛び乗り、何かを叫ぶと、フッと姿を消した。たぶん、転移でバルトさんの所に戻ったんだと思う。それは良い。それは良いけど、どうしよう……。私、置いてけぼり。しかも、こんな時間に……。


「ええと……。色々聞きたい事はあるのですが……。取敢えず、お茶します?」


 困惑気味の先生が口を開く。私は小さく頷くしか出来なかった。


 先生の淹れてくれたお茶をソファで飲み、ホッと一息吐く。先生が淹れてくれるお茶は、何だか心が落ち着くなぁ。


「それで――」


 お茶を一口飲んだ先生が口を開く。その顔はどこか厳しげだ。ま、怒られる理由に心当たりはあるから、仕方ないと言えば仕方ない。


「こんな時間まで起きて、何をしていたのです?」


「本、読んでた」


「本?」


「兄様にもらった、癒しの聖女の伝記」


「貴女という人は……」


 先生はおでこに手を当て、深々と溜め息を吐きながら項垂れた。呆れられたらしい。でもでも! 先生だって夜更かししてるもん! お互い様だもん!


「それで? アオイ様の白い獣が貴女をここに連れて来た理由は? 何かあったのでしょう?」


「それは……」


「それは?」


「本読んでたら悲しくなってね、泣いてたら、バルトさんにうるさいって追い出されちゃった☆」


 テヘッと笑ってみる。先生はそんな私を見て、それはそれは深い溜め息を吐いた。


「本当に、貴女という人は……。泣いていたから何事かと思ったら……」


「心配させてごめんね?」


「まあ、大事が起こるよりかは幾分マシだと思っておきます」


「ん。そうして」


 先生がじとっとした目でこちらを見る。これをやったのがウルペスさんやブロイエさんあたりだったら、先生の特大雷が落ちてたんだと思う。けど、これくらいの事で怒られないのは婚約者特権だな。うん。


「それはそうとして、今夜はここに泊まっていきなさい」


「へ?」


 思わず先生を見る。と、先生が肩を竦めた。


「まさか、こんな時間にそんな格好で帰ろうと思っていたのですか?」


 言われて気付く。いつでも寝られるようにと、本を読み始める前に入浴を済ませた私は寝巻姿。流石に、こんな格好で外に出たら恥ずかしい。


「明日の朝、叔父上かアオイ様の白い獣に迎えに来てもらいなさい」


「は~い」


「隣の部屋のベッドは使って良いですから」


「ん。ありがと」


 頷き、ふと思う。私が使っても良いと言われたのは、言わずもがな、先生のベッドな訳で。私が先生のベッドを占領しちゃうと、先生の寝る場所が無いような……。


「先生は?」


「貴女が気にする必要はありません」


「気にするよ。先生、どこで寝るつもり?」


「……ソファで」


「駄目だよ! 先生をソファで寝かせるくらいなら、私がソファで寝るから。先生はベッドで寝てよ」


「それこそ無理な話でしょう。貴女をソファで寝かせるなど」


「でも! 先生のベッドなんだから。先生が使って」


「いえ。貴女をソファで寝かせるくらいなら、僕は床で寝ます」


「えぇ! 床って!」


 んもぉ! 先生の頑固者! こうなったら!


「もういい! 一緒に寝るよ、先生!」


 叫び、ソファから立ち上がる。そんな私を、先生が呆気に取られたように見上げた。


「……は?」


「二人でベッド使うの! それで解決でしょ! ほら、寝るよ!」


「え、いや、あの……流石に、それは……」


「何!」


「いくら婚約しているとは言っても、まずいかと……」


「何で! もしかして、嫌なの?」


「嫌ではないですけど……」


「なら早く寝るよ! はーやーくー!」


 ドスドスと地団太を踏むと、先生が渋々といった様子で立ち上がった。そうして二人でベッドに入る。先生のベッドはとっても大きいから、二人で入っても余裕だ。ゴロゴロ転がっても、先生にぶつかる心配は無いな。うん。


「アイリス」


 呼ばれて先生の方を見る。と、唇に優しい感触が触れた。不意打ちはズルイ! 私の顔に熱が集まる。


「せ、先生!」


「つい。あまりにも無防備だったので」


「んもぉ!」


 ぷ~っと頬を膨らませると、先生がクスクスと笑った。そして、私の頭に手を伸ばし、自身の胸元に引き寄せる。


「そこまで無防備なのは、僕を信用してくれているからですか?」


「ん」


「異性として見ていないからではなく?」


「違うよ。先生の事、大好きだもん」


「なら良いのですが……。他の男に、そんな無防備な姿、見せないで下さいよ?」


「ん。分かった!」


「本当に分かってます?」


 やれやれって感じで先生が溜め息を吐く。私はう~んと頭を捻った。


「ブロイエさんと兄様には無防備でも良いでしょ?」


「駄目です」


「駄目なの? じゃあ、ウルペスさんとバルトさんは?」


「駄目」


「じゃあじゃあ、ノイモーントさんとフォーゲルシメーレさんとヴォルフさんは?」


「駄目」


「竜王様は?」


「……駄目」


「先生、今、一瞬迷ったでしょ?」


「迷いましたけど、やっぱり駄目です」


「分かった。先生だけの特別なんだね」


 そう言ってふふふと笑う。すると、先生の腕に力が篭った。ちょっと窮屈。でも、嫌じゃない。だから、私も先生の服をギュッと握る。そうして目を閉じた。


 大好きな人と一緒にいて、その温もりを感じられる幸せ。それを噛みしめる。癒しの聖女は、それすらも叶わなかった。私だって、一歩間違えたら……。


「ねえ、先生? まだ起きてる?」


「……ええ」


「あのね、変な事、聞いても良い?」


「何です?」


「私を兄様の所に置いて行こうとした時、先生、どんな気持ちだった?」


「……あの時は、辛い思いをさせてすみませんでした」


 申し訳なさそうに先生が言う。私はガバッと起き上った。


「ち、違うの。責めてるんじゃないの。謝って欲しいとか、全然、そんな事思ってないの。ただね、先生も私と同じ気持ちだったのか、それが知りたかったの」


「同じ気持ち……」


 先生が私を見上げる。私は小さく頷いた。


「ん。私ね、先生にもう会えなくなるんじゃないかって思ってね、とっても悲しかったの。きっとね、死ぬほど辛いって、ああいう時の気持ちなんだと思うの。先生も同じくらい辛かったのかなって……」


「そうですね……。身を切る思いでした……」


「それでも、先生が私を兄様の所に置いて行こうとしたのは、私と先生の為だったんだよね? 先生は、その方が私の幸せに繋がるって思ったし、先生は先生で心の均衡を保てるって思ったんでしょ?」


「そう、ですね……」


「大人って色々考えて大変だよねぇ。私はまだ子どもだから、一緒にいたいって思ったら、何が何でも一緒にいようって思うけど、それが相手の幸せになるとは限らないんだよねぇ……」


 再び先生の隣にごろりと寝転がる。と、そんな私の頭を先生が優しく撫でてくれた。


「ただ、色々考えて行動しても、必ずしもそれが正解とは限らないのですよ。現に、僕はあの時貴女と別れずにいたから、今、こうして幸せな訳ですし」


「……先生、幸せ? 私と一緒にいて幸せ?」


 先生の顔を見上げる。と、先生がにこりと笑って頷いた。


「ええ。世界で一番幸せです」


「そっかぁ」


「アイリスは?」


「私も。世界で一番幸せ! あ。でも、私まで世界で一番だと、一番が二人になっちゃうなぁ……」


「それは、同率一位で良いと思いますけど?」


「そっか。そうだね。じゃあ、二人とも一番ね」


「ええ」


 二人でクスクス笑い合う。こうして、初めてのお泊まりの夜は更けていった。

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