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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第四部

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引っ越し 1

 先生が緩衝地帯に引っ越してしまう。それは、ずっと前から分かっていた事だ。寄宿舎が出来たら先生はそこに住むんだって、初めて聞いた時はとっても寂しくなって、夜、独りで泣いてしまった。でも、それは数年前の話で、先生との関係だって今と違かった。だから仕方なかったんだ。今は泣いたりしない。引っ越さないでなんて駄々をこねたりもしない。なのに、誰も何も教えてくれなかった。


 私、いつまで経っても子ども扱い……。はぁと溜め息を吐きながら、ソファに座ってローテーブルの上の本を紐で束ねる。


「アイリス、これもお願いします」


 先生が私の前にどさっと本を置いた。そのどれもが、歴史書なんかの教養関係の本。魔道書はお城の私室、つまりここに置いておくらしい。緩衝地帯では使わないから邪魔だって。


 先生の私室に初めて入ったのは、ウルペスさんとバルトさんとミーちゃんが一旦旅から帰ってきた次の日だった。ウルペスさんが口を滑らせたお蔭で、先生の引っ越し予定を聞く事が出来た次の日。早速、私は先生の引っ越しの準備を手伝い始めた。


 先生の私室は、ずっと前にチラッと見た事があって、その時にも思ったけど、とっても先生らしい部屋だ。真っ白の家具類。室内は塵一つ無い。いつもきっちりしてる先生らしいけど、どこか生活感が無い。まだ、お仕事部屋の方が、どことなく生活感があると思う。


「ねえ、先生。先生ってここで寝起きしてるんだよね?」


「ええ。そうですよ」


 私の問いに、先生が本棚を整理しながら頷く。改めて聞くまでもないんだろうけど、やっぱり納得いかないんだよなぁ。手を止め、ぐるりと室内を見回す。


 窓のカーテンは金色の紐できっちり止められ、お手本のように整えられている。ベッドの天蓋も同じ。ベッドの掛け布には皺ひとつなく、その下のシーツも同じ。枕もふっくらしてるし、ソファのクッションもフカフカ。使ってる感じが全然しない。


「先生のお部屋って、生活感無いよね」


「生活感ですか……?」


「そう。使ってる感じが全然ないの、このお部屋」


「ああ……」


 納得いったとばかりに先生が頷く。


「夜、寝に帰って来るだけですからね」


「それにしたってぇ……」


「おや? 納得いきません?」


「ん」


 大真面目な顔で頷く。と、先生がクスッと笑った。


「アイリスが訪ねて来るのが分かっていて、だらしのない所は見せませんよ」


 そうかなぁ。それにしたって綺麗すぎる。本当に使ってるのか心配になるくらいに。


「お仕事部屋で寝てたりしないよね? ずっと前にあったみたいに、お仕事してて、そのまま机で寝てるなんてしてないよね?」


「……ええ」


 今、変な間があったぞ。さては、時々してるんだな。んもぉ!


「あんまり無理したら駄目なんだよ?」


「分かっています」


「本当に分かってる? 先生に何かあったら、近衛師団のみんな、と~っても心配するんだよ!」


「どうでしょうかね……。清々する者もいるかもしれませんよ……」


 意外だった。先生がこんな事言うなんて。先生は近衛師団のみんなに好かれていて、同じくらい、先生もみんなを好きだと思ってたのに。


「先生、みんな――」


「少し、休憩にしましょうか?」


 私の言葉を遮るようにそう言って、こっちを向いた先生は微笑んでいた。その笑顔は言外に、「何も言わなくて良い」と言ってるようで……。先生にとって、触れて欲しくない話だったみたい……。




「そっかぁ。ラインヴァイスがねぇ……」


 ブロイエさんは頷きつつ、ローザさんの淹れてくれたお茶を一口啜った。


 その日の夜、お仕事が終わると、私はローザさんとブロイエさんのお部屋を訪ねた。嬉しそうに迎え入れてくれたローザさんに、今日はブロイエさんに用があると伝えると、がっかりしたように肩を落としていた。久しぶりに、一緒に寝ようと、私が訪ねて来たと思ったようだ。ごめんね、ローザさん。添い寝はまた今度。


 最近、ローザさんと一緒に寝る事がめっきり減った。最後に一緒に寝たのはいつだっただろうかと、考え込むほどに。それくらい少なくなった。私が寂しくてどうしようもない日がなくなったとも言えるし、大人になったとも言える。


 ブロイエさんに先生が言っていた事を話すと、先程のような反応だった。驚いた様子は全く無い。ブロイエさんは先生の師匠だし、叔父という立場から、先生が生まれた時から知ってるから、私が話した内容は想定の範囲内だったのかもしれない。でも――。


「先生、みんなに好かれてるのに……。大事にされてるんだよ、とっても……」


 先生は団長として、みんなに慕われている。それは私の目から見ても明らかだ。先生を嫌ってる人なんていないのに……。なのに……。


「ん~……。アイリスはさ、コンプレックスって何かある?」


 ブロイエさんがにっこり笑い、そう問い掛ける。私は首を傾げた。


「コンプレックス……? 何、それ……」


「簡単に言うと劣等感。他の人と比べて、自分は劣ってるなって思うところ、何かある?」


 他の人と比べて劣ってるところ……。


「背が小さい」


 孤児院の同年代の子と比べて、私は背が低い。多少は伸びたとは思うけど、他の子と比べてしまうとチビだ。


「他には?」


「髪がクルクルで赤毛」


 出来れば、サラサラの金髪が良かったな、なんて。ローザさんや母さんみたいに、赤毛に近い金髪でも可。


「他には?」


「弱虫」


 意地悪を言われても、言い返す事が出来ない。まあ、意地悪を言う筆頭だったアクトは、フォーゲルシメーレさんに弟子入りしてからというもの、意地悪を言う事が少なくなったし、良いんだけど。


「他には?」


「泣き虫」


 最近は我慢して、あんまり泣かない。でも、人と比べると泣き虫だと思う。すぐ泣きたくなっちゃうんだもん。


「あはは。アイリスは弱虫で泣き虫なのかぁ~」


「んもぉ! 私の事は良いの!」


 茶々を入れるブロイエさんをキッと睨む。と、ブロイエさんは凄く優しい目をして微笑んだ。


「背が低いところもその赤毛も、僕はと~っても可愛いと思う。弱虫で泣き虫なところは、心優しくて感受性が豊かとも捉えられるし、僕はアイリスのそういうところ大好きだよ」


 な、何か、こうやって面と向かって褒められると照れる。自分で嫌いなところも、実はそんなに悪くないんじゃないのかなぁ、なんて。くふふ。


「アイリスは素直だねぇ。褒められて嬉しくなった? 嫌いなところも、実は悪くないのかもなんて思った?」


「う……」


「その顔は図星だったみたいだね。まあ、性格的にも年齢的にも、褒められたら素直に嬉しくなるよね?」


「んもぉ~! だから、私の事は良いの!」


「あはは。ごめん、ごめん。それで、ラインヴァイスの事だったね。アイリスはラインヴァイスに、小さい頃の話って聞いた事ある?」


「ええっと、ウルペスさんとは幼馴染で、リーラ姫と三人でよく遊んだって。お屋敷の迷路で遊んだりもしたって……」


「ウルペスと出会う前の話は? 聞いてない?」


 ウルペスさんと出会う前……? あれ? 言われてみれば聞いた事がないかもしれない。先生が話してくれた小さい頃の話って、ウルペスさん絡みだったし。


「そっかぁ。アイリスに話してないのかぁ……」


「えっと……?」


「端的に言うと、ラインヴァイスは父親――僕の兄さんと折り合いが悪かったんだ。兄さんは口下手な人で、あまり多くを語らない人でねぇ……。優しい言葉や励ましの言葉なんてのがあの人の口から出たの、僕は一度も見た事がなかった。思っている事を口にするのが極端に苦手だったんだ。シュヴァルツをもっと無口にした人って言えば、少しは想像しやすいかな?」


 竜王様をもっと無口にって……。それ、物凄くおっかない……。私だったら嫌だ、そういうお父さん。優しくて大らかで、朗らかなお父さんが良い。ブロイエさんみたいな。


「そんな人だから、ラインヴァイスが誤解するのも無理ない話だったのかもしれないね。攻撃魔術への適性が無いから、自分は父親に愛されていない、不要な子どもだと思い込んで、自らの殻に閉じこもってしまった。全く笑わない子だったんだよ、小さい頃のラインヴァイスって」


 先生が笑わない子? 今の先生からは想像出来ないけど……。


「その殻を叩き割る事と、親子関係の修復には何とか成功したけど、僕の力及ばず、彼の劣等感を取り去るまでにはならなかった」


「先生の劣等感って……?」


「攻撃魔術への適性が全く無い事。それは、結界術への適性がずば抜けて高い証拠なんだけどねぇ……。シュヴァルツやリーラには攻撃魔術への適性があって、二人が魔物討伐なんかで前線に立つ姿を見ると居た堪れなかったみたいだね」


「でも、結界術って役に立たない訳じゃ無いよね? と言うか、とっても役に立つよね? 前線に立つ人だって、結界術が使える人がいると安心なんじゃないの?」


 私の言葉に、ブロイエさんは満足そうに笑いながら頷いた。


「そう。どの魔術が優れていて、どの魔術が劣っているかなんて、比べること自体がナンセンス。魔術なんて、使う人次第でいくらでも化けるんだから。だからね、一流の結界術師であるラインヴァイスを、近衛師団の者達は一目置いている。それはアイリスも分かるでしょ?」


 尋ねられ、私は至極真面目な顔で頷いた。先生はみんなに好かれているし、大事にされているし、団長として慕ってもらえている。先生がいなくなって清々する人なんて一人もいないって、断言出来る!


「ただね、ラインヴァイスはそうは思っていない。実力が無い自分に皆が付いて来ているのは、自分が竜王の実弟だからだと思い込んでいる。シュヴァルツが前団長だったのも少なからず影響しているのかもしれない。団長は誰よりも強くなくてはならない、皆の手本にならなくてはならないと、自分で自分を追い込んでしまっているんだよ、ラインヴァイスは」


「……ん? 竜王様が前の団長さんだったの?」


「そ。先の大戦で兄さんが死んで、シュヴァルツが竜王になったから、近衛師団長が空席になった。僕から言わせれば、ラインヴァイスが団長になったのは順当だったんだけどねぇ……。選出にいざこざがあった訳でも無いみたいだし、反対意見など無かったと、僕はシュヴァルツに聞いている。けど、当の本人は順当だとは思っていないんだよねぇ……。困った人だね、君の婚約者様は」


 そう言って、眉を落として笑うブロイエさん。ブロイエさんのお話を聞いて、先生が思っている事とか、何であんな発言をしたのかが、なんとなくだけど理解出来た。


 先生が緩衝地帯にお引越しする前に、何とかしたい問題だなぁ。だって、引っ越しちゃった後は、みんなと顔を合わせる機会が、今よりず~っと少なくなるんだから。誤解を解けるのは今のうち。私、何とかしたいな。先生も近衛師団のみんなも大好きだから。

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