引っ越し 6
とうとう、先生がお城を出る日となってしまった。先生はいつもと変わらない様子で朝ごはんを食べている。私はと言うと、いつも通りとはいかない。だって、今日は先生と一緒に朝ごはんを食べる最後の日だから。寂しいせいなのか何なのか、なかなか食事が進まない。私はもてあそぶように、フォークでお皿の上のお芋フライを突っついた。
「アイリス?」
「ん~……?」
「行儀が悪いですよ。食べるなら食べる、食べないなら食べない。どちらかになさい」
「ん~!」
ちぇ。怒られちゃった。口を尖らせ、フォークを置く。
「朝食が終わったのなら、アオイ様と竜王様の食事の準備。キッチンへ行って、イェガーに――」
「言われなくても分かってるよ! 今やろうと思ってたの!」
ガタリと椅子から立ち上がり、使った食器を手に、先生に背を向ける。先生はこの後、お部屋の荷物を運び出したりして、緩衝地帯に行く準備をする予定。その間に、私はアオイのお世話を終わらせなくちゃいけない。先生と一緒に緩衝地帯に行って、引っ越しの片づけを手伝うから。だから、早くアオイのお世話を終わらせないといけないけど、先生と一緒に時間をもう少し過ごしていたいとも思う。それなのに……。
ずっと先生と一緒にいたいのに……。先生とお別れなんて、本当は嫌だ……。なのに……。
もしかして、寂しいと思ってるのは私だけ? 先生は寂しくないのかな? 新しい生活が始まる期待感の方が強い、とか……?
「お? 何だ? 今日は一段と浮かない顔だな、嬢ちゃん」
キッチンに入ると、真っ先に声を掛けてきたのはイェガーさん。戸口の前に陣取り、腕を組んで仁王立ちしている。朝、先生と一緒にキッチンに入ると、いっつもこんな感じで私達を待っていてくれる。いつもと変わらないイェガーさんの姿に、何だ妙にホッとした。
「もうじき、ローザ様もいらっしゃるだろ。少しここで待ってな」
「ん」
「あと、うちの若いもんが、今日から手伝いに入るからな」
そう言って、イェガーさんがくいっと顎をしゃくった。その先には、気の弱そうな顔つきをした一人の若い料理人さん。私と目が合うと、ぺこりと頭を下げた。私も慌てて頭を下げる。
「アオイ様のお部屋の前まで、こいつが料理を運ぶのを手伝う。存分にこき使ってやってくれ」
私が小さく頷くと、イェガーさんが口の端を持ち上げた。
正直なところ、手伝ってくれる人の存在はありがたい。私とローザさんだけじゃ、お料理を運ぶだけで、キッチンとアオイのお部屋とを何往復もしなくちゃいけなかっただろうから。
先生がいなくなる穴埋め。先生の代わり……。思わず、ジッと料理人さんを見てしまう。すると、料理人さんがへらっと笑った。そんな様子を見ていたイェガーさんが、小さく溜め息を吐く。
「嬢ちゃん。あんまり睨まんでやってくれ。こいつじゃ、団長の代わりにもならんというのは百も承知なんだが、こっちとしても出せる人間は限られてるんだ。勘弁してくれ。少しとろいし、気も弱いが、力だけはある。重い物を持つくらいは出来るはずだから」
「ん……」
「まあ、何だ。仲良くやってくれ」
「ん……」
こうしてローザさんを待って、アオイのお部屋へとお料理を運んだ。若い料理人さんは、まあ、いないよりは役に立ったと思う。重たいお鍋を両手に一つずつ持ってくれたから、先生が運んでいた分は持ってくれた計算になる。これなら、まあ、私とローザさんだけでも、今後もやっていけるかなぁ、なんて……。はぁ……。
アオイのお世話が終わると、私は足早に先生の元に向かった。私の部屋の隣、先生のお仕事部屋に繋がる扉をノックする。
……おかしい。中から返事が無い。もう一回ノックしてみるも、やっぱり先生の返事は無かった。
もしかして、もう出発しちゃった、とか……? 私、手伝うって言ってあったのに! ダメ押しでもう一度、今度は強めにノックする。と言うか、バンバンと扉を叩いてみる。と、遠くの方で先生の返事が聞こえた。
良かった。置いて行かれたんじゃなかった。ドアノブに手を伸ばした丁度その時、ガチャリと扉が開いた。
「思っていたより早かったですね」
そう言いながら、先生がどうぞと言うように脇に避け、手で中を示した。一歩室内に入ると、先生が扉を閉め、廊下に繋がる方の扉に向かう。私のその後に続いた。
「今日は先生のお手伝いするから、アオイのお世話、早く終わらせようって頑張ったんだよ!」
「いつも通り、きちんと出来ました?」
「当たり前だよ! 何年、アオイのお世話してると思ってるの?」
「そうでしたね。愚問でした」
「ん!」
分かれば良い。大真面目な顔で頷くと、先生がクスクスと笑った。
「僕の代わりに、アオイ様と竜王様の事をお願いしますね?」
「ん! お願いされました! 先生もね? 孤児院、ううん、寄宿舎の子達の事、お願いね?」
「ええ。もちろんです」
そんな話をしながら先生の私室に入る。今日まで、一通り荷物をまとめた室内は、どこか物寂しい感じがした。家具はそのままだし、魔道書なんかはそのまま本棚にある。けど、全体的に物が少なくなったせいか、元々薄かった生活感が、より一層無くなってしまった。
「先生? このお部屋って、もう使わないの?」
「いえ。時々は泊まる事になると思いますから、全く使わないという訳ではありませんよ」
「そっか。なら良いんだ」
時々は、先生、お城に泊まるんだ。それを聞いて、何だか無性にホッとした。と同時に、ちょっと我儘を言いたくなった。
「ねえ、先生? 先生がお城に来た時は、一緒にごはん食べられる?」
「ええ。アイリスが望むなら」
「あとね、先生のお仕事部屋で、今までみたいに一緒に過ごせる? 忙しい? 駄目?」
「駄目でありませんよ」
「あとあと、私のお仕事が終わったら、寝る時間になるまで一緒にお茶してくれる?」
「何なら、泊まりに来ても良いですよ?」
と、泊まり! 予想だにしていなかった先生の発言に、私は口をパクパクさせた。と、先生がクスクス笑う。
「冗談です」
そっか。冗談か……。ホッとしたのと同時に、何だかちょっと残念な気持ちになってしまった。そんな私を見て、先生が笑みを深めた。そして、私の耳に口を寄せる。
「ただ、貴女が望むのなら、僕はいつでも大歓迎ですよ?」
囁くような低い声。思わず先生を見る。すると、先生はにこりと微笑んだ。いつも通りの笑顔。それが暗に、今の発言は冗談じゃなくて本気だと言っている。そう理解したとたん、私の顔に熱が集まった。
最近、先生の私に対する態度が変わった気がする。言いたい事を言うようになったと言うか、何と言うか……。まあ、これも、恋人として仲を深められてる証拠、なのかな……?




