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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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遺跡調査 5

「金髪と黒髪の二人組ですか……?」


 病室にやって来たフォーゲルシメーレさんにお見舞いに来た人の報告をすると、こんな反応が返って来た。心当たりが無いとでもいうように、首を傾げている。


「黒髪の人はおっきい人で、金髪の人はひょろっとしてる人でね、厩舎で働いてるの。でね、第一連隊なの」


「二人がそう言ったのですか?」


「ん。厩舎でも近衛師団でも、バルトさんの部下なんだって。あ。あと、金髪の人はウルペスさんのお店のお隣のお菓子屋さんの弟さんだって」


「顔を見れば分かるでしょうけど、私では顔と名前が一致しませんね……。ウルペスに聞いた方が良さそうですね」


「そっかぁ」


 ウルペスさんは、今日はまだ来ていない。いつもなら来ている時間なのに。何かトラブルでもあったのかな?


「ウルペスさん、遅いね」


「色々あるのでしょう。私がいない間に彼が来たら、先に清拭の準備を始めるように伝えて下さい。その間、アイリスは休んでいなさい。私は薬を調合してきますから」


「ん。分かった……」


 病室の隣、薬草保管庫に向かうフォーゲルシメーレさんの背を見送り、ドサッと椅子に腰掛けた。私だって清拭くらい出来るのに。そりゃ、先の大戦で実戦経験してるウルペスさんの方が上手だろうけどさ。私だって、私だってぇ……!


 ひとりむくれていると、病室の扉がガチャリと開いた。入って来たのはウルペスさん。病室の中をぐるっと見回し、私に目を留める。


「あ。アイリスちゃん、フォーゲルシメーレさんは?」


「薬作ってる」


「今行ったばっかり?」


「ちょっと前」


「そっか。タイミング悪いな、あの二人……。ちょっとごめん。フォーゲルシメーレさんの所、行って来るね」


 そう言い残し、ウルペスさんは薬草保管庫に向かった。ぽつんと私だけ残される。ふんッ! みんなして、フォーゲルシメーレさん、フォーゲルシメーレさんって! 面白くないッ!


 少しして、フォーゲルシメーレさんとウルペスさんが病室に戻って来た。ウルペスさんの手には薬ビン。出来たてホヤホヤの傷薬だろう。


 いつもなら、フォーゲルシメーレさんとウルペスさんの二人で協力して、バルトさんの傷の消毒と清拭をする。けど、今日は違った。フォーゲルシメーレさんはそのまま病室を出て行ってしまった。あれ?


「アイリスちゃん。傷の消毒だけお願い出来る?」


「う、うん……」


 ウルペスさんの言葉に頷いてはみたものの、気になる……。どうしたんだろう? ちらりと病室の扉を見る。と、ウルペスさんが苦笑した。


「フォーゲルシメーレさんならすぐに戻って来るよ。それより、ちゃっちゃと消毒しちゃおう。それで、アイリスちゃんはお昼寝」


「ん」


 気を取り直し、バルトさんに掛かっていた掛け布を剥ぐ。そして、前開きの病人服の紐を解いた。幅広の包帯の結び目を解き、傷口を保護している布を取って、と。うわっ!


「こんな酷い怪我だったんだ……」


 思わずそう零した私の頭を、ウルペスさんがグリグリ撫でる。


「魔物に腹裂かれて死ななかったのなんて、バルトさんくらいなもんだよ」


「そう、なの……?」


「そうだよ。薬だけじゃ、こうはいかないんだから。傷が化膿して高熱出して、生死の境を彷徨って……。それが三日でここまで容態が安定するんだから、治癒術って凄いよね~。あ。治癒術使わない治療がどんだけ辛いか知りたかったら、せんせーに目怪我した時の事聞いてみな?」


 そう言いつつ、ウルペスさんが綺麗な布を私に差し出した。慌ててそれを受け取り、傷薬をたっぷりと染み込ませる。


「バルトさん、傷、触るからね。痛かったらごめんね」


 聞こえていないと分かっているけど、一応、声を掛ける。そして、傷薬を染み込ませた布でまずは傷口を拭った。一通り傷口が終わるとその周辺。布で保護しているあたりの皮膚を丁寧に拭っていく。


「もうすぐ終わるからね」


 そう声を掛けつつ別の傷薬を傷口に塗り、綺麗な布で傷を覆う。包帯で固定して、と。


「はい。終わり。お疲れ様でした!」


「俺、アイリスちゃんのそういうところ、好きだわ~」


 突然、ウルペスさんが意味の分からない事を言い出した。怪訝に思ってウルペスさんを見ると、彼は優しげに目を細め、私を見つめていた。


「そういうところって?」


「聞こえているか分からない相手でも、ちゃ~んと声を掛けるところ。看病してる時は事細かに声を掛けるって基本中の基本だけど、意識の無い相手だとついつい忘れちゃうんだよね~。それがさ、アイリスちゃんは自然に出来るんだから、思いやりに溢れてるなぁって」


「そ、そうかなぁ?」


 う~。背中のあたりがムズムズする。あんまり褒めないで欲しい。


「そうそう。まだ出来る事が少なくて歯がゆい思いする事もあるだろうけど、アイリスちゃんなら絶対に良い治癒術師になれるよ。自信持って!」


「ありがと、ウルペスさん」


 誰かにこんな風に言ってもらえるなんて、思ってもみなかった。だって、私は未熟だから。私じゃ力不足だって責められこそすれ、褒められるなんて思ってなかった。


「私、立派な治癒術師になるから!」


「うん。あ。でも、勉強はバルトさんが元気になってからね? 今はバルトさんの治療優先だからね?」


「ん。分かってるよ」


 私がこくりと頷くと、ウルペスさんはにこっと笑い、再び私の頭をグリグリと撫で回した。


 バルトさんの治療を始めてからというもの、私は、起きている時は体力回復の術を維持し、それ以外の時はごはんを食べてるか眠っている。それが私に出来る最善だって、フォーゲルシメーレさんが言っていたから。


 お昼寝の準備をしていると、フォーゲルシメーレさんが病室に戻って来た。さっき会った、黒髪の人と金髪の人を伴って。あれぇ? 面会謝絶だって、フォーゲルシメーレさん、自分で言ってたのに……。


「手洗いは奥の簡易キッチンで。消毒液もそこにありますから。手指の消毒はしっかりとして下さい」


 フォーゲルシメーレさんの指示で、黒髪の人と金髪の人が簡易キッチンに向かった。ええっと……? 怪訝そうな私に気が付いたのだろう、フォーゲルシメーレさんが苦笑する。


「あの二人、バルトの看病を手伝いたいそうですよ。人手があるに越した事はありませんから、その申し出をありがたく受ける事にしました」


 そっか。さっき会った時にフォーゲルシメーレさんに相談があるって言ってたの、手伝わせてって事だったのか。納得、納得。


「二人の職場が厩舎だと聞いて断ろうかとも思ったのですが、あの二人、入浴して着替えまでして来たそうで。そこまでされると断る事も出来ませんからね」


 は~。お風呂に入って着替えまで。看病する気満々。そんな人の申し出を断ったら、フォーゲルシメーレさんの人となりが疑われてしまうな。うん。


 この日から、フォーゲルシメーレさんとウルペスさんに加え、黒髪の人と金髪の人がバルトさんの看病メンバーに加わった。空いているベッドに座り、バルトさんの看病風景を見守る。


 黒髪の人はバイルさん。この人、何と、イェガーさんの親戚らしい。イェガーさんの従弟の息子さんなんだとか。流石ワーベア族だけあって、力には自信があるって、力仕事の一切を引き受けてくれた。


 金髪の人はアードラーさん。おしゃべりさんで、ウルペスさん以上のお調子者だ。ただ、手先が器用で、細かな仕事は任せてって言うだけはあり、髭剃りだったり爪切りだったり、フォーゲルシメーレさんとウルペスさんだけでは手が回りきっていなかった細々した部分を率先してやってくれている。


「は~い。今日もツルツル。剃り残しな~し! 流石だわ、俺! ほらほら、頬擦りしてみなよ」


 そう言って、アードラーさんがニコニコとしながら、バルトさんの枕元に丸まっているミーちゃんに手を伸ばした。とたん、ミーちゃんがバシッとその手を叩き落とす。


「あにゃにゃにゃ!」


「今日も触らせてくれないかぁ。ずいぶん気が立ってるね」


 ミーちゃんに叩かれた手を擦りながら、アードラーさんが苦笑した。ここ数日、ミーちゃんはイライラしている。原因は主にこの人、アードラーさん。しょっちゅうミーちゃんにちょっかいを出して、ミーちゃんを怒らせている。まあ、それは良い。それよりも……。


「あの、アードラーさん? 手、大丈夫?」


 ミーちゃんの爪には魔力が乗っていて、それに引っ掻かれると魔力浸食が起こる。前に先生がミーちゃんに引っ掻かれて、手に魔力浸食がある傷を負っていた。


「え~? ああ、大丈夫だよ。爪、出てなかったから。肉球パンチ」


 ほらと、アードラーさんが叩かれた手を見せてくれる。そこには、見事にミーちゃんの肉球の痕が。まさか、赤く痕が残るほど強く叩いていたとは……。ミーちゃん、容赦ない。


「ちょっかい出されるのが嫌いなんだから、少しそっとしておいてやれ」


 そう言ったのはバイルさん。ウルペスさんと一緒に清拭の準備をしていた手を止め、こちらを振り返った。


「え~。でも、一緒に遊びたいんだもん!」


「こんな時、遊んでいられるような性格じゃないだろ、そいつ……」


「分かんないよ~? 本能に負ける可能性もある! 今日はそれを試そうと思って、こんなのを持って来ましたぁ!」


 じゃ~んとばかりに、懐からミーちゃん用のおもちゃと思しき道具を取り出すアードラーさん。


「ほらほら。これ、好きでしょ?」


 ミーちゃんのおもちゃは、よくしなる細い棒の先に、フワフワモコモコの塊が付いただけのもの。アードラーさんはそのフワフワモコモコをミーちゃんの鼻をくすぐるように動かした。と、ミーちゃんがバシッとそれを叩き落とす。でも、こんな事くらいで諦めないのがアードラーさんだ。鼻をくすぐるのを継続する。と、またミーちゃんがフワフワモコモコを叩き落とした。でも、止めない。くすぐりを継続する。と、ミーちゃんが我慢の限界とでも言うような顔で立ち上がり、前足でフワフワモコモコを押さえ込もうとした。とたん、アードラーさんがフワフワモコモコを大きく動かした。と、ミーちゃんがそれを追う。


「おぉ! のってきたぁ!」


 いや、それ、のってきたんじゃなくて怒ってるんだと思うよ。その証拠に、ミーちゃんは毛を逆立て、物凄い形相になっている。


「ほらっ。ほらっ!」


 アードラーさんってばノリノリだな……。ミーちゃんは我を忘れて邪魔なフワフワモコモコを追い掛けてるけど、決して楽しそうではない。楽しいのはアードラーさんだけだと思う。


「ほら、ジャンプ! もう一回! それ! 大ジャ~ンプ!」


 アードラーさんがおもちゃを振り上げると、ミーちゃんがそれを追って大ジャンプをした。そして、フワフワモコモコを両手で捕らえ、口に咥えると綺麗に着地する。バルトさんの顔面に。


『あ……』


 空気が凍るとはこの事だろう。みんなバルトさんと、あまりの事にバルトさんの顔の上で凍り付いているミーちゃんを見つめている。


「……い」


 ん? 今……。


「おも……い……」


 やっぱり聞き間違いじゃなかった! 慌てて座っていたベッドから立ち上り、バルトさんのベッドに駆け寄ると、バルトさんの顔の上で固まっているミーちゃんを回収する。


「バルトさん! バルトさん! 分かる? 返事して!」


「ア、イ……リス……?」


「そう! ここ、お城の病室!」


「な、ぜ……?」


「バルトさん、遺跡で魔物にやられたの! ミーちゃんが転移で――」


 私の腕の中でミーちゃんが暴れ出した。身体を引き抜くようにもがいている。私はそっと、ミーちゃんをバルトさんの枕元に下ろした。


「ミーちゃんが転移でお城に連れて帰ってきてくれたの。バルトさんを心配して、ずっと付いててくれたんだよ」


 ミーちゃんはバルトさんの顔に顔を擦り付けている。頬擦りでもするように。もう、我を忘れてるんじゃないかって勢いで擦り付けている。


「そう、か……。ミー……すま、なかっ……た……」


 バルトさんは痛みに顔を歪めながらも腕を動かし、ミーちゃんの喉をくすぐった。ミーちゃんは喉をゴロゴロ鳴らしているけど、顔を擦り付けるのを止めない。何だか、二人を見ていたら涙が……。良かった。本当に良かった。くすん……。


「ぐしっ……よが……だ……うぇっ……ぐしゅ……うぅ……」


 私以上に大泣きしている人が一人。バイルさん……。野太い声で号泣されると、雰囲気ぶち壊しなんですけど……。


 まあ、それだけバルトさんが目覚めた事が嬉しかったという事で。そういう事にしておこう。うん。

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