従者 3
その日の夕方、バルトさんと一緒に病室で夕ごはんを食べていると、扉がノックされた。こんなタイミングで誰か来るなんて珍しい。誰だ? 思わず、バルトさんと顔を見合わせる。
「お見舞いの人かな?」
「さあ?」
バルトさんは興味無さげに首を傾げると、止まっていた食事を再開した。バルトさんのごはんは、今日も消化の良さそうな物だ。ドロドロになるまで煮込んだお野菜と押し麦なんかが入ったスープ。こういうの、流動食って言うらしい。
普通のごはんを食べられる程、バルトさんの身体はまだ回復していない。傷の深さ的に、内臓までズタズタになっていたらしい。それを、私の治癒術で何とか形だけは修復出来たみたいだけど、機能を回復させるまでには至らなかった。それでも、死ななかっただけ御の字なんだって、フォーゲルシメーレさんがかなり真剣な顔で言っていた。だから、その通りなんだと思う。
その話を聞いて、上級や最高位の治癒系の術なら、内臓の機能まで回復させられたのかなって考えちゃった。でも、結果として、私はそれらの術を使えなかった。だから、考えるのを止めた。そんな事を考える時間があったら、バルトさんの治療の事を考えるべきだと思ったから。
「お見舞いの人だったらどうする? 中に入ってもらう?」
「ああ。まあ、見舞いに誰かが来るような心当たりも無いがな」
んもぉ。またそういう事言って。ちゃんとバルトさんを慕ってる人だっているんだから。アードラーさんとかバイルさんとか。二人はバルトさんの看病を手伝ってくれてるから、お見舞いとはちょっと違うかもしれないけど、毎日時間を作って来てくれている事に変わりないのに! その辺の事はちゃんと分かってるはずなのにこの憎まれ口。本当に、バルトさんってば素直じゃない!
そんな事を考えながら扉を開く。と、その先に意外な人達が立っていた。思わず目を丸くした私を見て、兄様がしてやったりとでも言いたげに、ニヤリと笑う。
「バルトが大怪我をしたと聞いたのでな。見舞いだ」
そう言って、兄様が果物の入った籠を掲げる。と、兄様の後ろに立つアベルちゃんが申し訳なさそうに眉を落とした。
「僕、迷惑だし、気を遣わせちゃうから止めようって言ったんだよ。でも、スマラクト様、全然聞いてくれなくて……」
「大丈夫だよ。お話出来るくらいには元気になってるし。今、ごはん中だけど、それでも良ければどうぞ?」
私がそう言うと、アベルちゃんがホッと息を吐いた。
「食事中だったのか。それは悪い事をしたな」
と言いつつ、兄様が躊躇なく病室に入る。悪い事をしたと言う割に、全然気にしてない感じ。我が道をとことん行く。これぞ兄様だ。そんな兄様の後を、慌ててアベルちゃんが追い掛ける。
「バルト、具合はどうだ? 見舞いに来たぞ」
兄様の姿を見て、バルトさんは虚を突かれたらしい。でも、すぐに真面目な顔になり、アベルちゃんが運んでくれた椅子に腰を下ろした兄様に頭を下げた。
「お久しぶりです、スマラクト様。この様な場所にわざわざ足を運ばせてしまいました事、大変申し訳ありません」
「僕は来たくて来たのだ。気にするな」
「寛大なお言葉、ありがとうございます」
「うむ。食事はそれだけか? もっと精の付く物を食べた方が良くないか? 何なら、今から肉でも持って――」
「いえ。まだ、病人食しか身体が受け付けないもので……」
「む。そうであったか。……少し、痩せたか?」
「ええ。多少。身体がなかなか普通の食事を受け付けないので……」
「見舞いを果物にしたのは正解だったな。それならば、すりおろすなり煮るなりすれば食べられるだろう?」
「ええ。お心遣い、感謝致します」
再びバルトさんが頭を下げた。と、兄様が苦笑する。
「よいよい。それより、食事が途中だったのだろう? 僕は気を遣うのも遣われるのも性に合わん。気にせず食べてくれ」
「はっ」
短く返事をしたバルトさんが食事を再開した。それを見て、兄様が満足そうに頷く。そして、思い出したようにこちらを向いた。
「アイリスも食事の途中だったのだろう? 僕の事は気にせずとも良いぞ」
「ん」
じゃあ、お言葉に甘えて。兄様の言葉に頷くと、私も途中になっていた夕ごはんを再開した。
今日の私の夕ごはんはのメインは、お肉のフライ――「かつれつ」だ。アオイの世界ではよく食べるフライらしく、レシピはアオイ提供。それを元に、イェガーさんが試しに作ってみた試作品が今日の私の夕ごはんになった。
お肉は二種類。スイギュウとラッセルボック。どちらも程よく火が通り、綺麗なロゼ色の切り口を見せている。煮たり焼いたりしたお肉とはまた違った食感と旨みがあって、私、このフライ気に入った。
「のう、アイリス?」
「ん?」
「そのフライ、肉か?」
「そうだよ。アオイがね、お肉のフライが食べたいって言い出して、イェガーさんが試しに作ってみたんだよ」
「美味いか?」
「ん。焼いたお肉より柔らかいし、煮込んだお肉よりもお肉の味がしっかりあって美味しいよ」
「そうか」
相槌を打った兄様の視線は、私のお皿に釘付けだった。もしかして……?
「兄様、一つ食べてみる?」
「何! 良いのか!」
「ん。ごはんはみんなで食べた方が美味しいもん。アベルちゃんもいる?」
「良いの? アイリスちゃんのごはん、少なくなっちゃうよ?」
「良いの良いの。足りなかったら、食堂で何か貰って来れば良いだけだから」
「そして横に大きくなるのか……」
ポツリと呟いたバルトさんを横目でギロリと睨む。と、バルトさんが小さく笑った。そうやってすぐからかうんだから。嫌い!
「このフライ、二種類あるようだが、何の肉だ?」
見ると、兄様が興味津々、まじまじと私のお皿のフライを見つめていた。涎とか垂らさないでね? 思わずそう心配になるくらい、兄様は目を爛々と輝かせ、お皿に顔を近づけていた。
「ラッセルボックとスイギュウ。どっちが良い?」
「スイギュウとは、あの農耕に使うスイギュウか? そんなの食えるのか?」
「アオイはよく食べてるよ」
「ほう……。では、僕はスイギュウを頂くとしよう」
「僕、ラッセルボックが良い!」
アベルちゃんも兄様に負けず劣らず興味津々。そんな二人の様子に、思わず苦笑してしまう。
「フォーク一本しかないから順番ね。はい、兄様」
「いや。僕は後で良い。アベルから食わせてやれ」
兄様のこの言葉は意外だった。思わず兄様を凝視してしまう。と、兄様とアベルちゃんが揃って目を瞬かせた。
「何だ?」
「どうしたの、アイリスちゃん?」
「え。いや……。兄様だったら、我先に食べるかなって思ってたから……」
思わず本音をぽろり。すると、兄様が心外だとでも言うように顔を顰めた。
「僕だって、レディーファーストくらい出来るぞ。僕は男で、アベルよりも年上なのだから、先を譲って当然だろう?」
「う、うん。そっか……」
「スマラクト様、紳士だもんねぇ」
アベルちゃんが満面の笑みで言う。と、兄様がえっへんと胸を張った。
「そうだぞ。僕は立派な紳士だ!」
「よっ! 紳士! 最高! 格好良い!」
アベルちゃんに褒められた兄様、鼻高々である。でも、これ……。ちらりとアベルちゃんを見る。と、アベルちゃんが小さく笑った。うん。私の予想通りだったみたい。アベルちゃんってば、兄様がおだてに弱いの分かってて言ってるな。アベルちゃんの掌の上で、兄様がコロコロと転がされている。
「アベルちゃん、だいぶ慣れたみたいだね。今の生活、楽しい?」
「うん! スマラクト様もお屋敷のみんなもとっても優しいし、毎日楽しいよ! それにね、僕、父さんが出来たの! 初めてなの! 父さんって呼べる人!」
「父さん?」
「カインだよ。あやつ、いつの間にかアベルに父さんなどと呼ばせていた」
兄様が苦々しげに口を開く。すると、アベルちゃんがぷくっと頬を膨らませた。
「違うよ! 僕が父さんって呼んで良いか聞いたんだよ。何度も話したじゃん!」
「あ~。はいはい。そうだったな」
「んもぉ。そうやってすぐ拗ねる」
「す、拗ねてなどおらぬ」
「大丈夫だよ、スマラクト様。父さんも僕も、一番はスマラクト様だから」
「だから、拗ねてなどおらぬと言っているだろう!」
「二人とも、ここ、病室だからね」
だんだん声が大きくなってきた二人にやんわりと注意しながら、ふと思う。アベルちゃんがカインさんを初めて父さんって呼んだ時、恥ずかしくなかったのかな? 私、何だか気恥ずかしくて、ローザさんとブロイエさんをお母様、お父様って呼べないけど、私が変なのかな? 普通はもっと抵抗なく呼べるものなのかな……?




