遺跡調査 2
そ、そうだ。こんな時の為の止血剤! 薬棚から出してあった止血剤の口広瓶を手に取り、蓋を開ける。とたん、甘ったるくてえぐみのある独特に臭いが鼻を突いた。
「バルトさん、傷、触るからね」
声を掛け、手に取った止血剤の軟膏を傷口に塗り込む。と、バルトさんが呻き声を上げた。痛いよね。ごめんね。ごめんね。でも、こうしないと、血、止まらないの。我慢して。頑張って!
傷口にまんべんなく軟膏を塗り、カートに出してあった布で傷を覆う。あとは手で圧迫するくらいしか、私には出来ない。してあげられない……。私、何て無力なんだろう……。じわっと目に涙が滲む。泣いたら駄目。泣いたって、何にもならない。私がしっかりしないとなのにぃ……!
「アイリスちゃん! さっきの器具、煮たよ!」
叫びつつ、大鍋を手にしたウルペスさんが駆けて来る。でも、泣いている私を見て足を止め、不安そうな顔になった。
「え? 何……? もしかして、バルトさん、もう駄目なの……?」
「だ、駄目じゃない……。で、でも……でもぉ……」
「でも?」
「私、もう、何も出来ない。私じゃ、何もしてあげられない……!」
ウルペスさんは小さく溜め息を吐くと、ベッド脇のチェストに上に大鍋を置いた。そして、ガシガシと頭を掻く。
「じゃあさ、聞くけど、今、この体力回復の魔術維持してんのは誰?」
「……私……」
「今、止血処置してんのは?」
「私……」
「この後、何を手伝ったら良いか、指示出せんのは?」
「私……」
「そこまで分かってんだったら、ぴーぴー泣くな! 泣いたって、バルトさんの怪我は治んないんだよっ!」
そうだ……。そうだよ。泣いたって、バルトさんの怪我は治らない。泣く前に、今、やるべき事をしないと。ウルペスさんに怒鳴られて、逆に気合が入った。
「ウ、ウルペスさん……ひっく……傷、圧迫して……。私、ひっく……処置器具準備する……から……」
「りょーかい」
私はウルペスさんと立ち位置を代わると、ウルペスさんが持って来てくれた大鍋の中を覗き込んだ。熱々のお湯から上がる湯気がもわっと顔に当たる。
四角いバッドの上に、トングでお湯から摘まみ上げた処置器具を並べていく。そうして一通り並べ終わると、使っていない布を上から掛けた。
「ありがと。止血、代わる。また、お湯、たくさん沸かして……」
「うん」
ウルペスさんはにこっと笑うと、私の頭をグリグリと撫でてから簡易キッチンに向かった。私はというと、しゃくり上げつつも、バルトさんの傷を圧迫して止血処置を続ける。
そうしてしばらくすると、廊下を駆ける足音に続き、病室の扉がバンと乱暴に開いた。病室に駆け込んで来た人の姿を見て、私の涙腺が一気に崩壊する。
「フォーゲルシメーレさぁん! 先生ぇ!」
やっと来てくれた。心細かったよぉ! バルトさんが死んじゃったらどうしようかと思ったよぉ!
「アイリス! 泣いていないで状況報告!」
フォーゲルシメーレさんが厳しい顔で口を開く。でも、一度高ぶった感情はなかなか収まらない。
「魔物の、爪ぇ! 魔力浸食……ひっく……治したぁ! でもぉ! 血、止まんないぃぃぃ!」
「治癒術を使ったのですね? 体力回復は? 維持出来たのですか?」
「うあぁぁぁ~!」
「もう良い。処置、代わりなさい」
フォーゲルシメーレさんは、声を上げて泣く私の腕をぐいっと引っ張り、強制的に立ち位置を代わった。そして、傷口を確認する為に、傷に被せてあった布をそっと剥す。
「あ~。一応。体力回復の術は、ついさっきまで維持出来てましたよ。二人の姿見て安心したのか、集中切れたみたいですけど……」
ウルペスさんがおずおずと口を開く。フォーゲルシメーレさんは厳しい顔つきのまま一つ頷くと、バルトさんの傷の処置を始めた。
「ウルペス。アイリスの代わりに、器具の回収と洗浄、消毒を頼めますか?」
「ええっと……」
処置をしながら口を開いたフォーゲルシメーレさんの言葉に、ウルペスさんが私とフォーゲルシメーレさんを見比べる。
「水で洗って煮るだけです。頼めますか?」
「あ、はい……」
「ラインヴァイス殿は、そこの泣き虫に魔力回復薬を飲ませて、ベッドで休ませて下さい。それだけ泣いていれば、一眠りするくらいは出来るでしょうから」
「分かりました」
先生は私の手を引くと、バルトさんが横たわるベッドから少し離れたベッドに向かった。そして、私をそこに座らせ、薬棚へと向かう。そうして魔力回復薬の瓶を取り出すと、コップに中身を移し、私の元へと持って来てくれた。
「これを飲んで、少し横になりなさい。立て続けに魔術を使って疲れたでしょう?」
「でもぉ! わだじも、でづだうぅぅ! けが、なおすぅぅ!」
泣きながら叫ぶ。先生は困ったように眉を落とし、バルトさんの処置を続けるフォーゲルシメーレさんの方を振り返った。と、フォーゲルシメーレさんがこちらを見ずに口を開く。
「足手まといです。寝ていなさい」
そりゃ、私には、フォーゲルシメーレさんみたいな技術も知識も無い。それは重々承知している。でも、そんな言い方って……! 悔しくて悲しくて泣きじゃくる私の目の前に屈み込んだ先生が、私の頭をそっと撫でた。
「アイリス。貴女はよく頑張りました。フォーゲルシメーレが到着するまで、重症患者をひとりで診ていたのですから。傷の処置は彼に任せて、少し休みましょう? この後、貴女の出来る事をする為に」
「私の……ひっく……出来る事……?」
「ええ。貴女には治癒術がある。バルトの回復を早めるのは貴女の腕次第だと、僕はそう思っていますが? フォーゲルシメーレもそれに期待しているのですよ。だからこそのこれ」
そう言って、先生が手に持っていたコップを差し出す。中身は魔力回復薬。その名の通り、魔力を回復させる薬湯で、主に魔力切れの患者に飲ませるものだ。それをあえて私に飲ませる意図。それは、一眠りした後、治癒術を使えって事だ。
私は頷き、先生からコップを受け取った。そして、中身を一気に煽る。決して美味しくはない、どころか、非常に不味い。でも、ちょっと癖になりそうな味だ。
「飲み終わりました?」
「ん……。あの……あのね、先生……」
「何です?」
「えっと……その……手、繋いでて……欲しい……」
駄目かな……? バルトさんがこんな事になって、先生、忙しいかな……? そんな私の心配を余所に、先生はにこりと笑うと頷いてくれた。
ベッドに潜り込んだ私の手を、先生がそっと握る。私が目を閉じると、先生が私の頭を撫でてくれた。気持ち良い……。
もし、バルトさんが死んじゃったら……。そんな不安で押しつぶされそうだったのに、私はゆっくりと深い眠りに落ちて行った。




