従者 2
アベルちゃんの紹介の後、みんなで軽いお昼ご飯を取り終わると、私は先生と一緒に部屋を出た。フォーゲルシメーレさんにあんまり長い時間、病室を任せきりにする訳にはいかないから。先生と手を繋ぎ、お城の廊下を歩く。
本当は、東の塔に出て、私の研究室から病室に戻るのが一番早いんだけど、今日は遠回り。先生にちょっとだけ遠回りしましょうって言われたら、嫌とは言えない。
ごめんね、フォーゲルシメーレさん、バルトさん。決して二人を軽く見ている訳ではないんだよ。ただね、どうしても、ど~しても、ほんの少しの間でも、私も先生と二人っきりになりたかったの。だから許して。この埋め合わせはいつかしますから。心の中で手を合わせる。
「話し合い、スムーズにいって良かったですね」
先生がこちらを振り返り、にこりと笑う。私もそんな先生に笑みを返した。
「ん! もう少しごたごたするかなって思ってたけど、比較的平和だったよね」
「ええ。竜王様もローザ様も、初めから反対するつもりは無かったようですからね」
「ただ、ローザさん、アベルちゃんにちょっと冷たかったよねぇ……」
思わず溜め息を漏らした私を見て、先生がくすりと笑う。
「仕方ないですよ。息子に初めて女友達が出来たら、母親としては面白くないのでしょうから」
「ん? アベルちゃんがエルフ族だから冷たいんじゃなかったの?」
目を瞬かせ、先生を見上げる。と、先生が苦笑しながら首を横に振った。
「違うと思いますよ。現に、ローザ様もおっしゃっていたじゃないですか。エルフ族が嫌いなのではなくて、エルフ族の男性が嫌いなのだ、と。今日のあれは、どちらかと言うと、嫉妬に近い感情ではないかと……。可愛い息子を、アベルに取られたような気がしてしまったのではないかと思います」
「それって……」
「俗に嫁姑戦争とか言う、あれに近いのではないかと」
そう言って、先生は苦笑した。あれは嫉妬だったのかぁ……。でも、アベルちゃんは兄様のお嫁さんになった訳じゃないのに……。
「あの二人、仲良く出来ないのかな……」
そんなの嫌だな。私は、アベルちゃんに冷たくするローザさんも、それで傷付くアベルちゃんも見たくない。
「こればかりは……。叔父上とスマラクト様に上手く立ち回ってもらうしかないと思いますよ。下手に第三者が介入すると、余計に拗れますし……」
「そっか……。私も口出ししない方が良い?」
「でしょうね。二人の仲を取り持ちたいのなら、アイリスは逆に、どちらにも肩入れしない方が良いと、僕は思いますけど……」
先生がそう言うのならそうなんだろうな。考えてみると、アベルちゃんに肩入れしたら、ローザさんは面白くなくて、より一層アベルちゃんに冷たくするだろうし。ローザさんに肩入れしたら、アベルちゃんは居た堪れないし。うむむ……。考えれば考えるほど、私の立場って結構難しいんじゃないかと思えてきたぞ。
「こういう時の立ち回りって、とっても難しいねぇ……」
「だからこそ、嫁姑戦争なる言葉が生まれたのでしょうね。本当に戦とよく似ていますよ。和平には、舅と夫が調停役を務めなければならず、下手に第三者が介入すると余計に拗れて……。調停役が上手く立ち回っても、終戦協定ではなくて休戦協定が関の山というところは、実際の戦よりも厄介かもしれません。その点、うちは楽ですね。そんな戦が起きる心配はありませんから」
先生の言葉に、私は小さく頷いた。頬が熱い。たぶん、私の顔、真っ赤だ。結婚を意識した話って、何だか無性に照れる。
「そ、そう言えば、先生のお母さんってどんな人だったの?」
恥ずかしいから話題転換! 急に変わった話の内容に、先生はちょっと驚いたみたい。けど、すぐに優しく微笑む。私が照れてるの、たぶん分かってるな……。
「そうですねぇ……。とても優しく、物静かな人でしたよ」
「先生はお母さん似? お父さん似?」
「父の要素が殆ど見当たらないくらいの母似です」
何それ。凄く気になる。女の人の格好をした先生、お母さんと瓜二つなのかな? 先生と竜王様、似てないなって思ってたけど、先生がお母さん似って事は、竜王様はお父さん似か?
「気になるのでしたら、肖像、見て行きます?」
「え! 良いの?」
思わず叫び、ふと我に返る。今日は、フォーゲルシメーレさんに病室を任せてるんだった。見てみたいけど、また今度、かな……。
「ごめん、先生。私、病室帰らないと……」
本当は、先生のお母さんとお父さんにとっても興味がある。肖像、見てみたい。けど、我慢我慢。ただでさえ、病室までの道を遠回りしてるんだから。
「そう、ですよね……。今はバルトが入院中だというのに……。軽率でした。すみません……」
「ん~ん。今度、絶対に見せてね! 約束ね!」
「ええ」
先生がにっこり笑って頷く。その顔は、どこか嬉しそうで。私もそれにつられるように笑みを零した。




