遺跡調査 3
目を覚ますと、窓の外はまだ真っ暗だった。横になってから、あまり経っていないらしい。疲労はそのまま残ってるし、眠気も強い。
私が眠っている間、先生はずっと手を握っていてくれたらしく、ベッドの隣の椅子に座っていた。私と目が合うと、先生がにこりと笑う。
「目、覚めましたか」
「ん……。バルトさんは……?」
起き上がりながら問う。すると、先生が振り返った。その視線の先には、バルトさんが横たわるベッド。彼の傷の処置は終わったらしく、近くにフォーゲルシメーレさんの姿は無い。バルトさんの頭のすぐ脇にはミーちゃんが丸まり、顔だけ上げてバルトさんを見守っていた。
「フォーゲルシメーレさんは? ウルペスさんも……」
「薬を作っています。ウルペスは助手で狩り出されました。アイリスの研究室を使ってもらっていますが、良かったですよね?」
「ん」
「あと、フォーゲルシメーレから言伝を預かっています。目が覚めたら、バルトの体力回復をするように、と」
「ん」
私はベッドから降りると、バルトさんのベッドに向かった。そして、その傍らに立ち、魔法陣を展開する。
「ベッセルング!」
体力回復の術を発動させた途端、私の身体からごっそりと何かが抜け落ちるような、そんな感覚に襲われた。立っていられなくて、バルトさんの隣のベッドに座る。
たぶん、ごく軽い魔力切れだろう。でも、魔力回復薬を飲んでるし、すぐにどうこなる事はない、と思う……。
「アイリス。あまり無理はしないようにして下さい。貴女が倒れたら、元も子もないのですから」
魔術を維持する私に、先生がそう声を掛ける。私は無言で頷くと、バルトさんを見つめた。
バルトさんの顔色は白い。たくさん血が流れたからだろう。きっと、体力も極限まで落ちている。今夜が山なんだろうな……。
もし、私が上級の治癒系治癒術を使えたら……。今頃、バルトさんは意識を取り戻していたのかな? せっかく、ミーちゃんやウルペスさんは私を頼ってくれたのに……! ギュッと手の中の杖を握り締める。と、先生が私の隣に腰を下ろした。そして、バルトさんを見つめたまま口を開く。
「僕は、貴女が城にいてくれて良かったと思っています。バルトの傷は致命傷でした。きっと、フォーゲルシメーレだけでは命を落としていた」
「でも……!」
私じゃ治せなかった。治してあげられなかった。フォーゲルシメーレさんがお城に着くまでの時間稼ぎしか出来なかった……! じわりと目に涙が滲む。
「貴女は治癒術師見習いとしての役目を立派に果たしました。胸を張りなさい、アイリス」
全然立派じゃない。まだまだ足りない。知識も、経験も、何もかも。フルフルと首を横に振る。その拍子に零れ落ちた涙が、私の手の甲にぽたぽたと落ちた。
「力が及ばなかった貴女の悔しさも理解しています。しかし、それでも礼を言わせて下さい。バルトを救ってくれてありがとう」
先生にお礼を言ってもらえるような事は出来てない。治癒術師を目指しているのに、重症のバルトさんを前に呆然として、取り乱して……。こんなんじゃ、いつまで経っても一人前になれない……! 嗚咽を漏らす私の頭を先生がそっと撫でた。
「今回の経験を次に活かせれば、貴女はきっと、立派な治癒術師になれます。僕が保証します。しかし、その為には、フォーゲルシメーレが戻って来たら、二人で治療方針を決め、貴女がバルトを診なければなりません。泣いている暇なんてありませんよ?」
そう言いながら、先生が私の涙を指で拭ってくれる。私が小さく頷くと、先生は優しく微笑んでくれた。
少しして、フォーゲルシメーレさんとウルペスさんが病室に戻って来た。フォーゲルシメーレさんが私を見て片眉を上げる。
「おや。意外ですね。泣いていると思っていましたが、ずいぶん良い顔をしているじゃないですか」
「さっきは取り乱してすみませんでした」
私はベッドから立ち上がり、フォーゲルシメーレさんに深々と頭を下げた。そして、顔を上げる。と、フォーゲルシメーレさんが頷いた。
「まあ、良いでしょう。治療方針を決めましょう」
そう言って、フォーゲルシメーレさんは診察机へと向かった。私も慌ててその後を追う。そうして、治療方針の相談に入った。
バルトさんは、私の予想通り、今夜が山らしい。ただ、手の施しようが無いって訳じゃない。フォーゲルシメーレさんが言うには、頼みの綱は私の治癒術らしい。
体力回復の術をかけ続け、容態を安定させるのが第一段階だ。ただ、上級の体力回復の術は、私にかかる負担が大き過ぎるから、中級の体力回復の術を出来る限り維持させ、バルトさんの意識が戻るのを待つ事に決まった。
中級の体力回復の術を発動させ、それを維持する。上級の術よりは幾分かはマシだけど、それでもじわりじわりと私の中の何かが抜け落ちて行くような、そんな感覚が続く。でも、頑張らないと。何としても、バルトさんを助けないと!
「限界が近くなったら、無理をせずに横になりなさい」
フォーゲルシメーレさんの言葉に無言で頷く。限界ギリギリまで頑張って、万が一にでも魔力切れを起こす訳にはいかない。それなら、無理せずに小休憩を挟んで、それでまた魔術を発動させた方が、はるかに効率が良い。少し仮眠するだけでも、魔力の回復量が全然違うから、限界近くなったら休ませてもらおうとは思っている。私は、少しでも身体に掛かる負担を減らす為、バルトさんの隣のベッドに再び腰掛けた。
「それで――」
先生が口を開く。視線は真っ直ぐウルペスさんへ向いている。厳しい顔つき。先生がこういう顔をする時は、近衛師団長としての役割を果たす時。ウルペスさんもそれが分かっているのか、真面目な顔をしていた。
「遺跡でいったい何があったのです? バルトが致命傷を負うなど、想定外の出来事なのですが? 身代わりの護符、付けていたのではないのですか?」
先生の言葉に、フォーゲルシメーレさんが深く頷く。私もうんうんと頷いた。
「ラインヴァイス様って、キメラの存在、信じる?」
ウルペスさんの言葉に、先生が訝し気に眉を顰めた。フォーゲルシメーレさんも怪訝そうな顔をしている。
「物語の中に出て来る怪物のですか? 複数の魔物を無理矢理繋いだとかいう?」
「そう。そのキメラ。遺跡の中にいたって言ったら信じる?」
キメラって、おとぎ話の中に出て来る架空の怪物のはず……。母さんが聞かせてくれたおとぎ話では、複数の魔物を繋いだような見た目で、おどろおどろしく、目に付いた生き物を片っ端から食い殺す化け物だったと思う。そんなのがいるの? 現実に?
「笑えない冗談ですね」
そう言ったのはフォーゲルシメーレさん。怒っているような、そんな厳しい顔つきでウルペスさんを見つめている。
「これが冗談だったら、バルトさんはこんな怪我してませんよ」
ウルペスさんも厳しい顔つきだ。互いに睨み合うように見つめ合う二人。そこに割って入ったのは先生だった。
「ウルペスはもう少し詳しい状況説明を。フォーゲルシメーレは叔父上を呼んで来てもらえませんか?」
「……分かりました」
溜め息交じりに返事をしたフォーゲルシメーレさんが病室の扉へと向かう。その背を見送ると、先生が再び口を開いた。
「キメラの件は、この際置いておきましょう。それで? 護符を持っていたバルトが致命傷を負った経緯は?」
「それが――」
ウルペスさんが語った内容はこうだった。遺跡の中には結構な数の魔物がいて、それを駆除しながら三人は探索を続けていたらしい。その最中、バルトさんの護符がダメージの蓄積で砕けたとの事だった。普通だったら、ここで探索を一時中止してお城に戻って来たんだけど、最深部と思われる扉はすぐ目の前。だから、その中だけでも少し確認しておこうって事になって扉を開けたらしい。そうしたら、見た事も無い化け物がいた、と。
「護符があるからって、俺が先頭で入ったんだけど、不意打ちで攻撃食らって、その一撃で護符が砕けたんだ。んで、動けない俺を庇うようにバルトさんが前に出て……。ミーさんの転移が発動する直前にバルトさんが攻撃食らった……」
「状況は大方分かりました。二人の軽率な行動を含め、竜王様にはありのままを報告させてもらいます。降格処分もありえますから、そのつもりで」
「はい……」
厳しいなぁ。ただ、先生の言う事も分かる。だって、不測の事態に備えての護符なのに、それが砕けた後も探索を続けようとしたのは軽率だって、私もそう思うから。こんな大怪我して、みんなに心配掛けて。んもぉ! バルトさんが元気になったら、お説教の一つや二つ、してやらなくちゃ!
今年の更新はこれが最後です。
皆様、良いお年を♪




