遺跡調査 4
バルトさんの治療を始めて三日。まだ彼の意識は戻っていない。昏々と眠り続けるバルトさんを見つめ、私は小さく溜め息を吐いた。
フォーゲルシメーレさんの見立てでは、バルトさんは危険な状態を脱したらしい。それは素直に喜ばしい。けど、意識が一向に戻らない。このまま意識が戻らないなんて……。いやいやいや。悪い想像を振り払うように、私は頭を振った。
「んにゃ……?」
バルトさんの頭にくっ付いて丸まっていたミーちゃんが、不安そうに私を見上げた。そんなミーちゃんの頭をそっと撫でる。
「バルトさん、早く起きてくれると良いね。今日のお昼ごはん、何でも良い?」
「にゃ……」
ミーちゃんはバルトさんがこうなってから、彼の傍を離れようとしない。放っておくとごはんも食べに行かないから、私が食堂に行ったついでに水とごはんを持って来てあげていたりする。
「じゃあ、バルトさんの事、お願いね? 何かあったら呼びに来てね?」
「にゃ……」
ミーちゃんが力無く頷く。私はもう一度ミーちゃんの頭を撫でると、昼食を取りに、食堂へと向かった。
ミーちゃん、だいぶ弱ってるな……。バルトさんがあんな風になっちゃったんだもん、仕方ないよね……。食欲だってあまりないし、丸まってはいるもののろくに寝てないみたいだし……。ああ~! もう! バルトさんのバカ! 早く起きてよ!
お昼時の食堂は、たくさんの人で賑わっていた。食堂の端、ごはんが置いてあるテーブルに向かう。二種類置いてあったスープのうち、キャロトが入っていないスープをカップに注ぎ、次いでパンをお皿に取る。お野菜とお肉も取って、テーブルの隅っこでパンにお野菜とお肉を挟んだ。こうすると手軽に食べられるから、朝も昼も夜も、バルトさんの治療を始めてからは、ずっとこんなごはんが続いている。
「おい」
呼ばれたような気がして振り返る。すると、私のすぐ後ろに、体格の良い、黒髪のおっかない顔の人が立っていた。この人、知ってる……。厩舎で会った事がある。厩舎で働く数少ない、エルフ族以外の部族の人だ……。
「はい? 何ですか?」
「バルトさんはまだ面会出来ないのか?」
「フォーゲルシメーレさんの指示で、意識が戻るまではって……」
「いつになったら意識戻るんだよ! もう三日目だろッ!」
「それは……」
私だって知りたい。バルトさんの意識がいつ戻るのか。私は私に出来る事を精一杯しているつもりだ。そりゃ、知識だって経験だって全然足りないけど……。
男の人の怒鳴り声で、ざわざわしていた食堂が水を打ったように静まり返った。視線が突き刺さる。何が起きたのかと、みんながこちらを注目しているのだろう。
「……っ。すまない……。大きな声を出して……。その、何だ……。厩舎の連中、みんな心配してんだ。だから、その……バルトさんの意識が戻ったら連絡を……と……」
気まずげな顔で視線を逸らし、男の人が言う。私は小さく頷いた。そして、背を向ける。私だって……私だって……! 悔しくて悲しくて、お盆を持つ手が小刻みに震えた。
キッチンに寄り、ミーちゃんのお水とごはんを受け取ると、私は急ぎ足で病室へと戻った。ベッドには、相変わらず昏々と眠り続けるバルトさん。部屋を出た時と何も変わりない。バルトさんも、ミーちゃんも。
「ミーちゃん、ごはんだよ」
椅子を引き寄せ、その上にミーちゃんの水とごはんを置く。ミーちゃんはのそりと起き上ると、水を少し舐め、ごはんをもそもそと食べ始めた。私も、空いているベッドに座り、お盆を膝の上に乗せてごはんを食べる。そうしてごはんを食べ終わると、魔力回復薬を飲み、体力回復の術をバルトさんにかけた。
もう三日……。三日も治療を続けているのに、バルトさんの意識は戻らない。きっと、私の力が足りないから……。
本当は、上級の術をかけてあげたい。でも、出来ない。上級の術を使うと、私の魔力はすぐに空っぽになって、魔力切れを起こすから。それなら、少しでも長い時間維持出来る中級の術の方が効率が良いんだって、フォーゲルシメーレさんは言っていた。でも……。ギュっと手の中の杖を握り締める。
ここは一か八か……。一回くらい、試してみても……! そう決意し、中級の術を破棄しようとした直後、病室の扉がノックされた。
フォーゲルシメーレさんやウルペスさんが来るにしては少し早いような……。それに、二人だったら病室の扉をノックしたりしない。
フォーゲルシメーレさんとウルペスさんの二人は、バルトさんの看病をしてくれている。主に二人がバルトさんの身の周りの世話をしてくれていて、フォーゲルシメーレさんはバルトさんの薬まで作ってくれている。私が最優先にすべき事は、体力回復の術の維持だからって。それ以外に体力も魔力も使うなって言われてしまっている。私だって、お世話、手伝いたいのに……。
それより、いったい誰が来たんだろう? そう思って席を立つ。そうして病室の扉を開くと、さっき、食堂で私に絡んできた黒髪の男の人が気まずそうな顔で立っていた。付き添いだろうか、これまた厩舎で働く、エルフ族以外の部族の、金髪の人も一緒だった。金髪の人は大きな包みを抱え、手には小さな花束を持っている。
「あの、さっきも言いましたけど、今、バルトさんは面会謝絶で……」
「あ~。それは分かってんだけど、何だ、その、な……」
「これ、バルトさんに。お見舞いです。それくらいは良いでしょ?」
金髪の人がにこやかに言い、手に持っていた小さな花束を差し出した。黒髪の人も頷いているところを見ると、この二人、このお花を届けに来てくれたらしい。
「俺ら、厩舎でも近衛師団でも、バルトさんの部下なんだ。それで……」
決まり悪そうに黒髪の人が後ろ頭を掻く。金髪の人はそんな黒髪の人を見て、呆れたように小さく溜め息を吐いた。でも、私の視線に気が付いたらしく、気を取り直したようににこっと笑い、口を開いた。
「早く良くなってもらいたいなって。バルトさんって取っ付き難いし嫌味ったらしいけど、いなかったらいないで張り合いが無いんだよね、これが」
金髪の人が苦笑する。私も思わず苦笑してしまった。この人の言う事、何となく分かる気がするから。バルトさんって言い方も態度も冷たいから誤解されがちがけど、根っこは優しいんだよね。だから、嫌いになれない、と。私は小さな花束を受け取り、小さく笑った。
「これ、病室に飾らせてもらいますね。バルトさんもミーちゃんも喜ぶと思います」
「あ。あの白い子もここにいるんだ」
「ずっとバルトさんに付き添ってます」
「そっかそっか。姿見えないから心配してたんだよ」
金髪の人が安心したように笑う。見ると、黒髪の人も安堵の息を吐いていた。この二人、厩舎に勤めているだけあって獣好きらしい。ミーちゃんの心配までしてくれていたとは。
「あと、これ。バルトさんの治療を頑張ってくれている君にご褒美ね」
そう言って、金髪の人が抱えていた包みを私に差し出した。思わず、包みと金髪の人の顔を見比べる。と、金髪の人がニッと笑った。
「甘いの、好きなんでしょ? うちの兄貴の店に、前、団長と一緒に買い物来たって聞いたから」
「お兄さんの、お店……?」
「そ。ウルペス君のお店の隣のお菓子屋さん」
「ああ!」
アメちゃんが売ってるお店か! 確かに、先生と一緒に行った。そっか。この人、あのお店の店主さんの弟さんなのかぁ。言われてみれば、雰囲気がどことなく似ているかもしれない。世の中、どんな繋がりがあるか分からないものだ。
「どんなのが好きか分からなかったから、適当に見繕って持って来たんだけど、好きなのが入ってなかったらごめんね?」
「ん~ん。ありがとうございます」
包みを受け取り、ギュッと胸に抱く。金髪の人の優しさと気遣いが嬉しかった。でも、それ以上に胸が苦しい……。
「ごめんなさい……。バルトさんの意識、戻らなくて……」
私の力が足りなくて……。私が俯くと、金髪の人がしゃがみ込み、私の顔を覗き込んだ。
「この筋肉馬鹿に食堂で言われた事は気にしなくて良いからね? まだ三日しか経ってないんだから。ね?」
私が小さく頷くと、金髪の人がにこりと笑った。と、沈黙を守っていた黒髪の人が口を開く。
「ところで、フォーゲルシメーレ殿は? いるか?」
フォーゲルシメーレさんはまだ来ていない。たぶん、そろそろ来るとは思うけど……。フルフルと首を横に振る。と、黒髪の人が困ったように眉を落とした。
「ちょっと相談したい事があったんだがな……。まあ、良いか。また後で来る」
そう言って、黒髪の人が背を向けた。慌てて金髪の人が立ち上がり、その後を追う。と、思い出したように金髪の人が振り返り、私に手を振った。
「バルトさんの治療、頑張ってね~!」
そう叫んで、再び黒髪の人を追う金髪の人。私は呆然とその背を見送った。
相談って……。どこか具合が悪かったのかな? また後で来るって言ってたけど、その後でって、今日? ええっと……。とりあえず、フォーゲルシメーレさんが来たら報告しておけば良いのかな……?
明けましておめでとうございます♪
本年もどうぞよろしくお願いしますm(._.)m




