調査結果 2
私は、牢屋に入れられたエルフ族の青年へ夜ごはんを届けに、西の塔の階段をえっちらおっちらと上った。両手に小さなお鍋、パンは背負いカバンに入れてもらってある。
何故、私がエルフ族の青年のお世話をする事になったかというと、ウルペスさんやバルトさん、ブロイエさんが他の人に聞かれたくない話をしている可能性があるからだ。
ブロイエさんにそう言われて頭を下げられたら、私だって嫌とは言えない。と言うか、私だって聞かれたくない話に興味はあるし、嫌とは言わない。逆に、お世話を任せてくれて感謝したくらい。
エルフ族の青年が入れられている牢屋がある階に到着すると、階段の踊り場で見張りをしていた人が扉を開けてくれた。ここに来るのは、メーアと側近達が入っていた時以来、久しぶりだ。あの時も、こうやってバルトさんが見張りをしていた気がする。
「ごはん、持って来たよ」
私がそう声を掛けると、バルトさんが椅子から立ち上がった。そして、廊下の奥、食器なんかが置いてある棚へと向かう。私はそれを横目で見ながら、エルフ族の青年が入れられている牢屋を覗いた。
前に、メーアのお世話を任されていた時は、扉の覗き窓に全然背が届かなくて、ごはん用の差し込み口から覗いていたけど、今はそんな所から覗かない。ちゃんと扉の覗き窓から覗ける。まあ、爪先立ちになってやっとなんだけど。
エルフ族の青年は、ベッドに腰掛け、頭を抱えて項垂れていた。どうしてこうなったって、後悔しているんだと思う。彼の容疑は、竜王様の命を受けて大森林を調査していた騎士への妨害行為。簡単に言うと、ウルペスさんとバルトさんに攻撃したらしい。でも、私は逆なんじゃないかなって思ってる。たぶんだけど、ウルペスさんとバルトさんが先に手を出したんだろう。だって、ブロイエさんが去年言ってたもん。エルフ族の見張りが付くようだったら、いっその事捕まえちゃえばって。
現場には、ウルペスさんとバルトさんとミーちゃん、エルフ族の青年しかいなかった。だから、どっちが先に手を出したかなんて、本人達にしか分からない訳で……。ウルペスさんとバルトさんが口裏を合わせたら、エルフ族の青年に無実を証明する術は無い。ああ、怖い怖い。
「アイリス」
呼ばれて振り返ると、バルトさんが食器一組を手に立っていた。それを受け取り、ふと思う。一応、洗うくらいはしないと。私は空いている手近な牢屋に入ると、洗面台でざっと食器を洗った。そして、食器を手に、バルトさんがいる見張り席に戻ると、パンと一緒に入っていた布巾で簡単に食器を拭き、配膳する。
「食器を洗ってやるなど、いやに親切だな」
「そう? 普通だよ」
「メーアの時にはしていなかった」
言われてみれば、そんな事、あの時には考え付かなかった。私も成長しているんだな。うん。
「余程、メーアが気に入らなかったか」
そう言って、バルトさんが低く笑う。うぅ~! 触れられたくない所を……! 頬を膨らませて横目でバルトさんを睨みつつ、配膳を進める。今日の夜ごはんはお肉とお野菜の蒸し物とスープとパン。量も具材も申し分なし! 流石はイェガーさん。
「食事もあの時よりだいぶ良い物だな。皆同じか」
呆れたように笑うバルトさん。私もそうそうと頷き、ふふふと笑った。
配膳を終えると、扉の差し込み口からごはんを入れる。そして、再び爪先立ちになり、牢屋の中を覗いた。エルフ族の青年は、依然として項垂れたまま。ごはん、気が付いてないのかな? 私の隣で牢屋の中を覗くバルトさんを見上げる。と、バルトさんが口を開いた。
「食事だ」
バルトさんの声に反応するように、エルフ族の青年がゆるりと顔を上げる。そして、こちらを見た。
長い耳と輝くような金髪。バルトさんと同じエルフ族だって、一目で分かる見た目だ。でも、バルトさんより全体的に色素が薄い気がする。一口にエルフ族と言っても、色々部族があるのかもしれない。
「俺を、どうするつもりだ……?」
エルフ族の青年が、憎々し気にバルトさんを睨みながら口を開く。すると、バルトさんがフンと鼻で笑った。
「どうするもこうするも、罪人に対してする事など決まっている」
「何が罪人だ! お前たちが嵌めたんだろう!」
「嵌めた? 人聞きの悪い事を言うな。攻撃をしてきたのは貴様だろう」
バルトさんが再びフンと鼻で笑う。と、エルフ族の青年が拳で横の壁を殴った。あ。手、血が出てる……。
「この後、貴様の尋問を行う。せいぜい英気を養っておけ。相手はあの宰相殿だからな」
「宰相殿……?」
「ああ。破滅の魔術師の噂くらい、聞いた事があるだろう?」
「破滅の……? まさか……!」
「そのまさかだ。お前達は、最低最悪な相手に喧嘩を売ったんだよ。塵も残さず消されたくなければ、素直に応じる事だな」
「そんな……」
エルフ族の青年が再び項垂れる。もうね、この世の終わり的な、絶望的な空気を纏って。
んもぉ。ここまで脅かす事無いのに。そりゃ、素直に話してもらえるに越した事は無いんだろうけど、これじゃ、まともにブロイエさんとお話出来るかも分からない。ジトッとした目でバルトさんを睨む。すると、彼は少し困ったように笑った。
バルトさん自身、ここまで脅しが効くとは思ってなかったみたいだ。私達はブロイエさんと接する機会が多いから忘れてしまいがちだけど、ブロイエさんは先の大戦で魔大陸の一部を消し飛ばした人な訳で。一般の、ブロイエさんと接点の全く無いような人達からしたら、物凄くおっかない人ってイメージなんだろう。
このまま放っておいても良いんだけど、何だかなぁ……。ブロイエさんのイメージが悪いっていうの、何だか気に喰わない。ブロイエさんは面白くって優しい人なんだから。立派そうには見えないけど、立派な人なんだから! こんな時こそ、私がしっかりせねば!
「ねえ、バルトさん? あの人の手、治してあげたいんだけど」
「駄目だ」
「何で! ちょっとくらい良いじゃん!」
「駄目だと言っている。お前に何かあった時、団長に申し開きが出来ない」
「嫌だ! 治す!」
「駄目だ」
「治す!」
「駄目だ!」
むぅぅ~! バルトさんの意地悪! こうなったら――!
「良いもん! じゃあ、ミーちゃんに言いつけてやる! バルトさんは怪我人がいるのに見捨てた、冷たくて意地悪な人なんだよって!」
「やめろ」
「嫌だよ~だ! 絶対に言いつけてやる!」
そう言ってバルトさんをキッと睨む。すると、バルトさんも私を睨み返した。そうして睨み合う事しばし。先に折れたのはバルトさんだった。
「……分かった。好きにしろ。但し、俺も一緒に入る。文句は言わせない」
「ん! ありがと、バルトさん!」
冷たそうに見えて、実はそうじゃないバルトさんって、何だかんだ好きだ。付き添いで私と一緒に牢屋の中に来てくれるのも、私を心配しての事だろうし。普段は難しい顔をしていて、言葉尻がかなり冷たいから誤解されがちだけど、普通に良い人だと思う。
バルトさんがガチャリと牢屋の鍵を開け、先に中に入る。私もその後に続いて中に入った。驚いたように、エルフ族の青年がこちらを見る。私はそんな彼の前に膝をつくと、血が出ている手をそっと取った。魔法陣を展開して、と。
「ハイレン」
初級の治癒系治癒術を発動する。すると、展開した魔法陣が淡い光を発し、みるみるうちにエルフ族の青年の手の傷が治っていった。
「これは……治癒術……?」
驚いたように、傷のあった手を見つめる青年に微笑みかける。そして、口を開いた。
「大丈夫。お父様は貴方の思うような恐ろしい方ではありません。私は貴方の罪を詳しくは知りませんが、貴方がお父様の質問にきちんと答えて下さるのなら、お父様はきっと慈悲を垂れて下さるはずです」
大好きな八代目メーアのおとぎ話「癒しの聖女」の台詞を参考に、伝えたい事を口にする。言い方、変じゃなかったかな? ちょっとドキドキする。けど、エルフ族の青年が引っ掛かったのは、別のところだった。
「お父様……?」
「彼女は宰相殿の養女だ」
エルフ族の青年の呟きに、間髪入れずバルトさんが答える。流石はバルトさん。私のしたい事を、今の一瞬で理解してくれたらしい。
こんな変な話し方をしたのも、ブロイエさんをお父様と呼んだのも、全て作戦だ。巷での評判が最悪なブロイエさんだけど、実は違うんだよってエルフ族の青年に希望を与えて、ブロイエさんの質問に素直に答えるように唆すという。上手く作戦に引っ掛かってくれると良いな。くふふ。この人には悪いけど、ブロイエさんの尋問が楽しみになってきたぞ。




