従者 1
バルトさんが目覚めてから一月程が経った頃、兄様とアベルちゃんがお城にやって来る日となった。朝からソワソワしている私を見て、ベッドに横たわるバルトさんが苦笑する。
「スマラクト様とアベルに会いたいのなら、行って来ると良い」
「でもぉ……」
今はバルトさんが入院してるんだから、そういう訳にはいかない。目を離した隙に何かあったら嫌だもん。そりゃ、容態は安定してるし、ミーちゃんがいるんだから何かあっても呼びに来てくれるし、大丈夫だとは思う。けど、病室を離れるのは必要最低限にしておきたい。
「団長も来るらしいぞ。久しく会っていないのだろう?」
「う……」
先生とは、ここ最近、顔を合わせていない。最後に会ったのは、バルトさんが病室に入院した時だ。会えるなら会いたい。けど、やっぱり、病室を離れるなんて出来ない! ブンブンと頭を振る。
「やっぱり駄目! 私、この病室を任されてるんだもん! 入院してる人がいるんだから、ここを離れるなんて出来ない!」
「すまないな。俺も出来れば早く退院したいんだが、何分、起き上がるのもままならないんでな」
「ん~ん。良いの。ゆっくり怪我治そ?」
「ああ……」
バルトさんが小さく笑いながら頷く。と、ミーちゃんがバルトさんの頬を前足でペシペシと叩いた。そして、「にゃうにゃう」と何か言う。
「ミーちゃん、何て?」
「大した事じゃない」
苦笑しつつ、バルトさんがミーちゃんの顎下をくすぐる。ミーちゃんは気持ち良さそうに目を細めると、バルトさんの首のあたりに身体をくっつけて丸まった。と、バルトさんがそんなミーちゃんの背中に頬を寄せる。そして、目を閉じた。
バルトさんが寝てから少しして、フォーゲルシメーレさんが病室にやって来た。何故か、ブロイエさんと一緒に、転移魔法で。
「アイリス。今日は、ここは良いですから」
何で? そう思ってフォーゲルシメーレさんを見上げる。と、彼は優しげに微笑んだ。
「家族の団欒、参加してきなさい」
「でも……」
ちらりと、ベッドで眠るバルトさんを見る。と、フォーゲルシメーレさんがくすりと笑った。
「そんなに私は信用無いですか?」
そ、そんなつもりは……! ブンブンと首を横に振る。フォーゲルシメーレさんは私の師匠で、とっても頼りにしている。そんな、腕を疑うつもりなんてない。ないったらない!
「スマラクトもアベルも、ついでにラインヴァイスも、アイリスに会いたがってるんだ。まさか、大人数でここに押し掛ける訳にもいかないし、今日はフォーゲルシメーレにここを任せて、ちょっと顔出してよ?」
そう言ったのはブロイエさん。そりゃ、私だってみんなに会いたい。でも……。今度はフォーゲルシメーレさんをちらりと見る。と、彼はにこりと笑いながら頷いた。
「私も子が出来て、団欒の大切さは分かっているつもりですよ」
フォーゲルシメーレさんとリリーの間には、一昨年、ナハト君が誕生した。ノイモーントさんとフランソワーズの子ども、ノルトリヒト君の時ほどじゃないにしても、一時、お城はその話題で持ち切りになっていた。
ナハト君の髪色はリリー似のプラチナブロンドで、赤い瞳はフォーゲルシメーレさん似。もうすぐ二歳になるナハト君は、最近、悪戯坊主らしい。フォーゲルシメーレさんの家では、しょっちゅう物が無くなるんだとか。そういう所は、フォーゲルシメーレさんに似ているらしい。確かに、時々アオイをからかったりと、お茶目なところがあるもんね、フォーゲルシメーレさんって。
「ほら、行ってきなさい」
じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……。フォーゲルシメーレさんにぺこりと頭を下げ、ブロイエさんと共に病室から転移する。降り立った先は、ブロイエさんとローザさん夫婦のお部屋だった。
そこには既に、みんな揃っていた。ローザさん、スマラクト兄様、アベルちゃん、先生、そして、竜王様とアオイ。私は先生に手招きされ、空いていた先生のお隣の席に腰を下ろした。
「んじゃ、役者も揃った事で。改めて紹介するね。この度、うちのスマラクト付きの従者になる事になりました、アベルで~す」
ブロイエさんの紹介に、アベルちゃん慌てて頭を下げた。その顔は緊張で蒼白。そりゃ、これだけの面子、慣れてなかったら緊張するよね。分かるよ、アベルちゃん。
「アベルって、男の子の名前じゃ……。それとも、こっちだと女の子の名前なんですか?」
そう言ったのはアオイ。不思議そうに、私があげた一張羅メイド服に身を包むアベルちゃんと、困ったように笑うブロイエさんを見比べている。
「この子ね、ちょ~っと訳あって、男の子として育てられたんだ。少しばかり腕白な所があるけど、まあ、良い子だから」
そうそう。アベルちゃんは良い子だよ。ちょっとお転婆だけどね。
「ブロイエやラインヴァイスがこれをスマラクトの従者にと推すには、それなりの実力があると思って良いのか」
静かに問い掛けたのは竜王様。睨む、と言うか、値踏みするように、アベルちゃんを見つめている。アベルちゃんはというと、竜王様の雰囲気に圧されたらしく、小さく縮こまっていた。
「年齢に対しての実力は、申し分ないと思います」
そう答えたのは先生だ。お仕事中のような、きりりとした顔で口を開く。
「向上心もありますし、伸びしろも十分に期待出来ます」
「お前がそう言うのならば、間違いないのだろうな。私からは何も言う事は無い。従者の件、承認しよう」
「はっ。ありがとうございます」
「ありがと~、シュヴァルツ」
先生はきりりとした顔のまま頭を下げ、ブロイエさんは満足げに笑ってお礼を言った。
「んじゃ、一応、みんなの紹介をしておくね。今後、顔を合わせる機会もあるだろうし。この怖くてお綺麗な顔のお兄さんがシュヴァルツ。現竜王で、スマラクトの従兄ね。んで、こっちの美人さんがシュヴァルツの奥さんでアオイさん。アオイさんは中央神殿のメーアに異界から召喚された勇者様」
ブロイエさんの紹介に、竜王様が一つ頷き、アオイはぺこっと頭を下げた。アベルちゃんも慌てて頭を下げる。
「んで、ラインヴァイスは会った事あるけど、一応ね。近衛師団長で、シュヴァルツの弟。今は寄宿舎の先生もしてて、アイリスの婚約者」
最後の婚約者の部分、アベルちゃんはとっても驚いたらしい。私と先生を、目を丸くして見比べている。「そんな関係だったの?」と言いたげに。
「で、こっちの絶世の美女が僕の奥さんで、スマラクトの母親、ローザさん」
紹介されたローザさんは、にこりと笑うと頭を下げた。そんなローザさんを、アベルちゃんが強張った顔で見つめていた。
「あの、聞いても……?」
おずおずとアベルちゃんが口を開く。すると、ローザさんが微笑みながら静かに頷いた。
「奥様はエルフ族がお嫌いだと聞いていました。だから、僕をすぐにスマラクト様の従者にする事は出来ないんだと。どうして急に、僕に会ってみたいって……?」
「あら。私、エルフ族が嫌いなのではありませんよ? エルフ族の男性が嫌いなだけで」
違いが分からない。思わずローザさんを凝視してしまう。アベルちゃんも私と同じで違いが分からないらしく、不思議そうに目を瞬かせた。
「あの……?」
「エルフ族の男性って、男尊女卑的な考え方をするでしょう? それが大嫌いなの」
だんそんじょひ……? 何だろう? 後で先生に聞いてみよっと! 心の写本に、だんそんじょひを書き留める。
「男性と女性は対等であって、どちらかが優れていてどちらかが劣っているなんて事はない。そうは思わなくて?」
「でも、女の人は男の人より力が無いですし……」
「それは得意分野の差よ? 貴女もだいぶ、凝り固まった考え方をしているようね」
ローザさんがスッと目を細める。すると、アベルちゃんが怯えるように縮こまった。と、盛大な溜め息を吐く人物が一人。兄様だ。
「母上。あまりアベルをいじめないで頂きたいのだが?」
「あら。いじめるだなんて人聞きの悪い。私は、凝り固まった考え方に固執していると、割を食うのは女性なんだって教えてあげているのよ? 淑女教育よ、淑女教育」
「それにしたって、言い方というものがあるでしょう……」
「ふふふ。そうね。少し意地の悪い言い方だったかもしれないわね。ごめんなさいね、アベルさん」
「い、いえ!」
アベルちゃんが慌てて首を横に振る。すると、ローザさんがにこりと笑った。どこか凄みのある笑顔だ。こ、怖い……。
「あのエルフの里出身だもの、色々と分からない事が多いかと思うけれど、カインの言う事をよく聞いて、スマラクトの従者として恥ずかしくないようになって頂戴ね?」
「は、はい! もちろんです!」
アベルちゃんがこくこくと頷く。そんな二人のやり取りを見ていた兄様が呆れたように溜め息を吐き、やれやれって顔で首を横に振った。ブロイエさんや先生、竜王様、アオイは苦笑い。私も思わず苦笑いしてしまう。
刺々しいな、今日のローザさん。ただ、アベルちゃんが兄様の従者になるのを表立って反対していないという事は、納得はしているんだろう。アベルちゃんが女の子だったから。
ただなぁ……。あんまりアベルちゃんにきつく当たらないでねって、後で私からも言っておこっと。アベルちゃんは私の友達だし、ローザさんは私のお母さん代わりだし。二人には仲良くして欲しいもん。




