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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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引っ越し 7

 先生のお部屋から荷物を運び出し、荷馬車に積み込みをする。それをウルペスさんとバルトさんが手伝ってくれた。


 二人は旅の真っ最中だけど、先生の引っ越しに合わせて中休みを入れてくれた。先生の引っ越しを手伝う為に。


 四人で力を合わせ、荷馬車に荷物を運び込むと、私と先生、バルトさんの三人は厩舎へと向かった。


 緩衝地帯に入れる人は少ないからって、バルトさんが寄宿舎までの荷運びを手伝ってくれるらしい。因みに、ウルペスさんは緩衝地帯に入る為の特別訓練を受けてないから、今日はお城でお留守番だ。


 厩舎へ行く目的は、言わずもがな、ユニコーン。先生のユニコーンは、先生と一緒に緩衝地帯にお引っ越し。私とバルトさんのユニコーンは、荷馬車を引く役だ。


 厩舎に入ると、既にユニコーンの準備は終わっていた。鞍の乗った状態で、それぞれの寝床に入れてある。私はユニコーンのベルちゃんの寝床の前に行くと、お芋を一切れ差し出した。ベルちゃんが私の肩にちょんと鼻を付けて挨拶すると、続けて差し出したお芋の切れ端を咥える。


 これが私とベルちゃん流の挨拶だ。バルトさん的には、餌付けはあんまりしないで欲しいらしいけど、私の手からお芋を食べるベルちゃんが可愛いんだから仕方ない! もごもごと口を動かすベルちゃんの鬣の辺りを撫でると、ベルちゃんが気持ち良さそうに目を細めた。うん。今日もベルちゃんはご機嫌だ!


 ベルちゃんがお芋を食べ終わるのを見届け、手綱を引いて寝床から出す。先生とバルトさんは既に準備万端。私とベルちゃんが出て来るのを待っていた。


「準備は大丈夫ですね?」


「ん!」


 先生の言葉に笑顔で頷く。すると、先生は身を翻してユニコーンに跨り、騎乗時用の通路を進んで行った。バルトさんがその後に続き、私とベルちゃんも続く。そうしてしばらく通路を歩くと、お城の外に出た。さっきまで荷物を積み込んでいた荷馬車は、通路の出入り口のすぐ近くだった。荷物番をしていてくれたらしきウルペスさんが、バルトさんのユニコーンとベルちゃんを荷馬車に繋いでくれる。


「準備出来たよ~」


「ありがとうございます」


「うん。じゃ、またね」


「ええ。また」


 先生とウルペスさんのお別れの挨拶は、何だかとっても軽い感じだった。近所に出かける人と、それを見送る人みたい。お引っ越しなのに。二人とも、会えなくなるの、寂しくないの? 友達なんだよね? だったら、もっと、こう、何かあるじゃん! 上手く言えないけど。


 がたごと、がたごと、荷馬車が揺れる音が響く。荷馬車を引くのは初めてだけど、普段とあんまり変わらないものだ。まあ、これも、先生が先導するように前を歩いてくれているお蔭なんだろう。初めてする事全般が苦手なベルちゃんがスムーズに荷馬車を引けているのは、前を歩く先生のユニコーンをいつも通り追ってるからだと思う。


 しばらく馬車を引いていると、遠目に、寄宿舎と隊長さん三人組の家がある小さな集落が見えてきた。


「暫く振りに来たが、こうして見ると、随分変わったな」


 そう言ったのはバルトさん。感心したように、寄宿舎に変わった孤児院を眺めている。


 バルトさんが最後に緩衝地帯に入ったのは、フランソワーズとノイモーントさんとの間に子どもが出来たって発覚したあたり。あの頃は、まだ、校舎の工事、始まってなかったんだったけかなぁ?


「団長。寄宿舎に荷を運び終わったら、隊長の家に行っても?」


「ええ。アイリスと一緒に帰ってもらえれば、あとは自由にしていて大丈夫です」


「ありがとうございます」


 ほうほう。バルトさんはノイモーントさんの家に遊びに行くのか。何気に、バルトさんって、ノイモーントさんと仲良しさん?


「バルトさんとノイモーントさんって、仲良いの?」


「隊長とは付き合いが長いからな」


 否定しないって事は、仲が良いのか。意外。いつも独りでごはん食べてるし、仲良い人がいないんじゃないかなって勝手に思ってたけど、違ったらしい。


「……言われてみれば、覚えている限りですが、二人はずっと同じ隊でしたね」


 少し考える素振りを見せた後、先生がそう言った。すると、バルトさんが苦笑しながら頷く。


「団長が入隊する以前から同じ隊ですよ。自分が入隊した当初からの付き合いです」


「そこまででしたか」


「はい。常に上役でしたね」


 ずっと同じ人が直属の上司って凄いな。逆に、偶然なのか疑いたくなるレベルだ。何か仕組まれてたりして。……いや、流石にそれはないか。勘ぐり過ぎだな。うん。


「付き合いが長いせいか、今では兄に近い感覚です」


「まあ、そうでしょうね」


 苦笑交じりの声で先生が言う。バルトさんが言った感覚は、私にも分からなくはない。孤児院に来たばかりの頃、よく面倒を見てくれたミーナやリリーやフランソワーズは、私にとってはお姉ちゃんに近い感覚だから。それと同じようなものだと思う。


 そんな話をしていると、あっという間に寄宿舎の前に到着した。私達は荷馬車を止め、ユニコーンから下りる。バルトさんだけは、ユニコーンを荷馬車から外すと、再びユニコーンに跨った。そして、ノイモーントさんの家の方へと向かう。


 と、寄宿舎の玄関がバンと音を立てて勢いよく開き、中から寄宿舎の子達とサクラさん、ヒロシさんが出て来た。そして、小さい子達が前に、大きい子達が後ろにと、二列に整列する。何だ何だ?


『ラインヴァイス先生、お待ちしていました! 今日からよろしくお願いします!』


 寄宿舎の子達が声を揃えてそう言い、一斉に頭を下げた。もしかして、先生のお出迎えの為に練習でもした? そう思えるくらい、みんなの声と動きはきっちり揃っていた。


「こちらこそ、宜しくお願いします」


 先生がにこりと笑い、頭を下げる。ちょっと、ほんのちょこっとだけだけど、面白くない。先生は私だけの先生だったのに……! 今日から皆の先生になっちゃったんだ……。小さい子達に手を引かれ、笑顔で寄宿舎に入って行く先生の後ろ姿を見ていたら、なんだか心がモヤモヤしてきた。こんなんじゃ駄目だ……。気持ち、切り替えないと……。誰かに悟られる前に、いつも通りにならないと……。


「よお、アイリス! お前、ラインヴァイス様にくっ付いて来て大丈夫なのかよ」


 突然掛けられた声に驚いて振り返る。すると、すぐそこに意地悪アクトが立っていた。いつの間に! さっきまでいなかったのに!


「アオイには、ちゃんと許可取ってあるもん」


「ふ~ん。てっきり、サボってんのかと思ったぜ」


「私、お仕事サボったりしない!」


「ど~だかなぁ。おい。ラインヴァイス様の荷物ってこれか?」


 アクトが嫌味ったらしく笑いながら、荷馬車の上の先生の荷物を指差した。


「そう、だけど……」


「師匠に手伝って来いって言われたからな。一緒に運んでやるよ」


「結構です!」


「お前は結構でも、ラインヴァイス様は助かるだろ。で、ラインヴァイス様の部屋ってどこになったんだ?」


 先生の部屋……。言われてみれば、私、知らないや……。どうしようと思っていたら、寄宿舎の大きい子達が先生の荷物を運びだした。あの子達は、先生の部屋を知ってるらしい。ちょっと面白くない……。


「おい。そんな所でむくれてないで運ぶぞ。日が暮れちまうだろうが!」


「分かってるよ!」


 ツンとそっぽを向き、荷馬車に向かう。そして、何の気なしに荷物を一つ持ち上げた。重っ! 思った以上に、これ、重い!


「お前……。何で、見るからに本が入ってる箱持つんだよ……」


 呆れたように溜め息を吐いたアクトが、私の腕の中の荷物をヒョイっと取った。そして、馬車の上の荷物を顎で指す。


「その辺の、雑貨が入ってるっぽい箱なら、お前でも持てんだろ」


「分かってるよ!」


 どうせ、私はチビで力が無いですよ~だ! ふん! むくれつつ、箱を一つ持つ。


「ほら、行くぞ」


「分かってるよ!」


 指図しないでよ! 喉元まで出かかった言葉をグッと飲み込み、アクトの後に続く。こんな所で喧嘩して、荷物運びが遅くなったら、困るのは先生だから。私は先生を困らせる為に今日ここに来たんじゃないんだから!


 そうして荷馬車の荷物を運び終わると、先生と二人、お部屋の片づけを始めた。寄宿舎の子達が片づけを手伝うって申し出てくれたけど、それは先生がやんわりとお断りした。


「先生~。これ、どこに入れるのぉ?」


「執務机の上から二番目の引き出しへお願いします」


「ん」


 本を片付ける先生に確認しつつ、私はお仕事机を片付ける。真っ先にお仕事部屋を片付けるあたり、とっても先生らしい。


「先生、こっち、だいたい終わったよ~」


「では、本の整理を手伝ってもらって良いですか?」


「ん!」


 先生の傍に駆け寄り、床に置いてある箱から本を一冊ずつ取り出して先生に渡す。先生は背表紙の題名を確認しつつ、それを本棚に詰めていった。


「こんな感じですかね」


「ん。……ん? 先生、この本、題名無いね」


 本棚の隅にあった題名の無い本を手に取る。そして、パラパラとページを捲った。パッと見た感じ、物語かな?


「ああ……。ウルペスが書いた物語ですよ」


 ウルペスさんが書いた本? 思わず、先生の顔と本を見比べる。


「意外でした?」


「ん。物語って、みんな書いてるものなの?」


 ブロイエさんも書いてたし、もしかして、物語を書いた事がないのって、私くらいだったりして……。物語を書くって、お城の中では一般的な事だったりなんて、したりして?


「いえ。そんな、誰でも彼でも書ける物ではないでしょう? 少なくとも、僕には無理です」


「そっかぁ」


 私にも無理そうだ。でも、ちょっと挑戦してみたい気も……。いや、駄目だ。物語を書くなんて、そんな時間のかかりそうな事、やってる暇はないもん。私は先生の目を治す為に、一日も早く治癒術師にならないとなんだから。その為には、一に勉強、二に勉強! でも、物語の内容には興味がある。本を一冊や二冊読むくらいなら、勉強の息抜きにもなるし、しても良いと思う。


「これ、どんなお話?」


「その物語は、ウルペスがリーラと共に過ごした日々や、リーラに生きていて欲しかったという想いを綴ったものです。書いたものの、持っているのは辛いからと預かったものですが――」


 たぶん、この本は私が勝手に読んで良い物じゃない。そう思い、本を元の場所に戻す。


「アイリス?」


「ごめんね、先生。大切な本、勝手に触って」


「いえ。興味があるのなら、読んでもらって構わないと、ウルペスなら言うと思いますが……」


「じゃあ、ウルペスさんに聞いてみる。それで、読んでも良いよって言ってもらえたら貸して?」


「分かりました」


 笑顔で頷く先生に笑顔を返す。早速、今夜にでもウルペスさんに会いに行こう。それで、私が読んでも良いか聞いてみよっと!


「あっと。そろそろ帰らないと、アオイ様の夕食の準備が間に合わなくなりませんか?」


 先生が思い出したように上着のポケットから時を知らせる魔道具を取り出し、時間を確認してからそう言った。私があげた魔道具。先生からもらった私の魔道具と色違いの、私と先生の約束の証。私もスカートのポケットから魔道具を取り出した。


「本当だ。帰る時間まであっという間だったな……」


 ちぇ。もっと先生と一緒にいたかったのに。口を尖らせつつ、スカートのポケットに魔道具をしまおうとすると、先生が屈んだ。思わず顔を上げる。と、私の唇に、優しく柔らかく、先生の唇が触れた。


 触れたのは一瞬。でも、私の心に与えた衝撃は甚大だった。みるみる顔に熱が集まっていく。


「せっ、せせせ……!」


「嫌でした?」


 い、嫌じゃない。全然嫌じゃないよ! ビックリしたけど、嫌じゃないよ! 私がブンブンと首を横に振ると、先生がくすりと笑った。


「顔、真っ赤」


「だだだ、だってぇ!」


 恥ずかしいと言うか、何と言うか。先生とこんな事する日が来るなんて、思ってもみなかったんだもん! あぁ~! 顔が熱いよぉ! 頬を押さえる私の頭に先生が手を伸ばす。そして、いつもみたいに、優しく頭を撫でてくれた。


「では、また明日。待っていますから」


「はぃ……」


 私は小さく返事をすると、逃げるように先生の部屋から出た。驚いた。ああ、驚いた。でも、何だろう、この感じ。心が満たされていると言うか、モヤモヤが晴れたと言うか。私はそっと唇に触れると、小さく笑みを零した。

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